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第三十九話 残業確定

「このモンスターを護衛に⁉」


 話を聞いていた真琴が、驚きのあまり声をあげる。

 当初の目的として、それが正しいことは分かっている。しかし、たとえ支配できている状態でも、都市を壊滅させかねないモンスターを連れ回すというのは、精神衛生上辛いものがあった。


「確かに、春重の『わーるどていむ』とやらがどこまで効果があるのかも分かっていない状況で、このモンスターを連れて行くというのは、ある意味爆弾を抱えて歩いているようなものだな」


 桜子も真琴に同意する。

 春重の『万物支配(ワールドテイム)』が強力なスキルであることは分かっている。実際桜子は自分自身で効果を確かめているし、スキルの性能に疑う余地はない。

 ただ、如何せんエルヴァーナが規格外すぎる。レベル200越えのモンスターなんて、誰も見たことがない。前例がない以上『万物支配』が効かない可能性を否定することはできない。


「……そこは俺を信じてほしい。『支配』は間違いなくこの子に作用してるよ」

 それは、春重にしか分からない感覚だった。

 相手の心臓を握っているかのような、全能感にも近い感覚。春重は、それを心地よいとは思えず、むしろ気持ち悪いとすら思っていた。

 しかし、その感覚こそが『万物支配』が効いている証拠だった。


「それに……このスキルは、効くとか効かないとか、そういう次元の力じゃない気がするんだ」

 

 自身の手を見ながら、春重は告げる。

 

「……春重さんが、そう言うなら」


「私たちはリーダーに従うまでだな」


 真琴は、二度も春重に助けられている。一度目は己の命、そして二度目は、家族の安全まで確保してくれた。それは、彼女が春重を全面的に信頼するには十分な功績である。ここで春重が信じろと言うのであれば、その通りにするまでだった。

 桜子に関しても、己の運命はとっくに春重に預けたつもりだった。たとえこの春重の決断が桜子の命を奪う結果になったとしても、彼を恨むつもりは毛頭なかった。


「……ありがとう」


 自分のわがままに付き合ってくれる二人に感謝しつつ、春重はエルヴァーナに向き直る。


「というわけで、君にはその力を存分に振るってもらう」


「屈辱だ……! まさかこの我が、人間の下僕として働かされるなど……!」


 歯を食いしばって悔しさを表しているエルヴァーナを見て、春重はわずかに心を痛めた。

 しかし、時にビジネスでは、心を鬼にする必要がある。

 相手に同情して、自らの利益を減らすような真似は、決して褒められることではないのだ。


「よし、じゃあ戻ろう」


 この場から退散しようとして、春重は思い出す。


「そういえば、神崎たちは大丈夫なのか?」


「「あ……」」


 必死過ぎて、全員忘れていた。

 三人は、慌てて倒れ伏したアブソリュートナイツのもとに駆け寄る。

 幸い、レオン以外のメンバーは、瀕死状態ではあるものの、一命を取り留めていた。

 春重は彼らの持つポーションを使い、HPを危険域から回復させる。


「ふう……残すは神崎だけど……」


「レオンも一命は取り留めていたが、腕はもうどうしようもないだろうな」


 エルヴァーナに投げ飛ばされたレオンを連れてきた桜子は、彼を雑に地面に転がした。

 瀕死ではあるものの、もとのHPが高いおかげで、命に別状はなさそうだ。

 片腕がなくなっているため、外見はなんとも痛々しいが、桜子も真琴も、彼に対して一切の同情を感じていなかった。


「ふん、我にかかってきた罰じゃ。絶対謝らんぞ!」


「別に謝る必要はないよ。彼らとエルヴァーナは敵同士だったんだ。こうなるのも仕方ない」


「……」


 ばつの悪そうな顔をしているエルヴァーナを見て、春重は苦笑する。

 意思が芽生えたのは最近と言っていたエルヴァーナ。精神面に幼さを感じ、その外見も相まって、どこからどう見ても子供にしか見えない。


「とりあえず、死者がいなくてよかった。彼らを連れて、俺たちも一度外に出ようか」


 一度ゆっくり休みたい。そんな思いから出た提案だったが、春重はとある疑問にぶつかり、顔をしかめた。


「? 春重さん、どうしました?」


「エルヴァーナを外に連れ出したら……このダンジョンってどうなるんだ?」


「……あ」


 エルヴァーナは、このダンジョンのボスである。

 ボスを倒されたダンジョンは崩壊し、以前の姿を取り戻す。

 ここで疑問なのは、討伐以外の方法で、ダンジョン内からボスがいなくなったとき、ダンジョンは残るのか、それとも消えてしまうのか。


「……私は、消えると思う」


 桜子がそう呟く。


「ダンジョンは、ダンジョンボスを核にしている。核が外に出て、ダンジョンが維持される理屈が分からないからな」


「確かに……」


 理屈的に言えば、心臓を摘出した状態で、生命を維持できるのかという話である。

 もちろん、そんなことができるはずがない。

 一応、春重はエルヴァーナのほうを見てみる。


「……我は知らんぞ」


「だよなぁ」


 彼女が嘘をついていないことは、依然として判断がつく。

 春重は頭を抱えそうになった。このままでは、ダンジョンを出るわけにはいかない。


「……残業かな、こりゃ」


 春重は天を見上げ、億劫そうにつぶやいた。 

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