6.ドルト公国 ミュンベル大公宮殿②
「なんか僕のこととか、このネックレスとか‥なんかあるの?」
トーマスは飲んだコーヒーのティーカップを洗っていた。
「なぁ小僧。世の中にはな。大人になってから知った方が良いことがあるんだよ。ユーリから頭が良いって聞いてるぞ。それくらいは感じ取れるようになれ。それが‥大人になるってことだ。」
ルークは顎に手を置き、考えた。
「ねぇそれって、僕大人になっても何も聞けないってことじゃん」
トーマスはタバコ吸い始めた。
「だから、まだまだ小僧なんだよ。頭良いんだろ?なら、聞くんじゃなくて、調べろ。それが大人だ。」
モヤモヤしながら、パンを口いっぱいに頬張るルーク。
納得できないが、自分はまだ幼いと自負しており、自分で調べるしかなかった。
「ご馳走様!トーマスさん、家の近く散歩してきても良い?」
目線を合わせず、右手で合図した。
面倒見が良いのか、それとも愛想がないのか、ルークは幼いながらにトーマスという男がわからなくなっていた。
店を出ると、快晴であり、人の声に風の音、それに靡く草の揺らぎが全て感じることができる。
店の裏には草原が広がっており、ルークはそこを散歩していた。
「風が強い‥」
ルークはここで気づいた。
母が亡くなった時から、ずっと誰かがそばにいてくれた。ただ、今はここでは1人あり、孤独である。
「そうだよね‥」
風がさらに強くなる。
心の奥底にある緑の炎が燃え上がった。
「これって‥」
あの時は無我夢中でいたが、魔族を吹き飛ばしたことは今でも身体に染み付いている。
ルークは両手を前に出した。
目を瞑り、深く呼吸をし、集中した。
風向きが変わり、追い風になった。ルークの小さい体が少し倒れそうになるくらいの風の強さであった。
その瞬間、右目に電気のような痛みが走った。
「痛い!」と大きな声で、叫んだが、あまりの痛さに気を失った。
「あれ、今何が起きたの‥」
周りの明るさや風の具合から見るに気を失っていたのは一瞬だと理解した。
強烈な右目の痛みは消えていた。ただ、右目から見える景色が以前とは何か違和感であった。
「何これ‥」
近くにあった石にモヤがかかっている。取ろうとしたら、手が緑色のオーラを放っていた。
左目では全く見えないのに右目では自分の体や多数の石が今までと違う形で見えていた。
ただ、体は時折、小さな黒色の斑点のようなオーラも見えたが、この時は何も思わなかった。
「この緑色って身体の中で見た変ね炎と同じ色だ‥」
ルークは来た道へ戻り、店を超え、人通りの多い、道へ出た。
周りを見るとさっき見た石と同じようなモヤが身体に覆っている人も見えた。ただ、100人中2〜3人というところで、少ない数であり、ルークのような色が付いている人はいなかった。
ルークは考えながら、店に戻り、トーマスの「戻ったか」という声にも無反応であり、そのまま2階の部屋へ向かった。
未だに酒臭いユリウスの睡眠を横目に床に座った。
物心ついた時から考え事をする時は地べたに座り、頭を両手で抱える癖があった。当時から母親には「悲しいことがあったの?」と言われるくらいに考える。
考えても考えても出てくることは非科学的な現象であった。
「まさか魔術?」
古い歴史書では見たことはある。
ただ、ルークは文学や自然学などを主に調べており、魔術は調べもしたことはない。
この部屋の書物を調べた。
「あ、あった。『ナトゥ・マジア』‥変な名前。」
分厚い本に5歳のルークは持つのが、一苦労であった。
床に置き、ページを開いた。
「まじない‥呪い‥占星術‥違うんだよな‥」
ページをたくさん開いた。
どれもこれも自分の不思議な現象への記載はない。
残り100ページとなり、ある文字に目が止まった。
「魔術‥あ、これだ」
魔術とは、”神秘、奇跡などを人為的に具現化する行為の総称である”
という、文言から始まり、”火・風・水・雷・土の五つの性質を元に生成される”という記載もある。
それ以上の詳しいことは書いてなかったが、最後のページに一文だけ、こう書いてあった。
“人は力を潜在的に持っており、そのイメージを拡張することで、無限の力を生み出せる”
「これってアベル・ホフマンの日記で書いてあった言葉だ!」
思わず大きな声が出た。
ユリウスが酩酊状態で起きた。
「おう。ルーク。朝から元気だな‥オェ‥」
もう14時である。ルークはその声は聞こえたが、集中を途切らせたくなかったので、無視をした。
「なんだよ。無視かよ‥ん?なんだその本‥覚えないなー」
ユリウスが覗いてきた。
「なるほど‥おいルーク、あの時のこと何か思い出したのか?」
「うん。なんかあの魔族を‥多分、吹き飛ばしたんだよね‥」
あの時の状況をうろ覚えながら、ユリウスに説明した。
「実はな。ルークが寝てる時に魔族の身体を少し調べたんだよ。あれは物凄い切り傷の量だった。そのルークの言ってることが正しいなら、ルークには何か特別な能力があるってことか‥いやいや、あまりにも想像の範疇を超えてる気はするな‥」
その後、ユリウスは二日酔いが一気に冷めたかのように考え事をし始めた。
ただ、数分経って、気持ち悪さが抜けてないようであった。
「ダメだ。下に行った酒抜いてくるわ。」
ルークは呆れていた。2日後の会議までにある程度、自分の”未知の力”をまとめる必要があった。
ー2日後ー
この3日間はルークは研究、ユリウスは酒とギャンブルに勤しみ2人が会話したのは1日目の朝が最後であった。つまり、今日が2日ぶりの会話となる。ユリウスはずっとギャンブルでの負けたイライラをルークに溢していた。
その後、1階で朝から重めな牛肉たっぷりのサンドイッチを頬張った。ルークはユリウスのうるさい愚痴を聞き流していた。全く久しぶりの会話になっていなかった。
食事が終わり、ユリウスが腰を下ろし、立つと目の色が変わった。
「さて、行くかルーク」
その言葉にルークも気持ちを切り替え、魔族探検家ユリウスとその見習いルークとの新たな旅が始まるようであった。
「じゃあなトーマス。また一年後だ。」
その一声で2人は店を出た。
宮殿への街道に3日ぶりに戻った。あの時と様子が少し違う。
大きなリュックを背負った男たちが多数、宮殿へ向かっていた。
宮殿へ戻ると、入り口から右側へ歩き1階の大会議場へと衛兵に案内された。
そこには200人近くの探検家や研究者が集まっていた。
「やー、ユーリ。久しぶりだね。噂に聞いたよ。5歳の子供を連れているって。その子が噂の子か?」
気さくに話してきたのはルスト・エジルという同じ探検家であり、ユリウスの同期である。
仲良くはないが、敵対もしてないため、たまに意見交換をしている。
「あーそうだ。ルストはなんか進展あったか?」
首を大きく横に振り、「全く」と言った様子であった。
「そしたら、今日の会議は良く聞いておくんだな。君主様が壇上に立つ。」
ルストは「何!」と、数人が振り向くほどに声が出るほど、驚いていた。
ドルト公国の探検家は全体で50人、研究者は150名おり、毎年その成果を伝えに今日のように宮殿へ戻り、会議をする。その際は議長が進行するのだが、クルーゲ公爵が壇上に立つときは国中もしくは世界が驚くような成果が出た時のみである。そのため、ユリウスの発言は7年ぶりの出来事を指すことであり、場内にそれが伝言して伝わり、ざわついた。
「ねぇ7年前に君主様が壇上に立った時ってどんな成果だったの?」
7年前に探検家により、旧シーズ公国の君主及びその配下1名が魔人であることを確認した。その際はクルーゲ公爵が会議にて伝えた。箝口令が敷かれ、その後、ドルト公国と神聖インジェル帝国を中心に旧シーズ公国への魔人討伐が発展し、第二次人魔大戦となった。
ざわざわしていた会場が急に静まり返った。
議長が壇上に立ったのだ。
「これより、1055年第33回目の魔族研究会議の結果を報告する。本日、会場の雰囲気を見るに重大な報告があることは理解しているようなので、諸々の説明は省き、君主様から直々の報告となる。」
議長はその場を去り、壇上の下手へと姿消すと、それと入れ替わるようにクルーゲ公爵が壇上の中央へ向かった。その姿を見て、全員が一斉に立ち上がった。ルークも遅れて立ち上がった。
3日前に見たクルーゲ公爵とは全く違う雰囲気であり、オーラを感じた。
「ドルト公国君主クルト・フォン・クルーゲ公爵だ。本日は忙しいところ集まっていただき感謝する。とりあえず、皆座れ。」
その言葉に一斉に着席した。
「本日は重要な報告がある。ある探検家とその見習いが先日、ある発見をした。それは、魔族の殺し方だ。」
場内がざわつき始めた。
議長が袖から静粛にするように声を上げても静まる気配がなかった。
「この本だ。」
クルーゲ公爵は右手高らかに本を掲げた。
すると、静まり返った。
「この本は『アベル・ホフマン』という人物が記した日記だ。この日記にはヒンターカイフェ村という所謂、”魔除けの村”に滞在していた頃のことが書いてある。その他にも今まで世界が知りえもしなかった魔族の殺し方の3つも示している。」
会場中がどよめいた。
それもそのはずであった。
ドルト公国の近隣諸国がある大陸、アートジア大陸では魔族の殺し方というのは第二次人魔大戦の英雄「カール・ブナパルテ」が考案した溺死のみであった。その際、溺死した魔族総数は20体であった。だが、全て水中深くに沈んでいき、回収は困難であったため、どの書物にもそれはなく、会場がこの反応になった訳である。
ルスト・エジルが手を挙げて発言した。
「君主様。よろしいでしょうか?その魔族の殺し方の3つとはなんでしょうか?それに我々人間がひとつの殺し方に辿り着くまでに100年もの時間が‥」
議長がエジルに勝手な発言が無礼であることを叱った。
すると、クルーゲ公爵は左手を前に出し、「それも含めて説明する。」と言い、また本の中身を説明した。
「魔族の殺し方は3つ。1つ『水中による無酸素状態』つまり、溺死である。原因はまだこの本にも記されていない。そして、2つ『首の切断』だ。これは魔族にも脳の機能がある推察されると記されている。最後の3つ目は『体への激しい損傷』だ。これについては偶然、傷だらけで息絶えようとしている魔族を発見したためにその推察をしたとのことだ。ただ、個体差はあるが、傷は再生し、病も発症しない。毒も効かない。だから、3つ目の激しい損傷というのは疑問は残る。それに2つ目の首の切断もどのように調べたのかも疑問である。」
クルーゲ公爵も会場中も息を呑んだ。
「そこでだ。それを証明したのが、今回この本を提供してくれたユリウス・シノダとその見習いのルーク・ウィザードである。」
ユリウスがルークの手を引っ張り、壇上へ上がった。
ルークは端に立ち、ユリウスは中央に立った。大きく深呼吸して、口を開いた。
「私はユリウス・シノダです。この場で発言できることを誠に光栄に思います。そして、今端に立っているのが、先月から私の弟子であるルーク・ウィザード、まだ5歳です。この度、こちらのルークと共に魔族の真実に一部触れることができました。まずは先ほど君主様が述べた通り、『アベル・ホフマンの日記』に記されていた魔族の殺し方と、そしてルークと出会ったヒンターカイフェ村での出来事をここで述べたいと思います。」
ユリウスは続けて、魔除けの村の真実を伝えた。
「私はその村近くの山で一晩休んでいました。ただ、深夜に大きな音が鳴りました。夜は魔族の動きが激しいので朝にその音の鳴った場所へ向かいました。そしたら、村人と思われる大人たちが命を絶っており、村の大きな牧場に魔族が倒れていました。それを確認したら、衰弱している男の子がいました。それがルークです。私は男の子を目の行き届く安全な場所に避難させ、世界初思われる魔族の遺体を解剖いたしました。」
会場がどよめいた。
「魔族はすでに中身が見えるほど、切り刻まれていました。村人たちの遺体はハエが集っており、魔族の体には全く虫は寄り付いてなく、異臭すらもありませんでした。その遺体は緑色の血液のような水分が飛び散っていました。解剖をすると異形であり、臓器はなく、ただの肉塊で、私には皆目検討つかない物でした。胸中央の位置を切り開き、心臓を確認しましたが、何もなく、空洞でした。ただ、その下に胃のようなものはありました。頭を切り開くと、頭蓋骨の中と思われる中に皺のない丸い白い球を発見しました。ただ、大きな切り傷があり、緑色の血液と思われるものが流れていました。先ほど君主様が述べた三つ目の殺し方と整合性が取れる遺体であるとも考えています。そこで2日前より君主様の指示により、その村へ遺体回収のために回収チームが向かっており、そろそろ帰ってくると思います。それとこれが魔族の遺体の写真となります。」
ユリウスは何枚かの写真を右手に掲げ見せた。
「あのーすみません。よろしいでしょうか?」
1人の若い金髪の一際、綺麗な女性が手を挙げ、立った。
「国立ミュンベル大学魔族研究会員のクリスティーナ・ジョリーです。先ほどの報告は大変興味深く、この世の魔族研究を一歩前進するような発表だったと思います。ただ、一つだけお聞きしたいのですが、何故、魔族はそのような傷がある状態で見つかったのですか?過去に魔族への銃弾やナイフなどは一切傷がつかなかったと思います。何故でしょうか?」
「その件につきましては只今、調査中であります。追ってご連絡いたします。」
ユリウスはその発言をした後、頭を下げ、壇上を降りた。
その後、第33回魔族研究会議は終了となった。
魔族の殺し方を記した「アベル・ホフマンの日記」は改編され、作者不明として、出版されることとなった。
ヒンターカイフェ村のような「魔除けの村」と噂される村も一斉調査する運びになった。
ただ、例の魔族が数多の傷がついていた件は緘口令が敷かれた。
会議終了後、クルーゲ公爵に部屋へ呼ばれた。
「お疲れだな。ユーリ。」
クルーゲ公爵は少し落ち込んでいる様子であった。
「どうなさいましたか?」
「先ほど回収チームが戻ってきた。ただな‥手ぶらでだ。どこにも魔族の遺体も人の遺体もなかった。あったのは複数の血痕と牧場にいたとされる魔族が寝ていた跡だけだ。これがその写真だ。」
写真を見ると、確かにユリウスが指示していた所々に遺体の姿はなかった。
「ユーリとは長い付き合いで優秀な探検家だ。それに信頼もしてる。この写真を見る限り、遺体がなかったというのは否定もできない。現場に向かった回収チームもそのようには言っている。更に微量ながら、『緑色の血液』も見つかった。こうなると、考えられるのは一つだけだ。誰かが、回収した。」
ユリウスもルークも予想はしていなかった。
クルーゲ公爵としては過去の第二次人魔大戦のことも旧シーズ公国の一件もあり、既にドルト公国に魔族が入り込んでいるのではないかと考え、落ち込んでいたのであった。
その後の報告で魔除けの村とされる村、3件の村全てが焼き討ちに遭い、村人は全員殺されていた。




