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2.リリーナ・ウィザード

 翌朝。

昨日までの大雨はなくなり、雲一つない快晴となった。

リリーナは村長が高齢のため代わりに牧場の手入れを毎日している。ルークも雨の日以外は手伝いをしている。

昼ごはんを食べた後にまた仕事に戻る親子。

その後、夕方ごろになると普段よりも早く外が暗くなり始めた。


 「ママーこれまた雨降るんじゃない?」


リリーナはその言葉を聞いて、上を見ると雨が降ると思い、牧場の屋根がある方へルークを引き連れた。


南の方から、何か黒いものがこちらに向かって飛んでくる。

ルークとリリーナはそれをじっと見ていた。


牧場のおじさんも作業を止め、呟いた。


 「ついにきたか‥」


その言葉を聞くと、ルークは嫌な予感を感じた。

先住者アベル・ホフマンの空き家にある地下室で見つけた紙切れに書いてあった

”ここは危険 逃げろ”

何を意味していたのかはわからなかったが、今から起こる何かを感じた。


 「ママ。なんか変だよ。帰ろうよ」


リリーナはルークがなぜそのように思っているのか不思議であった。

しかし、ルークが異様に腕を引っ張ることから急いで、牧場の人たちに挨拶をして、家に帰って行った。


 「どうしたのルーク?」


ルークは2階に急いで駆け上がり、自室の机に置いてあった。例の紙切れをリリーナに見せた。


 「何これ‥」


見慣れない字であった。

実はリリーナもここに来た当初は村人たちの接し方が異様に丁寧なことに違和感を覚えていた。当時は魔族の襲来もあり、どの街もよそ者を受け入れたがらず、リリーナは大きなお腹で精一杯走り、この村にやってきたのであった。

当時のそんな思いも蘇るが、思いも記憶も風化しており、その紙切れの意味を理解したくなかった。


 「ルーク?これはどこから見つけてきたかわからないけど、ここの村はみんな優しくて安全なところなの。大丈夫よ。さっきの気になるから少し外に行くわね。」


ルークはリリーナの服を全力で引っ張るもののリリーナはルークに慰め、出て行った。

 

リリーナが家から出ると、家の前にレイアとマークのシュタイナー夫妻がいた。

ルークは踏み台を使って、小窓からその様子をバレずに確認した。


 「リリーナさん少し来てもらえるかい?」


マークがリリーナに声をかけ、リリーナは牧場の方へ向かっていった。

ルークは家にいるように言われていたが、気になり、追っていくことにした。

3人は牧場の奥へ入っていった。ルークは後から追っていったが、見失った。

だが、気になることがある。


 「誰もいない‥」


先ほどまで、牧場の周りには村人が数人ほどいたが、村全体に人がいない。

物静かな村はいくらルークと言えども5歳であり、怖さを感じた。

それでも母の行き先が気になったルークは牧場中に入り、見渡した。

この牧場は毎日見る光景であり、全て場所は理解している。だが、母とシュタイナー夫妻が見当たらない。

必死に探した。


 「そう言えば、なんかの本で見た。隠し扉だっけ?」


ファンタジー系の小説にも出てくる「隠し扉」というのが牛舎にある可能性を示唆した。

大きな深呼吸をし、目を閉じ、意識を集中させた。

すると、何故だか瞼は閉じ、真っ暗なのに眼球の奥底から、遠くの景色がぼんやりと浮かんでくる。

牛舎や牧場、山々、森の木々、リス、鹿、鷹など様々な物が目に浮かぶ。まるで自分の分身が何人もいて、その視界を共有しているような広範囲の光景が見える。

牛舎の裏に何か邪悪のオーラが漏れているのを見えた。そこを透視するかのように凝視した。


 「これって‥ママ‥」


ぼんやりだが、母が十字架に磔にされ、その目の前に得体の知れない2mは超える羽根をもつ化け物が見えた。そして、その横にシュタイナー夫妻やアンドレア村長などヒンターカイフェ村の人たち全員がいる。

ルークはその状況を異様だと感じ、母を救おうとその牛舎の奥まで走って行った。

勢いよく叫ぼうと思ったが、それはその奥にいる化け物や村人たちにわかってしまう。

だから、根拠のない自信だが、隠し扉を隈なく探した。


 「あった。こんなところに扉があるなんて」


隠し扉はルークの辿り着いた牛舎奥の隅の床に小さい扉を見つけ、ゆっくりと開くと地下通路になっていた。

恐怖などそのようなものは一切感じなかった。梯子で下り、10mほど進むと階段を見つけた。


何故か話し声が全く聞こえなかった。

上に上がると、扉があり、耳を押し当てると、眩しい光が差し込んだ。

扉が開いたのだ。


 「やはり来たな」


それはアンドレア村長であった。いつもの優しいお爺さんとは変わり、恐怖や狂気を察し、ルークは勢いよく階段を駆け降りようとした。


 「逃げるな」


ルークの服を強く、村人の男たちが引っ張り上げた。まだ5歳の少年にとっては、全く抵抗のできない大きな力であり、簡単に持ち上げられた。ルークは絶望した。


 「ルーク!!!」


母の声だった。

ルークは顔を上げると、十字架に磔にされ、傷だらけの体に、四肢や首などに無数に刺さっているチューブの母であった。酷く衰弱していた。


 「ルーク‥ごめんね‥早く‥逃げて‥」


その無惨な母を見て、大人たちに持ち上げられ、なすすべ無いルークは泣くことも悲しむこともできなかった。体も動かず、ただただ、母をじっと見ていた。

母子ともに見合い、この先を悟った。


 「コノオンナノ コドモカ」


化け物がルークの側まできて、じっくり顔を見た。


 「ルークくん、そしてリリーナさん。絶望しているところ申し訳ないがね。これが”悪魔の契約”なのじゃよ。ルークくんなら物知りだからわかるじゃろ。」


アンドレア村長は続けて、饒舌に説明した。


 「このヒンターカイフェ村はの、『魔除けの村』と言われておるが、その裏は古くからこのように悪魔(魔人族)と契約して、定期的に人間を分け与えておるのじゃよ。」


村長は終始、異様な笑顔で話していた。

ルークは話を聞きながら、徐々に正気を取り戻し、村長の顔を睨みつけた。


 「おーおー。ルークくん。まだ5歳というのに何とも怖い顔をするのじゃな。だがな。君のお母さんは生贄なのじゃよ。そして、ルーク君もここにいる。見られてしまった。だがら、君も残念だが、そういうことじゃ。」


遠回しの言い方でせめてもの優しさで、ルークも”生贄”であることを伝えたが、この状況を何故だか冷静に理解できたルークはすでにその説明も予感していた。だから、驚くことなく、じっと村長を睨みつけていた。


 「コノ コドモハ ツレテイク 奴隷ダ」


魔人族は近くで見るとかなり大きく黒く、独特な異臭に、扉越しでも見えた邪悪な黒っぽいオーラが見えていた。ルークは母を助ける策を俯瞰して考察した。


 「アンドレアさん‥お願い‥ルークだけは‥逃がして‥何でもするから‥」


母の苦しみながらの小さな声だった。


 「黙れ!」


村長はリリーナの頬を杖で殴った。

その光景を見ていたルークは怒りが込み上がった。5年間生きてきた中で最も強い憎しみであった。


 「リリーナさん、あなたにはもう十分何でもさせてもらってます。だから、こうやって血をゆっくりと抜き取ってるんですよ。魔人族では若い女の血はかなり貴重なようですので、ただ、淑女では無いですがね。」


ルークはこの言葉を聞いて理解した。

このままだと母は助からない。更に強い憎しみが込み上がっていく。


 「殺す‥お前ら絶対殺す‥」


ルークの放ったその言葉が村長の逆鱗に触れた。


 「黙れ!」


男たちに持ち上げられたルークを村長は勢いよく殴った。その瞬間、数人の男たちに抱えられてたルークは勢いよく地面に叩きつけられ、頭を強く打った。

鈍い音と共に、村長が笑い、それに釣られた男たちは異様な笑い声を発していた。


 「このガキ‥わしはずっとこのガキを5年も見てきたのに‥なんの報いもないのか‥そうじゃろシュタイナー殿」


遠くから見ていたシュタイナー夫妻は不適な笑みを浮かべていた。


 「このルークくんを面倒見ていたが、最後がこんなにも往生際が悪いとね‥こっちもむかつきますね‥」


マーク・シュタイナーはその言葉を発し、倒れてるルークの元へ寄り、じっと見た後にまた、笑みを浮かべ、腹部に勢いよく蹴りを入れた。ルークを悶えた。それから何度も何度も何度も蹴りを入れた。死なない程度に蹴りを入れた。リリーナは小さな擦り切れた声で何度も「やめて」と言い続けたが、蹴る音に紛れてしまい、全く届かない。ルークは強い憎いみより、頭を打ったことにより意識朦朧と腹部への痛み、そして無気力が勝っていた。


 「こらこらマークさん。死んじゃいますからね。こちらの魔のモノに差し出す品物ですからね。」


村長は続けて言った。


 「ルークくん、そしてリリーナさん。”悪魔の契約”はね。破ると私たちの村は無くなり、ここにいるみなさんは全員死んでしまうんですよ。だから、そのね。わかって欲しいんですよ。申し訳ないね。だから、ルークくん行ってらっしゃい。リリーナさんさようなら。」


ルークとリリーナは絶望しており、何も話せなくなっていた。

村長はその後、黒い化け物に何か話した。

リリーナの側に行き、右腕を掴んだ。


 「や、やめて‥ください‥ママが、死んじゃう‥」


ルークは意識を吹き返し、片膝を付きながら、発した。

だが、その言葉はその化け物には届かず、母の右腕は引きちぎられた。


 「ぎやーーーー」


先程まで小さな声しか出なかった母がルークのとてつも無い大きな悲鳴を上げていた。

ルークは何もできなかった。母の苦しむ姿を見ても体が動かず、憎しみが再度込み上げるだけであった。


 「マークさん、よかったら、ルークくんにこの母親の姿を近くで見せてあげるのはいかがでしょうか」


村長がマーク・シュタイナーに酷い提案を伝え、それを聞いたマークはルークを持ち上げ、母の目の前に置かれた。

化け物はルークを睨み、リリーナの左脚を掴んだ。


 「やめて‥」


リリーナの小さ抵抗も虚しく、また残忍に脚を引きちぎった。

先ほどよりは声量は少ないが、リリーナの悲鳴をルークは呆然と見ていた。

化け物はその引きちぎった脚と先ほどの腕を咀嚼音を出しながら、食べ尽くした。


ルークはあまりのショックに一瞬、気を失った。

周りに気づかれないくらいの刹那だが、ルークの脳内では非常に長かった。

母リリーナという存在を目の前で痛ぶられ、信用していた村人に売られ、憎しみが心の奥底に凝縮していった。

その憎しみは黒い炎となり、心の中を照らした。その明かりは体中を駆け巡り、目を覚ますと体全体に化け物と同じような邪悪な黒っぽいオーラとして、身に纏っていた。


化け物はルークを見て、何か違和感を感じた。


ルークは無我夢中であった。

その思いのまま、叫んだ。とにかく大きく叫んだ。なぜ叫んだかわからないが、そうした方が良いと思った。

すると、その思いとは予想外に黒いモヤのようなものが、周囲20mほど前に一瞬にして、広がった。

それは村人を包み込んだ。何も気づいていない。化け物は見えはしないが、何かを感じた様子であった。そのモヤは化け物を包み込みことはできなった。


叫びを止めた後に村人全員が体の動きが止まっていた。

ルークはその光景を異様に感じ、周囲を見渡した。


 「ドサッ!ドタ!」


何か音がした。

ルークは村人たちの後ろの木々の方を目を向けた。小鳥や小動物たちが続々と倒れている。痙攣のような小刻みな動きをしていた。死んではいないようであった。

その後、村人たちが動き始めた。先ほどまで饒舌であった村長や憎しみの矛先であったマークも含めた全員が目は充血し、口から涎が垂れ、不自然に体が捩れており、まるで薬物中毒者のような様相であった。

集団で不規則に徘徊し始め、うめき声を出し始めた。


 「な、何これ‥」


化け物も理解できてないようで、唖然と見ている。

その後、村人たちは落ちていた刃物で首を切ったり、自分の体を食べたり、木の上に登って頭から飛び降りたり、全員が自死をした。その光景は1分もしないうちに終わり、そして誰もいなくった。


ルークは混乱していたが、おそらく、原因が自分であることだけは理解していた。

化け物もそれは理解した。


 「オイ、小僧。何ヲシタ。」


その言葉を放ち、鋭い爪でルークを切り裂いた。

だが、その攻撃を何故か避けることができた。


 「何これ‥今来るのが、わかった‥」


ルークはボロボロの体を気合いで動かし、這いつくばって、逃げた。ただ、5mほどしか進んで体が動かなくなった。

化け物はルークを摘み憎しみ溢れた顔で睨んだ。


 「小僧、何ヲシタ。奴隷二スルハヤメタ‥殺ス」


ルークはもう体が全く動かない。瀕死の母を見て、涙が出ててくる。

化け物が今に襲いそうな形相で見てくる。先ほどの村人全員を自死させたモヤの出し方もわからない。それにこの化け物には効かなかった。そんな考えはまだできる思考力はある。何故かルークは諦めなかった。諦めきれなかった。ただ、策がない。空を見上げた。綺麗な空であった。昔、本にも母から言われたことを思い出した。


 「ルーク。もしも、迷ったら、空を見なさい。お日様があなたを照らし、雲があなたを守ってくれて、風があなたを導いてくれるからね。」


その言葉を思い出した。

ルークは心の中に”爽やかさ”を感じた。その瞬間、また一瞬気を失った。

その寂しさが心の奥底に凝縮され、緑色の炎へと変わり、心を照らした。


目が覚めた瞬間、風が吹いた。


ルークは何かを感じた。


化け物はまた襲おうとしている。


だから、手を前に突き出してみた。


 「吹っ飛べーーー!」


心の奥底にある緑色の炎が激しく燃え上がった。

その瞬間、両手からとてつも無い突風が一直線に化け物へ向かい、切り刻みながら、凄まじい轟音を立て、吹っ飛ばした。


一瞬であった。


牛舎の方向へ化け物は30mほど吹っ飛び、牛舎は崩れるほどであった。四肢は切れ、絶命していた。だが、牛は一頭も被害は出なかった。


ルークは目の前にいる敵を全て排除したことに安堵し、意識を失いそうになったが、母の姿が目に入った。最後の最後の力を振り絞り、這って進んだ。


 「ママ‥ねぇママ‥起きて」


左腕と左脚が欠け、十字架に吊るされている母を再度まじまじと見ると溢れんばかりの涙が溢れた。

もう力も出ず、地面から立ち上がることもできない。


 「ル‥‥ルーク‥」


小さな声が聞こえた。

ルークはその声を頼りに死ぬ勢いで立ち上がり、母に抱きついた。

まだまだ、母のお腹程度にしか届かない身長だが、温もりを微かに感じる。幼いながら、これが最後の時期なのだと、悟った。





 「ルーク‥愛している」





その言葉だけであった。会話もできなかった。

そして、苦しみながら最後の笑顔だった。

涙も出ないほど、疲弊していたが、ルークもそれに応えるよう満遍の笑顔で倒れた。

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