165-変装
人では無い者が居着く、人では無い者が立ち入れない場所に、不穏な影が顔を突き合わせていた。
薄暗い喫茶店のカウンターで店主が豆を挽き、珈琲の芳しい香りが鼻腔を擽る。
店の隅で稀薄な気配を纏う少年は淹れたての熱い珈琲を一口飲み、静かにカップを置いた。
「……妙なことになってきたな」
大人しそうな人間の姿をした少年は静かに睫毛を伏せて口元に手を遣り、対面に座る重苦しい首輪を装着している妖しい動物面に視線を上げる。
「だからね、僕も花街に行ってみたいんだ」
「それを統治者ではない僕に言われてもな……狴犴に相談すべきじゃないか?」
「狴犴は嫌! 話すなら君から話してよ。だから君に会いに来たんだから」
「僕に会いに来ていることも、狴犴はどう思うか」
「大丈夫だよ。人間の願い事の手紙はあるし、表向きは善行ってことで人間の街に出て来てるから」
動物面は自分の首に嵌められた厳つい首輪を指し、自分宛ての手紙を目の前にちらつかせる。罪人である獏は無断で牢から出てはいけないことになっているが、科された善行を盾に悪知恵を働かせる。最近は花街の問題に絡むことが多く、獏も大義名分を得たとばかりに自由に行動している。
「ほら、君の知らない間に手に入れた花街の招待状に、アルさんに書いてもらったお城の地図。御宝のマークも付いてれば気分は上がったけど、そんな物は無いですって言われちゃった」
「……獏」
「ね、いいでしょ? 贔屓。……じゃない、ヒナ」
人間の殻を被る贔屓は苦笑し、知らない内にあれこれ集めたものだと感心する。宵街に行かずとも宵街の中を知れて関わりを持てる獏の牢は、外部の者には都合が良いようだ。
人間の街で困っている変転人がいれば助けにとある程度の自由を与えているが、こうして利用されることを想像し考慮すべきだった。獏の牢を作った時点では花街の存在など知らなかったのだから、利用されることなど考えられなかったが。
獏は何とか許可を貰おうと、牢に遣って来たフェルニゲシュとゲンチアナのことを贔屓に素直に話した。話すことはアルペンローゼも承諾している。
獏は罪人であり、牢を出て花街に行くには宵街の許可が必要だ。許可を得るにはある程度の情報共有が必要となり、信用を得なければならない。アルペンローゼが話してくれたおかしなミモザのことも話した。
だが墓地の話は伏せておいた。必要なら話すが、宵街はそんなことに興味は無いだろう。誰の墓地なのか知るための調査など、宵街が手を貸すはずがない。いきなり墓地なんて言われても頭に疑問符を浮かべるだけだ。
なので獏は虫の問題だけを挙げた。虫は共通の問題である。宵街にも関係があり、見過ごせないことだ。虫の問題の解決のためなら宵街も許可を出すはずである。
「花街の虫騒ぎの情報、もっと知りたいでしょ? 花街の城は連携が取れてないから、情報が転がったままで拾い集められてない。フェルが招待状を書いてくれたから、これはチャンスだよ」
「どういう風の吹き回しだ? 厄介事に巻き込まれる可能性があるのに、そんなに乗り気とは。狴犴には黙っていてやるから、本心を言ってごらん」
贔屓は口元に笑みを湛えるが、目は笑っていない。冗談を言えば今までの信用が全て崩れるだろう、そんな予感がして獏は唾を呑んだ。下手なことは言えない空気だ。
「えっと……狴犴に言わないなら……。お城って場所に興味があるのと……アルさんとアナさんが心配で……。アルさんには助けられたし……」
善行で遭遇した素速い悪夢を狩った時のことだ。アルペンローゼは自傷を選択し、それは叱ったが、あのまま苦戦していれば廊下で待つ灰色海月も大怪我を負うことになっていたかもしれない。
「同情か? はぁ……宵街としても確かに情報は欲しいが、罪人とは言え君をあの礼儀を知らないヴイーヴルのいる花街へ送り込むのは気が引けるんだが」
「でも敵対してるわけじゃないし、問題なのは虫であって、獣同士で啀み合ってるわけじゃないでしょ?」
「それはそうだが、どうにも……アルペンローゼとゲンチアナの件はきっと厄介事だよ。君の優しさは尊重したいが、最後まで責任を持てるのか?」
「責任と言われると……。でも様子を見るだけだよ。戦うのは僕も嫌だし」
ヒナは溜息を吐き、珈琲を一口飲む。悪事を働いた罪人が他人を思い遣っているのだから、送り出してやりたい気持ちはある。
贔屓が統治者の立場ならきっと行かせないだろう。だが今はもう統治者ではない。あの時よりも柔軟に考えられる。
「……では僕からも幾つか情報を与えよう。鵺が花街の調査をしてくれたんだ」
「うん。そこで虫が出て来たんだよね?」
「ああ。その時に獣に弄ばれたらしい。一度目の訪問では城の前で獣に出会して一悶着あったが、二度目は花街に入った瞬間から手の上で転がされた。鵺は顔が割れているから、すぐに気付かれたんだろう。つまり一度訪問した面々は警戒されている。君は招待を受けたと言うが、誰を連れて行くつもりだ? さすがに罪人を一人で自由にさせるわけにはいかない」
「僕は行くとして、この場合監視役ってどうなるの? 同行するの?」
傍らで静かに座って話を聞いていた灰色海月は、話題に上がったことで背筋を伸ばした。
「してほしいが、信頼できる獣が同伴すれば不問にできる……と思う。狴犴に確認しないといけないが」
「わかった。じゃあ君を連れて行けばいいね。でも獣ばっかりで行ったら警戒されるかな? 最初の訪問でも変転人を連れて行ったんだもんね……」
自分が同行するとばかり思っていた灰色海月は静かに肩を落とした。
「マキさんは心強いけど、まだ入院してるよね。ヴイーヴルと顔を合わせてるし……あ、もしかして君も顔を合わせてる?」
「僕は行かない」
「え……」
獏は愕然とした。贔屓ならきっと協力してくれると思っていたからだ。まさか断られるとは思わなかった。
「怖いの……? 観光みたいなものなんだけど……浮かれた感じが出せない?」
「それは挑発か? 怖くはないが、問題がある」
「何?」
「ズラトロクという獣の問題だ。女性に扮して接近しないと会話ができないなら、女性を連れて行く方がいいだろ?」
「信頼できる女性の獣? 鵺は駄目なんだよね。螭は食事作りで忙しいだろうし……じゃあ鴟吻とか?」
「駄目だ」
「饕餮の手綱は握る自信が無いんだけど。……あ、蜃を連れて行けばいいってこと? 蜃はスカートを穿くのを嫌がると思うけど大丈夫かなぁ。椒図も付いて来そうだし」
「蜃には賛成しよう。椒図も行きたいと言うなら止めない」
「ねえ、君は人間の殻を被れるんだから、女の子の殻を被ることはできないの?」
「この力は万能じゃないんだ。何にでも擬態できるわけじゃない。この一つの殻を作るためにどれだけの観察時間を要したか」
「そんなに大変な能力だったんだ……。でも君の顔なら何とか大丈夫だよ、女装。狴犴の顔は無理だと思うけど」
少年の姿の贔屓にはまだ望みがあるが、二十歳前後の青年体の狴犴には厳しい。身長が百八十センチメートル以上ある女性は中々いないだろう。
「獏。顔で判断するものではないよ」
「狴犴は譬え女性だったとしても連れて行きたくないよ。除外できる理由を探してるの」
「除外も何も、狴犴を宵街から長時間連れ出すわけにはいかないが。特に問題を抱えている今は」
「だから贔屓だよ。いざって時に心強いし。僕も嫌々お面を外す……から。この醜い顔が女の子に見えればいいけど」
動物面はヴイーヴルに見られているので、無い方が良い。面が無くとも死にはしないと自分に言い聞かせる。
「ズラトロクも美醜は気にしないんだろ? 獏なら大丈夫だろ。僕は辞退させてもらうが」
「どうしても……? 性別ってそんなに気にするものかなぁ。蜃は特別だと思ってたけど」
「獣の多くは生殖機能が無いが、自分の性別は理解しているよ。寧ろ獏が適当過ぎる」
「そうなの? 顔を見られないなら服なんて何でもいいけどなぁ。動き難いのは嫌だけど」
「渾沌のように性別の無い無性も存在するが、少数だろうな」
「え!? 渾沌って無性だったの!? 男だと思ってた……声が男性みたいだったから……」
「そうだな。つまり重要なのは顔ではなく声。女装をしていても声が低ければ疑われる」
「あ、じゃあ蒲牢を連れて行こうかな。歌う時の蒲牢の声なら女性にも聞こえそう。歌ってない時でもあの声を出せるのかな?」
表情は変わらないが、ヒナは安堵した。女装しなければ死ぬと言われればするが、そうではないならしたくはない。するとなれば間違い無く鴟吻が出て来る。鴟吻は饕餮と言う妹ができた時、大層喜んだ。饕餮が記憶を喪った時も、髪に結ぶ新しいリボンを楽しそうに選んでいた。睚眦も妹ではあるが拷問官と言う立場がある故、舐められるような格好をさせるわけにはいかない。
女装が許されてしまうと、鴟吻は間違い無く上機嫌で服や装飾品を選ぶ。着せ替え人形になるのは御免である。今頃彼女は千里眼でここを覗きながら、わくわくと興奮しているはずだ。
「僕は行かない代わりに、狴犴に話してみるよ。獏の本心は、黙っていたいなら言わない。その間に獏は狻猊に服の相談をしてみるといい。丁度いい服を見繕ってくれるはずだ」
贔屓は同行を拒んだが何とか話を通してもらえるようになり、獏はぱっと顔を明るくした。ヒナは招待状と地図を一旦預かり、席を立つ。
会計を済ませる間、獏の傍らで静聴していた灰色海月は、女性が欲しいなら私を連れて行けば良いのに思っていた。獣のみで花街に行くなら入る隙は無いが、警戒を薄めるために変転人を連れて行くとなった時は挙手をするつもりだ。
三人は喫茶店を後にして宵街へと転送し、擬態を解いた贔屓は上層の科刑所へ、獏と灰色海月は近くの工房へ向かった。横道の茂みを踏み、四角い箱のような石の間を抜けて工房のドアを叩く。中には先客はおらず、脚を組んだ狻猊が手に太い針を持って鳥のような大きな嘴のペストマスクを縫っていた。
来客に気付いた狻猊は咥えていた煙草を硝子の灰皿に置き、針を持っている手を上げた。
「どうしたんだ? 何かあったか? アルペンローゼが何か教えてくれたとか」
「通信関係は何も聞いてないよ」
狻猊は以前、獏の牢へアルペンローゼを訪ねた。花街圏でも連絡が取れるように携帯端末を調整するためだ。だが何も聞き出すことができなかった。
「まだマスクを作ってるの?」
そのペストマスクは虫の発作を抑えるために使用していた物だ。ユニコーンが虫を駆除してくれる今はもう必要無い物である。
「あー、これな? もう作らなくていいって言われたんだが、途中まで作って放置するのはムズムズすると言うか。失敗したならともかく、一度作り始めた物は完成させたいだろ?」
「へぇ」
「で、お前は?」
「僕に合う女の子らしい服が欲しいんだ。代価に、君に最新の情報をあげるよ」
「え? マジか……」
最新の情報と言われると気になる。今まで情報の伝達が早かった例の無い彼の心を動かすには充分だった。
「贔屓はそういう服、どんなのが似合うかなぁ」
ぼそりと独り言を呟き、獏は机上の完成したマスクを眺める。平面の素材が立体的に縫い合わされていて、見ていると溜息が漏れる。
「……贔屓? え、何……そういう趣味ができたのか……? いやオレは贔屓とあんまり喋ったことがないからな……そうかそういう趣味があったんだな。気付かなかったぜ。待ってろ、幾つか作り置きがあるんだ」
製作途中のマスクを置いて狻猊は奥の部屋へ行き、すぐにドアが開いて手招く。獏は灰色海月を置いて奥へ入った。
残された灰色海月は壁際に置かれた椅子に座って待った。人の姿を与えられた変転人が宵街に連れて来られた時、最初に行くのがこの工房だ。ここで服と転送用の傘を作ってもらうのだ。その時のことを思い出す。灰色海月は変転人となって二年足らず経ったが、本当に色々なことがあった。嬉しいことも嫌なこともあった。嫌なことの方が少し大きいかもしれない。それでも自分を助けてくれた獏の許に今も居ることができて、それは継続する嬉しさだ。これからも嫌なことはあるかもしれないが、獏の許に居られるのなら乗り越えられるはずだ。
奥の部屋のドアが開き、着替え終わった動物面がちらりと覗く。花街に行くために面は外すが、それは宵街を出てからだ。
フリルの付いた白いブラウスに黒いスカートを翻してくるりと一度回り、獏は微笑んでスカートを抓んで見せた。
「どう?」
「お面がある限り変質者に見えます」
「酷くない?」
獏は頬を膨らせ、狻猊は顔を逸らして吹き出した。
「……ああそうだ、獏、観光客の雰囲気を出すなら、頭に耳を付けるのはどうだ?」
着替えながら最新の情報を得た狻猊は機嫌良く提案するが、すぐに却下された。
「そういうのは現地で買う物じゃないの? 何で付けて行くの。それに今付けたら耳が大渋滞だよ」
自分の耳に加え、マレーバクの面の耳もある。そこへもう一つ耳を付けると何の生き物なのかわからなくなる。
「……それもそうか。じゃあ海月にでも付けとくか」
三角に尖った動物耳のカチューシャを勝手に頭に付けられて彼女自身は見えなかったが、灰色海月はこれで花街に行けるのだろうかと満更ではなかった。
そうこうしていると工房のドアが開き、贔屓が顔を出す。もう狴犴と話をつけてきたようだ。その後ろに黒いフードを被った赤髪の少女と緑髪の少年が立っている。
「蜃、椒図! 来てくれたの?」
「どうしたその格好……」
「可愛いじゃないか」
それぞれの感想を笑顔で流し、獏は贔屓に結果を尋ねる。
「贔屓、どうだった?」
「狴犴としても虫の問題は頭の痛いことだからな。思ったよりもすんなりと許可が出たよ。但し花街を刺激せず、こっそりと偵察に留めろとのことだ。もし問題を起こせば、罪人は蜥蜴の尻尾切りをされると覚悟しておくように」
「別に、問題なんて起こさないよ」
「蜃と椒図は鴟吻に見つけてもらって呼んだ。掻い摘んで事情は話したよ。二人共花街には興味があるようで良かった。蜃も女装してくれるそうだ」
「椒図が行ってみたいって言ったんだ。女装は不本意だ。……おい狻猊、じろじろ見るな」
「お嬢さんなら、ちょっとばかし露出のある服でもいいかもな」
「は? 絶対嫌だ。顎砕くぞ」
「僕が着てみようか?」
「正気か?」
椒図の冗談はいつもわかり難い。いや本気かもしれないが。外に一切出ることができない地下牢生活が長かった所為もあり、好奇心が止まらない。
「それで露出とは、どの程度なんだ? スカートを穿くのか?」
「そりゃ露出と言ったらミニスカで肩も胸元も出すだろ。ハハ、弟が妹になるな」
「正気か?」
ただスカートを穿くだけだと思っていた椒図は、自分の体を見下ろして困惑した。狻猊の言う露出は想像を上回っていた。江戸時代に地下牢に入れられた椒図は洋装の想像がまだ疎い。
「あ、そうそう。贔屓の分はこれでいいか? フリルが多くて作るのが大変だったワンピースだ」
「何故僕の分が?」
贔屓は笑おうとするが、目が笑っていなかった。赤褐色の目を細め、冷たく見下す。
「……すみません。あいつに言われただけです」
狻猊は壁まで下がり、震えながら獏を指差した。獏に言われたのは事実だが、今後は贔屓をからかうのは止めようと心に誓う。
「え!? 独り言は漏れたかもしれないけど、用意してって言ったつもりはないよ!」
「着ないと言っただろ?」
「言った……ごめん……勘違いした狻猊が悪いと思う……」
正面から贔屓の目を見ることができず、獏は俯く。殺気は漏れていないが、贔屓の威圧感は並の獣を怯えさせるには充分だった。
ばつが悪そうにしゅんと落ち込む獏を見ていると、贔屓も次第に気不味くなる。感情が素直に漏れてしまう獏は、悪気が無かったことも手に取るようにわかってしまう。少々大人気なかったかもしれないと贔屓は反省する。獏はこれまで独りで居る時間が長かった。それは自分の意志では無く、人間に囚われたからだ。椒図が友達を求めるように、獏もまたそういった存在と連みたいのだ。
「観光するんだろ? 獏、土産話を楽しみにしているよ」
「……う、うん」
これは一体何のために花街に行く集まりなんだと思いながら蜃は椒図を見上げた。椒図にもわからない。表向きは観光のようだが。
「じゃあこれは……椒図が来てみるか? サイズは贔屓とあまり変わらないから」
「そうなのか? 着てみるよ」
狻猊から服を預かり、椒図は奥の部屋へ行く。椒図は楽しそうだ。
「お嬢さんはもっと可愛い服がいいか。お人形さんみたいな」
「その呼び方やめろって言っただろ」
蜃は狻猊の脛を蹴るが、彼は痛くも痒くも無いようだった。
蜃も奥の部屋へ放り込まれ、皆は着替えを待つ。その間、獏は慣れないスカートを抓んでぱたぱたと動かす。走ると脚に絡んで動き難そうだ。
「どうすれば女の子らしいかって、顔とか声より、やっぱり所作だよね。お淑やかにしなくちゃ」
「獏は楽しそうだな」
「そう?」
喧嘩腰で挑むより穏やかに話せる方が良いに決まっている。ズラトロクがどんな獣なのか不透明な部分が多いが、フェルニゲシュが話していたことを考えると完全な悪では無いと感じた。争う必要が無いなら争いたくない。
「皆で旅行なんてしたことないから、何をすればいいのかよくわからないけど。何か持って行く物はあるかな?」
「狴犴から少し金を預かっているよ。困ったら使ってほしい」
「困ったら? 漠然としてるなぁ」
スカートを翻すのを止め、獏は羽織る上着を見繕う。狻猊が机に何着か出してくれた。
二人の着替えを待っている間、工房の出入口が徐ろに開く。三人と一人は入口に目を遣り、ドアを開けた白銀の青年がぴくりと固まった。
「……新しい遊びか?」
「蒲牢! 蒲牢も女装して一緒に花街に行くの?」
蒲牢は無表情で停止したまま、スカートを翻す獏と、頭に動物耳を付けた灰色海月を見る。贔屓と狻猊はいつもの格好だが、これから着替えるのかもしれない。
「……別にいいけど」
「いいの? 贔屓は女装しないって言ってるよ」
「? 贔屓は頑固だから、押しても折れないよ。舐められるのが嫌いだから。龍は誇り高いなんて言われるけど、俺より贔屓の方が高いよ」
過去に贔屓の宵街統治を手伝っていた蒲牢はさすが彼のことをわかっている。贔屓は狴犴と喧嘩をして宵街を去り何百年も譲らなかったのだから、少し考えれば誰でもわかることだ。
「でも俺、女装なんてしたこと……」
ドアを閉めてとりあえず中に入った蒲牢は、丁度開いた奥の部屋のドアを見てまた固まった。スカートを穿いた女の子と弟が出て来た。
「椒図が妹になった」
「蒲牢? よく僕だとわかったな」
「わかるよ」
椒図は普段は縛っている髪を下ろしていたが、化生しても面影を感じ取れるのだから装いを変えた程度で気付かないはずがない。それよりも椒図の後ろで不機嫌な蜃の方が誰だか一瞬気付かなかった。丈の長い小花柄のワンピースを着た蜃は一つに束ねていた髪を下ろして二本の三つ編みへと変えている。
「蜃の方が印象が違う」
「三つ編みか? これは椒図に遣られたんだ。こっちの方がいいって」
椒図は暇な地下牢生活で、暇潰しに自分の髪を伸ばして三つ編みにしていた。長年そんな暇潰しをしていたので、三つ編みは滅法上手い。
「いいと思う」
「蒲牢は何で来たんだ? からかいにか?」
「鴟吻に呼ばれたから来た。けどこれだけ数がいれば、俺が行かなくても良さそうだ。俺の身長だと少し高い気がするし」
蒲牢の身長は百七十センチメートル半ばだ。椒図や贔屓と比べると高い。
「結局蒲牢も行かないの? 皆でお城探検しようよ」
「何も無ければ行ってもいいけど、今は宵街も心配だから。発作無しに出て来る虫がいるし、有色の不信感も高まってる。守りを手薄にできない」
「そっか……。それなら仕方無いね」
「花街で殴り合いをするなら、その時にまた呼んでくれれば」
「うん。殴り合いなら僕は参加しないけど」
渾沌の時のようなことはなるべく避けたい。痛い思いをするなら、自主的に敵地には行かない。今回はフェルニゲシュという味方がいるし、変転人に無闇に近付かなければ虫に遭遇することもないはずだ。
「誰が花街に行くか決まったようだな。だが獣三人だけだと警戒させてしまうかもしれない。変転人も連れて行くよう狴犴に言われた」
突然獣だけが複数集まって花街に乗り込むと怪しまれる。戦闘が目的ではないのに無駄な警戒を煽ってしまう。
危険があろうと監視役として共に行けるなら願ってもないことだ。灰色海月は背筋を正して指名を待った。
「ああ、灰色海月は宵街で待機だ」
「!」
自分が行くのだと確信していた彼女は愕然とし、動物耳を付けた頭を伏せた。
「君は外の経験があまり無い。今回は経験豊富な十歳以上の変転人を同行させる」
「十歳以上? 誰だろ……。前回の遠征で行った変転人は連れて行けないよね?」
「ああ。狴犴は最も経験豊富な白所属の変転人、金瘡小草を推薦している」
「へぇ、知らない人だ」
「彼女は白だが、正義一辺倒では無く柔軟な思考ができる。必要悪を理解している」
「それはいいね」
正義を見過ぎる余り指示無く飛び出してしまう白花苧環よりも扱い易そうだ。白花苧環も経験を積めば化けるだろうが、現在の彼はまだ勉強中だ。
「では誘いに行ってみようか。今は新人の教育を任せていて、図書園にいる」
図書園は工房の裏手に回って路地を歩くと辿り着く。この格好で外に出るのかと蜃はげんなりするが、椒図が楽しそうなので何も言えない。
椒図は化生して一度は記憶を喪い、再び取り戻すことはできたが、長い地下牢での生活まで思い出すなら記憶が戻らなくても良かったのではないかと蜃は思う時がある。椒図は悲観的にならないが、傍らで見ているとそう思ってしまう。
「――なあ、観光だったらこういうのを持てば観光客っぽくないか?」
工房を出ようとする一同に、今思い付いたと狻猊が四角い道具を取り出した。長い紐が付いていて首から提げられるようになっているそれには、大きなレンズの目が一つ付いている。
「カメラか。いいんじゃないか?」
「いいかなぁ……僕は撮られるのは嫌なんだけど」
「持っているだけでも観光客みたいだよ」
「じゃあ貰っておく……」
気は乗らないが、獏はカメラを受け取った。狻猊と贔屓が指摘する通り、確かに観光客はよくカメラを持っている。
「フィルムカメラだから、撮り直しはできないってことは頭に入れといてくれ」
「わかった」
カメラを手に、今度こそ工房を後にする。古いカメラなら獏の牢の古物店にもあるが、実際に使ったことは無い。景色を撮るくらいならあっても良いのかもしれない。
ぞろぞろと路地を歩き、時折有色の変転人と擦れ違う。変転人は獣の姿を見て慌てて頭を下げるが、何処かぎこちない。後退して壁に背を付け、まるで逃げようとするかのようだ。これが不信感という奴なのだろう。
図書園の周囲には立ち入りを禁じるテープが張られ、壁に穴が空いたままだ。その中で無色の変転人が集まっている。
テープを潜り、贔屓は先頭に立って植物が茂る図書園を覗いた。奥にいた金瘡小草が真っ先に視線に気付き、続いて洋種山牛蒡、黒葉菫、狐剃刀、長実雛罌粟も順に顔を向ける。突然の獣の訪問に各々頭を下げた。
「皆、勉強は捗っているかい?」
贔屓が声を掛けると、白実柘榴と新人の四人も顔を上げて振り返った。科刑所に報告が上がっていたが、一人は視力が低いため眼鏡を掛けている。出入口を塞いで立つ獣達に何事かと途惑っている。
「そう緊張しなくていい。金瘡小草を少し借りていいかい?」
「私ですか?」
「ああ、その前に一つ。新人の四人にクイズを出してみようか」
呼ばれた金瘡小草は出入口に駆け寄りながら訝しげな顔をする。教育の成果を抜き打ちで見に来たのかもしれない、と四人とは異なる緊張感が滲んできた。
「突然出て来て……この人は誰なの?」
獣だということはわかるが、微かに威圧感を漂わせる少年が何なのか、花韮は訊かずにはいられなかった。明らかに他の獣とは纏っている空気が違う。
金瘡小草は贔屓を一瞥して口を開こうとしたが制された。
「僕は贔屓と言う」
「偉そうな雰囲気だから狴犴かと思った」
花韮はまだ人の姿を与えられて間も無い。威圧感を『偉そう』だと捉えたようだ。贔屓は苦笑する。
「狴犴は僕の弟だが、あまり似ていないと思っていた。他者から見ると似ている所もあるのかな?」
「!」
狴犴ではないのなら取るに足りない獣だと思っていた花韮は、無意識に腰を浮かせて椅子が小さく鳴った。統治者の兄だと言うなら、狴犴よりも凄い獣なのではないか。
「兄……ってことは、裏で狴犴を操って動かしてる人、とか?」
野襤褸菊は呑気な声で滅相も無いことを言う。見守っていた十歳以上の変転人達も表情が強張ってしまった。宵街の統治者である狴犴のことは話したが、前統治者の贔屓のことは何も話していない。現在は統治に関与していないので話す必要は無いと判断したからだ。これも教育すべきだったかもしれないと後悔した。
「フ……そんなことはしていないよ。全て狴犴に任せているからな。新人教育はまだ遣り甲斐がありそうだな」
教育を任されている変転人達に緊張が走る。贔屓は微笑んでいるが、言葉に威圧感がある。
「でも偉い人ではあるんでしょ? 偉そうだし」
畳み掛ける花韮に、教育係達はもうやめてくれと言う目をする。燈台草だけは察して神妙に頷いた。
「だったら訊いてみたいことがあるの。同じ変転人に訊いても、そういう規則だとしか答えてくれなくて」
「疑問を抱くことは成長の証だ。いいよ、僕に答えられることなら答えよう。何だい?」
教育係達は口を挟もうにも挟む隙が無く、失礼な質問はしないでくれと祈るばかりだった。
「何で人間を殺しちゃいけないの?」
濁りの無い純朴な目で、彼女は普段は誰も疑問に思わないような質問を口にした。身を守るために毒を纏う生物は他者を傷付けることに容赦が無い。贔屓は毒物に感心した。
「その質問が出るなら君にはまだ難しいだろうが、人間の社会を壊さないためだ」
「え? 何で……? 人間は宵街に住んでないんでしょ?」
「殺傷してはいけないのは宵街の中だけではないよ。君が食べる食料の調達や、変転人が作る料理は人間のレシピを参考にしている物が多い。人間を著しく屠ってしまえば、宵街も困るんだよ。それに人間を主食にしている獣も多数いる。人間が絶えてしまえば生き難くなる獣がいるんだ。だからあまり多くの人間を殺さないようにと規則を作った。上に立つ者は特に、率先して殺さない。あらゆる可能性を考えて自制するものだからだ。だが守護する時は躊躇わない」
「人間に優しくしてるのかと思った」
「そういう者もいるだろうが、全ての人間に対してではないよ。変転人同士の殺傷を禁じているのは道徳的な観点からだが、人間には優しいわけじゃない。必要があれば殺すこともある」
人間を脅かす者も多い獣は規則に縛って一つに統率することはできない。だから宵街から獣が去り、寂れた。それでも宵街に残って変転人を守るために尽力する獣がいることは、変転人には幸せなことだ。それを持続させるために、規則は守るべきなのだろう。
「毒を持つ生物だけが武器を生成できるのも、自身を損なうものは殺してやると言う殺意が強い性質だからかもしれないな。自分や他人を守ることを考えると、武器は自ずと生み出せるのかもしれない」
さすが元統治者だと教育係達も神妙に耳を傾ける。新人教育の先生として申し分無い。やはり規則に一番近い所にいた獣は説明に澱みが無く納得できる。花韮も何とか理解できたようだ。
「……わかった」
少し難しい話だったが、宵街の利益のために人間は必要らしい。贔屓の話は興味深く、新人四人は彼の最後の言葉を深く刻んだ。自分達が毒を持っていることと、新しい武器を手に入れる目的は同じなのだ。
「質問はもういいかい? こちらも急いでいて質問会は催せなくてね」
「いい。クイズだっけ? クイズって何?」
「簡単なことだよ。質問に答えるだけだ」
新しく聞く言葉だったが、質問に答えるだけなら確かに簡単だ。新人達は肩の力を抜いた。
贔屓は女装している獏と蜃と椒図を前に出し、怯えさせないよう微笑む。
「さて。この三人の性別を答えてみてほしい」
「?」
新人の四人は一様に困惑し、金瘡小草も首を傾げた。獣の性別に関する授業などしていない。そもそもそれはすべきことなのだろうか。獣の性別は大きく分けて四つある。最も明確でわかりやすく数が多い男性と女性、そしてそれよりは少数だが稀有という程ではない無性と両性だ。無性は男性とも女性とも言えず、どちらの身体的特徴も無い者だ。両性はその逆で、男女の特徴のどちらも持つ。そういった講義もすべきなのだろうかと金瘡小草は考える。
「間違えても罰は無いから、気軽に答えてほしい」
四人は困惑しながら視線を交わし、この突然のクイズに向き合うことにした。変転人は獣に従うものだと教えられたばかりだ。こういうクイズにも付き合うべきなのだろう。
折角の騙すための女装なのだから、騙せなければ意味が無い。四人がどう答えるか、贔屓は微笑みながら待つ。
女装する獣達と面識のある黒葉菫と洋種山牛蒡は、口を滑らせないよう噤んでおく。獏の性別は知らないが、蜃と椒図の性別は知っている。何故女装しているかは知らないが。
四人は視線を交わし合い、とりあえずクイズとやらに答えようと観察する。
「……何かよくわからないけど、全員女に見えるんだけど。引っ掛け問題?」
「そう? ちょっと怪しい人もいない?」
「引っ掛けなら……一番女性っぽい人が実は女性じゃないとか? 赤い髪の人とか……」
「お面の人、顔がわからないんだが」
そう言われても獏は面を取らない。
花街で通用する女装なのか、ここで決まる。
花韮、野襤褸菊、燈台草、蝮草は自分の席から舐め回すように三人を凝視する。獏と蜃はあまり見られたくない気持ちがあったが、花街で露顕して騒ぎになるよりは良い。
四人はじっくりと観察した後、机上の紙に三人の性別を書き殴って掲げた。獏は何とか笑顔を絶やさず、蜃は居心地悪く、椒図は楽しそうに解答を窺う。
「アタシは女・男・女だと思う! 赤髪は如何にも過ぎると思うのよね。きっと胸を盛ってる」
「私も私も。女・男・男かな。お面は引っ掛けるために顔を隠してると思うの」
「僕は男・女・女……かな? 顔を隠すのはやっぱり怪しい……」
「俺は女・女・男。所作はお面が一番女らしい。赤髪は男っぽいが……女だと思う。緑髪はどう見ても男」
四人はそれぞれの解答を覗き込み、全く同じ答えの者がいなくて唸る。
贔屓は解答を確認し、女装をする三人へ目を遣る。
「ふむ……深読みしてしまったようだな。全員女性だと答えた者がいないのが不安だが……このまま花街に行くか?」
全員女性に見えなければ、花街を騙せる確率は低くなる。
「えっ!? 皆女ってこと!? 引っ掛けじゃん!」
花韮は解答を見直し、目を擦ってもう一度三人を見る。つまり赤髪も胸を盛っているわけではない。標準よりも大きく見えるが本物のようだ。
「獏、どうだ? 合っているか?」
「ふふ……じゃあね、ヒ・ミ・ツ」
巫山戯たクイズだ。花韮と蝮草は解答を投げ捨てそうになった。
「僕を除けば、合ってるのは最後の君だね」
「彼は蝮草だよ。解答の理由も見事だった。観察眼に優れているようだな」
「ってことは、緑はやっぱり男!? 引っ掛けだと思ったのに!」
「先程からよく喋る彼女は花韮だ」
納得の行かない花韮は紙を細長く丸めて机を叩いた。隣に座る野襤褸菊が宥める。
「じゃあ蝮草さん。この緑髪の彼は、どうしたら女性に見えるようになる?」
首を傾け、獏は穏やかに尋ねる。四人の感想を聞くに、三人の中で椒図が最も女性に見られる確率が低い。花街へ行く前に懸念を払拭すべきだ。
話を振られた蝮草は生まれたばかりの変転人らしく表情無く考える。植物の頃は性転換する種だったので、他の植物系変転人よりも性別を見抜く力が備わっているのだろう。そうは思うが、男をどうすれば女に見えるようにできるのか、そんなことを今まで考えたことが無い。
「……身長はどうしようもないので、体格を隠す上着とか……顔周りを華やかにしてみるとか……? 人間……人型は女の方が小さいんだよな?」
植物の蝮草は大きく育つと雌になる。生物には雌の方が体が大きい種が多々いる。そういった情報は置いておき、人型という一点だけに集中する。
「成程……もっと隠して華やかにすればいいんだね」
「よく勉強しているようだな。個人差はあるが、人間はそうだな。二人を当てた君には御褒美でもあげよう。何がいい?」
そう言われても生まれて間も無い蝮草には欲しい物など思い付かなかった。まだ文字も碌に読めないのに。
「欲しい物……じゃないんだが、さっき言ってた花街……は授業で聞いた。俺も見てみたい」
「ほう。中々積極的でいいじゃないか。だがこれに同行する変転人は十歳以上と決まっているんだ。文字通り、君には十年早い」
「十年……」
「安全な場所なら許可を出せるが、今は無理だ。まだ武器の生成もできないんだろ?」
「……できない」
「焦る必要はないよ」
贔屓は微笑むが、蝮草は不服だった。せめて武器を生成できるようになっていれば取り付けるのに。
「質問していいですか?」
「ああ、構わないよ」
「武器の生成……最短で何日掛かりますか?」
「最短なら、ここにはいないが、苧環だな。生まれた当日に武器を生成したそうだ」
「当日!?」
感情の無かった顔に驚きが薄らと現れる。微かに目を見開き、周囲を見回す。白花苧環は現在は入院している。ここにいないのが悔やまれた。
「次点はそこにいる柘榴の、三日かな?」
「この小さいの、天才だったのか!?」
「もっと褒めていいの。苦しゅうないの」
白実柘榴は得意気に小さな脚を組む。彼女は武器の生成がそんなに時間が掛かるものだと知らなかった。苦戦している新人達を見ていると、自分が特別に見えてくる。
「当日なんて、どうやったんだ……? こんな授業を受けずに生成したってことだよな?」
「苧環は特別だと思った方がいい。彼を手本にするのは薦められないな」
白花苧環は身体能力が高く優秀ではあるが、狴犴に何度も生まれ変わらせられている。そして今は半獣だ。一般的な変転人が参考にするのは難しい。
「小さいのも三日なんて……どうやったんだ……」
「自然に」
「自然!? そんなふわふわした感じで生成するのか……?」
白実柘榴が武器を生成できたのは、木の下を通り掛かった窮奇に硬い実を落としたいと思ったからだ。実に棘が付いていたら当たれば痛い。そう考えて棘の生えた鉄球を生成した。
「個人差があるの。後は直感なの」
「直感……」
蝮草は自分が取り乱していることに気付き、浮かせていた腰を下ろした。興奮を静め、元の無感動を被る。
「……そうだな。お前もここで授業を受けてるってことは、俺達と同じ未熟ってことだよな。大声出して悪かったな」
「未熟……」
そう言われると白実柘榴も不服である。だが言い返せなかった。
獣達は変転人達の様子を見守り、少し不安な気持ちになった。喧嘩とまでは言わないが、新人達はどうにも自我が強い。
「……金瘡小草、先程の続きだが、花街に同行してくれるか?」
不安はあるが、花街の問題も先送りにはできない。贔屓は金瘡小草にこの場を離れられるか改めて問う。
「! それは勿論です。御供致します。教育は私以外にもできますが、同行は私を指名しました。私が行くべきです」
白の最年長、金瘡小草は凜として頭を下げた。
「では皆、後のことは宜しく。私が戻る頃には、誰か武器を生成できるようになってるかな」
「キランちゃんがプレッシャー掛けてくる……!」
金瘡小草と共に授業をしていた洋種山牛蒡は焦るが、生成できなくても叱られることではない。叱って畏縮してしまえば本末転倒だ。武器の生成は自由であるべきだ。
「金瘡小草は花街へ行くのは初めてだからな。まずは浅葱斑から行き方を教えてもらってくれ」
「了解です。女装を完璧に拵える間に叩き込んできます」
「しっかりした子だねぇ」
獏はふふと笑い、椒図を見る。蝮草の言ったように、椒図の女装を補強せねばならない。
完全に旅行気分の獏と椒図は楽しそうに相談し、椒図はトランプでも持って行こうかなどと言っている。それを見ながら蜃は、警戒の無さが心配になった。




