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透明街の人喰い獏 (2)  作者: 葉里ノイ


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180-不穏な帰城


 ヴイーヴルとアルペンローゼは、薄青い空が見下ろす広い花街(はなまち)へと帰って来た。変わらない長閑な野原が広がるその向こうに、見慣れた古城の尖塔が見える。

「思ったより時間が掛かっちゃったわ……」

 宵街(よいまち)圏で土産を見繕っていたのだが、想定よりも時間が掛かってしまった。(みずち)が案内してくれた和菓子店には、彼女の薦めた練切(ねりきり)の他にも色々な和菓子が並んでいて、どれを購入するか迷ってしまったのだ。練切は花や季節を感じる形が整列し、どれも美しくて選べなかったので結局全種類を買った。ヴイーヴルは可愛い菓子が大好きだ。

 土産の入った紙袋は全てアルペンローゼが持ち、ヴイーヴルは荷物を一つも持たない。獣に荷物など持たせられない。

「急ぎの雑事はありますか? 城を離れていた時間が長いので、現状を把握できず申し訳無いです」

「え? アルは何も悪くないのよ! 仕事は……アルの仕事は私もわからないけど、私は最近、城下町で調査をしてるの。巨大虫が潜り込んだ経路とか、そもそも巨大虫は何者なのかとか」

 日傘を頭上に差し、疎らに立つ煉瓦造りの小さな家の間を歩く。アルペンローゼが花街にいない間、城も城下町もてんてこ舞いだった。

 元はと言えばヴイーヴルが手紙を残して彼を置き去りにしたのだから、その間の空白の情報を教えるのは彼女の役目だ。アルペンローゼが何を尋ねても答えられるよう構えておく。

「僕も調査に加わった方がいいですか?」

「それはちょっと待ってね……虫以外にも問題があって、そっちの方が今は大変なの」

「虫よりも大変なことですか? それは初耳です」

「大きな声では言えないんだけど、フェルの首輪の状態が悪いの。だから一時的に監禁してるのよ」

 王の名が飛び出し、アルペンローゼはゲンチアナの言っていたことを頭に浮かべた。彼女が怒らせたことが関係しているのかもしれない。だが監禁しているとは、あまりに穏やかではない。道理で密偵のユニコーンが彼と連絡を取れないはずだ。

「監禁……ですか。徒事ではないですね。フェル様は何と?」

「身動きを取れなくして、声すら出せないようにしてるわよ。ロクとワイスが見張りをしてるわ。でも四六時中、二人だけで見張るのは大変だから、アルにはそこに加わってもらうかも。あっ、食事も作ってもらえると、とっても嬉しいわ!」

 最後に大事な一言を付け加え、ヴイーヴルは懇願するようにアルペンローゼを見詰めた。輝く三つの目に見詰められて断ることができる変転人はいない。

「変転人でも見張りが務まりますか?」

「危なければ逃げてくれればいいの。フェルが扉を破るようなことがあれば皆に報せるのよ。もし首輪が壊れてしまったら、アルだって死んじゃうもの」

 それだけは阻止したい。置き去りにしてしまったことを思い出し、ヴイーヴルは三つの瞳を潤ませた。彼を喪うともう二度と彼の作った食事やスイーツが食べられない。そして命が散る姿など見たくはない。

「ヴイーヴル様は城下町の調査、ロク様とワイスは見張りですね。アイト様とスコル様、ハティ様も何か行動されてるんですか?」

「さあ……」

「さあ?」

「ハティはちょっと機嫌が悪いから……スコルはハティに付いてるだろうし……」

「そうなんですか?」

「私が城から離れてる間に、また状況が変わってるかもしれないけど」

 城は一枚岩ではない。誰が何をしているか把握していないことが多い。アルペンローゼもいつものことだと嚥下するが、こうして繋がりや信用が薄いから問題が中々解決しないのだ。一匹狼が多い獣に『協力』は難しい。

「アルにはいけないことをしてしまったから……出来るならもう少し休暇をあげられればいいんだけど……」

「御気持ちだけ受け取っておきます。ありがとうございます」

「わ、私も何か、御仕置きとか受けた方がいいかしら……? アルばかり酷い目に遭うのは許せないわよね? 私を一発殴ってみるとか……」

「しませんよ」

 悪いと思っていることはそれだけで充分に伝わって来る。ゲンチアナはフェルニゲシュを御するためなら彼を殴っても良いと教育されているが、アルペンローゼはそんなことはできないと苦笑する。

「殴れないなら……この場合、私も弱味を見せるのが公平と言うものじゃない?」

「弱味ですか? それはあまり知られない方がいいのでは?」

「弱い所を見せると信用を得られるのよ。アルは今、私に信用なんて無いでしょ?」

「そんなことはないですよ」

「アルは出来過ぎてるから良くないわ!」

 信用を得るために弱味を見せるとは、何処かで聞いた話である。フェルニゲシュが王になった時、大公達を信用するために過去を話してもらったと彼が言っていた。ゲンチアナのようにブローチを渡されているわけでもない、ただ城に従事しているだけの一介の変転人にそのようなけじめは必要ないとアルペンローゼは思うが、このままではヴイーヴルの気が済まないようだ。ならば獣が納得するように話を聞くのも、城に従事する者としての務めだ。

「ものすっごく秘密な話なんだけど、もっと早くに話しておけば良かったかもしれないわ。アルは私達のために城で働いてくれてるんだもの。城の過去も知るべきよね」

「秘密とは、規則違反……ですか?」

「どうなのかしら……私とロクしか知らないことなんだけど、私が許可するって言えば良い気がするわ」

 獣とは適当な生き物である。

「フェルが王になった経緯なんだけど、あんまり広く知られると私の威厳が無くなるわ」

「それは、他言しないと誓いましょう」

「聞いてくれる? 私が王を遣ってた時にね、フェルが私の目を奪ったのよ」

「目を?」

 それは他人に話すべき内容ではないが、弱味だろうと屈辱だろうと、誰かに話したい時はある。話を聞いてもらうことで嚥下できたり気持ちが落ち着いたりすることは珍しくない。彼女は長年そのことを溜め込んでいたが、このアルペンローゼは信用できると認めた。ヴイーヴルは王を退いてから長い年月を古城の地下で怯え、孤独だった。

 三つの目を伏せ、ヴイーヴルは視線を落とす。獣とて長い年月を一人で悶々と屈辱を抱えていると疲弊する。彼女は城の中でびくびくと震えることがもう限界だと感じていた。それを長命な獣ではなく人間ほどしか生きられない変転人に話すなら、覚悟と勇気も少なく済む。もし後悔したとしても、人間ほどの寿命しかないアルペンローゼならもう百年すら生きない。

 アルペンローゼは彼女の心中を察し、一度立ち止まって丁寧に頭を下げた。意を決して大事な話をする獣に対しての敬意だ。

「この額の目をね、取られたの」

「抉られたんですか?」

「この目は特別で、美しくあるために定期的に取り外して磨くのよ。じゃないと曇ってしまうから。森の清らかな湧水で濯いで、つい気持ち良くてうとうとしたの……」

「先が読めました」

「アルは理解が早過ぎるわね。それでフェルに拾われちゃったの。私にとってそれは敗北を意味するわ……王の座を渡すしかなかった」

「そのような理由でフェル様は王になったんですか?」

「大変なことなのよ! 大事な物を他人に触られたんだから……私、何日も泣いたもの。もう誰も信じられない、って」

 城下町の変転人もフェルニゲシュの先王がヴイーヴルだということは知っているが、何故交代することになったかは知らない。城に従事するアルペンローゼでさえ知らないことだ。まさか額の瞳を拾われただけだとは思わなかった。おそらくフェルニゲシュに他意は無かっただろう。ただそこに綺麗な物があったから、何気無く拾っただけだ。

「ですがやはり、それで王の座を退くのは……」

「……そう? じゃあもう少し話さないといけないわね。そもそも何で私が王なんて遣ってた……遣らされてたのかと言うと、『天使』に頼まれたからなの」

 聞き慣れない言葉だ。天使、の言葉だけは声を潜め、アルペンローゼの耳に囁くように言った。誰かが近くで聞いている、とでも言っているようだった。

「天使は滅多に人前に姿を現さないから、存在を知らない人の方が多いわよね。アルも知らないはず。私もよく知らないんだけど……天使も変転人を作るんだけど、白い子以外はいらないらしいのよ。だから、いらない黒と灰の子の面倒を見てほしいって。急に現れたの。責任感があって美しくて強いドラゴンに頼みたい、ってね」

「煽てられてませんか? アナ以外の白を見たことがないとは思ってましたが、そんな理由があったんですね。強いドラゴンと指定されていたなら……貴方が退いた理由も納得できました」

「アナは大事な秘書だから。奪われないよう免除してもらってるの。……なんて言ったら私達の方が格下みたいだけど、違うのよ。天使のことはよく知らないし、争うのが面倒なだけ」

 口元に人差し指を当て、ヴイーヴルは誰にも言わないようにとアルペンローゼに念を押す。

 ヴイーヴルがフェルニゲシュに負かされたから彼女は王の座を退いた。その件で彼女は自信を喪失し、すっかり腰が低くなった。城の中では怯えるばかりだ。無理に仲を取り持つことは仕事ではないのでアルペンローゼは口を出さないが、実権を握る獣達の関係がぎこちないのはこの所為だと合点が行った。

「ロク様はそれを知ってるんですね」

「ええ、そうよ」

「普段から御二人は普通に話せていると思ってました。逆に、他の方とは……距離を取ってますか?」

「そんな風に見える?」

 長閑な野原を歩きながら、ヴイーヴルは日傘の端から空を見る。花街は昔と変わらぬ空の色をしていて、昔を思い出して視界が滲みそうになる。

「ロクのことは信頼してるの。私が泣き付いたら助けてくれたんだもの。泣き付いたことは内緒ね」

「承知しました」

 ヴイーヴルが泣き言を言ったり泣き付くのは珍しくない。アルペンローゼも何度も泣き付かれている。だがそれは喉の奥に押し込み、彼は静聴した。

「フェルが王の座に即いた時、私もうどうしたらいいかわからなくて。偶々近くにいたロクに泣き付いたの。初対面だったけど、助けてくれたのよ」

 まさか先の話に繋がるとは思わなかった。フェルニゲシュに敗北して泣いている時にズラトロクに出会ったとは。ズラトロクと森で会うのは不思議なことではない。今も彼は森でキャンプをしているのだから。

「初対面で泣き付いたんですか……」

 しかも相談の内容が重い。ズラトロクもまさか先王が新しい王のことで相談を持ち掛けてくるとは思わなかっただろう。ズラトロクが悪事を企てる獣でなくて良かった。もし悪巧みをするような獣だったら、城が――いや花街が乗っ取られていたかもしれない。

「アイトとスコルとハティはね、その後、面接で城に入ったの」

「面接……そんな人間の就職活動みたいなことを遣ってたんですか」

 獣は適当だ。人間の遣っていることを真似したりもするが、深く考えないことが多い。使えそうなものは使い、面倒なことは適当に流してしまう。

「募集したら、たくさん応募があったわ。私は座ってるだけだったけど、ロクとフェルが選んでくれたの」

「獣も律儀なんですね……」

「私に負け犬って罵倒する人もいたのよ。負けたからってその人より弱いわけじゃないのに。そういう人はロクとフェルが不採用って言って、その場で首を飛ばしてたわ。物理的にね」

 人間の就職活動など温い想像だった。地獄のような面接だ。

「だからロクのことは信頼してるのよ」

 穏やかに微笑むヴイーヴルは、本当にズラトロクのことを信頼しているようだ。対面すると他の大公に対するように怯えはするが、一番の苦難を支えてくれた面識すら無かった彼に対して、これ以上無く信頼を寄せている。

「皆には内緒よ。私が敗北したことはアイトとスコルとハティも知ってるけど、ロクに泣き付いたとか天使のことは知らないの。アナとワイスは全部知らない。アルは特別よ。これで仲直りをして、ミルフィーユを作ってもらうの」

 ぽろりと下心が漏れ出て、アルペンローゼはきょとんとした後に苦笑した。本当に彼女は素直な獣だ。

「承知しました。最初の仕事はミルフィーユ作りになりそうですね」

 間違いを犯してしまったとしても、アルペンローゼが獣を裏切ることはない。過去を語らなくとも恨んだりはしない。ヴイーヴルは周囲に振り回されたり遣ることは派手だが、世間知らずなだけで根は誠実だ。下心はあるが。

 急がず歩きながら話をしている内に城下町に差し掛かる。見覚えのある顔が変転人の家の前に蹲んでおり、二人は会話の口を閉じた。

「アイト……?」

 前籠が凹んだ自転車の前に座っていた金髪の青年は、聞き覚えのある声に振り向いた。

「ヴイーヴルさん?」

「ど、どどどうしたんですか……? わ、私また何か……」

 城の獣に出会すと途端にこれだ。ヴイーヴルは顔を隠すように日傘を下げ、アルペンローゼの方へ身を引いた。

「自転車で壁に激突した獣がいたらしくて、壁は無事だけど自転車の方がね。修理できるか見てた所」

 ヴイーヴルの視界にはアイトワラスしか入っていなかったが、その後ろに変転人が数人、様子を窺っている。激突された家の住人と近所に棲む変転人だ。

「も、物凄い勢いでぶつかったんですね……誰も轢かれなくて良かったです……」

「虫の件もあるから、知らない獣には気を付けないと」

 アイトワラスは立ち上がって自転車を支え、凹んだ籠を思い切り蹴る。凹みが戻るより先に籠が千切れて飛んでいきそうだ。

「久し振りにアルの顔を見たな。おかえり」

「……只今戻りました。長く留守にして御迷惑をお掛けしました」

 気の抜けた挨拶をされ、返事が遅れてしまった。アイトワラスはヴイーヴルの置き手紙のことは知らないのだろうか。アルペンローゼはヴイーヴルを一瞥し、彼女はびくりと顔を強張らせてぎこちない微笑を作った。

 アイトワラスには置き手紙のことを話していない。アルペンローゼが留守の理由を、アイトワラスは只の旅行だとでも思っているはずだ。

「後はアナちゃんが戻って来たら元通り、かな」

「え……?」

 アイトワラスの何気無い呟きに、アルペンローゼは思わず声を漏らした。ゲンチアナはアルペンローゼよりも先に宵街圏から花街へ帰ったはずだ。アルペンローゼとヴイーヴルは土産を買うために寄り道をし、時間も相当掛かっている。多少の寄り道をしたとしてもゲンチアナの方が先に着いているはずだ。

「アナは先に帰ったはずですが……」

「ん? アルはアナちゃんと一緒にいたのか? オレはアナちゃんを見てないけど、何処かで入れ違ったか?」

 アイトワラスは凹みの直せない自転車を諦め、待っている変転人に詫びを入れた。

「アル、早く城に戻りましょ……スイーツが食べたいわ」

「あ、ごめん。足止めさせちゃったな。オレも城に戻るよ。報告しないといけないことがあるんだ」

「ほ、報告ですか……?」

「虫を街に連れ込んだ獣が死んだんだ」

「! む、虫を連れ込んだ獣……!? 私は……初耳ですが……」

「ヴイーヴルさんがいない間に見つかって、捜してたんだよ。それが死骸で見つかったって話。ロクには話したけど、ワイスちゃんが殺したかなぁ……」

 ヴイーヴルとアルペンローゼは顔を見合わせて困惑する。留守の間に状況が一変している。

 二人は状況が理解できないながらも、アイトワラスと共に急ぎ飛んで古城へと戻った。アルペンローゼは飛べないので、アイトワラスの杖の後ろに乗せてもらった。

 背中の蝙蝠のような小さな翼を大きく広げたヴイーヴルは本気を出せば杖よりも速い。それを追うために振り落とされそうな速度を出され、アルペンローゼは迷ったがアイトワラスの服を掴んだ。服に皺が付いてしまうが、目上の獣の腰や大事な杖を掴むのは躊躇した。

 古城は見る見る大きくなり、城壁に衝突するような速度で飛んでいた二人は急停止して地面に飛び降りる。アルペンローゼでも飛び降りられる高さだが、変転人の身体能力を過信しているのか少々高い。

 開いている城門から中に入ろうとした時、急いでいた三人の足ははたりと止まってしまった。

「……え?」

「な、何ですか、これ……?」

「確認します」

 城門を潜ればいつも迎えてくれる美しい庭は、無残な姿に変わり果てていた。城門から古城に続く小道は客人の目に最も触れるため、見映えの良い大輪の薔薇を中心に飾っていた。特に気を配って手入れをしていたのに、誇らしく咲いていた大輪は地面に落ち、枝は縺れ、千切れた茎や葉が散らかっている。辛うじて根が千切れていない枝も古城の方向へ倒れていた。城門から一直線に、古城へ向かって押し倒されたような痕だった。

 呆然とするアイトワラスとヴイーヴルより先に、アルペンローゼは残骸を踏んで庭に入る。幸いだったのは、花に混じって血が落ちていないことだ。

「ミモザ! ミモザはいるか?」

 周囲を見渡しても人影は無い。何かに襲われたのならミモザも避難しているかもしれない。

 古城の壁に辿り着き中を覗くと、待っていたかのように、白い頭にシャモアの角を生やした男が申し訳無さそうに壁から背を浮かせた。

「ロク様?」

「……庭の有様を見たな?」

「はい。見ました」

「やっぱりこれは不味いと思って、誰か帰って来るのを待ってたんだ。俺の所為だ」

「ロクの!?」

 アイトワラスとヴイーヴルもアルペンローゼを追って古城に飛び込み、同時に叫んだ。

 誰か帰って来るにしても一人ずつが良かったと思いながら、ズラトロクはばつが悪そうに頭を掻く。

「すまん、俺が甘かったんだ」

「何があったんですか……?」

「宵街の客人が迷い込んだんだ。それで引き取ってもらったんだが、最後に一発かまして行きやがった。俺は避けたんだが、庭は……」

 ズラトロクの能力は空間を切ることだが、地面と繋がっている物を動かすことはできない。地面を切ることはできないのだ。根を張る草木は攻撃を避けられない。切断することは可能だが、切った根は元に戻らない。

「宵街の客人とは、また調査か抗議ですか?」

「只の旅行だと言っていたが。とにかく庭が破壊されたのは俺の所為だ。さすがに俺も庭の修復を手伝わないとバツが悪い。君が戻って来て良かった。こればかりは男だとか言わない。何でも言い付けてくれ」

 城門は大型の車でも余裕を持って通過できる程の幅があるが、それと同程度の幅の被害がある。元に戻すのはかなりの時間と労力を要するだろう。三人は無惨な庭を振り返り、少なくとも百株以上は仕入れないといけないだろうと思わず目を逸らした。

「客人だろうが何だろうが、迷い込まないように見張りを増やすべきだな。ウサギでは獣を止められない。丸一日突っ立ってるだけでも文句を言わない獣を雇おう」

 変転人のウサギを門番に雇ったが、丁度席を外した時に客人が来た。門番は一人ではなく、最低でも二人用意すべきだった。そして害意のある獣の相手をするために、変転人ではなく獣を置くのが望ましい。だが立っているだけの門番など、買って出てくれそうな獣に心当たりが無い。

 アイトワラスは宵街の客人に心当たりがあったが、まさか庭を破壊して帰るとは思わなかった。何故入口で止めなかったのかと文句を言われそうなので、客人の相手をしたことは黙っていることにした。菓子を貰ったことで気が緩んでしまった。

「見張りは後で考えるとして、それよりアイトワラス、君が言っていた虫を連れ込んだ獣だが、ワイスに捜させた所、既に死んでいたそうだ」

「あ、それそれ。オレもそれを言おうと思ったんだ。オレも捜してて、さっき死骸を確認した。まさかワイスちゃんが()っちゃった……?」

「……否定はできないが、殺した証拠も無い。わかっているのは、その獣からはもう何も聞けないことだけだ」

「ワイスちゃんが殺してたら、ちょっとした罰くらいは受けてもらわないとだな」

「ああ。だから大人しくしてもらっている。本人は殺してないと言ってるが」

「誰でもそう言うよな」

「アイトワラス。庭と死骸の件はあるが、フェルニゲシュもちょっとした問題が発生している」

「え? まさか悪化した……?」

「かもしれない。声を出せないようにしていたが、自力で一声上げたようだ」

「完全に悪化だよ! (いん)が綻んでるのかな……効力を強めてくる」

「ああ。任せる」

 次々と問題が起こり、忙しなくアイトワラスは背を向けて廊下を駆けて行く。大変そうだとヴイーヴルは他人事のように思いながらその背中を見送り、他人事ではないとはっとした。

「ヴイーヴルさん、手伝って――」

「は、はっ、はい」

 走りながら遠退く声で名を呼ぶアイトワラスに、ヴイーヴルも慌てて後を追った。王を抑える印は一人では足りない。先王の力も必要だ。

 残されたアルペンローゼは二人を見送り、帰って来て早々、現状を把握するだけでも時間が掛かりそうだと嘆息が漏れそうだった。勿論、獣の前でそんなものは漏らさない。

「……死人に口無し」

「?」

 庭を見ながらぽつりと呟くズラトロクを怪訝に見上げ、アルペンローゼは地面に落ちた薔薇の花を一つ拾い上げた。最近植えたばかりの淡い橙色の花だ。立派に育っていたのに、呆気無く散ってしまった。

「アルペンローゼ」

「はい。必要な数が多くて花はすぐには仕入れられないので、少し時間をください」

「ワイスのことなんだが」

「? はい」

 庭修復の手伝いの話かと思い答えたが、どうやら違うようだ。

「あいつは殺してないと言っている。俺はワイスを信じたい」

「……そうですね。彼女は嘘を吐く人ではないと僕も思います」

「君がそう言ってくれるとワイスも安心するだろう。アナは……帰って来いと言ったんだが、やはり躊躇ってるのか」

「帰ってないんですよね?」

「ああ」

「アナは僕より先にここへ戻ったはずです。道中で何かあったのかもしれません」

「……。それは心配だな。ワイスに捜させる。大人しくさせると言ったが……アイトワラスには黙っておいてくれ」

「承知しました」

 胸に手を当て、アルペンローゼは深く頭を下げる。やはりゲンチアナは古城に帰っていない。アイトワラスとは入れ違っていて、ゲンチアナは実は既に城に帰っている可能性も考えていたが、道中で何かあったようだ。ゲンチアナが迷子になるとは思えない。虫を連れ込んだ獣を殺した者も彷徨いているはずだ。アルペンローゼとエーデルワイスに比べて、ゲンチアナは戦闘能力が劣っている。彼女の身が心配だ。

「……所で。大荷物だな、アルペンローゼ。庭の整理は荷物を置いてからでも構わないぞ」

「これは城の皆様にと、ヴイーヴル様からの御土産です。配るよう言い付けられてます。ロク様の分もあります」

 紙袋の中から白い紙箱を一つ取り出し、怪訝な顔をするズラトロクへ差し出す。

 ズラトロクは飾り気の無い箱を開けて中身を確認する。花の形の練切やマカロン色の三色団子など色取り取りの華やかな和菓子が詰められていた。

「ヴイーヴルが好きそうな綺麗な菓子だな。ワイスに渡してくる」

「はい。僕も御土産を置いて、ゴミ袋を持って来ます」

 ズラトロクはエーデルワイスに仕事を頼むため、先に労いを渡しておく。

 去る背を見送り、アルペンローゼも足を動かす。まだ綺麗に咲くことができた花達は、今やもうゴミとなってしまった。

(首が落ちれば用済みのゴミ……人になれない花は儚いが、思い悩むことはないんだろうな)

 大公の各部屋へ土産を届けるために廊下を歩き、アルペンローゼはふと違和感を覚える。獏が花街を訪れた時、城ではミモザと擦れ違わなかったと言っていた。城を歩けば何処にいても姿を見るはずのミモザが、獏が言ったように何処にもいない。

 ミモザの数がかなり減っている。アルペンローゼのいない間に虫にでも襲われたか、何か起こったのだ。

 それはとても静かで、不気味な変化だった。


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