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透明街の人喰い獏 (2)  作者: 葉里ノイ


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171-道化と戯事


 花街(はなまち)の古城の廊下をズラトロクは一人で歩いていた。いつもは連れているエーデルワイスはいない。彼女は少々気分が落ち着かないようで、ベッドに縛り付けたままだ。もう少し頭が冷えないと、自由に連れ歩けない。

 今から獣に会いに行くのだ。万一にも飛び掛かってしまったら取り返しが付かない。城に従事する身とは言え、即刻死刑を言い渡される可能性がある。

(……死刑は無いか。今は)

 ブローチを持つフェルニゲシュは審判できる状態ではなく、ゲンチアナは不在だ。譬え全員が揃っていたとしても、ズラトロクが異を唱えれば死刑は免れる。その場合、他の皆を納得させるような理由が必要だが。

 途中で忙しそうなミモザと擦れ違うが、城下町に派遣されている個体が多く、城内の人気(ひとけ)はいつもより少ない。

 あまり近付きたくはない部屋の前で止まり、最低限の礼儀は忘れずにドアを叩く。

 たっぷりと時間を掛けてドアが開き、狼のような黒い耳をぴくりと動かしながら、スコルが怪訝な顔を出して彼を見上げた。

「あれ? 珍客だ」

「忙しいか?」

「別に。この前買った熊の首が寂しいから、何色のリボンを巻くか考えてた所」

 ドアの隙間から中を覗くと、ベッドの上に色取り取りのリボンが散らかっていた。ハティは来客に興味は無く、ベッドの上でリボンを真剣に凝視している。ソファの上には大きな熊のぬいぐるみが鎮座し、この熊のリボンを選んでいるのだとすぐに推測できた。

「少し邪魔をする」

「え?」

 ズラトロクはドアの隙間に手を入れ、大きく開いた。ノブを握っていたスコルは数歩蹈鞴を踏む。

「何? まさかロクもリボン選び……?」

 スコルとハティの部屋は骨や羽根などが棚に並び、まるで狩人の部屋のようだ。その棚の陰から生きている孔雀が首を動かしたことにズラトロクも少しばかり驚いたが、二人の部屋なら何がいても可笑しくはない。

 椅子を一脚拝借し、ベッドに向けて座る。怪訝な顔をしつつも、スコルもドアを閉めてベッドの上に戻った。

「本当にリボン選び? 僕は闇を映す黒か鮮血の赤がいいと思うんだけど、ロクはどう思う?」

「いや、リボンは選ばない」

 ズラトロクは懐から一通の手紙を出し、それを見た瞬間スコルの顔色が変わった。

「見覚えがあるようで何よりだ」

「それ、何で……」

宵街(よいまち)に置いて来たんだろ? 宵街から預かった、ということにしておこう」

「……宵街……!」

 わかりやすく舌打ちを見せてくれるスコルにわざとらしさも感じるが、反応があるのだから話を続けられる。ハティも刺繍の施されたリボンを両手に、訝しげに顔を上げる。

「ロクも宵街に行ったの?」

「それは後にしよう。まずは俺の質問だ」

 スコルとハティは顔を見合わせ、不満そうにリボンを置いた。

「これは君達が書いた手紙だな?」

「そうだけど」

「そうだよ」

「あっさり認めたな」

「どうせすぐバレる」

「手紙が存在してる時点で」

 二人がヴイーヴルに預けた手紙はアルペンローゼと共に宵街に置いて来た。それを何故ズラトロクが持っているのかは不明だが、ヴイーヴルは下手な嘘が吐けない。ヴイーヴルが手紙を宵街に置いたと嘘を吐いて実はズラトロクに渡していた、ということは無い。ならば宵街がズラトロクに渡したか、アルペンローゼが手紙を持って戻って来た、或いはズラトロクかエーデルワイスが宵街に行ったのだろう。

「ロクの所のは今日はいないのか?」

「ワイスのことか? あいつは今、俺の部屋を掃除中だ。俺は邪魔をしないよう外に出るついでにここに来た」

「ふぅん。いつもペットみたいに連れ回してるのに」

 くすくすと笑う二人に、ズラトロクは手紙を開いて見せる。二人は笑顔を崩さず、手紙を認める。

「何でこんな指示を出したんだ? ヴイーヴルは知っているのか?」

 ヴイーヴルから既に確認は取ってあるが、供述が一致するか二人にも確認を取る。

「ヴイーヴルは良い子だよ。世話係を殺すための手紙なんて思ってない」

「世話係は悪い子だよ。城に甚大な被害を齎そうとした。アルペンローゼっていつも碌なことしないね」

 ハティの言う『碌なこと』は今のアルペンローゼではなく、彼の前に死んだ先代のアルペンローゼのことだ。()()事件の後、城に従事する三人に警戒するようになった。その観察の成果だろう、アルペンローゼの違和感に気付いたのは。

「ねえねえ、ロクは良い子? 悪い子?」

「悪い子は捨てちゃうよ」

「あはははは! 捨てられるロクは可哀想!」

「ゴミ箱にポイだよ! ゴミ箱に入ってるロク面白い!」

 楽しそうに手を叩き合いながら笑う二人の姿を、ズラトロクは無言で見る。二人は巫山戯てばかりで話が進まない。

「…………」

 話を聞くために一度黙らせた方が良いだろう。ズラトロクは表情を変えずに杖を召喚した。

「! 何で杖を……? 遣る気か?」

「図星? ねえ悪い子図星?」

 二人はけたけたと笑いながらベッドの上に立ち上がり、杖を召喚し――

「遅い」

 振る前にズラトロクがサーベルのような杖で薙いだ。



 城下町で暴れた虫の調査から、ヴイーヴルは一旦離れることにした。大きな情報は拾えた。これ以上は粘っても掘り起こせるものは少ないだろう。後は引き続きミモザ達に探ってもらう。調査が進まなくてもミモザ達は暫く常駐させるつもりだ。また虫が現れた時に、迅速に城に報せるためである。

 変転人が虫の相手をすることは難しいと今回の件でわかった。犠牲を零にすることはできないだろう。

(城下町に獣を配備しても、犠牲者は出るわよね……城下町は広いんだから。そんなに手伝ってくれる獣はいないだろうけど)

 城下町と一言で言っても、大きく分けて四つもの区画がある。中には獣が棲む場所もあるが、城下町全てを守るのは困難だ。

 帰城すると近くのミモザに告げ、ヴイーヴルはいそいそと古城に帰る。城下町の家が途切れると背中の蝙蝠のような翼を大きく広げ、古城への距離を一気に詰める。ヴイーヴルは杖を出さずに飛行ができるのだ。

 古城の外壁まで飛ぶと地面に足を下ろし、翼を畳んで小さく戻す。

(早く暗い所に戻り……)

 足早に城門を潜ろうとした時、静かな城で轟音が鳴り響いた。

「!?」

 頭上から岩が降り、ヴイーヴルは慌てて跳び退く。岩は幾つも散らばり、庭の花を潰した。

「え……何!? 敵襲!?」

 混乱しながら城壁の陰に潜んで見上げると、色取り取りのリボンが華やかに薄青い空を舞い、二つの人影が見えた。

「吹っ飛ばすことないのに!」

「ひどーい! ねえ私のぬいぐるみは無事!?」

 杖で空を飛ぶ二人には黒い狼の耳と尾があり、すぐに誰なのかわかった。

(スコルとハティ……!?)

 二人の視線を辿ると、城にぽっかりと穴が空いていた。二人の部屋の位置だ。そこから見慣れたシャモア角が生える白髪が顔を出す。

(ロク……!? も、もしかして喧嘩!? ど、どどどうしよう……! と……止められる……? 私……)

「ぬいぐるみはこれか?」

 ズラトロクはソファに座っていた大きな熊のぬいぐるみを片手で掴み、空中に突き出す。もう片手にはサーベルのような形の杖を握っている。

「何をする気?」

「その子に手を上げたらタダじゃおかないんだから!」

 スコルとハティは尻に敷いた杖をばしばしと叩く。

「もう巫山戯ないなら許してやる。だが、反省しないならこの熊の首が飛ぶ」

「なんて卑劣! 人質……いや熊質だ!」

「なんて鬼畜! ロクがそんな人で無し……いや獣で無しだったなんて!」

「……獣で無しは違う気がするな、ハティ」

「……そうかもしれない。寧ろ獣らしいと言うべきかも」

 二人は顔を見合わせて訂正した。獣は卑劣で鬼畜なものだ。

「君達みたいなのは、一度痛い目を見た方が理解できるだろう。誰しも憐れみを持って寸止めするわけじゃない」

 花街の中で最上位の古城と言う棲み処を得たスコルとハティは、まるで自分達が王にでもなったかのように踏ん反り返っていた。人々を見下ろすのは最高の気分だった。フェルニゲシュは御飾りなのだから、実質大公が王なのだと思っていた。誰も自分達に逆らわない。そう思っていた。

「――――!」

 大きな熊のぬいぐるみの体が、ぶちりと千切れて頭を残して落ちて行く。何度も売り切れて入荷を待ち、漸く手に入れた物だった。買えたことにスコルも一緒に喜んだが、欲しがったのはハティの方だ。

 スコルは恐る恐る、油を差していない機械のように首を動かしてハティを窺う。彼女は目を見開いたまま固まっていた。


「アアアアアアアアア!!」


 まるで世界の終わりのように嘆き、慟哭のように叫びながら、ハティは傍らに飛ぶスコルの上に跳び乗った。空いた自分の杖を翳し、空へ向かって振る。

「ロクなんて死んじゃえ!」

 一瞬の内に辺りは闇に包まれ、光を失う。

 ランタンも星も無い闇が広がり、地上で様子を窺っていたヴイーヴルは震えた。

(ま……不味いんじゃ……。城が吹き飛んじゃう!)

 止めなければと思うが、迂闊に動けない。

(私に攻撃が飛んで来ることは無いと思うけど……巻き添えはあるかも……)

 庭の花々は消え失せ、蔓状の大きな木が次々と生える。木は城壁を這い、破壊していく。ズラトロクの足場を無くそうとするように崩壊させていく。

「ぬいぐるみ一つでここまで癇癪を起こすとは」

 木は城の中にも這い、ズラトロクの背後から迫る。

「俺は君達の能力を知っている。一人では欠点を補えないこともな」

 スコルとハティは大公である。王に次ぐ権力を持つ。だが二人のブローチは一つずつではない。半分こなのだ。

 二人合わせて本領を発揮することができるのに、スコルは能力を使わない。

「スコル! 何してるの? ぬいぐるみの仇!」

「そんなこと言われても……飛んでたら杖が振れないんだよ。足場が無いと!」

 飛行する獣の多くは、杖に乗ることで空を飛ぶ。スコルとハティもそうだ。ハティはスコルに跳び乗ったが、スコルは何処かに足を付けないと杖が振れず、力が使えない。

「足場なんてたくさんある! 外壁も、地面も!」

「ハティの闇が全部呑んじゃったじゃないか!」

「だって! ぼくの……ぼくのぬいぐるみが!」

「……落ち着いて、ハティ! 木をこっちに伸ばして」

 焦燥に襲われて言い合う二人をズラトロクは黙って見守る。ズラトロクに殺す気があれば、二人の頭は疾うにぬいぐるみのように離れ離れになっていただろう。古城の平和は戦闘から遠ざけ、緊張感を忘れさせてしまった。

 ハティは足下に木を伸ばし、スコルは高度を落として足を揺らす。


「――よいしょ」


 爪先が木に付いた。そう思った瞬間に二人の頭上に大きな手のような黒い影が覆い、二人は押し潰されるように地面に叩き付けられた。

「っ!」

 何故地面があるのか。一瞬の内に闇が晴れ、庭は元通りの花々で満たされる。水浸しにはなったが、城には最初に空いた穴だけで、他に破壊の跡は無い。蔓状の木も何処にも無い。

「ヴイーヴルか? 助かった」

 頭上から声が降る。ヴイーヴルは杖を下ろし、ズラトロクを見上げてぎこちなく笑った。困惑の方が勝り、上手く笑えていなかった。

 ズラトロクは穴から飛び降り、水滴が滴る庭を見渡す。

 花々に埋もれて見えなくなった彼に、ヴイーヴルはおどおどと駆け寄った。

「い……一体どうしたんですか……?」

 花の中に立ち上がったズラトロクの手には、頭の繋がっている大きな熊のぬいぐるみが抱かれていた。

「あら……? そのぬいぐるみ……」

「やっと手に入れた物を壊したら可哀想だろ。空間を切って、首を切ったように見せ掛けただけだ」

 花の間から啜り泣く声が微かに聞こえる。ハティには随分と堪えたことだろう。

「何故こんなことに……?」

「アルペンローゼのことを訊いたんだ。あの手紙のことを。手紙を見せたら認めたが、巫山戯てばかりでな。一度しっかり言い聞かせておいた方がいいと思ったんだ」

「アル……」

「はあ……躾は得意じゃないんだ。遣り過ぎたか?」

 ズラトロクは困ったように頭を掻き、ぬいぐるみを抱えて声の方へ濡れた花を分けた。

 花をベッドにしながら、濡れ鼠のハティは丸くなって鼻を啜っていた。隣でスコルが彼女の頭を撫でて宥めている。

 花の間からぬいぐるみを抱えたズラトロクが顔を出すとスコルが先に気付き、ハティの肩を叩く。スコルが指差す方へぐしゃぐしゃになった泣き顔を向けたハティは、目を丸くしてぬいぐるみに飛び付き、ズラトロクの腕に噛み付いた。

「痛い。おい、痛い」

「熊はもっと痛かった! 首が取れた!」

「首は付いてるだろ。よく見ろ。最初から切ってない」

「? なに……?」

「あの手紙のことをきちんと話せば熊を返してやる」

「……足りない」

「ん?」

「あの絶望はそれじゃ足りない……色違いの熊も買って!」

「じゃあこの熊の首は毟るか」

「アアアアア!」

 ハティは杖でズラトロクを殴り、何とか熊を返してもらった。大きなぬいぐるみを抱き締め、スコルの後ろに隠れる。

「ロク。男と喋る気があるなら話すけど」

「構わない」

 ハティは話す所ではない。やっと手に入れたぬいぐるみから離れたくないようだ。

 スコルはズラトロクの後ろに立つヴイーヴルを一瞥する。口を割らない限り手紙のことは漏洩しないだろう。ヴイーヴルが話してしまったようだと察する。

「ロクは何が聞きたい?」

「アルペンローゼを何で宵街に押し付けたんだ?」

「秘書が被害を受けるといけないから、気を利かせたんだけど」

「殺せと言う必要は無かったんじゃないか?」

「ロクはまだ知らないんだ。あれの感染力を」

「ほう。君は知っているのか」

「ロクは城にあんまりいないから。ヴイーヴルも引き籠りだし、アイトは人間の街に入り浸ってる」

「否定はしない」

 ズラトロクは湖畔でキャンプをしていることが多く、ヴイーヴルは地下の自室に閉じ籠っている。二人は城の中を歩くことが殆ど無い。精々食事と会議の時くらいだ。

「最初に違和感を覚えたのはミモザだよ。ミモザの挙動がおかしくて。まるで故障した機械みたいだった。機械なら修理できるけど、ミモザは特殊だから」

「そうだな。ミモザは薬で調整して作っている。ヴイーヴルが担当している。……それでヴイーヴルを巻き込んだのか?」

「ミモザは皆お揃いにしてるから、一人が駄目だと、みーんな駄目ってこと。故障したら廃棄しないと。家畜だってちょっと病気に罹ったら全部始末するでしょ。処分しながら様子を見てたけど、それが世話係に移ってる可能性が浮上した」

「ミモザだけでなく、他の変転人にも感染するとなれば確かに厄介だ」

「宵街に殺せって手紙を渡したのは、宵街のためだよ。向こうでも感染が広がってパニックになったら大変だから。こっちで世話係を処分すると面倒だからさあ……ミモザなら皆同じ顔だから入れ替えられるけど」

「ミモザに異常があった時点で何故相談しなかった?」

「虫の犯人探しと同じだな。何処に敵がいるかわからない。最初に疑ったのはヴイーヴルだけど」

「えっ!?」

「だってそうじゃん。ミモザを作ってるのはお前なんだから」

「そうです……けど……」

 まだ完全に疑いが晴れたわけではない。だが関与している証拠も、していない証拠も無い。自分だけが自分のことを知っており、自分だけが自分を信じられる。

「それからもう一人、先生も疑った。薬を作ってるのは先生だから」

「それで診療所に連れて行かなかったのか」

「ロクも怪しいよな。城から離れて高みの見物って感じがする」

「悪戯ばかりの君達も充分怪しい」

「それは困った困った。みーんな怪しい」

 スコルはけたけたと笑う。

「絶対皆、隠し事してる。この辺で明かしてすっきりしない? フェルニゲシュが王になる時に、信用を得るために過去を明かしたみたいに」

 悪戯っぽく笑って提案するスコルの後ろで、ぬいぐるみに顔を埋めていたハティは不貞腐れたようにズラトロクを横目で睨む。まずはお前からだと言っているようだった。

「……いや。信用なんかどうでもいい。そもそも君達は重い過去なんて無かっただろ。俺は俺の遣りたいように遣る。聞きたいことはもう聞けた。じゃあな」

 必要以上に馴れ合う気が無いズラトロクは、さっさと踵を返してしまった。

「ロクは詰まらないな。所詮寄せ集めの大公だからなぁ」

「あ……あの、私もこの辺で……」

 便乗してそそくさと立ち去ろうとしたヴイーヴルは、案の定呼び止められた。

「ヴイーヴル!」

「は、はいっ」

 泣き止んだがまだ跡が残るハティがヴイーヴルを睨み上げている。

「ヴイーヴルが上手く手紙を置けなかった所為! ヴイーヴルが悪いの!」

「す……すみません……」

「色違いの熊買って来て!」

「え……」

「大きい白熊買って来て!」

「ぅ……売ってますか……?」

「この子を買った時は売り切れてた。入荷情報を見て駆け込むの! いい!?」

「うぅ……わかりました……」

 ヴイーヴルは眉尻を下げながら頷くが、入荷情報の手に入れ方もわからない。アルペンローゼがいてくれればと、またいない彼のことを考えてしまった。

 早く離れないと他にも注文されそうだ。ヴイーヴルは今度こそ早足で暗い自室に戻った。


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