二十話
「いらないことはするなよ」
「いいじゃないですか、せっかくなので、セツも同じように滅茶苦茶にしましょうよ。もう少しすればわたくしもいなくなりますから、それまでにやりたいことをするというのを目標にしてましたから」
「普通に一人ですればよかったんじゃないのか?」
「わたくしは一人で移動できませんから仕方ありません」
ヨミはそう言いながら、自分の体を見せつける。
確かにヨミ自身が言うように一人でここまでくるということは難しいだろう。
だけどだ。
「そもそも、どうしてヨミは生贄になりたい?普通は死にたくないと誰もが思うはずだ」
「わたくしのことを心配してくれているということですか?」
「心配じゃないな。気になるだけだ」
「そうですか。嘘でもそういうときは心配と言葉にするものだと思っていました」
「俺は、別に覚悟がある相手のことを無視するような人間になりたくないだけだ」
「なるほど、それは知りませんでした。わたくしは覚悟があるように見えますか?」
「見えると思うぞ」
「そうですか…それは、嬉しい言葉です」
「ああ、本当にな」
ヨミを見ていると、どこかウタのことを思い出す。
生贄のことを考えると、ウタに危害を加えたりすることはないと思うが、心配にはなる。
「彼女が心配ですか?」
「そうだな」
「こういう場合は否定するものだと思いました」
「否定しても、仕方ないことだ。お前にはな」
「それは、よくお分かりですね。では、そろそろ生贄の儀式についての説明をしましょうか」
「ようやくか」
「はい。ようやくですね。生贄の儀式。それは、木脈にわたくしを捧げる行為になります」
「意味がわかるようでわからないな」
「木脈は、わたくしが言った通りであり、この都市を安全に守るために必要なものです。それは理解されていますよね」
「それはな」
「でしたら、そこの次の話です」
ヨミはそう言葉にすると、何か本のようなものを取り出す。
「これは?」
「儀式についてのやり方が詳しく書かれた書物になります。これを読めばほとんどのことがわかります」
「読んでいいのか?」
「はい。それを読んだうえで、質問をわたくしにしたほうが、セツも生贄について考えることができていいと思いますので」
「わかった」
俺は渡された本を読む。
殺し屋として、多くの依頼書を読んできたこともあり、読むスピードは速いと思っている。
そして、読み解く力も身についている。
依頼書に騙されないようにするために、身についたスキルのようなものではあったが、それが役に立つタイミングがくるとは、正直なところ思わなかった。
そんな書物の内容はこうだった。
生贄の儀式について…
そう書かれた内容は、多くのことを教えてくれる。
一つは、生贄というのは十年に一度の周期で行うこと、一つは、欠落者が生贄になるということ、一つは、その生贄には強力な欠落者が必要になるということだ。
この書物では欠落者のことを御使いと呼んでいるが、同じことだ。
結局は、生まれながらにして宿命を欠落者は宿していたと考えるのが、自然なことだ。
そして、最後に書かれた内容というものが、よくわからない。
「強力な欠落者ってなんだ?」
「それは、わかりませんか?」
「わからないから、言っているんだ」
「そうですか、ではわたくしを見てどう思いますか?」
「どうと言われても、欠落者だとしか思わないな」
「では、セツ。あなたが見てきた欠落者は全てわたくしと同じだったでしょうか?」
「同じなわけあるか…お前みたいな、得体の知れない相手はいなかった」
「では、欠落している場所はどうでしたか?」
「欠落していた場所だと?」
俺はその言葉で、記憶をたどる。
どういう欠落者がいたのかを考えたが、多くは片腕、片足、片目、片耳のように、どこか一部だけを失っている人たちだけだった。
そこまで考えて、ピンとくる。
「片方、一部だけってことか?」
「はい。そちらの方たちの能力はどうでしたか?」
言われて、思い出す。
「弱かったな」
そう弱かった。
ウタのように強い力を持った欠落者というのは、ほんの一握りだろうし、そもそもよく考えると俺自身が出会ったことがなかった。
「まさか、強力の欠落者というのは、二か所以上の体の一部を失っている人のことをいうのか?」
「はい、わかっていただきましたか?」
ヨミはそう言葉にして、体を動かす。
確かにそうだ。
目の前にいるヨミだって、体の一部を二か所失っている。
だから、簡単にわからないような、不気味な強い力をもっているということだろう。
「だから、ウタを必要としていたってことかよ」
「はい。理解をしていただけましたか?」
「ああ、理解はした。でも、結局のところは十年後にまた生贄を必要にしているってことにならないのか?」
「はい、そうなんですよ」
「そうなんですよって、その時にはどうするんだ?」
「決まっています。わたくしの次に生まれた強い欠落者に、担ってもらいます」
ヨミは笑顔でそう答える。
俺は、その次が理解できて、何も言えなくなる。
そんな俺を見て、ヨミが笑う。
「おかしいですね。こういうときは、そんなことはさせないって、大声で否定するものじゃないのでしょうか?そんな運命を変えてやると」
「否定してほしいのか?そうなると、ヨミは満足か?」
「そうですね。話を盛り上げるという意味では、満足ですね」
「そうか、なら言ってやるよ。死ね」
「え?」
「だから、俺は言った。死ね。じゃないとウタが死ぬからな」
「はい?わたくしの言葉を聞いていましたか?」
「聞いていた。だから、言ってやるよ。死ねってな」
当たり前のことを言った俺に対して、ヨミは驚いている。
ただ、それが理解できない。
俺は殺し屋として、非常なことばかりやってきたし、死ぬ運命にあるタイミングというものも見てきたつもりだ。
だから、死ぬという覚悟を決めた人には、言うのだ、死ねと…
でもだ。
「でも、死ぬ前に、言いたいことはあるなら聞いてやるよ」
「え、いや、わたくしは…」
ヨミは言葉に詰まる。
何を言っていいのかわからなかったからだ。
どうしていいのかわからない。
だって違うからだ。
見てきた光景と何もかも、違うのだから…
だが、戸惑いながらも、ヨミは心がドクンと脈打ったのを感じたのだった。




