たやすくかけろ、命を
少なくとも私の人生では、正義は暴力だった――――。
2026年9月6日に行なわれた大規模魔導実験の失敗により私の親友は魔王となり、私はそれを殺せる可能性を持つ剣となった。
「よく来れたね」
「魔王を倒すことが、私の目的なんでね」
「私の可愛い部下たちを全部殺しちゃってさ、おまえこそ魔王だよ」
「そいつは無理筋だぜ、死刑執行人は殺人犯じゃない」
戦いの日々の中、魔王と私の誕生が人口削減計画として仕組まれたものであったことを偶然知った。
「ならやっぱり私が魔王でいいかな」
「そうしてくれ。私は自分が正義だと信じていたいからな」
「んんん! 今の発言キモチワル! 正義が全ての代弁者だと思ってる!」
でも、私は知らないフリをした。気づいていないふりをした。偶然耳にしてしまった事実を、戦いの音がかき消してしまったことにしてまで知らないフリをした。
「思ってねぇよ」
「思ってる! きっっっもちわる!」
今日までずっと、世界の真意など知らぬ存ぜぬという顔で一心不乱に戦い続けてきた。そして今日ようやく、魔王の前にたどり着いたのだ。
「てめぇが作り出した地獄のほうが、よっぽど気持ち悪いよ。私の服、嗅いでみるか? 血を浴びすぎてひどいにおいだ」
「……」
「いや、まじで嗅ごうとしなくていいから」
魔王の寿命はあと一週間で尽きるように設定されている。それも最初から仕組まれていたこと。つまり私の役目は、魔王を倒して世界を救うことではなく、魔王が生きている間、人類の希望であり続けること――――。
「か、嗅ごうとなんかしてねぇし! はぁ……久しぶりの再会だってのに盛り上がりに欠けてない? おまえ、もっと可愛い子だったのに性格歪んだよねぇ? クラスの人気者だったのにさぁ!」
ここは魔王誕生の爆心地。元、私たちの学び舎。今、この場所にいるのは魔王と正義の味方だけ。
「そりゃ歪みもするよ。魔王にたどり着くまで二年。二年間ずっと、さんざ戦わされたんだからな。本当だったら、今日は卒業式なんだぜ?」
「さんざ、だなんて。さんざんって言いなよキモチワルイ」
学校の話をすれば食いついてくれると思ったけど…………そうでもないようだ。まあ、この時間稼ぎに意味なんてないのだけれど。
「聞かせてくれよ魔王。どうしててめぇは魔王になった。魔力のせいでイカれちまったんだろうと思っていたけど、その面はどう見ても冷静なやつの面だぜ」
「そうなの、私はずっと冷静なんだよね。思考も思想もただの人間だったころからなーんにも変わってない」
「ならなぜ虐殺の道を選んだ。てめぇがやってきたことは人の所業じゃない」
「強くならなくても、いつか殺すつもりだったからね。魔王になったことで殺せる数が増えただけ。そういう意味では、私はずっと人間で、ずっと魔王なんだよ」
「本気で言ってるのか――」
「ふふ、あははははははは」
魔王は、強者として笑う。罪悪感はないのだろう。
「笑ってんじゃねぇよ、答えろ」
「ふふ……世界は弱者を盾に行進することをやめなかった。人類は他の生物と決別し文化的であるために弱いものを守ることをアイデンティティにし続けた。不自然な逆肉強食。その愚かさを私は正したんだよぉ!」
「わかんねぇよ。感情的になるなら、もっとまっすぐにしゃべりやがれ!」
放ったのは同時、激突した私と魔王の拳。経験と骨のきしみが教える、こいつは私よりもだいぶ強い。
「私なんかがまっすぐになれるもんか! 私のような気持ちの悪い人間は人を好きになっただけで気持ち悪いと言われるんだからね! でもね、世間はねぇ! 愛は美しく尊く等しいものだと歌うんだよ? おかしいよねぇ! 等しくねぇし! 美しくもなく尊くもない愛もあるよねぇ! そんなのは強い人だけの理屈、だからこそ私は誰にも均等に優しい世界ではなく、誰にも等しく厳しい世界を作――」
二撃、三撃、四撃。全て完璧に受け止めたのに、このダメージ……こんなのまともに食らったら――――。
「うぜぇ演説してんじゃねぇよ! そもそもよぉ! てめぇがその力で殺した人たちは弱くなかったと言うのか!」
「弱かったけど! 結果私より強いよねぇ! 死んで苦しまない道を選べたんだからさぁ!」
「選んでねぇ、てめぇが無理やり選ばせたんだ!」
「結果論の話ですぅ!」
「てめぇが一番最初に殺したやつは、てめぇの友達だっただろうが!」
魔王の最初の殺人は、魔王が唯一笑顔で話すことができていたクラスメイト。そう、唯一の友達だったはずだ。
「論点すり替えキモ。っていうかさ、友達を選んで作れるやつには一生わかんないと思うよ? 私の気持ちなんて」
そうかい。私も、親友を笑顔で殺すやつの気持ちなんてわかんねぇよ。
「ムカつくぜ」
「なにが?」
「自分より弱いものを殺したくせに弱者代表みてぇな顔してやがるてめぇがよ」
「強者の理屈を、言うなぁあああああああああああああああああああああ」
そこでキレるのか。
「?」
「あはは! よわーいねー!」
あれは私の右腕――? あ、引きちぎられたのか。くそっ、思った以上に力の差がある。ありすぎる……。
「はあっ! はあっ!」
くそったれ。腕落とされるとこんなにきついのか。
「弱い人間は、強くなっても弱いっ! どうしてかわかる? 弱者はねぇ! 闇の中だけで救われるんだよ! 陽の光を浴びることができないから弱者なんだよ! そこに強い弱いは関係ないんだよ! わかるのかって聞いてんだよぉ!」
「はぁっ……はぁっ…………わっかんねぇ……よ」
血が止まらない……傷を塞ぐことができない……これが、魔王の常在呪詛ってやつか。はは……回復術式がなんも効かねぇの。このままだと……すぐ死……。
「小鳥遊剣ぃ! マンガみたいな名前のままおまえは死ぬんだよぉ! 目立つ名前なのにいじめられるどころか人気出ちゃうおまえはここで終わるんだよぉ! やったねぇ! 私の話を本気で理解しようとすればもうちょっと私も優しくなれたかもしれないけどねぇ! おまえも結局拒絶するだけの……あれ? もう死にそうなんでちゅかー?」
「はぁっ……はぁっ…………」
「ねぇ? 名前が気に入らないという理由でおまえは私に消されるんだよ? 小さい、小さい理由でねぇ! つまりおまえは、私の敵ですらないんだよ? 強い強い正義の味方は実は弱いなんてダサいよねぇ」
「はぁっ……はぁっ…………私は……気に入ってるぜこの名前」
「なら気に入ったまま死ねばいいよ! 終われ小鳥遊剣!」
左腕も飛ばされた。今の攻撃、全く見えなかったな。こりゃ、勝てねぇや。
「はぁっ……はぁっ…………唐突……だけどよ」
「最期の言葉ですかぁ?」
「今日はずっと、最期の言葉喋ってるぜ」
「はぁ? 言いたいことあるならはっきり言えば? 感情的になるなら、もっとまっすぐにしゃべりやがれ。わかんねぇよ?」
「そうかい……」
「そうだよ!」
「あのな、あと一週間で死ぬってさ私たち。そういう設計らしい」
もうちょっと引っ張ってから言ってやるつもりだったけど……無理だ。多分、あと三分ももたねぇ。嫌がらせしてる場合じゃねぇや。
「え? 嘘でしょ?」
「嘘じゃ……ねぇよ」
三分ないんじゃ……大半のカップ麺が……作れねぇな……作れるとしたら麺の細い…………やばいな…………死ぬ前ってこんなどうでもいいこと考えちまうのか。いや、どうでもよくは…………。
「嘘……じゃないの?」
「ああ」
意識が点滅する。消えたときは真っ暗なのに、点いたときは妙にはっきりしてやがる。ああ、腹減ったな。
「知らなかったんだけど」
そりゃ知らないだろうさ、バチバチの国家機密だからな。ああ、腹減ったな。
「…………」
「ねぇ、私可哀想じゃない? ひどすぎるよねそんな話!」
てめぇがしてきたことのほうがよっぽどひどい。でも…………私が嘘を言ってないとすぐ理解できるほどの毎日を送ってきたことだけは、同情してやるぜ。
「因果応報だな…………まあ、因を作ったのは世界だけどよ……それでもてめぇには……因果応報だろう…………」
「なんでそんな話するの? 今する話じゃないよね!」
駄々こねるなよ、こっちは死にそうなんだから。
「私は…………てめぇに個人的な恨みもたっくさ……んあるし…………」
「やだ、一週間しかないのやだ。どうしたらいいの? ねぇ? 知ってるよね? 助かる方法あるんだよね? それで交渉するつもりなんだよねぇ!」
「知らねぇよ」
「やだ、やだよ! ああもう! ちゃんと話して! 聞くから! ほら、ちゃんとしてあげるから!」
「ん……ぐ、ああああっ――――」
人生最悪の感触が私の体を襲う。痛みの逆再生、多分そんな感じ。痛すぎて嫌すぎて、冷静になっちまう。ああ、腹減ったな。
「できた! 元通り! ね! 腕も血も戻してあげたから教えて? 知ってるんでしょ? 私が死ななくていい方法! ね? もう痛くないでしょ?」
まったく、馬鹿げた力だ。壊すも治すも思い通り。魔王っていうより神様だなこいつは。
「ああ、もうぜんぜん痛くないぜ。指先までしっかり動く、いや、ちぎられる前よりいい感じだ」
「でしょ? だから教えてくれないともう一回ちぎるからね? ちぎって、治して、ちぎって、治して、繰り返すからね? だからほら、教えてよ。私が助かる方法! 教えてくれないと殺すよ? ねぇ! 知ってるんだろう! 私に一回殺されて生き返ったおまえならさあ!」
そう、やっぱりおまえは魔王なんだよな。神様なんかじゃない。
「悪いな、卑怯なことをして」
「は? なにが――え? あ、え? え? なにこれ……? え? やだ! なにこれ!」
これも……知らなかったんだろうなぁ。誰かのためにしか戦えないのが私で、自分のためにしか戦えないのが魔王だって。戦い続けることで、そういう循環構造になっちまうんだって。
「やだ、やだやだやだ、汚い、めくれてる! 体が! 汚い! 汚いよぉ! 止めろ! 止めてぇ! 止めるのどうしたらいいの! ねぇ!」
「無理だよ。てめぇは使っちまった。私を助けるために、誰かを助ける魔法を使っちまったんだ」
「は? 良いことだよ? 良いことしたんだよ? おまえを助けたんだよ?」
ああ、たしかにこれはひどいな。全身を無数のスプーンで削り取ってるみたいだ。痛くないのか……痛く…………ないんだろうなぁ。
「魔王としてデザインされた力、そこに悪術の使用が重なると…………悪いな、説明する時間がない」
「やだ、え? 私死ぬの? 一週間あるんでしょ!」
「あるよ。だけど私は、てめぇを殺しに来たんだよ」
「はぁ? すぐ死んじゃうのに殺すとか頭おかしいの?」
「殺しに来たんだから……殺さねぇと」
目をそらしたくなるね、今まで見たどんな死体よりもグロテスクだ。
「嫌いなの? 私のこと!」
「ああ、大嫌いだぜ」
心底、な。
「でも私はっ……おまえのことが好――」
「知ってるよ。だから会いに来たんじゃねぇか。放っておいても終わるって知っててもよ」
「そっか、そっか。そうなんだね。ああ、魔王になんかにならなきゃよかった」
それが魔王の最期の言葉。ボロボロと落ち葉のように肉と涙を落として死んだ、あいつの最期の言葉。
「いてっ……あ?」
なるほど、私の両腕が落ちたのか。あいつがつなげてくれた腕が……落ちたのか。おかしいな……どうして……いや……もう考えなくていいか。魔王をぶっ殺したんだし、どうせ一週間後に死ぬし、無理して生きる理由もない。
「めちゃくちゃ痛い……な」
さて、私の最期の言葉はなんにしようか。