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第十六話 守る義務

 街灯に照らされ、ギラギラと光る数多のアクセサリー。髪は銀髪で、サイドにそり込みが入っている。目は獰猛な虎を思わせるほど鋭く、鍛え上げられた肉体が、インナーのシャツをこれでもかと押し上げていた。


 彼が探索者であることはすぐ分かった。

 何故絡んできたのかは不明だが、春重は真琴を庇うようにしながら、少しずつ後退ろうとする。


「おいおい、逃がすわけねぇだろ」


 男がそう言うと、春重は背後に気配を感じた。

 振り向くと、そこには二人の男が立っていた。彼らの顔に、春重と真琴は見覚えがある。


「この人たち……!」


「ああ……阿須崎さんを襲った連中だ」


 真琴を襲った、伊達という男とその取り巻き。彼らのことは、すでにギルドには報告済みである。しかし、人に襲い掛かったところを現行犯で取り押さえつつ、状況を映像や画像で捉えるところまでやらないと、ギルドは動けない。ただの証言だけでは、証拠が足りないのだ。


「テメェら、よくも俺の可愛い子分を使いものにならなくしやがったな」


「……なんの話ですか?」


「とぼけんなよ。テメェらを見逃してから、うちの伊達は壊れちまったんだ。何もしてねぇなんて言わせねぇぞ」


 男の額に、青筋が浮かぶ。

 伊達は、いまだに春重の支配下にあった。現在も命令は実行中であり、二度と人を傷つけないという制約に縛られている。

 彼ら――――『黒狼の群れ』は、元から半グレだった連中のパーティ。騙し、奪い、壊すことが日常であり、生き甲斐であった。


「あいつはな、俺の子分の中でも特に優秀で、進んで汚れ仕事もできる男だったんだ。そんなやつが、急に「誰も傷つけたくないです~」なんて媚びた雌猫みてぇな声で鳴きやがった。一体テメェは、あいつに何をしやがった。ああ⁉」


 男の怒声を聞いて、真琴の表情が引き攣る。

 あのときの恐怖は、そう簡単に消えない。男の怒鳴り声などもってのほか。早急にここから離れなければ、真琴の心の傷が開きかねない。


 ――――鑑定を使いたいところだが。


 ここでスキルを使えば、すぐにギルドに通報が行ってしまう。探索者横丁で『鑑定』スキルを使えたのは、目利きや武器の試し斬りのために必要だからだ。地上でのスキル行使が許されるのはあの場所だけであり、このような一般的な道では、当然許されない。


「……俺たちは被害者です。この子があなたのところの子分に襲われて、俺がそれを助けた。その伊達という人は、興醒めして帰った……それだけの話ですよ」


「違うな。真実は、オレの子分をテメェらが使いものにならなくした、それだけだ。こっちから襲った? 知らねぇよ、そんなこと」


 男がにやりと笑う。それにつられるようにして、春重たちの背後にいる二人も、下品な笑みを浮かべた。

 なんと理不尽な話だ。春重は、腹の底から怒りが湧いてくる感覚を覚えていた。


「……ま、この場ではオレもどうしようもねぇ。ギルドに目をつけられるのは面倒だしな。今日のところは手を出さねぇでおいてやるよ」


「……」


「明日、二十時に新宿ダンジョン三階層に来い。そこで話つけようや。来なかったら、テメェらの家族をモンスターの餌にしてやるよ」


 男が背を向ける。

 今すぐ殴りかかれないことを、春重は口惜しく思った。


「俺は『黒狼の群れ』のリーダー、黒桐健司(くろぎりけんじ)。よーく覚えとけ」


 二人の子分を連れて、黒桐は去っていく。

 彼らの姿が完全に見えなくなると、真琴は膝から崩れ落ちた。


「っ! 大丈夫か⁉」


「は、はい……すみません、腰が抜けてしまって」


 春重は真琴の体を支え、道の脇に移動する。

 荒い呼吸を繰り返す彼女の背中をさすり、しばしの時間が過ぎた。やがて落ち着いた彼女は、春重のほうを見る。


「……もう、大丈夫です。ありがとうございます」


 真琴は、明らかに強がりだと分かる笑みを浮かべていた。

 その表情を見て、春重はひどく心を痛めた。しかし、実際に被害を受けた真琴のほうが傷ついているに決まっている。すぐに気を引き締め、頼れる大人であろうと努力した。


「すみません……巻き込んでしまって」


「阿須崎さんが謝る必要なんてない。悪いのは全部あいつらだ」


 春重は拳を握りしめる。

 悪いのは、間違いなく黒桐たち。しかし、春重の怒りは彼らに向くと同時に、自分自身にも向けられていた。


 ――――あのとき、他の二人も支配しておけば……。


 人に対してスキルを行使することへの抵抗。それが強く出てしまったせいで、スキル対象を伊達ひとりに絞ってしまった。念のため三人とも支配して、口を割らないように命令しておけば、こんな事態にはならなかった。


 今の自分で、黒桐を支配できるだろうか。春重はSPの問題に思考を巡らせる。今度こそ、彼ら全員を支配する必要がある。黒桐は間違いなく伊達よりも強い。

 彼のレベルがどれほどかは想像できないが、今の春重のSP量であれば、おそらく支配できる。問題は、敵がひとりではないこと。


「……いきなり大問題だが、社長のせいで取引先と揉めて、丸一日土下座し続けたときよりはマシだな」


「え?」


「明日は普通に探索しよう。金を稼がないわけにもいかないからな」


 ――――それと、レベルも。


 春重は心の中でそう呟く。

 

「三層には、俺ひとりで行く。阿須崎さんは外で待っていてくれ」


「で、でも……!」


「一応、俺はこのパーティのリーダーだからさ。メンバーを守る義務があると思うんだ」

 

 これ以上、真琴を彼らの前に晒したくない。

 この日春重は、他者を傷つける覚悟を決めた。


 まさか今回の出来事が、己を大きく成長させるきっかけになるだなんて、彼は夢にも思わなかった。

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