【短編】王子顔なら性格なんて気にならない私、乙女ゲームのヒロインに転生しました!しかも、王子顔がいるとか……これって運命ですか?
よろしくお願いいたします。
イケメンが好きだ。甘い言葉を囁けば最高だし、ツンとしていても萌える。正直、顔さえ良ければ性格に難があろうと気にもならない。
そんな私が乙女ゲームにハマったのは当然のことだったのかもしれない。Rのつくものから全年齢ものまで、何でもやった。
特に好みだったのが王子顔。王子顔さえ出てくれば、病んでいようが、甘々だろうが、俺様だろうが、メリバだろうが何でもバッチコイ! 顔さえ良ければ、正義!
好みの王子顔に会う──王子顔出てくるゲームをするためにはお金がいる。そのために働き、寝る間を惜しんで様々な王子へと会いに行く。そんな生活は余程不摂生だったのだろう。
気がついたら、なんと乙女ゲームに転生していた。
大事だからもう一度言おう。乙女ゲームに転生したのだ。しかも、ヒロイン。これはもう、お祭りヒャッホイ大騒ぎだった。
このゲームの攻略対象の第二王子の見た目は金髪碧眼。The王子様という風貌。好みドンピシャ。ストラーイク! これはもう、恋のホームランを打ち上げるしかない。いや、打ち上げてみせる!!
そんな熱い想いを持って挑んだ入学式。そこには、理想の王子顔がいた。リアル王子顔&制服の破壊力はスゴかった。
壇上で新入生代表の挨拶をする姿を見て、気絶した令嬢が何人かいたけれど、そんなことは絶対にしない。気絶している時間があったら王子顔をこの目に焼き付けるべきだ。
時間は有限! 私は心のシャッターを切りまくることに専念した。
王子のブロマイドが欲しい。壁から天井にかけて王子の顔を貼りたい。どこを見ても王子という眼福空間を作りたい。
などと頭でフィーバーしていたが、顔は通常営業。これは前世から引き継いだスキルだ。私の前世からのスキルは脳内がR指定だろうが、妄想していようが表情に一切出さないという優れもの。妄想女子必須アイテムなのである。
そんな私に対して、熱い視線がチラホラ。だって、私は美少女だから。あっ、可愛い系の美少女ね。美人系は悪役令嬢様のものだから。
挨拶を終えた王子が壇上から降り、美しい微笑を携えた悪役令嬢様の隣へと向かっていく。そんな二人は悪役令嬢様は笑顔だけど、王子は普通。恋なんてしてないって感じ。
えっ? 悪役令嬢を何で様付けかって? それはね、悪役令嬢様がいなかったら私はヒロインになれないから。だから、感謝を込めて心の中で様付けしてる。
実際、美しい女性も眼福なので、どうせ私が勝つと分かってれば王子の隣にいても許せる。
まぁ、その位置は直に私のものだけど。
そう。この日のために血のにじむような努力をしてきたのだ。
勉強もマナーもダンスも白目を剥きそうなほどやってきた。それに加えて、手作り料理やお菓子、怪我したときの適切な手当てなんかも必須だから、洋菓子店や市民病院へ伝を使って、お手伝いという形で通って腕を磨いた。
もちろん評判も大事だと思って、孤児院へ作ったお菓子を差し入れしたり、子供たちに読み書きを教えたり遊んだりと、他の令嬢があまりやらないようなヒロインっぽいこともこなしてきた。全ては王子顔をそばで見続けるために。
私の方は準備万端! プロローグを終えた今、あとは教室の隣の席が王子というスタートを切るのを待つだけだ。
◆◇◆
あれから私は王子との出会いイベントは無事に完了し、着々とイベントをこなしていた。
絵柄が美しいと人気のイラストレーターさんが作画されていたこともあり、かなりやりこんだゲームだったことがラッキーだった。
どれだけやりこんだかというと、第二王子ルートだけを全エンド、一言一句間違えずに言えるくらい、と言えば伝わるだろうか。
「そろそろクライマックスかぁ。階段から突き落とされるんだよね。そこをたまたま通りかかった王子が助けてくれるの楽しみだなぁ」
今、悪役令嬢様のベアトリーチェ公爵令嬢に階段から突き落としてもらうべく、足取り軽く現場となる場所──階段の踊り場へと向かっている。
ここまでくれば、あともう一息。私の足の怪我を心配した王子がつきっきりでお世話をしてくれるラブラブイベント突入である。
ベアトリーチェ様も予定の場所に、予定通りに現れてくれたことでスムーズに意地悪が始まった。まぁ、ゲームの内容より意地悪は生ぬるいし、殺気立ってないのは気になるけれど、とにかく突き落としてくれれば万事解決なのである。
最悪、予定通りにいかなかったら自分から落ちる? なんて考えたこともあったが、そんなことしたらヒロイン失格だ。巷で有名だった悪役令嬢小説の悪者になってしまう。
そんなことを考えながら、いつものことながらパンチの足りない意地悪は繰り広げられていく。本当にこれじゃイジメなんて呼べない。せいぜい意地悪と呼ぶのが限界だ。
「貴女、(今はまだ)ローレン様の婚約者は私でしてよ! それなのに、べたべたと引っ付きまわさないでくださる!」
「「そーよ、そーよ! お邪魔虫なのよー!」」
それでも、ベアトリーチェ様はまだまし。取り巻き二人の棒読み感と言葉のチョイスが、なぜ? である。
「そんな。私はただ、お友だちとして……」
「だまらっしゃい! 貴女ごときが話しかけていい相手じゃありませんのよ!」
「「そーよ、そーよ! 空気を読みなさいよー! KYよー!」」
KYって……。確かに空気読んでたら王子と親しくなんてなれないから、読まなかったけど、今時だれもKYなんて言わないから……。
心のなかで突っ込みながらも、このままでは階段から落ちられないんじゃ……という不安にかられていれば、二階から王子の声がした。
「ベアトリーチェ、やめるんだ。ミリー大丈夫か?」
「まぁ! なんてこと! 愛称で呼ぶなんてどうかなさってますわ! そんな子より、どうか私のことをリーチェと……」
「「そうですわー、そうですわー! その子じゃなくてベアトリーチェ様を呼ぶべきですわー!」」
取り巻きのおかげで、どうも場が絞まらない。どうするべきかなぁ。さっさと突き落とされて、お世話されちゃうラブラブイベントしたいんだけど。
あぁ、それにしても本当にかっこいい。本当に最高の王子顔。
どうせいつも通り、ベアトリーチェ様と王子で戦いを繰り広げるんだろう。そう油断していた私は王子の顔を堪能して待つことにした。
ほら、時間は有限だから。年を重ねていけばキラキラ感は薄れるだろうし、そうなる前に少しでも多く摂取しないと。
「ミリスさん! ミリスさんったら、聞いてますの!?」
どうやら摂取に夢中になりすぎていたみたいだ。私はいつものちょっと困ったような笑みでベアトリーチェ様の方を振り向こうとすれば、ぐらりと身体が傾いた。
昨夜、脳内アルバムの王子の顔を眺め、R指定がつきそうか妄想を明け方近くまでしていたのが原因かもしれない。めまいに負けた身体は階下へと向けて落下していく。
「ミリーっっ!」
王子の焦った声に、珍しい表情? とスローモーションのように見える視線を王子に向けば、シャッターチャンスだった。当然のように心のシャッターを数回切ったとき、私は気がついた。私を受け止めようとする王子に。
いっ、いけない! 王子の顔に傷がつくなんてことは絶対にあっちゃダメ!
私は必死に視界の隅にあった手すりへと手を伸ばす。どうにかそれを掴んだものの、落ちていく身体の勢いは止まらない。
グォギッッ──。
鈍い音と共に激しい右手首の痛みが走る。すると、手の感覚がよく分からなくなり、手すりから指が離れてしまった。
ゴトッゴトゴトトトトトト……。
ぐるりぐるりと視界が回り、下へと落ちていく。痛みはあるものの、私は心底安堵した。これで、何よりも宝である顔を傷つけずに済む……と。
下まで落ちきったことで、落下は止まったものの、目が回っているのと、痛みとで気を失いそうだ。だが、時間は有限。王子の珍しい表情をこの目に焼き付けな──。
ぐるぐると回りながら暗転していく意識のなか、私が見た王子の表情は青ざめ、この世の終わりなのでは? という何とも珍しいシャッターチャンスなものように見えた。
◆◇◆
階段落下事件から、はや二ヶ月。
手首は治癒師という魔法のように治してくれる人を神殿から呼んでくれたみたい。
治癒師はとてもすごいけど、一回かかるだけで平民が一生かかっても返せない額が必要だ。お陰さまで痛みも何もないが、こっそり金額を調べたときは血の気が引いた。
どう頑張っても返済できない額なので、返せと言われないことを願うしかない。
あれから変わったことと言えば、王子が片時も私から離れてくれなくなったこと。
何故か、私の住居が王城の一室へと移され、学園には行けるものの王子が一緒じゃないと部屋から出してもらえない。
窓には転落予防という名の鉄格子。ドアには護衛騎士。もうひとつある扉は王子の部屋に直通。
もしかしなくても、軟禁である。学園に行けるだけ、ましかもしれない。
普通なら、ここで王子のヤバさに引くだろう。だけどね、むしろラッキーって感じ!
朝も昼も夜も、王子の顔を見放題とか天国なの? あの時死んだとか言われても、ここが天国だからそれでもいいかなってくらい幸せ!
残念ながらR指定展開はまだだけど、結婚したら我慢しないから……だって!
その時に首噛まれたのにはちょっとビックリしたけど、王子顔ならあり! 何されてもいい! あっ、でも殺されるのだけは嫌かな。そしたら、あの美しいお顔が見れなくなるし。
そんなこんなで幸せな二ヶ月でした。乙女ゲームの展開からは大きく外れちゃったけど。
そして、今日は断罪の日。
ベアトリーチェ様が二ヶ月の間に訪ねてきてくれて、号泣しながら謝られたこともあったけど、お陰で協力者だと分かって良かった。これで、心置きなく国外追放ができる。
思ったよりも全然いじめてくれないから、断罪できるの? ってなってたけど三人で口裏も合わせられたし、あとはやるだけだ。
「ねぇ、レン様。レン様って、私のストーカーでしたよね?」
ドレスアップした私の隣に立つ王子へと微笑めば、彼は明らかに挙動不審で笑ってしまう。
乙女ゲームの登場人物だと思っていた彼等も、意思のある一人の人間だったのだ。シナリオから外れてから、やっとそのことに気が付いた。
そして、王子は私のストーカーだった。でも──。
「そのくらい、私のことが好きってことですよね?」
驚きに瞳を見開いた顔も、そのあとにくしゃっと子どものように笑う顔も、熱を孕んだ瞳も全てが愛しい。私の完璧な王子様。
きっと、この顔じゃなきゃ許せなかった。
軟禁された日、オーダーメイドであろうドレスやワンピース、靴や下着のサイズまで気持ち悪いほどピッタリだった。
それが一つや二つじゃない。衣装部屋いっぱいにあるのだ。
普通に考えておかしい。顔はいいけど、行動がおかしいのだ。
もしかしたら、私が乙女ゲームを熟知しているから攻略できていたのではなく、作り出された運命を辿っていただけなのではないか。そんな疑問が湧き、ベアトリーチェ様が謝罪に来てくれた時にその疑問をぶつければ、驚くほど頭を下げられてしまった。
その時に、王子が護衛や影を使って私を監視するというストーカー行為をしていたことを知った。
金持ちは自らストーカーをするのではなく、人を使うのか……と変な関心をしてしまったものだ。
「好きなんかじゃ足りない。どうしたら良いのか分からないほど、焦がれてしまうんだ。俺だけを見て欲しい。ミリーを誰にも見せたくない。閉じ込めてしまいたい……」
あぁ。苦悶の表情もいい……。心のシャッターを連写しながらも私は微笑む。
「いつもレン様だけを見ているわ。でもね、閉じ込めないで。そうしたら、レン様と色々なものを見に行けないもの。レン様の隣にいられないもの」
「あぁ、ミリー! 絶対に離さないからな……」
力強く抱き締められる。その背中に手を回せば、更にギュッと抱き締められた。痛いくらいの力だけど、あのお顔がやっているのならこの痛みも極上だ。
さぁ、私の愛しの王子が作った、作りものの物語のエンドへと向かおう。
それぞれが幸せになれる最高のエンドへと──。
ヒロインside END
■ヒーローside■
一年前、視察で訪れた孤児院でかなり遠目からだが、理想の女の子に出会った。遅すぎる初恋。それは、確実に俺のなかで育っていった。
そして、遂に初恋の君と会える日がやって来た。
入学式の新入生挨拶を終え、壇上から降りた俺を婚約者のベアトリーチェがいつも通り出迎えた。
「どうでしたの?」
「いたよ。やっぱり、可愛かった」
「じゃあ、このまま計画を進めるのでよろしいですわね」
そう嬉しそうに言う彼女は本気で喜んでくれているのだろう。計画を持ちかけてきたのはリーチェだったから。
「なぁ、本当にいいのか?」
「良いも何も、私はレンと結婚したくありませんもの。私と私の愛する方のためにもしっかり国外追放してくださると信じてますわよ」
幼馴染みでもあり、親友でもあり、婚約者でもあるリーチェにそう言われ、男としての自信を少しばかり失くしそうだ。
「一目惚れなのでしょう?」
「ああ。桃色の髪に琥珀色の瞳。小動物のような愛らしさ。しかも、孤児院の子供たちのために自ら菓子作りを覚え、病気や怪我について学ぶだなんて、女神すぎないか? 何より、ちょっと小ぶりの手にすっぽり収まりそうな胸と細い首がいいよな。あぁ、あの細い首筋に噛みつきた──」
「はい。ストップですわ。レン、貴方の性癖など聞きたくもありませんわ」
リーチェは、虫か何かを見るような視線を投げつけてくる。だが、俺はそんな目で見られても全くもってそそられない。
俺とリーチェは、互いが恋愛感情の欠片すらも抱けなかったからこそ、仲良くやってこれたのだろう。それぞれが別の人に想いを寄せるようになってからはなおのこと。
「それに彼女──ミリスさんのストーカー、まだやめてないと聞きましたわよ? そういう男は嫌われますわ」
「ストーカーじゃなくて、見守ってるんだ。あんなに可愛いのに街中を歩くなんて危険すぎる。それに、気づかれなければ問題はな……。いや、問題ありだな。護衛につけるのは全て女性に変えないと。護衛がミリーに恋してしまうということを忘れていた。あんなに素晴らしい女性に想いを抱かない男なんていないはずだ」
急いで護衛の変更をしなくては……と頭の中で算段を立てていれば、リーチェにわざとらしいほどの大きなため息をつかれた。
「どこから突っ込めば良いのか悩ましくて、頭が痛くなりますわ」
「保健室で休むか? それとも、迎えを……」
「そういうことではございませんわ。まず、なぜ一言も言葉を交わしたこともないお相手のことを勝手に愛称で呼んでらっしゃいますの?」
「そんなの俺の運命の相手だからに決まっているだろ?」
「だろ? じゃございませんことよ。それに、誰も彼もが想いを寄せるなんてことは、どんなに魅力的でもさすがにありえませんわ」
「ありえるかもしれないだろ」
「ありえませんわ」
「一億歩譲ったとして、一人くらいはいるだろ」
「そうですわね。一人くらいなら……って、レン早まってはなりませんわ。運命を作り出すために散々計画を練ったではありませんか。計画を台無しになさるおつもり?」
とりあえず、怪しいのから一人ずつ拷問するか……と考えていれば、リーチェからストップがかかる。
確かに目先のことに囚われて、ミリーとの運命の機会を逃すわけにはいかない。
こうして俺はミリーと、リーチェもまた想い人との未来を勝ち取るために運命を作り出す日々が始まった。
■□■
ベアトリーチェと立てた計画は驚くほど順調だった。
リーチェが表立ってミリスを批判してくれ、自分とミリーの問題だからと手出しをしないよう周囲を諌めてくれたおかげで、リーチェ以外がミリーをいじめることはない。
万が一のために将来は騎士になりたいという俺に忠実な女生徒と、女性の影もミリーの護衛として配置したが問題なし。
彼女等のおかげでミリーがどこにいるかすぐに分かるので、暇さえあればすぐに会いに行けている。
そのお陰もあって、俺とミリーの仲は確実に縮まっていた。
あとは、リーチェがミリーをいじめている現場を押さえ、卒業パーティーで今までのことを断罪。その時、リーチェの希望通り国外追放をすれば全てが予定通りになる。
リーチェは、本当はミリーに怪我でもさせれば完璧だと言っていたが、リーチェも俺も『それはなし』と同意見で話をでっち上げるということにした。
ミリーにピッタリのドレスだって、サイズをこっそり入手して用意した。それを照れ笑いしながら着てくれるはずだった。
俺とミリーの運命の恋は成就する。そのはずだった。そのはずだったんだ……。
なのに──。
階段の踊り場でふらついたミリーは、階段から落ちていく。その途中、ミリーは無理な体制で手すりを掴んだ。それでも、落ちてくる勢いはなかなか止まらない。
グォギッッ──。
という鈍い音と共にリーチェの悲鳴が響いた。
あらぬ方向へと曲げられたミリーの右手は、手すりから離れ、そのことで自由になった身体は階段を転がり落ちてくる。
ゴトッゴトゴトトトトトト……。
ゴトリゴトリと身体を打ち付けながら落ちてきたミリーは、一番下まで落ちきったことで動きが止まった。俺は指一本も動かせず、呆然とその姿を見ていた。
……何が、起こった? 助けようとしたら、何故か落ちてくるミリーと視線があった。それで──。
ミリーは俺の上に落ちないように無理矢理手すりを掴んだのか?
ありえないだろ。だって、どう考えても受け止められた方が安全だ。普通ならそうする。……そうするはずだ。
だが、疑惑は消えない。俺が無事なのを確認したのか、気を失う直前に確かにミリーは俺を見て笑った。虚ろな目で。
「────っっミリー!!」
動けなかったのは、どのくらいの時だったのだろうか。ミリーの右手首は酷く腫れていて、熱を持っている。もしかしたら、頭も打ち付けているかもしれない。
影に治癒師を呼ばせなければ……と視線を向ければ既にそこにはいない。ということは、呼びに向かってくれているのだろう。
「ミリー! 死なないでくれ!!」
どうしたら良いのか分からず、ただひたすらにミリーへと声をかけた。いや、叫んでいたの間違いかもしれない。
少しでも離れたらもう二度と会えなくなるのではないか。そんな不安にかられてミリーを抱き締めようと、彼女の身体を起こそうとした時──。
「ダメですわっっ!!」
と、リーチェのものとは思えないほどの甲高い声が響いた。
驚いて視線を階段の上と向ければ、へたり込んでいるリーチェが首を横に振った。
「頭を……頭をぶつけているかもしれませんわ。動かすのは危険でしてよ」
そう言ったリーチェの声は震えていた。きっと怖いのだろう。だが、そんなリーチェに優しくできるほど、俺にも余裕はなかった。
治癒師は傷は治せても、死者を甦らせることはできない。治癒師が来る前にもしもミリーが死んでしまったら……。
「ミリー。どうか、どうか死なないでくれ……」
治癒師が来るまでの時間は永遠のようだった。
■□■
ミリーが階段から落下してから、二ヶ月が経った。
ミリーの手首は複雑骨折、という酷い状態だったが、治癒師が完璧に治してくれた。そのお陰で、ミリーはいつも通りの日常を送れている。
俺はあのあとすぐにミリーを王城の俺の隣の部屋へと住まわせた。反対なんか誰にもさせなかった。
それだけの下準備をしてきたし、結婚と同時に公爵の爵位に降下するという約束のもと、父上と王妃を味方につけてきた。
何せ、側室の子の俺がいつまでも王城にいたんじゃ反対分子になり得る。兄上を王にしたい二人からすれば、力のない子爵家の令嬢を嫁にもらうことは喜ばしいことだったようだ。
それなら、最初から爵位の低い婚約者を用意すれば良いと思うかもしれないが、それは世間体が許してくれない。
だから、俺自らが恋に溺れて降下する道を選んだことを表情には出さないものの、応援してくれた。リーチェの希望で国外追放の体をとり、想いを寄せ合っている騎士と国外で暮らせる手はずも黙認してくれた。
流石に鉄格子をつけたりとミリーを閉じ込めていたことには引いていたみたいだが。
それなのに、閉じ込められた当人はいつもにこにこしていた。理由を聞けば「ずっと一緒にいられて嬉しい……」だなんて可愛すぎる。
残念ながらキス止まりで全く手は出せていないが、それも結婚するまでの話。ゴールが見えている今、焦ることはない。
「結婚したら我慢しないから……」
と思わず伝え、軽く首を噛んで痕をつけしまった時はマズイ! と冷や汗をかいたが、ミリーはそれも許してくれた。
いつもミリーが隣にいる二ヶ月はあっという間で本当に幸せだった。
そして、今日は断罪の日。
この日のために作っておいたドレスは本当にミリーに似合っていて、誰にも見せたくない。今すぐ、部屋に閉じ込めてしまいたい。
だが、今日はミリーと結ばれる最後の布石であり、親友のリーチェを自由にする日でもある。己の欲望で台無しにするわけにはいかない。
「ねぇ、レン様。レン様って、私のストーカーでしたよね?」
可愛いミリーに、まるで日常会話をするかのように言われ、一瞬何を言われているのか分からなかった。
何時バレたのか。なぜ、ミリーは微笑んでるのか。もしかしたら、別れを告げられるのではないか……。
何かを返さなければいけないと思えば思うほど、どうしたら良いのか分からなくなる。
「そのくらい、私のことが好きってことですよね?」
その言葉に驚きと嬉しさと欲情が入り交じる。もしかしたら、ミリーは全てに気がついた上で俺を愛してくれているのではないか……、そんな期待を頭を占めた。
「好きなんかじゃ足りない。どうしたら良いのか分からないほど、焦がれてしまうんだ。俺だけを見て欲しい。ミリーを誰にも見せたくない。閉じ込めてしまいたい……」
好きで、好きで、好き過ぎて辛い気持ちを吐き出せば、ミリーは本当に嬉しそうに笑った。
「いつもレン様だけを見ているわ。でもね、閉じ込めないで。そうしたら、レン様と色々なものを見に行けないもの。レン様の隣にいられないもの」
「あぁ、ミリー! 絶対に離さないからな……」
力強く抱き締めれば、ミリーは俺の背中に手を回す。そんなミリーに、絶対に離さないと心のなかで誓う。この幸せを永遠にしてみせる、という決意とともに。
さぁ、作りあげた物語のエンドへと向かおう。
それぞれが幸せになれる最高のエンドへ──。
ヒーローside END
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また、感想を頂けると、とっっても嬉しいです(*>∀<*)