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1.ルーク・ウィザード

 第二次人魔大戦と呼ばれる戦乱の世。ドルト公国のベレーメン州という田舎地方でも魔族との戦いは街中で繰り広げられていた。妊婦は逃げ迷っていた。目をつけられぬように逃げながら、目先にあった小さな集落まで辿り着き、馬小屋を見つけた。妊婦は数時間かけて、男児を産み、母となった。しばらく、泣き止まない子を必死に止めたいが、その愛くるしい姿にうっとりしていた。

一休みし、母は眠りについた。


朝、目が覚めると、ふかふかのベッドに母が横になり、少し古びた小さなベビーベッドに男児が寝ていた。


 「あ、お目覚めですか?」


どうやら、母は寝ている時に男児の鳴き声にも気づかないほど寝ていたようで、その鳴き声に釣られ、集落の方が病院まで連れて行ったそうだ。病院と言っても小さく、母が見渡す限り、2階建ての一軒家ほどのサイズであった。


 「お子さんは元気ですので安心してくださいね。それとお名前はなんでしょうか?」


40代ほどの少しふくよかで、綺麗な白い看護服を着た女性が優しそうに聞いていた。

母は起き上がろうとしたが、出産と魔族からの逃避行の疲労により、動けなかった。その看護師風の女性も動かなくて良いことを伝えた。

母は小さな声で答えた。


 「ありがとう‥ございます。リリーナ・ウィザードと申します‥」


母をリリーナと呼称する。

男児が泣いた。

母は今さっきまで起き上がれなかったのに、その声を聞き、咄嗟に起き上がり、慣れない手つきで母乳をあげようとした。

看護師風の女性はその手つきを見て、リリーナを指導した。


女性の名前はレイア・シュタイナーと呼ぶそうで看護師をしている。この家で夫婦2人小さな病院を経営しているそうだ。医者の夫は現在、薬草を摘みに近辺の山々を散策しているとのことだ。


 「リリーナさんお腹すいたでしょ?」


レイアがサンドイッチを持ってきて、リリーナは勢いよく、食べていた。丸2日を何も食べていなかったことを思い出した。食べ終わった後に、我が子を抱き、自然と涙が流れていた。



 その夜、男児が寝ている時にレイアが夕食の準備をしていた。その頃、くるぶちのメガネをかけた筋肉質の医者である夫が帰ってきた。医者の名前はマーク・シュタイナーと呼び、薬草をたっぷりと籠一杯に入れていた。


 「おーお目覚めでしたか。元気な赤ん坊おめでとうございます。この家で良ければ、ごゆっくりとお休みください。」

 夫のマークは親切に母子を迎え入れた。

その夜、リリーナと子、シュタイナー夫婦と4人で食卓を囲んだ。リビングの周りには子供が描いたかのような絵が何枚も飾ってあった。

レイアは笑顔で、村の世間話を夫のマークに楽しそうに話していた。リリーナは申し訳なそうに食事をちまちまと手をつけていた。子はぐっすりと眠っていた。


 「あの、すみません!」


リリーナ少し大きな声をあげてしまい、レイアは少しびっくりしていた。子はその声に反応して、体が反応したが、起きることはなかった。


 「リリーナさん急にどうしたの?赤ちゃんが起きてしまいますよ」


リリーナはそわそわながら、問うた。


 「わ、私たちのことは気にしないのでしょうか?」


レイアとマークは目を合わせ、優しい笑顔を見せていた。


 「リリーナさん。あなたが辛いのであれば、何も言わなくて大丈夫ですよ。私たちが気になるかと言えば、それはもちろん気になります。でもね、今はあなたたち親子が無事であることが大事です。それから落ち着いたらでもご自身のお口から話せるタイミングで大丈夫ですよ。」


リリーナはそんなマークの低音な声かけに一粒の波を流していた。

それならその言葉に甘えようと考えたが、リリーナはまた別な疑問も思っていた。


 「その優しさに本当に感謝しています。でも、今この戦争の時期になぜこのような私たち親子を迎え入れていただけたのでしょうか?」


その質問をした後に、子が鳴き声を発してしまった。リリーナは我が子を抱き抱え、マークにうまく見えないように乳房を出し、授乳を始めた。


 「リリーナはここに逃げる時に馬小屋に入ったことは覚えてる?」


リリーナは首を縦に振った。


「そしたら、その時にこの村は見た?」


リリーナは首を横に振った。


「そう。ここはね。古くから伝わる“魔除けの村”なのよ」


“魔除けの村”というのは地形や人工物、護符、自然現象などの様々な理由で魔族が寄ってこないと言われている村のことであり、理由ははっきりとしないため、信じない人も多いが、実際にそのような村や町があるのは世界に何ヵ所かあるというのは伝わっている。


 「だからね。この魔除けの村『ヒンターカイフェ』の地域は安全なのよ。人魔大戦でも怖くないのよ。それにね、ここは高齢化が進んでいてね。それであなたたちの若い方は大歓迎なのよ」


リリーナは唖然とした。


 「え、それだけ?」


レイアは首を傾げた。


「村は安全だし、高齢化が進んでるから大歓迎?そんな‥優しすぎる村があるんですか?私の街はずっと食べるものもなくて、飢えを凌ぐために育てた馬も食べてくらいですよ‥信じられない‥」


リリーナはまだこの村を一日しか見てないものの、この夫婦の平穏すぎる価値観に嫉妬と憎悪、それに悲しさに胸一杯になりそうであった。それでも今は我が子を守るために、この村の人たちとはしばらく過ごさないといけないため、甘えるしかなかった。


 「リリーナさん。レイアが言葉足らずで申し訳ない。私たちの村、ヒンターカイフェはそれは立派な田舎でしてね。若い人たちは遠い街の人たちは外へ出て行ってしまうんです。そうなると、この村にはどんどん人が減って、私たちのような中年や老人などしか残らなくなってしまったんですよね。だから、あなたのような若い人が来られると、こちらの村は皆さんものすごく嬉しい気持ちになるんですよね」


また、マークの優しい低音な語り掛けにリリーナは心震えてしまった。

他に頼ることもないリリーナはシュタイナー夫婦に心を開き、しばらくの間、この村に住むことを決意した。

その日は村の事情などを聞きながら、楽しく食事を進めた。


ヒンターカイフェ村とは10数棟ほどの家に囲まれ、農業や牧場などで経営しているそうだ。今現在、若者は全て村から出ているとのことで、一番若い人でもシュタイナー夫婦だそうだ。その夫婦は夫の医者の仕事と妻の牧場経営で成り立っているとのことだ。夫マークは近郊の街へ赴き、診療を行うため自宅にいないことも多い。今日はたまたま休暇をとっており、2週間ぶりに自宅で食事をする。


 「あ、そうだ。リリーナ。この子の名前は決まっているの?」


リリーナはレイアの質問に忘れ物を思い出したかのように慌てた顔をしていた。ただ、実はすでに決まっていた。


 「そういえば、お二人にお伝えしてませんでしたね。もうすでに“亡き夫”と決めております。男の子なので、『ルーク』です」


我が男児の名は、“ルーク・ウィザード”と名がついた。


翌朝。

マークは馬車に乗り、街へ向かった。レイアは、ルークを抱き抱えたリリーナを連れ、村を案内していた。

リリーナは昨日、窓の外を見る余裕もなく、1日ぶりに外を見て、空気を吸った。新鮮過ぎる空気に驚きを隠せなかった。それに村の光景は一際、綺麗と印象であった。山々に囲まれ、牧場は広く、農場は野菜や麦などの多くの品種が見て伺える。そして、家々は数多く30軒ほどあり、中には崩れそうな家もあり、過疎化が進んでいるのは明白であった。


レイアは一つの古びた家へ案内した。この村の長が住まいとしてる所らしく、リリーナたちを紹介した。

ノックをして、村長の名を呼んだ。


 「アンドレアさん。いますか?」


ゆっくりとドアが開き、半分ほど開くと、顔半分が見えた。

リリーナなぜか恐怖を覚えた。何故なら、口角が上がり、歯が見えるほどに笑っていたからだ。

だが、顔や体全体が見えると、そこにいたのは、白髭の生えた小さな爺さんであった。


 「はいはい。レイアさんね。今日も元気ですね。おはよう。」


とても優しそうな爺さんであった。

ヒンターカイフェ村の長であるアンドレア村長、今年で80歳となる。

妻は30年前に他界しており、それから今まで村長を務めている。


 「あなたが昨日、マークさんの家で泊まった親子さんかい?」


リリーナは小さく会釈した。

レイアはリリーナとルークを紹介すると、アンドレア村長が「こちらにおいで」とレイアも連れ、3人を村中央の家まで案内した。


 「レイアさん。ここじゃよ」


レイアは目をキラキラさせながら、リリーナの手を取り、「よかったですね」と言った。

意味が理解できずに村長に聞いた。


 「あの、アンドレアさん。どういうことでしょうか?」


村長は優しく微笑んだ。


 「昨日ね。あなたたちが来たことをレイアさんたちから聞いてね。それで空き家がたくさんあるから一番綺麗な家を用意しておいたのです。しばらく、こちらで住まわれるようでしたら、こちらの家をお使いください」


この戦乱の時代に不気味なほどに優しい村の人々にリリーナは甘えるしかなかった。ただ、感謝と共に疑問を感じた。


 「家までいただけるなんて本当に感謝しかありません。ただ、こちらの家に限らず、空き家が多いのですが、元々の住人さんたちはどちらに行かれたのですか?」


その質問に少し間が空いた。

村長が口を開いた。


 「リリーナさんこちらに‥」


村長がリリーナを連れ、隣の空き家に案内した。


 「ここの住人は5年ほど前に他界してね。空き家になってしまった。またその隣も2年前に他界してね。そして、今回あなたたちが住んでもらう家は元々、マークさんたちのお子さん夫婦が住んでいた。家なのだよ。その2人はもう昨年にこの村を出て行ってしまった。ここはどうも田舎過ぎてね。大変でね。」


ルークが寝ていた古びたベビーベッドもリビングにあった絵も納得した。シュタイナー夫婦には子がいたという子を認識した。リリーナはレイアを見つめると、笑顔でいた。



その後、村人たちの協力により、掃除や家具の設置も全て完了した。

確かにシュタイナー夫婦以外は60代以上が多い感じであった。


それからリリーナとルークの生活が始まることとなった。



―1年後―

1年半続いた第二次人魔大戦は英雄“カール・ブナパルテ”により、人間の勝利に貢献した。



-4年後-

ルークは5歳となり、すくすくと育ち、家の家事やリリーナの畑仕事も我儘言わずに手伝うこともできるほどに立派になっていた。


 「ルーク!ご飯よ」


ルークは元気よく2階から駆け降り、食卓についた。


 「ねぇママ?」


ルークの問いかけにリリーナは「なに?」と答えた。


 「僕のパパっていつ会えるの?」


その純粋な問いかけにリリーナは運んでいた牛乳が入ったコップを落としてしまった。


 「ど、どうしたの急に?」


ルークは目を輝きせながら、伝えた。


 「なんかねなんかね。絵本にね。ママとパパがね、出てくるの。それでね。ママはいるけど、パパはいないなーって思ったの‥」


リリーナは悟った。

ルークの年齢ももう5歳いろいろな気づきも芽生え、いろいろな疑問も持ってくる。それにルークは一際、大人以上に我慢強く、賢い。昨日もレイアが老眼鏡を外に落としたと慌てているところを発見し、ルークは「レイアおばさんはいつもメガネをね。あの白い服の左ポケットに入れてるよ。でもね。今日のお仕事の服は違うよ。綺麗だもん」と、レイアに伝え、家にあった。看護婦服にあったことをとても感謝されていた。


我が子だから思う特別感とはまた違う何かをリリーナはルークに感じていた。

「この子であれば理解してもらえる」と。


リリーナは床を拭き、改めて牛乳の入ったコップを運び、席についた。


 「ルーク?」


ルークは目を輝きさせながら、母を見つめた。


 「まずは、ご飯を食べましょう。ママお腹空いちゃった」


そう言い、ルークは手を組み、2人で祈りを捧げた。


 「神。“ヘルト”よ。ここにある食事を私たちの心とからだの糧となるようにお支えください。」


2人はご飯食べ進めた。ルークは何度も母の顔色を伺いながら、スープやパンに手をつけ、今まで一番早く食べ終わった。リリーナはその姿を見て、完食を急いだ。


 「ルークはどうしても聞きたいのね?」


ルークは生まれて一番の笑顔で頷いた。


 「いいわ。」


そう言い、スプーンを置いた。


リリーナはルークにわかりやすく語りかけた。


 「ママとパパはね。ヴォルスという街で小さい時からの仲でね。ママは果物屋さん、パパは兵隊さんだったの。そんなママと結婚して、5年くらい暮らしてて‥ルークも聞いたことあると思うけど、怖い悪魔と人が戦ってたことあるでしょ?その時にパパは兵隊さんだから‥」


リリーナは声詰まらせながら、話していたが、最後の結論を言わずに一粒の涙を出し、その後を抑えるかのように黙り込んでしまった。

しばらく、沈黙が続いた。

ルークは口を開いた。


 「でもね。きっとパパはお空の上でもママと僕の兵隊さんやってくれてるよ」


その言葉を聞いたリリーナは抑えていた涙が一気に流れ落ち、席を立ち、ルークを強く抱きしめた。


 次の日、雨が降っている。

雨の日だけルークは丸一日自由を与えられる。

毎度の日課で、1年前に古い書物が数百冊もある空き家に見つけ、そこに通い、読み漁るのが日課である。しっかりと村長には許可は得ており、村人たちも幼い子の行動と思い、微笑んでいた。

しかし、ルークはその行動とは裏腹に文字の勉強やこの世界の在り方を調べていた。この村では識字率は低く、字をまともに書けたり読めたりするのは昔商売をしていたリリーナと村長のアンドレア、シュタイナー夫妻しかおらず、村にいる他10数人はできない。

ルークは日常の生活でそれを理解してもあって、独学で勉強し始めた。

この空き家は村長曰く、リリーナが来る1年前に住んでいた住人が他界して、残ったままになっていたとのこと。である


昨夜とのリリーナの会話中で出てきた魔族との戦争の話は絵本などでは何度か見たことはあるものの、しっかり調べたことはなかった。

ルークはいつものように空き家に入り、2階のびっしりある書棚を漁った。

魔族に関する本を3〜4冊見つけ、読み進めた。

第二次人魔大戦は4年前に終結しているため、記録はないものの、第一次大戦記録や魔族の発見、魔族の特徴などの内容があった。


ルークはそれを一枚の紙にまとめることにした。



魔族とはヘクサライ歴955年(現在1055年)にマクレスター王国出身の冒険家フィル・フォーゲンがデスサワー大陸のセラー王国で瀕死状態の異生物を発見し、世界を騒然とさせたことから始まる。

その異生物を持ち帰る際に同行者5名のうち、別の異生物に2名が食い殺され、食人する生物として、「魔族」と名付けられた。

特徴は身長2mほどで、灰色の肌に頭頂部付近に生える2本の角と鋭い牙、そして背丈よりも大きい両翼があり、2名が襲われた際も飛行しながら襲われたとのことであった。その年から魔族の目撃や襲われた事例が多数ある。

魔族は「悪魔(devil)」と「魔人(demon)」の2種類に分かれるとのことであり、魔人の目撃数は数件ほどと少ないが、特徴は人と全く変わらず、力は悪魔よりも弱く、人よりは若干強いという程である。見た目も「人の見た目をしている様子」としか、記載はなく、それ以外の詳細は不明である。


ルークは紙一杯に書き記した。


 「んー字が汚なくて読めない」


まだ、5歳の子に文章をまとめる力も書く力も備わってなかった。だから、ルークはなんとか暗記で覚えることとした。


水が飲みたくなったルークは1階に降りて、水道水を飲むことした。

この世界の水道は川から直接、街や村に繋げ、垂れ流しにしていることが多く、ヒンターカイフェ村も同じであり、空き家も未だに水は通っている。

両手で掬い、水を息よく飲んだ。

まだ、外は強い雨が降り続いている。

もう一度2階に上ろうとした瞬間、階段の段差を踏み外し、壁や床に強く、体を打ち付け転んでしまった。


 「いったーい」


5歳のルークにとっては途轍もない痛みであったが、涙を堪え立ち上がった。膝に痣ができる程度であった。


 「カシャンッ」


何かが落ちる物音がした。

後を振り返ると、黒い何かが落ちていた。


 「鍵だ」


何かの鍵を見つけたルークは物珍しそうに眺めた。どこに使う鍵かはわからなかった。

ただ、2階の書棚の部屋だと確信していたルークは2階に上がり、鍵穴を隈なく探した。


 「ここじゃないのか」


1時間くらい経過しても中々見つからない。

鍵が落ちていた1階の階段前に戻った。じっと立ち、周りを見渡した。


 「あれ、もしかして、ここ?」


階段の一段目の前面(蹴込み板)の隅の方に小さな穴があった。

恐る恐る鍵をその穴に差し込むと、見事に嵌まったのだ。

だが、何も起こらず、じっとしていた。

階段の1段目を叩いたり、揺らしたりした。

すると、押したら、1段目と2段目が動き、床が見え、大人1人が入れる扉があった。

その扉をルークは精一杯開けると、真っ暗の地下に通づる階段を見つけた。


 「なんかすごく臭い」


いくら肝が据わっているルークでも臭く、暗い階段には恐怖を感じていた。

それでも幼い探究心は恐怖心を優った。


恐る恐る階段を一段一段降りていく。恐怖心を無くすため、段数を声に出しながら、降りていた。


 「12段」


12段の階段を降りると、黒い木の扉があった。

ドアノブに手をかけると、簡単にドアが開いた。


 「なんだここ‥」


そこは2畳ほどの部屋に2階の書棚の部屋とは変わり、机と椅子のみが置かれていた。

ルークは少しがっかりしていたが、机をよく見ると、引き出しがあった。

その引き出しに手をかけた。


 「ノートと本だ」


そのノートと本を取ると、一枚の小さな紙が落ちた。

そこに書いてあった文字を見ると、


“ここは危険 逃げろ”


そのように書いてあった。


ルークは意味がわからなかった。

地下室には時計もあり、確認すると既に門限の16時になっていた。

急いでそのノートと本、紙切れを持って地下室の階段を駆け上がった。

家を出ようとドアノブに手をかけたが、地下室の隠し口をしっかり整理し、前の階段と変わりない見た目になった。鍵は失くさないように持って帰ることにした。


家に着くと、ずぶ濡れの母リリーナがいた。


「あら、おかえりなさい。今日はどんな本を読んでたの?」



ルークはそれよりも濡れた母を心配していた。


 「ママーびしょびしょだよ?お風邪引いちゃうよ」


リリーナは笑みを浮かべて、着替えを済ませ、食事の支度を行なった。

ルークは2階の自室に向かい、空き家の地下室から持ってきたノートと本をベッドの上に広げた。紙切れは机の上に置いた。

ノートには“日記”と記載され、本にはタイトルの記載はなかった。


日記ノートの中身を一通り確認した。

“1047~1049”と記載され、2年間の日記であった。

持ち主の名はアベル・ホフマンと称し、享年はおそらく50歳、若い頃は冒険家として、世界を渡り歩いていた。

この日記は魔除けの村ヒンターカイフェを調べるために滞在した記録を記している。

世界にはいくつか魔除けの村が存在するが、その村は環境などにより、魔族の出入りが難しいとされる。ただ、このヒンターカイフェ村のように草原上に存在する村は魔除けの村ではなく、「迷信もしくは偽りが多い」とのことが日記の最初の文にあった。

記録の2年間では特に大きな動きはなく、不気味なほどに優しい村人たちとの日常が終始記されていた。

死の間際、アベルは酷い咳に悩まされていた。2年間過ごした結果としては「なんとも言えない。だが、白とは言えない」と記してあった。メモ書きのように最後のページに“生贄を出している?”とも書いてあった。


ルークはその日記を確認して、恐怖を感じた。


次にタイトルのない本を開いた。

著者はアベル・ホフマンの名があった。

おそらく、冒険家としての知識を集めた本だと理解した。


魔族の倒し方や魔石、亜人などに関しての考察が記載されていた。

一通り読み進めていたが、内容が濃く、いくら賢いルークでも疲れてしまった。半分くらい読み終えた後に、最後のページが気になるので、開いてみた。


 “人は力を潜在的に持っており、そのイメージを拡張することで、無限の力を生み出せる。それが唯一魔族を倒せる源である”


その一文が記してあった。

ルークは読み終えた後にぐっすり眠ってしまった。


1時間くらい経過した後に母が夕食のためにルークを起こした。目をこすりながら、一生懸命起き上がり、夕食を共にした。


雨風が強く、雷も鳴っていた。

これが母リリーナと共に食べる最後の食事であった。

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