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10.メイドな自動人形(ドール)

「今日捕まえた兎はすばしっこくてね、逃げ回るからちょっと面倒だったんだ」

「それを捕まえちゃったんですか? ルディは狩りが上手なんですね」

「うん、得意~。ルーナの好きなものあれば獲ってきてあげるよ」


 そんなことを話しながら厨房へと向かう。

 大きな動物の解体は大人の男性の仕事だったのでやったことはないが、兎や鶏程度の鳥であればできる。裁縫もずっとやっていたのでここでそれらが生きてくることに安堵していた。何もできないままだったらアインに声をかけられても、役に立たないまま終わっていたかもしれないからだ。


「ありがとうございます。ルディは優しいですね」

「えへへ~。ここにいれば守ってあげられるからね、どこにも──……ん?」


 厨房の入り口に立ったところでルディが足を止める。

 くん、と匂いを嗅ぐような動作をした。何かあったのだろうか、まさか火をちゃんと消してなかった? と自分の不始末の可能性に思い当たった。

 慌ててルディの背後から厨房を覗き込む。

 火の匂いや何かが焦げた匂いはない。

 しかし、誰かいた。


「あ、トレーズだ~。昨日の夜から見なかったけど、どこ行ってたの?」


 ルディが名前を呼ぶと、厨房の中にいた人物がくるりと振り返る。

 女性にしては高い身長、メイド服にしては短いスカート。

 それらが目を引くのだが、ルーナの目にはそれ以上に奇異に映るものがあった。

 頭にクロワッサンをつけているのかと見紛う程の見事な三日月を描くツインテール。どうやってその髪型を固定しているのかも謎である。


「まぁ、ルディ様! ご機嫌麗しゅう。そちらの方を迎え入れるために何かと入用でしたので……街に行ってましたのよ」

「え。結構距離あるよね? 大丈夫だった?」

「アタクシにかかればひとっ飛びですわ。もちろんルディ様には敵いませんけれど! 夜のうちに足りない分のお金を稼いで、朝のうちに買い物をして……それから帰って参りましたの」


 トレーズと呼ばれた女性(?)はにこやかに、そして明朗快活に答えた。

 そういえば「トレーズ」という名前には聞き覚えがあると思い、これまでの記憶を探る。

 ──「屋敷内で力尽きた者は、ワタクシかトレーズ……自動人形ドールがここに運んできたのです」

 アインの言葉を思い出す。つまり、彼女がアインの言っていた自動人形なのだろう。

 表情、声、動き。どれをとっても人形とは思えない。さっきいた部屋で倒れていた人形たちはアンティークドールのような精巧さがあり、どう見ても人形だった。この差はどこから生まれるのだろうか。

 じっとトレーズを見つめていると、彼女はにこーっと笑ってルーナに近付いてきた。


「アナタが生贄、もとい奉公に来てくださった人間ですわね。アタクシはこのお屋敷のために生まれ、このお屋敷にお仕えしている自動人形、トレーズです」

「は、はい。ルーナ・アディソンです……昨日は勝手に部屋を使ってしまってすみません……」

「あら? いいんですのよ。あの部屋は人間が屋敷に来た時のためにずっと掃除していた部屋ですので、むしろ使っていただけてよかったですわ」


 トレーズは笑顔のまま機嫌良さそうに言う。そう言って貰えてホッとした。

 切り揃えられた前髪にツインテール。黒色のメイド服、頭につけられたホワイトブリム。短いスカートから伸びた脚はすらりと長く、足元は厚底でゴツめのブーツだった。身長が高く見えるのはツインテールと厚底ブーツのせいだろう。一応メイドのようである。ルーナの想像していたメイドとは大分違うが。

 彼女はルーナの前でにこにこと笑っている。


「ルーナ様、空腹でしょう? どうぞ昼食をお取りになってください」

「ぁ、ルーナで大丈夫です。置いて貰ってる身ですし……」

「あら、そうですか。ではそうさせていただきますね、ルーナ。アタクシのこともトレーズと気軽にお呼びになって」


 また呼び捨て、と思いつつも厚意で言ってくれているのには変わりがない。慣れなくてはと自分自身に言い聞かせた。

 ルディがトレーズの足元に向かい、その周りをぐるりと回ってから首を傾げる。


「トレーズが昼食を作るの? 兎あるよ」

「いいえ。アタクシは料理ができませんので、ルーナはご自身で準備なさってください」


 何の躊躇いもなく、誇らしげに言い放つトレーズ。

 ルディが目を丸くしてトレーズを見つめている。

 ルディはてっきりトレーズが準備するのかと思っていたに違いない。ルーナも「ひょっとしたら?」と思ってしまっていた。しかし、自分の食事を自分で用意するのはある意味当然のことである。


「……なーんだ、使えないね」


 ルディの失礼な物言いにぎょっとする。トレーズが目を見開いて、腰に手を当てる。やけに大袈裟な動作だ。


「んまあっ! ルディ様、誰しも得手不得手というものがございますのよ?! アタクシはお茶とお掃除専門ですの。アインもあの手でしょう? 料理なんてできませんから、ルーナがいてくださって助かりましたわ。まぁアタクシもアインも食べ物は必要としませんけど! お邪魔はしませんし、厨房は自由に使ってくださいね。足りないものがあれば調達して参りますので」


 そう言って頬の横で手を重ね合わせ、にっこりと笑うトレーズ。アインと同じで感情豊かだ。

 アインとトレーズ。仲間たちが倒れていく中、屋敷を守っていたたった二人の使い魔と自動人形。二人ともとても明るいが寂しかったりすることはなかったのだろうか。使い魔と自動人形にはそんな感情はないのかもしれないけれど。


「トレーズ! 帰ってきたのですね!」


 お礼を述べようとしたところでアインの声が響いた。アインはぴょこぴょこと走ってきて、トレーズの傍の調理台に飛び乗る。それを見たトレーズは嬉しそうに笑った。


「アイン、戻りましたわ。一人で留守番だったので心配してましたのよ。……ジェット様やルディ様に失礼なことはしてないでしょうね?」

「し、してないですよ」


 見れば、ジェットも一緒にやってくる。歯切れ悪く「してない」と言うアインに楽しそうに目を細めていた。

 午前中のアインの発言は失礼なことだっただろうが、アインはそれをトレーズには言いたくなさそうだ。ルーナの口から告げ口なんてとんでもないし、ジェットが言わないのであれば問題ない、と思いたい。

 じーーーっとアインを見つめるトレーズ。流石に疑わしいと思っているらしい。

 しかし、やれやれとため息をついたところでトレーズはアインから視線を逸らした。


「まぁいいでしょう。アタクシは色々と掃除と準備をしておりますので……夕方になったらルーナを浴室に連れてきてくださいまし。あとはいつも通りですわ」

「りょーかいです。午前中に二人修復が終わり、午後にも何人か起こせると思いますです」

「まぁ、大変素晴らしいですわ! 今後が楽しみですわね! では、また後ほど!」


 トレーズは目をキラキラさせたかと思うと、両手に荷物を持ち、厨房をあっという間に去って行ってしまった。

 それを見送るルーナ、ルディ、ジェット、そしてアイン。

 嵐のような、は言い過ぎだが、かなり元気な自動人形だ。アインと二人きりの寂しさなどは微塵も見せない。


「……相変わらず元気な自動人形だな」

「それが取り柄ですので……で、でも、彼女はとても優秀なのですよ!」

「あっそ。──で、ルーナ。兎食うの? 丸焼きでいい? 焼いてやろうか」


 ジェットが言いながら右手を持ち上げたかと思うと、その手からボッと火が上がる。間近でこんな魔法を見たことがなかったので、ルーナはびっくりして飛び上がり、足を滑らせてすっ転びそうになった。

 (あ、頭打つかも)と思って目をぎゅうっと閉じた瞬間、誰かに抱き留められる。

 恐る恐る目を開けると、ルーナを抱き留めたのは人間の姿になったルディだった。


「もおおおお! ジェットの馬鹿! 無神経! 悪魔!」

「……これくらいでビビるなんて思ってなかったんだよ。てか、お前に馬鹿呼ばわりされる謂れはねーし、俺に対して悪魔って悪口になんの?」

「ルーナ、立てる? ごめんね、ジェットが無神経で……」

「おいふざけんな」


 ルーナをその場に立たせつつ、ジェットを無視するルディ。ジェットはルディの態度にちょっと呆れていた。

 アインが何とも言えない様子で三人を見つめている。


「あ、あの、ルディ、ありがとうございます。大丈夫です。……ジェット、驚いちゃってごめんなさい。魔法とか、間近で見たことがなかったからびっくりしちゃって……」


 ルディにお礼、ジェットに謝罪をする。ルディは満足げに笑っており、ジェットはどこか気まずそうにしていた。


「よかった! 僕のことは気にしないでね。ジェットのことは気にせず責めていいよ」

「ルディお前な……俺が使ってんのは厳密には魔法じゃねぇんだけど……まぁ、驚かせて悪かったって」

 

 ジェットが少しばかり言いづらそうに謝罪らしい言葉を口にした。勝手に驚いたのはルーナなのでわざわざそんなことを言われるほどではないと思っている。

 ぐう。とまたお腹が鳴る。

 それを三人にちょっと笑われたところで昼食の準備に入ったのだった。

無事に10話目に辿り着きました。

読んでくださってありがとうございます。

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