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透明街の人喰い獏 (2)  作者: 葉里ノイ


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151-暗躍


 体内から臓物を吐くようにずるりと這い出る巨大な虫は、何度見ても怖気立つものだった。

 灰色海月(クラゲ)(ばく)と共に牢へと帰り、代わりに体調が幾分回復した洋種山牛蒡(ヨウシュヤマゴボウ)をユニコーンに差し出すことになった。彼女にはまだヴイーヴルに植え付けられた恐怖が燻っているが、下層の処理に人員を割かねばならないため、休んでいる彼女に頼むしかなかった。ユニコーンは相手に抱き付くだけで、危害は加えない。ただ傍に居るだけで良い、それなら簡単な仕事だ。洋種山牛蒡は多少渋ったが承諾し、ユニコーンの機嫌を取ることになった。

 アルペンローゼは傷が治らない内に再び拷問部屋へ連行されて落ち着かない気持ちだったが、再び拷問をされることになったとしても弱音は吐くまいと毅然と椅子に座った。

 科刑所の拷問部屋で待ち構えていたユニコーンが杖を振ると、黒葉菫(クロバスミレ)の時と同じようにアルペンローゼから紫色の泡が幾らか染み出し、口から黒いアノマロカリスのような虫が這い出て来た。ユニコーンは何度もそうしたようにそれを退治するため杖を翳したが、虫の尾が体外へ出る前にアルペンローゼは掌からレイピアを出し、自らアノマロカリスを斬り付けた。自分の体内から飛び出した得体の知れない物に全身が警鐘を鳴らし、大人しくしていることができず反射的に剣を抜いてしまった。これにはユニコーンも唖然とした。

 何度も発作を起こして拷問まで受けることになった腹癒せもあるだろう、アルペンローゼは喉に引っ掛かった海老のような尾を躊躇無く引き抜いて切り裂いた。無茶に引き抜いた所為で口内から血が流れる。強力な治癒力があるためか自傷と厭わない戦い方をする。

「もう拷問の傷は癒えたのか?」

「まだ折れてるはずなんだけど……」

 骨折した脚は片方だけだったので無事な方の脚を軸に動いているが、無茶苦茶だ。アルペンローゼは折れた指で剣を振り回している。覗き窓から見学していた狴犴(へいかん)と幼いラクタヴィージャは感心と言うより呆れながら見守る。どうにも彼は危うい。

 アルペンローゼの身体能力は高いが、虫は変転人の手に負えるものではない。ユニコーンは彼に距離を取らせ、黒葉菫の時と同じく虫の体内から無数の白い杭を貫いた。

 無理に動き回っていたアルペンローゼは膝を突いたが意識を失うことはなく、虫のいた虚空を見詰めて荒い息を吐きながら血を吐き捨てる。彼は精神力が強過ぎる。

 二度の解毒を見た狴犴はその能力を認め、ユニコーンに暫く宵街(よいまち)に滞在してもらうことを決めた。宵街にいる変転人の中にはもう確認されている感染者はいないが、花街(はなまち)から来る旅行者は止められない。その対策として留まってもらう。だが野放しにしておくほど宵街は彼女のことを知らない。最低でも一人、見張りとして傍に控えさせる。生娘好きを利用し、洋種山牛蒡に傍に居るよう指示を出した。

 解毒が無事に終わり、幼いラクタヴィージャは混雑している病院に戻る。自力で石段を下りることができないアルペンローゼは椒図(しょうず)に背負われ彼女に続く。変転人ではあるが彼の根性だけは見習っても良いだろうと思いながら、(しん)も後を追って科刑所を去った。

「まさか拷問部屋をこんな風に使う日が来るとは思わなかったな」

「お前は拷問部屋を使ったことがあるのか?」

 無人になった拷問部屋をぐるりと見渡して巨大虫による破損を確認していた蒲牢(ほろう)は、何気無い狴犴の問いに振り向く。この拷問部屋は贔屓(ひき)が統治していた頃は壁際に拷問道具など並んでおらず、殺風景な何も無い空間だった。

 現在の拷問官は睚眦(がいさい)だが、贔屓が統治していた頃に拷問官はいなかった。制裁を担当していた蒲牢がそれに近かった。

「俺は使ったことない。わざわざここまで引き摺って来るより、その場で制裁する方が楽だ」

「そうか」

「掃除は大変そうだったけど」

 蒲牢は人前に姿を現すことを厭う。制裁の時に流れた血を掃除するため無色の変転人が集まると、彼は何も言わず立ち去っていた。飛び散った血液を除去するのは難儀し、後に早く血痕を除去できる薬剤が開発された。

 亀裂の入った壁と罅の入った覗き窓を見上げ、狴犴と蒲牢は虫のことを考える。あの虫が人工的と言うなら誰が何のために作ったのか。調査をすると言った花街も一向に動きが無い。

(花街周辺を探っている(ぬえ)と連絡を取ることができれば良かったんだが)

 狻猊(さんげい)の作る携帯端末は未だ試作だ。近辺はともかく遠方がどうにも繋がり難い問題を解消するのはまだ時間が掛かりそうだ。もし花街側が何らかの妨害を行っているなら、工房から出ない狻猊ではどうすることもできないと彼は言っていた。

 蒲牢は狴犴を一瞥し、疲れていないか目視で確認する。ここまで問題が大きくなると、また無理をして倒れやしないかと心配だ。


     * * *


 無意識の発作により宵街の下層は惨劇に呑まれ、無色の変転人達は負傷者の救助に奔走していた。白花苧環(シロバナオダマキ)から報告を受けた狴犴は彼に指示を返し、すぐに動ける無色に協力を仰いだ。

 大方の負傷者を病院に送った後、白花苧環は図書園に戻った。破壊された壁もまた修復しなければならない。その向かいの石壁には生々しい血痕が貼り付いている。灰色海月が虫を押さえなければ黒色蛍の命は無かっただろう。

 白花苧環は地面に蹲み、足元の茂みを観察する。

(あまり詳しく聞く時間は無かった……巨大な虫が感染者から出て来て、始末したら崩れて消えた……? 生物なのに屍骸は残らないのか……?)

 何か残っていれば、役に立つこともあるだろう。何か見落としはないかと白花苧環は図書園に戻って来たのだ。

 だがあるのは被害者の血痕だけで、虫の欠片すら見つからなかった。

(崩れて……なら、視認が難しいほど小さいのか……?)

 壁を破壊した時の砂塵が散らばり、虫の何かであっても見分けが付かないだろう。

(消えた……ように見えて、昇華したと考えるのは……)

 図書園の出入口は開きっぱなしで、空気を集めることは難しい。経験の浅い白花苧環は頭を悩ませるが、一人では限界があった。

(……駄目ですね。オレができるのは、この辺りを封鎖することだけだ……)

 図書園は変転人の憩いの場だ。そこを封鎖してしまうのは心苦しいが、管理人の黒色蛍は暫く病院から出られない。すぐに掃除もできないので立ち入らないよう急ぎ縄を張り、貼り紙をした。巨大な虫が暴れたなどと書けば不安を煽ることになるので、損壊につき修理中とした。

 宵街で起こる現象は不可解で理解が難しい。何年ほど宵街で過ごせば理解できるようになるのだろう。白花苧環は思考を続けながら路地を歩いて茂みを分け、小さく開けた場所に出た。

「――あ、苧環さん」

 不意に声を掛けられ、白花苧環は眉間の皺を解いて顔を上げた。箱のような石壁の穴から白髪の少女が顔を出していた。カフェを開いている有色の変転人、(ナズナ)だ。白花苧環はまだ宵街の地理を完全に把握しておらず、声を掛けられて初めてカフェのある小さな広場に出て来たらしいと気付いた。

「さっき悲鳴が何度か聞こえたんですけど、何かあったんですか?」

 このカフェには黒色蟹は駆け込んで来なかったようだ。知らないなら、不安を煽らないよう言葉を濁すことにする。発作を起こして暴れて惨劇が起こった、なんて言えない。白花苧環自身も黒色蟹の発作の詳細は把握していない。

「少し騒動があったようですが、もう鎮圧されたので心配無いですよ」

「そうなんですか? もしかしてこの前の獣様みたいな感じですか……?」

 渾沌(こんとん)のことを言っているのだろう。あの時の被害は甚大だった。変転人は相当な恐怖を植え付けられてしまった。時が経ち殆どの変転人は元の生活に戻ろうとしていたが、まだ怯えている変転人はいる。それほど傷痕は大きかった。

「いえ、此度の騒動は獣ではないです。死者も確認してません」

「なら良かったですが……立て続けにこういう騒動が起こると、ちょっと不安ですよね。今まではこんなこと無かったのに……」

「今まで……ですか」

 今までと言われても白花苧環には記憶が無く、どう返事をすべきか言葉に詰まってしまった。彼女の言う『今まで』を知る苧環はもう死んでしまった。

 そのことに薺もすぐに気付き、慌てて訂正した。

「あっ……すみません! こんなこと、苧環さんに言っても困りますよね……。えっと、今まではこんな騒動は無かったんですよ。変転人同士でちょっとした喧嘩なんかはありましたが、たくさんの人が傷付くような大きな騒動は無くて。私はもう四十年くらい宵街にいるんですが、今までは本当に平和だったんです」

「そうなんですか……不安は伝えておきます。警備の常駐など――」

「な、何か大袈裟な感じに……。あんまり要望を出し過ぎるのもどうかと……」

「遠慮しないでください。要望を聞くのが狴犴の務めです。他に何か要望はありますか?」

 生まれたばかりの白花苧環はまだ感情を汲み取るのが苦手で、淡々と事務的に尋ねてしまう。薺は苦笑しながら、少しだけ話に乗ることにした。四十年も宵街にいるのだから、感情が稀薄な変転人は何人も見てきた。そういう変転人は会話の機会を増やすと感情の覚えが早い。薺はそんな会話の機会を作るためにカフェを開いたのだ。

「じゃあ……ちょっと無茶なことかもしれませんが、青い空を見てみたいですね」

「空……?」

 騒動に関する要望を出されると思っていた白花苧環はきょとんとする。宵街は常に薄暗く、宵の空が広がるばかりで青い空を見せることはない。

「時々懐かしくなるんです。青い空の下で咲いてた頃が」

 薺は遠くを見るように目を細め、嘗て見上げていた空を思い出して口角が穏やかに持ち上がる。宵街で発芽して育った白花苧環は想像してみようとするが、宵街から出ることも少ないので想像すら難しかった。

「有色の変転人は転送手段を持たないですからね。確かに有色だけ宵街から出られないのは不公平です。盲点でした」

「ベニは転送に巻き込まれてうっかり人間の街に行ったことがあるんですけど、その話を聞いたら俄然懐かしくなっちゃって」

「有色全体に希望を募ってもいいかもしれませんね。狴犴に提案しておきます。今は騒動の処理に忙しいので、実現はもう少し先になってしまいますが」

「本当に無茶じゃないですか? 勢いで言ったんですけど……」

「無茶を判断するのは貴方じゃないです。寧ろ、何故今まで暇な無色を捕まえて転送を頼まなかったんですか? 有色は転送手段を持ちませんが、人間の街に行ってはいけない規則は無いですよね?」

「ええ!? 転送手段が与えられないのは、行ってはいけないからだとばかり……」

「有色には転送するための力が無い。それだけですよ。違うんですか? 違うならオレの勉強不足です。規則は全て覚えたつもりでしたが……」

「あまり深く考えたことなかったです……獣様に逆らわないことが第一なので……」

「そうですか。ではオレはそろそろ戻ります。要望は必ず伝えるので安心してください」

 白花苧環は胸に手を当てて丁寧に頭を下げ、立ち止まることなく去って行く。丁寧な御辞儀に薺も慌てて頭を下げる。

 薺は白花苧環とはあまり話したことがなかったが、話してみれば意外と話せるものだ。白花苧環は強く美しく、恐れられる存在であり惹かれさせる存在でもある。高嶺の花の彼と会話をするのは難しいと誰もが思っている。

(苧環さんとたくさん喋ったって言ったら、ベニが羨ましがりそう……)


     * * *


 宵街の病院の待合室は徐々に落ち着いていったが、治療を待つ者と終えた者とでまだ暫くは人が引くことはなさそうだ。

 科刑所から下りてきた一同はまだ息を()けず、病室に運ばれたアルペンローゼは切った口内の治療を受けた。彼は高い自己治癒力を持っているため治療せずとも問題は無いだろうが、医者としては放っておけない。消毒だけ行い、幼いラクタヴィージャは元感染者から採取した血液を持って一階へと戻った。病だとばかり思っていたのに寄生虫の仕業だったなどと言われ、医者の面目が丸潰れだ。もう見落とさないよう簡易検査の結果で満足せず精密な検査をするのだ。

 椒図と蜃も一階へ戻り、受付カウンターの奥へ彼女を見送る。そして一人で患者から容体を聞き取ってペンを走らせている姫女苑(ヒメジョオン)に何か手伝うことはないかと問う。

 少し遅れて頭に白い角を生やした獣も病院へ遣って来る。舐め回すように視線を向ける見知らぬ獣のために、有色の変転人達は道を空けた。変転人は獣を恐れるが、角や尾など一目見て獣だとわかる特徴が現れている獣には特に警戒が強く出る。それを彼女は気にせず、空けられた道を歩く。壁際に布に包まれた大きな物が置かれているが、一瞥だけくれて階段を上がった。

「解毒したと言っても、近付くのはまだ不安よね。廊下で待っていていいわよ。毒を漏らしちゃったから、体調に変化がないかちょっと確認するだけだから」

 ユニコーンには洋種山牛蒡が付き添っているが、元感染者のアルペンローゼの様子を窺うために彼女は廊下で待たされることになった。病は寄生虫の仕業で、それを取り除いたと聞かされてもやはり接近するのはまだ不安がある。共に病室に入ることにならなくて良かったと彼女は胸を撫で下ろした。

 洋種山牛蒡を廊下に置いてドアをきちりと閉め、ユニコーンは壁際に置かれた椅子を引いて座った。目の前のベッドには、口元にガーゼを貼り付けたアルペンローゼが座っている。座っていると折れた脚が痛むが、枕をクッションのように背に当てて体重を預けている。ノックもせずに病室に入ってきた彼女をアルペンローゼは怪訝に見上げた。

「貴方がアルペンローゼ――でいいのよね?」

 ユニコーンは改めて確認を行い、アルペンローゼは怪訝に思いながらも肯定する。虫を除いてくれたユニコーンとは初対面だ。花街では名を耳にする機会も無かった。

「花街から来たと聞きましたが」

「話せるの? 喉を遣ったから話せないと思ってたわ」

「痛みはしますが、話せないことはないです。あまり長話はできないかもしれませんが」

「そう? ならいいわ。少し声を抑えて話しましょ。とりあえず、これ」

 椅子をベッドに寄せ、ユニコーンは囁くように声量を落とした。そして彼女が取り出した封書を受け取り、アルペンローゼは目を見開く。

「!」

 それは花街の赤い封蝋が捺された手紙だった。ユニコーンは城とは無関係のはずなのに、この封蝋を何処で手に入れたのか。アルペンローゼは眉を寄せながら彼女を見、ユニコーンは不敵に微笑んだ。

「開けていいわよ」

「これは……誰からですか」

 聞くまでもなく、その封蝋の捺し方を見れば、誰かはすぐにわかる。だが尚早な判断はせず確認をする。

 一層声を潜め、ユニコーンはアルペンローゼに顔を近付け、耳元に囁いた。

「フェルニゲシュよ」

 それはまるで地獄に垂らされた一本の救いの糸のようだった。

 アルペンローゼは冷静を装いながらも焦れったく封を切り、手紙を広げる。中の筆跡も間違い無くフェルニゲシュの物だった。前置きも署名も無く、本題だけが書かれている。


『お前が今どういう状況に置かれているか、オレにはわからない。だがこれを読んでいると言うことは、少なくとも生きているのだろう。

 ヴイーヴルの挙動がおかしいので、秘密裏に使者を派遣した。ユニコーンだ。彼女は城と距離を置き、内部の事情までは把握していないが、力になってくれるのではないかとオレが独断で声を掛けた。お前の記憶が本当に欠如しているなら、獣の能力か体調の問題ではないかと推測した。これが宵街に知られると複雑に捉えられてしまうかもしれない。面倒は避けたいだろう? この手紙は、読んだ後すぐに処分しろ。

 ユニコーンにはある程度の情報を収集してから戻るよう言っている。だが彼女の力が必要なら多少引き留めても構わない。

 お前が無事に帰って来たとしても、城での安全を保証できるかわからない。今は帰らずに宵街か獏の所で待機していろ。オレもヴイーヴルから事情を聞けるよう動く』


 書面にはアルペンローゼの死刑のことは書かれていなかったが、彼は朝陽を受ける湖面のように揺らぐ瞳を丸くしてゆっくりと顔を伏せ、深く息を吐いた。頬に掛かる髪の隙間で不安と少しの安堵が混じる。この手紙からわかることは、少なくともフェルニゲシュは死刑に賛同していない。一人でも鐘を鳴らさなければ死刑は執行されない。アルペンローゼは死刑を言い渡されたわけではない。そのことに指先から力が抜けた。

「読んだ? 読んだら処分するわよ」

「……はい。読みました。ありがとうございます。貴方はつまり密偵……なんですね。フェル様とはどのような御関係なんですか?」

「んっ……ちょっと、ね……。腐れ縁みたいなものよ」

「?」

 言い淀んで目が泳ぐ彼女にアルペンローゼは小首を傾ぐが、獣は長命なので色々あるのだろう。

(知らずに秘書の子に抱き付いたことを内緒にしてもらった……なんて言えない! 王の秘書は地位が高いとかで、無闇に触れることは禁じられてるとか……そんなの知らないわよ! 何十年も経ってから借りを返せなんて言われるとは思わなかった……)

 手紙を封筒に入れ、ユニコーンは受け取ってすぐにそれを処分した。指先から白い炎のような霧が踊り、手紙を燃やし尽くしてしまう。後には灰も残らなかった。

「あまり長居しても怪しまれるから、何か話しておきたいことがあったら手短に言って」

「味方は誰ですか?」

「私はフェルニゲシュに頼まれただけで、他は知らないわ」

「手紙にはヴイーヴル様の名前しか書かれてません。ヴイーヴル様だけでなく……スコル様とハティ様にも警戒してください」

 アルペンローゼは置き手紙のことをユニコーンに話した。封蝋はヴイーヴルが捺した物だが、手紙の筆跡はスコルかハティの物だったと。手紙の内容も勿論話した。

「……それ、ヴイーヴルは手紙の内容を知らなかった可能性があるわね」

「!」

「中身を知らずに封蝋を捺しただけ、とも考えられる。面倒だけど一応伝えておいてあげるわ。因みにその手紙は何処?」

「宵街の方が持っています」

「証拠品だから持って帰りたい所だけど難しそうね。危ない橋は渡るべきじゃないし、手紙は諦めるわ」

「それなら僕が探してきます」

「貴方も危ないことはしないの。宵街が手紙を真に受けたら殺されるのよ? その脚とか手の怪我も、既に何かされたんじゃないの?」

「これは拷問を受けただけです。獣を売るようなことは何も話してません」

「……宵街は危ないわね。もう一つの、獏の所? そっちに行ってみたら?」

「そうですね。相談してみます」

「もっと難しいのかと思ってたんだけど、獏を呼び出すのって簡単ね。人間に呼んでもらえばすぐに出て来る」

 小さな畑を荒らし、人間の家の前で大声で獏の噂を謳ったのはユニコーンだ。彼女が直接手紙を投函することも可能だが、知らない獣が投函したと知れば警戒する。偶然を装った方が、花街との関係を疑われずに済むと考えた。

 アルペンローゼにはユニコーンが何の話をしているのかわからなかったが、獏は味方になってくれるのだろうと解釈した。フェルニゲシュの手紙に名を挙げられているのだから、最悪でも敵ではない。

「――じゃ、そろそろ行くわね。私にも見張りが付いてるけど、生娘だから問題無し。呉々も私は城とは無関係ってことでね。勿論フェルニゲシュと面識も無い」

「承知しました」

 ユニコーンが立ち上がると、アルペンローゼはその場で頭を下げた。本当は立つべきなのだが、先程動き回った所為で暫く立てそうにない。座るのがやっとだ。

「あ、そうそう。言っておくけど、私は普段から生娘生娘言ってるわけじゃないから。生娘しか興味無いと思わせておけば油断するから言ってるだけ。――所で貴方、綺麗な顔をしてるけど、実は女の子だったりする?」

「男です」

 彼女は死の宣告でも受けたかのような絶望を顔に浮かべて落胆した。ふらふらと覚束無い足取りで椅子を壁際に戻してドアを開け、一瞬で切り替えて嬉しそうに洋種山牛蒡の腕に抱き付く。

「どうでしたか? 病はもう完治してましたか?」

「それは当然よ。後はあいつが生娘だったら最高だったわね」

 本当に油断させるための演技なのだろうかとアルペンローゼは今後が少し心配になったが、フェルニゲシュが差し向けた獣なのだから有能なのだろう。そう自分に言い聞かせた。

 フェルニゲシュは虫が原因だと気付いていないようだが、ユニコーンを派遣したのは妙手だった。


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