5.ドルト公国 ミュンベル大公宮殿①
ユリウスは休憩中、タバコを吸いながら、アベル・ホフマンの書を読んでいた。
「このアベル・ホフマンってやつ‥俺の師匠の知り合いかもしれないな。それにこの魔族の殺し方ってところ‥」
その「魔族の殺し方」という項目にこのように記載があった。
1.水中による無酸素状態(内容は不明だが、空気中に含まれる成分をエネルギーの一部としている)
2.首の切断(脳からの信号の遮断)
3.激しい体への損傷(原因不明)
※個体差はあるが、傷は再生し、病も発症しない。毒も効かない。
「これはどの書物に書いてなかったとこだぞ‥ルークはこれ知っていたのか?」
たくさんの書物を読み、これにしか”魔族の殺し方”の記載がなかったこと、その書物の中に例の紙切れが入っていたことを説明した。
「なるほど。このアベル・ホフマンという人が最後に行き着いたあの村で生贄にされたってことか。そして、この記載を残したのか。かなり興味深い人だな‥」
第一次人魔大戦(ヘクサライ暦999年〜1000年の約1年)は突如、魔族が引き上げたことにより、終戦となった。そして、今から4年前に終結した第二次人魔大戦(ヘクサライ暦1049年冬〜1051年夏の約1年半)は神聖インジェル帝国出身のカール・ブナパルテの指揮の下、多国籍軍をまとめ上げ、魔族を壊滅させ、終戦となった。その時に使われた殺し方が「溺死」であった。ただ、対戦中もどの書物にも上記の2と3の記載はなかった。それは単純に魔族の体が強靭過ぎて、傷をつけることができなかったからである。なので、飛行中の魔族に投石などで攻撃し、落とし、そのまま水中へ引きずり込むのが、効率的であった。ただ、この殺し方は10人単位の死傷者毎回出ていた。それによる死者は約2万人であった。
「この書物‥いや日記か、君主様に見せるけど、良いか?」
ルークは「うん」と返事をした。
ただ、それとは裏腹にこの書物の内容がそれほどまでに重要な項目だとは思わなかった。今まで見た書物も歴史や文化などの特定項目で、記載は一冊しかないというもは何点もあったからである。
休憩を終え、馬車を動かした。
ブレーメン州ヴォルス町を抜け、首都ミュンベル州に入った。街はヒンターカイフェ村より、ヴォルス町よりも更に活気だっており、建物も煉瓦造りで、人の数も途轍もなく多い。ルークは人の数に酔っていた。
「ここがミュンベル州?人が‥すごいね‥」
ドルト公国は君主『クルト・フォン・クルーゲ公爵』が数年前に統治しており、第二次人魔対戦からは平和な国を実現している。経済発展や犯罪抑止などもあるが、一番は魔族への研究が他の国よりも秀でているからである。そのため、大戦後から人が魔族に襲われたのは他国と比べても格段に少ない。
ルークたちは衛兵が門番をする場所を通り、その近くにある広大な馬車を大厩舎に馬車と馬を預け、徒歩で街中を直進した。ルークは人の多さに何度も首を振り、見渡していた。
「ルーク。俺まで田舎者だと思われるから前だけ見とけ。ここはただの街だが何もない。真っ直ぐ歩いたら目的地まで着く。」
20分ほど歩き進めると、それは大きな宮殿が見えた。ルークが生まれてからは初めて見る規模が段違いの建物である。唖然としていた。
「おいおい。驚き過ぎた。ミュンベル大公宮殿はアートジア大陸では中くらいの大きさだからな。」
その言葉を聞いたルークはまた、唖然とした。これが世界ということを実感した。
2人は衛兵に挨拶しながら、宮殿に入った。中はなんとも説明し難い可憐な絵や皿がいくつも飾られている。
多数の貴族や使用人もおり、この宮殿自体が活気だっていた。
「おーこれはこれは、シノダ殿。1年ぶりになりますな」
「お久しぶりでございます。」
ユリウスはいつもとはまた違う表情と言葉遣いで、貴族に対して一礼した。その貴族は激励を言い、その場を去った。
今の貴族のことをルークが聞いた。
「ん?あの人か?知らない」
どうやら、ユリウスはここの宮殿があんまり好きじゃないようで、顔は覚えられているが、公爵以外の名はほとんど覚えていない。
長い廊下を歩いていくと、公爵の部屋に到着した。衛兵に名を名乗り、重い扉が開いた。
「クルーゲ公爵様。ユリウス・シノダ様が帰国されました。それと子供も一緒です。」
ルークは物凄く広い部屋を想像していたが、そこは意外にもこじんまりとした書斎であった。
「久しぶりだな。ユーリ。元気だったか。」
ユリウスとルークはその場でひざまづき、「はい。元気にしておりました。」と答えた。
「そんな堅い口調は良いから、今回の報告と、その子の紹介を頼む。」
「はい。わかりました。」
腰を上げ、この1年の魔族の情報を記載したノートを渡し、ヒンターカイフェ村での一件を話し、そこで出会ったルークの生い立ちと魔族の死骸の情報など今までの調査とは別次元の内容であり、クルーゲ公爵は30分もの間の説明を聞き入っていた。
「うん。わかった。ユーリよくやったぞ。これは歴史的な発見だな。ルーク君もよく頑張ったな。」
クルーゲ公爵はユリウスには肩を叩き、ルークには頭を撫でて称えた。
「ひとまず、研究者と探検家を集め、会議を行う。2人にも出席をお願いする。3日後の10時に大ホールに来てくれるか。」
上機嫌に早口に話す姿を見て、ユリウスは安堵の顔を浮かべていた。
クルーゲ公爵は書類をまとめ、2人と一緒に部屋を出た。
「国を統治する君主様ってあんなに働き者なの?」
ユリウスは首を横に振りながら、言った。
「あれは天性の働き者だからな。ここまで平和な国であるのも、あの方のおかげだからな。」
2人は宮殿を後にし、遅めの昼食をとりに飲食店を物色していた。
「そういえば、ユーリって家はどこにあるの?」
ユリウスは指を差し、案内した。
門から王宮までの大通りから徒歩10分と少し外れた酒屋に着いた。
「家ってここなの?」
かなり廃れたBarであった。
客層は汚い作業着の人やアルコール依存症のような人ばかりであった。意外にも繁盛はしているが、その光景にルークは引いてしまった。
「ここは俺の店だ。2階が家でな。店は友人に任せてるんだよ。」
ルークは少し嫌がりながらもその店へ入った。店名は「エナル」。
床の軋む音にタバコの煙臭さ、シーアイルとは全く雰囲気であった。
2階に上がると、物が散乱しており、まるで汚い倉庫のような場所であった。
ただ、ルークの興味を引いたのは数多の本があったことであった。
「すげーこんなに本があるのか。」
目を輝かしているルークを横目にユリウスは我が子を見るような目をしていた。
「ルーク。ここは汚いが、実家だと思っていいぞ。もしも、俺に何があってもここに住んで大丈夫だからな」
ルークは大きく頭を下げて感謝を述べた。
家という家を失ったルークは幼いながらもこの状況に感銘を受けていた。
「3日後だからな。飯は下の店員に言えば、出してくれるからな。俺はしばらく次の旅の準備と博打うってくるからな。また明日の朝に帰るからな。寝るときはそこのベッド使ってな。じゃーな。」
物凄い早口で、ルークに吐き、その場を足早に去って行った。
おそらく、博打が9割であろうとルークを思った。
「3日間、暇なのか‥」
一先ず、ルークは本棚にある本を読み漁ることにした。
アベル・ホフマンの家にもあった本も多数あった。
色々と読み漁ること、数時間ほどが過ぎていた。
「おーい」
下の階からガサガサの男の声が聞こえた。
ルークは読んでいた本をその場に置き、階段の下を見てみると、Barのマスターであった。
「小僧、朝から全然食べてないって聞いたぞ。もう出来てるから、早く来いよー」
外をみると、夕陽が見える時間になっていた。
急にルークは腹が減り始めた。
1階へ降りると、そこは昼間に見た時とはまた違う雰囲気であった。
「ものすごくうるさい‥」
昼間は廃れたBarであったが、この時間は仕事終わりの男たちが血気盛んに飲み荒れていた。
ルークは酔っ払いのおじさん達に絡まれながら、ルークの肩の高さにもなるカウンターをマスターに担ぎ上げられ、座った。
「ほら、これ食え」
タバコを吸いながら、ルークに出したのは見たこともない料理であった。
「おじさん何これ?」
「おじさんじゃねぇよ。ハンバーガーとフライドポテトだ。そして、俺はトーマスだ。」
その料理はとても良い匂いがした。
ポテト頬張り、ハンバーガーは口がはち切れそうなくらいに開けて、咀嚼した。
「何これ美味い!」
タバコを吹かしながら、笑みを浮かべるトーマスがいた。
食事を進めながら、おじさん達に話しかけながら、その場を過ごした。
どうやら、この辺りは農村や牧場、衛兵の宿舎などの様々な人が行き交うところであり、このBarは集いの場所であり、この国の情報源などが手に入る場所でもあった。そのため、情報屋も時折、足を運ぶそうである。
「トーマスさんはユーリとお友達ですか?」
右手に持ったタバコを灰皿に置き、答えた。
「ユーリは俺の弟だ。」
探検家らしからぬ清潔感のあるユリウスとは違い、顎髭に肌も衰えているトーマスは兄弟とは思えない見た目であった。
「似てねーだろ。血は繋がってないからな。俺の名前はトーマス・ミュンヒだ。あいつは25年前に起きた『ホロ・ハルパゲー』という事件があってな。その事件で魔族が連れ去った孤児だ。それをウチの親父が引き取ったんだよ。まぁ詳しいことはあいつから聞いたら全部話してくれるさ。」
ルークは何故、こんな5歳児の自分を助けてくれたのかをずっと疑問に思っていたが、おそらくユリウスは過去の自分と照らし合わせたのかと、幼いながらに思った。
そこから話を進めていくと、トーマスの年齢は37歳、ユリウスの7つも上であった。ただ、トーマスは昔から勉強はできず、親から見放されていた。養子になったユリウスは幼い頃から優秀で、学校でも主席であった。ユリウスが20歳の時にトーマスと幼馴染であった現クルーゲ公爵と出会い、魔族の研究と探検に勤しむことになった。
「え、トーマスさん君主様とお友達なの?」
「あ、そうだよ。ユーリ何も言ってなかったのか。ちなみにここにくる時、ヴォルス町の『シーアイル』って店行ったか?」
ルークはハッと思い出した。
「あーやっぱり行ったのか。あそこのババア怖いだろ。顔は綺麗だけどな。あれも幼馴染だ。」
小さくルークは頷いた。
それにユリウスの話も聞けて、少し嬉しかった。
ルークはその後もトーマスやお客さんなどと眠くなるまで話しながら、テーブルに寝落ちしていた。
翌朝、起きると泥酔で寝ていたユリウスを見たルークは昨日の聞いてた話を思い出した。
「頭良かったって聞いてたけど、本当にそうなのかな‥」
ルークはまた本を読み漁った。
ユリウスはまだ寝ている。
「おい、小僧!朝飯食わねーのかー!」
階段を降りると、カウンターに1人目が細く小太りの髪の薄い、おじさんがいた。
ルークはそのおじさんの左隣、昨夜と同じ席に座り、パンと目玉焼きを食べ進めた。
「あんなたがここ昨日からここに住むようになった少年かい?」
急に話かけてきて、驚いたが、パンを咥えたまま、こくりと頷いた。
「そうかいそうかい。んで、ユーリの弟子でもある訳だな。」
そのおじさんはコーヒを飲みながら、落ち着いた丁寧な声で自己紹介をしてきた。名前はゲルトと言い、トーマスとは幼馴染であり、もちろんクルーゲ公爵やジミとも同じである。
Bar エナルは11時オープンであり、現在は10時である。ゲルトはいつもこの時間に来てコーヒーとアップルパイを食している。
「あ、そうだ少年。名前はなんて言うんだ?」
その”少年”は口を開いた。
「ルークです。ルーク・ウィザードです。」
ゲルトは細い目がまん丸に大きくなり、マスターは下を向いていた。
「少年よ。ウィザード家なのか‥まさかな‥」
ルークは勘づいた。
シーアイルでの時でも同じだ。
「ねーおじさん達、僕のこと何か知ってるの?」
そう質問したルークの首元に光るネックレスが輝き、ゲルトはまた驚いていた。
「おいゲルト」
トーマスのその言葉で、胸元の懐中時計を確認したゲルトは平謝りして、「仕事だから」と、店を出て行った。
何かをみんなが隠している。
そう、ルークは感じた。