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第二十一話 ダンジョン崩壊

「ふう……大収穫だな」


 春重は、重たくなった鞄を持ち上げる。ずっしりとしたその鞄には、ホワイトメイルのドロップアイテムである白鎧(はくがい)の欠片が入っていた。

 池袋ダンジョンの特徴は、とにかくフロアが広いこと。攻略するには厄介な特徴だが、他の探索者と狩場が被りにくくなるという特徴もある。実際、混み合っているはずのダンジョン内で、春重たちは数えるほどしか他の探索者に出会っていない。そのおかげで効率よく狩ることができた。


「穴場かもな、池袋ダンジョン」


「まあ、もうすぐなくなっちゃうんですけどね……」


「……そうだった」


 高レベル帯パーティによって、間もなく池袋ダンジョンのボスは討伐される。そうすれば、もう二度とこんなおいしい思いはできない。池袋駅が元の姿を取り戻すのはめでたいことだが、春重はそれを少し残念に思った。


「ん……?」


 ふと、春重は揺れを感じた。初めはどこかで探索者が大技でも放ったのかと思った。しかし、その揺れは一時のものではなく、徐々に強さを増していった。


「嫌な予感がする……! 阿須崎さん! すぐに出るぞ!」


「は、はい!」


『直感』が働き、春重は真琴を連れてダンジョンを出た。

 

「な、なんだ……?」


 振り返ると、池袋ダンジョン全体が大きく揺れていた。城のようなダンジョンの外観が、ゆっくりと崩れていく。やがてダンジョンがあった場所には、ほとんどの者がかつての写真でしか見たことがない、池袋駅と思われる巨大な建物が残っていた。


「まさか、ダンジョンボスが倒されたんですか……⁉」


「いやいや、討伐隊は明後日乗り込む予定だったんだろ? それじゃ横取りに――――」


 ざわついていたのは、春重たちだけではなかった。ダンジョンの崩壊理由は、ボスが討伐されたこと以外考えられない。しかし、ボスのいる階層までたどり着いた例の探索者パーティは、今この場では確認できない。もしいたとしたら、SNSで取り上げられていないとおかしい。ダンジョン攻略とは、国から見ても大いに注目されるべき出来事なのだから。


 故に、ダンジョンボスを横取りするというのは、違法ではないにしろ、かなりのマナー違反であるとされている。ボスまでの道を切り開いた者に、敬意がない行為だからだ。

 安全性のことも考えて、ボスとの戦いは、たどり着いたパーティが二週間以内に討伐日を定め、その日は他の探索者は入場不可になることが多かった。


「……山本さん、あれ」


 何かを見つけた真琴が、池袋駅のほうを指差す。

 そこには、ひとりの女性が立っていた。女性は数人分の大きさはあるであろう巨大な兜を担ぎながら歩いており、やがてそれを、適当なところに放り投げた。鐘が転がるようなぐわんと響く音がして、一部の見物人から悲鳴が上がる。

 多くの者は、彼女に見覚えがあった。


「十文字……桜子……」


 誰かが女性の名を呼ぶ。

 国内最強と言われた高レベルパーティ『アブソリュートナイツ』。その切り込み隊長だった、レベル130越えの探索者……それが十文字桜子であった。


「……退いてくれ」


 真っ直ぐ歩いてきた桜子は、呆然と立ち尽くしていた春重と真琴にそう告げた。その圧倒的なオーラに、二人は思わず硬直してしまう。しかし次の瞬間、春重は直感的に桜子に話しかけていた。


「ダンジョンボスを倒したのは……あなたですか?」


「そうだ。武者修行のために倒した。これでいいか?」


「あ、ああ……」


 真琴の袖を引き、春重は道を開ける。桜子は引き続き真っ直ぐ歩き続け、やがて街の中へ消えていった。


「武者修行って……まさか、池袋ダンジョンのボスを一人で倒したのか?」


「ま、まさか……でも、あの人ならあり得る気がします」


 池袋ダンジョンのボスは、レベル120を越える化物だった。それをひとりで討伐するなんて、いくら本人がボスのレベルを超えていても、考えにくい話である。

 ただ、実際に近くで見て、春重は彼女のソロ討伐を疑いようのない事実だと認識した。


「……こんなことして大丈夫なんですかね、十文字さん。多分結構炎上すると思うんですけど」


「そうだな……討伐予定日まで決めていたパーティからすれば、たまったもんじゃないし」


 ダンジョンを攻略し、元の姿に戻すことに成功した探索者は、国から大きな報酬を受け取ることができる。そこにダンジョンボスの素材や特別なアイテムが加わるため、一気に財産が増える。中には一生遊んで暮らせるだけの金を受け取り、探索者を引退した者もいた。ボス討伐は、それほどの夢があるのだ。

 その機会を他者から奪ったとなると、少なくとも当事者からは糾弾されてしかるべきである。


「……ま、俺たちは俺たちでやるべきことをやろう」


 そう言いながら、春重は鞄を背負い直す。他の探索者と比べても、彼らの持つ荷物は明らかに多い。討伐数が多い証拠である。

 果たして今回の探索はいくらになるのだろう――――。二人はソワソワしながら、探索者ギルド東京支部へと向かった。



「……」


 池袋の街を歩いていた十文字桜子は、その場でふと振り返る。

 彼女の頭に浮かんだのは、自分に質問を投げかけてきた壮年の男と、少女のパーティ。

 桜子は、彼らに有象無象の探索者とは違う何かを感じ取っていた。


 ――――特に、あの男……。


 熟練の探索者の気配ではなかったが、何か切り札を隠し持っている。桜子は、それが妙に気になった。


「……名前を聞いておけばよかったな」


 そうポツリとつぶやいたあと、彼女は再び歩き出した。

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