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01.生贄少女①

 自棄だった。

 自暴自棄だった。

 役立たずの穀潰しだからと自分の知らないところで勝手に『生贄』にされてしまい、これまでの理不尽さに耐えてきたのに一気にキレてしまった。「やりますよ、やればいいんでしょう!?」と言い捨てて村を出てきた。あのまま村に居続けるよりもずっとマシに思えた。

 辿り着いたのはルーナが暮らしていた村の更に奥にある山の上、下界を見下ろすように建てられた大きな屋敷。

 その屋敷は鬱蒼と生い茂る木々に囲まれ、更にルーナの身長の何倍もある堅牢な石壁に囲まれている。

 黒い格子門が正門のようだ。探せば裏門や使用人が使うような小さな出入り口があるかもしれないが、昼過ぎに出てきてもう日が沈もうとしている。ここからこの正門以外を探すのは疲れすぎていて無理だった。

 ルーナは深呼吸をしてから正門を睨みつける。


「ごめんくださーい! 生贄でーす!!」


 やけっぱちになって思いっきり叫んでみた。声に反応してか、周囲で蝙蝠が羽ばたく。

 しかし、「くださーい」「でーす」という山彦が響くだけで何の反応も返ってこなかった。

 本当にこんな寂れた屋敷に誰かいるのだろうか。しかも吸血鬼なんて。


「ごめんくださーーーい!」


 もう一度叫ぶ。が、やはり山彦が響くだけだ。

 ひょっとしたら二百年前にこの地を捨てた吸血鬼が戻ってきたという噂は全くのデマだったのか? もしそうなら、この屋敷に住み着いてしまうのもアリかもしれない。どうせ村から追い出されてしまい、帰ることは許されてないのだ。

 まるで鉄格子のような門に触れ、軽く揺らしてみる。


「……あれ? なんか、頑張れば開きそうな……」


 ガシャガシャと揺らしてみると少しだけ動いた。力いっぱい押せば開きそうだ。鍵が壊れているのか、そもそもかけられていないのか、どちらなのかはわからない。けれど、ルーナにとって好都合なのは間違いなかった。

 両手で鉄格子を掴み、思いっきり引っ張ってみる。

 ギギ、と鈍い音を立てて扉が少しだけ開いた。

 自分が通れるくらい開けば──と思いながら更に引っ張った。


『おい、何をしている』

「へっ!?」


 どこからか声が聞こえた。ぎょっとしてあちこちを見回してみると、いつの間にか門の上の方に蝙蝠が一匹ぶら下がっていた。

 その蝙蝠は間違いなくルーナのことを見ている。


『許可も得ずに入って来ようなんてどういう神経をしているんだ?』

「い、いえ……ごめんください、って声をかけましたけど……」

『そこから屋敷まで聞こえるわけがないだろう。馬鹿なのか?』


 カチンと来た。この蝙蝠め、と睨んでしまう。

 しかし──「そこから」という言葉から考えるに誰かが蝙蝠を通して話しているのではないだろうか。自分と蝙蝠がいる位置から屋敷までは確かに距離がある。蝙蝠自身がルーナを知覚して喋っているなら、「ここから」と言うのが正しいはずだ。

 ひょっとしなくても、この声の持ち主は噂の吸血鬼──。

 であるなら、ここで無礼な態度を取るわけにはいかない。


「……失礼しました。あの、吸血鬼様ですか?」


 返事はない。さっき会話が成立したのだから、このまま話しても大丈夫だろう。

 ルーナは胸を押さえて緊張をやり過ごす。


「私、生贄です。高貴なる吸血鬼様に血を飲んでいただきたくやって参りました」

『要らない。帰れ』


 冷たく素っ気ない返事があった。しかし、簡単にめげるわけにはいかない。


「そう仰られても私にはもう帰る場所がありません。あなたに血を飲んでいただき、あなたの血肉になることが唯一の還る場所です」

『気色の悪いことを言うな。お断りだ』


 冷たい返事は相変わらずだった。

 見知らぬ吸血鬼にしてみたらルーナの事情など知ったことではないだろう。

 十歳で両親を流行り病で亡くし、祖父母に引き取られたが決していい環境ではなかった。元々両親と祖父母は仲が悪く、ルーナのことは周りの目を気にして気にして引き取ったようなものだ。そんな祖父母のルーナに対する感情は村人たちにも伝わっていき、村全体が「ルーナを見下してもいい対象」と見るのにそう時間はかからなかった。

 元々閉鎖的な村の中での扱いは最底辺。吸血鬼を恐れた村人たちに生贄の役割を押し付けられるのはある種当然だった。

 だから、帰ったってこれまで以上に酷い扱いを受けるだけ。なら、ここで死んだ方がマシだった。


「そこを、そこを何とか……!」

『生贄を寄越せと言った覚えはない。お前を屋敷に入れる義理もない。いいから──』

「いいじゃん別に、入れてあげなよ~。久々に血が飲みたいんじゃないの?」


 突然、場違いに明るく脳天気な声が割り込んできた。

 声のした方を振り返ると野兎を咥えた獣がいる。狼と狐をミックスしたような風貌をしており、赤褐色の毛並みが美しい。ルーナを無邪気に見つめるグリーンの瞳と野兎から滴る血がアンバランスだった。

 こんな獣は見たことがない。

 喋る獣──魔獣の可能性に気付いた瞬間、足が竦んだ。


『お前……勝手なことを言うな!』

「血が足らないからカリカリするんだって。──よ、っと!」


 獣は軽い調子で言いながら、その場で助走もなくジャンプをして悠々と門を飛び越えてしまった。やはり普通の獣ではない。普通の獣はこんなジャンプ力なんか持ち合わせてない。間違いなく魔獣の類だ。

 ルーナは魔獣を見たことがない。生贄になってやるとやけくそに決意してここまで来たが想定外の出来事に今更ながら狼狽え、恐怖を覚えた。

 魔獣は屋敷側から門に体を押し付ける。


「今開けてあげるね~」

『だから勝手に──!』

「ルディ、やめとけ。それ一応開くけど錆びてて閉まらねぇから」

「え、そーなの?」


 またもや急に声が割り込んできた。どこか気怠げでハスキーな声だ。

 その声は──ルーナの後ろから聞こえた。


「ひっ?!」

「おっと……驚かせたか。悪い悪い。まぁ、屋敷に入れてやるから勘弁して」


 驚いて振り返ると、そこには長身の青年が立っていた。

 軍服のような細身のロングコートを身に纏っており、黒髪なこともあって全身黒尽くめだった。もう日も沈もうとしている薄暗さの中、金色の目が楽しそうにルーナを見つめている。

 吸血鬼や魔獣と気軽に話せる相手が普通の人間の筈がない。

 事態についていけずに硬直していると、青年はルーナを軽々と肩に担いでしまった。


「きゃあっ?!」

「よっ」


 さっきの魔獣と同じような掛け声とともに、彼は驚くべき跳躍力で軽々と門を飛び越えてしまった。

 すたん、と膝を曲げることもなく軽やかに着地をすると、屋敷に向かって歩き出す。あまりの出来事に声を失っていると門にぶら下がっていた蝙蝠が飛んでくる。

 そして青年の周囲をくるくると回り出した。


『ジェット! 勝手なことをするな!』

「はいはい、うるさいうるさい」


 どうやら彼の名前はジェットと言うらしい。そして横を歩いている魔獣はルディ。

 自分の置かれた状況に遅れて気付き、自分を担いでいるジェットを見る。


「あの! お、下ろしてください。自分で歩けますっ……!」

「ここまで来たガッツは買うけど逃げだすかもしれねぇし? ルディ、それ何?」

「今日の僕の晩ごはん! ジェットにはあげないからね~」

「いらねぇよ」


 だよね~。とルディが笑う。野兎を咥えたままでどうやって喋っているのだろうか。

 下ろしてはくれなさそうだ。帰る場所も逃げる場所もないのだから、どこにも逃げたりなんてしないのに。初対面のルーナがそう言っても信じたりはしないだろう。

 周りを飛んでいた蝙蝠は屋敷の大きな玄関に辿り着く頃にはいなくなっていた。

 ジェットに担がれたまま屋敷の中に入っていく。

 屋敷の中は薄暗く、埃っぽく、荒れている。相当な年数放置されていたのがわかった。だが、それでもルーナが住んでいた家とは比べ物にならない程に広く天井が高かったし、村にあるどの家よりも豪奢だった。

 吸血鬼が住んでいる、と言う話も納得である。

 階段を上がり、廊下を進み──やけに立派な扉の前まで来た。 


「レミ、入るぞ」

「入るよ~」


 二人はそう言うとノックもせずに扉を開けて中に入っていく。当然、ルーナは担がれたままだ。

 その部屋だけ雰囲気が違っていた。

 荒れ放題の屋敷内とは違って掃除が行き届いている。調度品は手入れが行き届いており、室内を照らすランプの火さえ美しく、屋敷の主の部屋だというのがすぐに分かった。

 室内の様子に見惚れていると、不意にその場に降ろされた。

 よろけそうになったところで首根っこを押さえられる。ジェットが「鈍臭い」と言いたげな顔でルーナの首根っこを捕まえていた。思わず小声で「す、すみません……」と呟いてしまう。


「──ジェット、ルディ。どうしてその人間を連れてきたんだ。オレはそいつに帰れと言ったんだが?」


 怜悧な声が響く。声のした方を見ると、一人の青年が立っていた。

 芸術品のような美しい容姿には眉間に皺が刻まれ、赤い双眸が鬱陶しそうにこちらを見つめている。淡い金髪を緩く一つに結び、肩に乗せて前に流していた。ドレスシャツに繊細な刺繍の施されたジャケットを身に纏っている。およそ『吸血鬼』と言うイメージに近い容姿と格好である。

 唯一想像と違っていたのは『吸血鬼』は黒っぽい服装だと思っていたのに、彼が纏っている服装は白を基調としているということだ。黒づくめのジェットとは真逆に見える。


 ルーナは自分の目に自信がない。美醜の基準もいまいちわからない。

 しかし、目の前にいる吸血鬼は間違いなく『綺麗』な存在だった。

 村の人間が彼を恐れる理由がわからないほどに。

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