十六話
「何もなかったな」
結局あの後、暗くなる前まで都市部のほうを見てみたが、特に変わったところはなかった。
そもそも俺たちと同じように神木を目指すような人を見ることもなかった。
変わったものというのは俺たちだけだったのかもしれないと思ってしまうほどだ。
だが、そんな中でも変わったところはあった。
それは警備兵のような存在だった。
俺とウタが神木に向かうとき、そんな人はいなかった。
雨が降っていたため、濡れないように立っていなかったと考えるべきなのか、俺たちを行かせるためにそもそもいなかったと考えるべきなのか…
正解は聞いてみないことにはわからないが、これからのことを考えるためにも一度ウタと合流するのがいいだろう。
「いない?」
合流しようと思った俺は、隠れているはずの木の中に入った。
だが、そこに気配はなくあったのはいつもウタがまずいと言葉にしていた携帯食料のゴミだけだ。
なんとなく何が起こったのかを理解する。
「面倒なことがふえたな」
俺はそう言葉にしながらも、ウタを探すべくまずは目を閉じた。
目を閉じることによって神経を研ぎ澄ませる。
気配は感じることはなくても、やれることはある。
音を聞く。
セントラルで俺がわざわざいた場所というのが、唯一ある森だというのが、こういうときに役立つとは思わなかった。
ほんの少しの変化を見分ける能力というのが身についたのだ。
例えばそう…
「ここを通ってきたな」
どこを歩いてきたというのがわかるのだ。
例えどれだけ偽装しようとしても、神木の近くは草が多く生えており、その草が踏まれた形跡がある。
それを辿っていくことによって、どこから来たのかということを含めてもわかるというものだ。
やはりどれだけ痕跡を消そうとしても、自然の中にいる以上は消せない。
もし消すのであれば、すべてに火をつけるくらいのことをしないといけなくなってしまうからだ。
神木と呼ぶくらいだから、この都市の人間がすることはまずないだろう。
「そのおかげで追いかけることができるってことか…」
俺は確実に足跡をたどっていく。
体力を温存するためにというのと、何かあっても感付かれないようにというのもあった。
そして、辿り着いた先というのは、一つの家だった。
いつものように会話を盗み聞く。
「結局は、あれでよかったのか、僕は疑問だけどね」
「仕方ないでしょ、うちらには御使いが必要なんだから」
「僕もそれはわかってるんだけど」
「同じように能力を持つものとして、同族嫌悪?」
「違うが、急に生贄というのもいけるのかと思ってだ」
「だったらあんたが生贄になる?」
「いや、それは…」
「だったら、口出し無用。じゃないと次こそはうちらの、そしてヨミの番になるんだから」
「そうだな」
「今回の生贄は二日後。その後のことはその後考えればいい」
「ええ、確かにその通りですね」
「その言い方をやめなさい」
聞こえてくる内容というは、意味がわからないところとわかるところがある。
わかるところは同族嫌悪ということだろう。
言葉の意味の通りであれば、話している男女というのはウタと同じ欠落者で間違いはないということだ。
わからないことというのは、生贄という言葉だ。
生贄というのは、誰かを犠牲にするものだということくらいはわかるが、そもそもどうして欠落者を生贄にするのかということだ。
会話を聞いている限りではウタが生贄になるのは二日後だ。
「ウタには悪いが、先に調べたほうがよさそうだ」
俺はそう言葉にして、時を待った。
人は油断する生き物だからだ。
深夜になり、男女の二人が移動を開始する。
家から出て行ったところを見計らって、俺はゆっくりと家の中に入った。
一つだけある気配に会いに行くためだった。
これがウタであるならば、潜入調査をお願いする予定だった。
だが、そこで見たのは十歳ほどの小さな女性だった。
寝ているのか、体はゆっくりと上下している。
この少女が先ほど言っていたヨミなのだろうか?
だったらどうするべきか?
人質にするべきか?
そうすればいざとなったときにウタを助けるための保険になるかもしれない。
そう思ったときに、俺は手を伸ばす。
「ようやく来られましたね」
急に女性が喋ったことにより、俺は驚いて後退る。
「そんなに驚かなくても、いいと思いますが?」
「…」
「ふふ、警戒してわたくしと話すことはしませんか?」
少女はそう言葉にすると、ゆっくりとベッドから起き上がる。
すぐに見た目でわかる、少女は欠落者だ。
右手と左足がないことですぐにわかる。
だが、それにしては情報がなさ過ぎた。
少女は楽しそうにほほ笑む。
その姿はどこか、俺に似ていたのだった。




