十八話
「驚きますか?」
「かなりな」
「大丈夫です。それが当たり前ですから、こんな急な話はあり得ないと、思っていますよね」
「ああ、そもそも、俺は…」
「はい、何をしたいのかもわかっています。でも、それは今ではありません。それに、それをするためには彼女を置いていくということです。本当にいいのですか?」
ヨミは俺の目を見ながら質問する。
確かにヨミの言っていることは正しい。
もし俺のやりたいことをやってしまえば、それはウタを置いていってしまうことにほかならないのだからだ。
何も言えないということをヨミはわかっているのだろう、さらに畳みかけるようにして言う。
「あなたにやってもらいたいことは、一つです。本来生贄であるわたくしを、生贄にしてほしいと言いましたよね」
「ああ」
「あなたも今の話で、多くを察したはずです。木脈にわたくしという生贄がいないと災悪が起こりますから」
「その災悪ってなんだ?」
「決まっています。都市がすべてあの闇にのまれます」
「闇に包まれるということは…」
「はい、見てきたと思います。モンスターというものが溢れます」
俺はその言葉に驚く。
だって、そのことを知っているとは思わなかったからだ。
体が不自由なことを考えても、見たことがあるとは思わなかったからだ。
「あれを知っているのか?」
「なんだと思いますか?」
「わからないから、聞いている」
「正直なことを言いますと、わたくしにもわかりません。そういう存在だということくらいしか。わかっているのであれば、対策もしますから…」
「確かにそうだな」
言われて納得する。
確かに、あのモンスターたちをなんとかできるのであれば、さっき俺に言った自分自身を生贄にするということをしないで、モンスターをどうにかしてくれと頼むだろう。
そうしないということは、モンスターがどうしようもない生物だということを表している。
「では、お願いしても大丈夫でしょうか?」
「今からか?」
「いいえ、儀式は言った通り、二日後。明後日になります。ですので、明後日の朝に行けば問題はありません」
「そうかよ。だったら、その時にまた来たらいいのか?」
「そういうわけではありません。わたくしもそこまでは自由にしたいです。それはわかりますよね?」
「いや、そんなことを言われてもわからないが…そもそもウタのことを助けに行くのが先決だと思うんだが?」
「助けにですか?あの場所には二人がいますよ」
「別に無力化すればいい」
「簡単に言いますね。あの二人は強いですよ。一人ならともかく、二人ですから…何かあれば彼女にも危害が加えられますよ」
「そうかよ」
「はい。ですので、わたくしのことをここから連れ出してください」
ヨミはそう言葉にして左手を差し出してくる。
俺は仕方なくその手を掴むと、お姫様抱っこをするようにする。
「さすがは力持ちですね」
「だったら、どうなんだ?」
「いえ、さすがと思いました」
何が言いたいのかわからない俺は、そのまま家から出る。
「ここからどこに向かうんだ?」
「そうですね。秘密の場所に向かいましょうか」
「秘密の場所だと?」
「はい。あなた方がいた場所です」
そう言われただけで、どこなのかピンとくる。
神木に空いていた空洞のことだろう。
また戻るのか…
そう考えつつも、ゆっくりと歩を進めると、ヨミが俺を見てくる。
「どうした?」
「その、名前を聞いていないと思いまして」
「名前?知っているんじゃないのか?」
「いえ、それに関してはわたくしも知ることができなかったことですので」
どういう意味なのだろうか?
ただ、どっちにしても名前くらい教えたところで、何かが変わるわけではない。
勝手につけられたものだからだ。
「セツだ」
「セツ?」
「そうだ。何かおかしいか?」
「い、いえ…」
名前を言っただけだというのに、ヨミは驚いた表情をする。
どういうことだ?
ここまで話していたときだって、そんな表情をしてなかったというのに、名前を聞いて驚くというのは、わけがわからなかった。
だが、ヨミは動揺したことに気付かれたくないのか、慌てて口にする。
「では、わたくしの名前は…」
「ヨミだろ?さっきの奴らが、話しているのを聞いた」
「そ、そうでしたか。それでは先を急ぎましょう」
「言われなくてもそうする」
そして、暗闇を駆ける。
夜目を効かせた俺は、一度行っていたこともあり、かなりのハイペースで目的の場所にたどり着く。
入った神木の中は、初めて入ったときに何もない。
「あっちに連れて行ってもらってもいい?」
「大丈夫だ」
ヨミが支持する方向に歩いていく。
肉眼で見ても、そこに何かがあるというわけでもない。
ただ、近づいたヨミは慣れた手つきでその左手を伸ばす。
木の幹だと思っていた部分に触れると、一部が動く。
「これは…」
「仕掛けです。この都市の」
「なんだと?」
「セツは、この都市へきて、おかしいことはありませんでしたか?」
ヨミに言われるが、他の都市に来たのが初めてだった俺は、セントラルと比べるとおかしなことだらけだったため、何と言っていいのか迷う。
ただ、何も言わない俺にヨミは、すぐに何を考えているのかを察したのだろう。
「中に入ればわかります」
いつの間にか、ヨミが動かしていたそれは、レバーへと変化していた。
ヨミはそれをゆっくりと下げる。
するとどういうわけなのかはわからないが、後ろの木が動き出す。
「セツ、中に入りましょう」
「そ、そうだな」
急に現れた部屋に驚きながらそう答えたところで、中が見えてくる。
何か、見慣れないものが多く見える。
これはなんなのだろうか?
そう質問するよりも早く、ヨミが答える。
「ここが、ウエストのすべてを担う。天候を操るものです」
その言葉の意味が、すぐには理解できなかった俺は、何も言えなかったのだった。




