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生贄、のち寵愛。~魔物たちに食べられるはずがいつの間にか大切にされてます?~  作者: 杏仁堂ふーこ


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105/158

105.記憶の隙間に落ちた灰②

「ジェットの下手くそ! そうじゃないの、編み込みにして欲しいの!」

「午後はマフィンを買ってきて! 紅茶を入れて、お嬢様お茶です、って言って持ってきて!」

「外に出る時は日傘を持って、あたしが日に当たらないように持って歩いて!」

「花が欲しいわ! お姫様気分になるような花をたくさん!」


 などなど、とにかくマルタは四六時中ジェットに何か要求した。あれをしろ、これをしろと。ジェットは疲れと苛立ちを感じながらも『契約』通りにマルタの願いを全て叶えていった。

 後でバルドに「話が違う」と文句を言ったが、とぼけているのか素なのか「うーん、おかしいなぁ」と言うだけだった。


 接しているうちに気付いたが、マルタは体が弱い。

 魔力の成長スピードが早いくせに体の成長が遅い。同年代の子どもと比べても体が小さかった。小さな体に見合わぬ魔力を持ち、それが増大していくのだ。苦しいこともあっただろう。

 日傘を要求するのも、ジェットにあれこれ命令するのも自分ではそれができないからだ。

 少し離れた町に歩いていくのも一苦労で、その日はどうしても自分で行くんだと歩き出し、ジェットもついて行ったが──到着する頃にはフラフラだった。


「マルタ、無理するな」

「し、てな、い……今日、新しいワンピースが……発売、されるの……自分で見て、買いたい、のよ……」


 ぜいぜいと息を切らすマルタ。ジェットはため息をつくと、ひょいっとマルタの体を抱えた。


「きゃあっ?! えっ、な、な、なに?!」

「お姫様扱いして欲しいんだろ? これでいい?」


 そう言ってマルタの顔を覗き込むと、目を丸くした後でその顔が面白いくらいにかーっと赤くなっていった。まだまだ小さな人間の少女だ。マルタから見ればジェットは大人の男性で、そんな相手に抱きかかえられれば顔だって赤くなるだろう。

 赤い顔を見て、これまであれこれ命令されていて溜まっていた鬱憤がいくらか晴れた。

 マルタは落ち着かない様子であたふたしている。


「い、いいわよ……ジェットにしては、気が利く、じゃない……」

「お褒めにいただき光栄です、お姫サマ。……で、店はどっち?」

「む、向こうの角を曲がったところ、よ……」


 出会って三ヶ月。マルタはその日からジェットのことを意識するようになった。

 流石に十一歳の子どもを相手にする気にはなかったので、何か言われるたびに「大人になったらな」と軽く躱していた。

 バルドからは当然「間違いだけは起こすなよ」と釘を差されている。誰がこんなガキ相手に間違いを起こすんだと呆れたものだが、笑いながら「そこはバルドが『悪魔に恋しちゃいけません』って教えるところだろ」と言ってやった。


 人間と悪魔の共同生活は普通ならもっと殺伐としている。

 悪魔を喚び出す目的が復讐だったり戦争だったりと、真っ当な願いではないからだ。ジェットは特にそうだった。真っ当な願いを叶えたいなら精霊なり、難易度はぐっと上がるが天使などを喚び出す。悪魔と『契約』する理由は大概歪んでいた。

 だからこそ、バルドとマルタとの生活は新鮮だったのだ。

 刺激は全くないし、眠くなるほど退屈なのに──悪くはなかった。

 怠惰なジェットの性格に合っていたのか、バルドとマルタとの相性が良かったのかはわからない。

 とにかく、たかだかニ年くらいなこんな生活も悪くないと思っていたのだ。


 だが、ジェットが「悪くない」と感じていた生活はニ年も持たなかった。

 一年を少し過ぎたタイミングで、契約者であるバルド自ら終わりを告げたのだ。


 ──契約通り、明日私とあの子を殺してくれ。


 何故か『契約』を履行したくないと思った。二年に達するまでの期間くらいなら何とかしてやると言いたかったが、契約者本人が終わりを決めたのであれば、ジェットがそれに対して異を唱えることもできない。

 何となく腑に落ちない気持ちのまま、バルドの部屋を出た。

 その後。

 ジェットはマルタに呼ばれ、彼女の自室に向かった。彼女が眠るベッドに座るように言われたかと思いきや、マルタはジェットに手を差し出してきた。


「ジェット、今日はあたしが眠るまでずっと手を握っていて」

「なんで?」

「最後の夜なんだもの、いいでしょ?」


 マルタはいたずらっぽく笑う。

 明らかに何もかもをわかっている上での言葉で、表情もそれを物語っていた。

 すぐに反応ができず、ジェットにしては珍しく戸惑う。それを見たマルタが目を伏せた。


「……実はね、おじいちゃんがジェットを呼び出した時の会話、盗み聞きしてたの。盗聴魔法なんて上手くできるか不安だったし、気付かれるかもって思ってたんだけど、上手くいってたみたいね」


 マルタは知っていたのだ。バルドがジェットを呼び出した理由を。

 だから、バルドが「いい子だから」と言っていたにも関わらずマルタが我儘放題だったのだ。バルドに「話が違う」と愚痴ったこともあったが、バルドが不思議そうにしていた理由もよくわかった。

 マルタが無理をして、ぎこちなく笑う。


「最後なら、これまでできなかった『我儘』を思いっきり聞いて貰おうと思って……えへへ、ジェットが全部叶えてくれるから、調子に乗っちゃったわ。それでね、さっきも……話を聞いちゃったの。今日が最後だなんて思わなかったけどね」

「調子に乗りすぎなんだよ」

「でも……でもね、とっても楽しかったわ。……ジェットはあたしにとって、王子様みたいだった。だから最後の夜くらいは眠るまで手を繋いで傍にいて! それくらい叶えてくれてもいいでしょ?」


 「王子様みたいだった」という言葉に対して「悪魔なんだけど」というお決まりのセリフは何故かこの時ばかりは出て来なかった。

 差し出された小さな手を握ると、彼女は満足げに笑う。けれど、ジェットの手を握り返したところで少し躊躇いがちに口を開いた。


「……ねえ、ジェットの手って温度がないわよね」

「ん? ああ、そうだな。人間と体の構造が違うからな」

「……今だけでいいから人間のふりをして欲しいわ」

「人間のふりって……こういうこと?」


 人間は子供の方が体温が高いと聞く。ジェットはこんなものかと思いながら、人間の体温を真似て、自身に熱を与えた。

 マルタは安心したように笑みを深め、そしてゆっくりと目を閉じる。


「ありがとう。……もっと早く言えばよかったわね! 悪魔に人間のふりをしてっていうのは流石に悪いかなって思っちゃって」

「なんでそういう変なところで遠慮するんだよ。俺はお前の言うことに逆らえないんだから好きに言えば良かっただろ」


 呆れて言えば、彼女はちょっと口を尖らせた。

 マルタがジェットの手をぎゅっと握る。この年齢の子供にしたって弱い力だった。

 目を閉じたまま、マルタが呼吸を震わせる。


「……ジェットはあたしに何も聞かなかったわね」

「どういう意味?」

「両親のこととか、ここに来る前はどこにいたのかとか……」

「……それは──」


 バルドもマルタの両親のことは一切喋らなかった。気紛れに聞いてみても「色々あって」と濁すだけで、あまり話をしたくなさそうだったからだ。

 マルタに聞くこともしなかった。聞いて泣いたら面倒だったし、『契約』を履行するのに必要ないと思ったからだ。それをはっきり言えばマルタが傷付くのもわかっていたので言葉を濁そうとした。

 しかし、言い訳を口にする前に、マルタがジェットの言葉を遮ってしまう。


「わかってるわ、あたしに興味がないのよね? ……あたし、悪魔であるあなたにもっと興味を持ってもらえるような人間になりたかったなぁ……。ジェットがこの先、人間に興味を持つことってあるのかしら? でも、それが女の子だったらちょっと嫌だわ……」


 興味──。

 興味関心を寄せることはあるがそれは一時的なものだったり会話に必要だからであって、マルタの言う「興味」とは違う。この先、人間に興味を持つ日が来るのだろうか。しかも女の子相手に。

 全く想像もできない上に、答えることすら億劫だった。


「……まぁ、でも、俺にこれだけ我儘言いまくった人間は多分お前だけだよ。マルタ」


 何故か「そんな未来はない」とも言えなかった。マルタはそれ以上何も言わず、ゆっくりと呼吸を繰り返すだけだった。

 本人の希望通り、彼女が眠るまで手を繋いでいた。

 マルタが眠りに落ちる際に零れ落ちた涙。

 拭うことすらせず、何に涙を流すのかも考えず、ただ眺めているだけだった。

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