三話
「おい、ついてこれるか?」
「どうして急いでいるんでしょうか?」
「決まっているだろ?追手がくる可能性が高いからだ。それまでに違う都市へと向かう必要がある」
「わかりました」
俺の腕をつかんだ女性はそう言葉にしながらも引っ張られるようにしてついてくる。
夜中ということもあり、すぐに他の殺し屋を差し向けられるということはないはずだが、それでも絶対というのはあり得ないことだということを理解している。
いつもどういう方法なのかはわからないが、俺が殺しを行ったということを掴んでいるからだ。
だからこそ、急ぐ必要があった。
急いである場所に向かっていたのだが、そこで女性があることに気付く。
「それにしても、時間は夜なのに、ここにはすごく大勢の人がいますね」
「ああ、そういう場所だからな」
夜に賑わう場所といえば、ブラックマーケットだ。
多くの欲望を満たすものがここで買えると言われている。
どんなものなのか?
実際にものを買ったことはないが、人がそれなりにいるということはわかっていた。
だからこそ、この場所に来た。
よく言うだろう。
人から隠れるためには人混みに紛れるのが一番いいと…
実際にやったことはなかったが、これだけ爪弾きものがいると、確かに有効にはなりそうだと思った。
「ここで何か買わないのでしょうか?」
「買ったら、相手に顔を見られるだろ?それに、今は金がない」
「お、お金がないんですか?」
驚く女性に対して俺は「ああ」とだけ返事を返す。
お金がないというのは仕方がなかった。
依頼で何かあったときに、お金をもっていることで不都合というものが起こる可能性が少しでもあったからだ。
例えば、そう…
「おいおい兄ちゃん、いい女を連れているじゃないか!」
「だからなんだ?」
目の前に通せんぼするかのようにして立ちふさがる男が現れる。
何かを飲んだのか、妙に男はテンションが高く、面倒くさい相手だというのがすぐにわかる。
無視でもいいのだが、それをしてしまうと余計に絡まれる可能性も考えると先に牽制するほうがいいことがわかっていた俺は睨みつけるようにして言い返した。
まさか言い返されると思っていなかったのか、男はすぐに尻込みをする。
「なんだよ」
「そっちこそ、何か言ってなかったか?」
「な、なんでもねえよ」
男は舌打ちをしながらも去っていく。
こういう男というのは、弱いであろう男に絡んでくる場合がほとんどだ。
言い返されると考えていないのだ。
だからこそ、強気な態度で言い返すことで男は怯むというのは経験上わかっていた。
それなのに、女性はわかっていなかったのか、左手は胸の位置においている。
何をしようとしたのかわかった俺はくぎを刺す。
「能力は使うなよ」
「えっと、その…」
「すぐに声でなんとかしようとするなよ、そんなことをすれば俺たちのことが本当にすぐにバレるからな」
「すみません」
「謝るくらいなら、まずは能力を使わずなんとかする方法をこれからは覚えていかないといけないな。それに使うタイミングはちゃんと意識しないとだな」
「はい」
女性の能力は強力だ。
だけど使いどころを考えないと、これからはそれで失敗することが多くなることは想像に難くない。
それに能力を使うということは、自分自身が欠落者だと言っているようなものなので余計によくないのだ。
今は言っても仕方ないことなのかもしれない。
それよりも必要なことをするのが先決だろう。
俺は暗い路地に入り、そのまま進んでいく。
ある場所で足を止める。
「まずはここだな」
地図を見ながら場所を確認すると記憶を頼りにしながら、近くを漁る。
そこにあったのは、一つの小さな包みだった。
すぐに中身を確認するが、前に隠したときと中に変化はなく、非常食とお金が入っていた。
何か見つけたのを気づいたのだろう、女性が声をかけてくる。
「何があったのでしょうか?」
「お金と飯だ」
「本当ですか?でも、それってほかの誰かのものじゃないのでしょうか?」
「誰かのもの?だったら、場所をどうして俺が知っているんだ?」
「それは、その…殺し屋をやっていれば、ほかの人のものも手に入れる機会があると聞いたことがあります」
「は!そんなことを言うやつがいたんだな。でも、これは俺が隠したものだ」
「そ、そうだったんですね。それは、すみませんでした…私が早とちりしてしまっただけのようですね」
「嘘だとは思わないのか?」
「思いません…」
自信満々に答える女性に思わず俺はため息をつく。
「いや、俺もこんな場所で回収って言われたら、そういうことを考えてしまうっていうことを失念していた」
「それじゃあ…」
「ああ、同じように隠したものが、ここ以外にはなるが数か所ある。それをできるだけ回収すれば都市の外に出る予定だ」
「わかりました」
素直にそう言葉にしたところで、女性のお腹が鳴る。
次の場所に行こうと、言葉をしたときにお腹が鳴ったからだろう、彼女は恥ずかし気にお腹を押さえるが、それによる刺激のためなのかさらにお腹が鳴る。
「お腹が空いたのか?」
「は、はい…いろいろなことがあったせいであまり食べていないことを忘れていました」
「そうなのか?だったら、これを食べるか?」
俺はそう言って、袋に入っていた非常食である小さなクッキーと呼ばれる丸いものを渡す。
女性は手に渡されたそれの匂いを数回嗅ぐ。
安全かどうかを確認でもしているというのだろうか?
「大丈夫だ、心配しなくても食えるものだ。そもそも殺すためのものなら、今渡すわけないだろ」
「それもそうでしたね」
女性は納得したのかクッキーを口に入れる。
そして一口噛んだ瞬間だった。
「ぶほ…」
なんと口から出したのだ。
「おい、もったいないことをするな」
「ご、ごめんなさい。で、でも…これはすごく不味くないですか?」
「不味い?こんなに手軽に栄養が取れるいいものがか?」
「そうです。こんなに美味しくないものは食べられませんよ」
「はあ?そんなことを言っても、今はこれしかないことをわかっているのか?」
「それはそうなのはわかっていますが…」
それでも女性は受け付けることができなかったのか、手に残ったクッキーを食べられずにいる。
俺は再度ため息をつく。
「だったら、これを食べろ」
俺はもう一つ入ったものを差し出す。
女性はそれも匂いを嗅いだが、何かに気付いたのか、バクバクと頬張って食べる。
「甘くて美味しい。これも非常食でしょうか?」
「ああ、頭を使うことが多くてな。こういう甘いものも必要になってくる」
「そうなんですね」
今度は女性は残すことなく食べきったところで、俺は再度クッキーを差し出す。
「これは…」
「もう一つあるからな」
「そうですか!」
女性は嬉しそうにそれを口に含み、盛大に吐き出すのだった。