7話 語らねばなるまい
「お嬢様、息子のエイダンです。お嬢様と同じ6つです。エイダン、挨拶を」
ロウゼムさんに促されエイダンが一歩前へでた。
「ラナーリアお嬢様、エイダン・フレアです。よろしくお願いします」
エイダンがペコリと頭を下げたので私も改めて挨拶をする。
「ラナーリアです。先程はお見苦しい姿を見せしてしまい、申し訳ありません。私達、同い年ですのね。私の事は、ラナやラナリィと呼んでください。エイダン、よろしくね」
「はい、ラナ様」
うっ…。視線が刺さる。警戒されている気がする!まぁ!仕方ないよね!ツノ触りたいとか言っちゃったしね!まるで痴女宣言だもんね!
心の中で一筋の涙がつぅっと落ちる。
若干しょんぼりして俯きそうになったところで、兄が優しい笑みでエイダンに声をかけた。
「エイダン、久しぶりだね。僕の事は覚えているかな?」
兄は既に2度ほど父と共にここへ来たことがあるらしく、エイダンとは初対面じゃないようだ。
「はい!アリスト兄様、勿論、忘れるなどあり得ません!」
兄に声をかけられると、エイダンの表情が花が咲いたように明るくなった。
…なっ!!! な ん だ と !?
アリスト兄様?!何?その花の咲いたような笑顔!
なんと、眼福か…!!
「嬉しいよ。大きくなったね。たまにお父上と城下に魔石や岩塩を卸しに来ていると聞いたよ」
「はい!三年ほど前からお供させて頂いています!」
えっ、あの山道を3歳から!?
「へぇ、それは知らなかったな。君の足で降って登ったの?」
「はい、山に生きる俺たちは幼い頃から下山と登山の訓練をするので」
はぁー、3歳でねぇ。それはすごい。強いな足腰!
「それは、すごいな。僕は今でさえクタクタだよ」
兄はそう言ってニッコリ笑う。
「エイダン、君は僕にとっては可愛い弟のようなものだ。これからは下山した後には公爵邸に遊びにおいで?勿論、時間がある時で構わないよ。どうかな?」
エイダンは、そっとロウゼムさんの顔を伺った。ロウゼムさんが微笑んで頷くと、パァと表情を綻ばせる。
「父上!ありがとう!」
それを見て兄はニッコリと頷く。
「幸い来年には僕も卒業して領に戻る。エイダン、ラナリィはケラトの民に小さい頃から会いたいと、仲良くしたいとずっと言っていたんだ。だから、仲良くしてくれると嬉しいな」
「勿論です!アリスト兄様!」
エイダンは目をキラキラとさせている。
「そうか、嬉しいよ。エイダンはいい子だな」
えー、エイダン…、お兄様にめっちゃチョロ…めっちゃ懐いてるじゃん。
兄は私に向き直り、よかったね、ラナリィと蕩けるように笑った。
夕食の準備が整ったらしく、食堂に案内される。
広いダイニングテーブルに温かな食事が並べられていた。公爵邸ではあまり見ないものが多く見える。
見ると、パンや穀物と言った主食類はなく、肉や山菜が主であるようだ。パイもあるけど何のパイだろう?
「さぁ、冷えないうちに召し上がって下さい」
ロウゼムさんが和かに促した。
待ってました!いただきますっ!!
これは何だろう?何のお肉だろう?
ナイフを通すとさっくりと通り、肉汁が溢れる。そっと口に頬張ると、柔らかくてジューシーだ。
「美味しいです!何のお肉ですか?」
ロウゼムさんはニカっと笑うと嬉しそうに答えてくれる。
「それは高原うさぎですよ。お気に召していただけた様で幸いです」
成る程!うさぎは初めて食べた!柔らかいとは前世から聞いていたが本当に柔らかいな!
ぺろりと食べれちゃいそう。
山菜も新鮮で美味しいな。ちょっと苦味があるけど、私は三十路の心を持っているので余裕です。…本当だよ?
次はパイに手を伸ばす。こんがり狐色に焼かれていて、とても美味しそうだ。
サクッとナイフで切り分けると中はほくほくとした何かが刻んだベーコンと一緒に入っている。口に運ぶと、ほんのり甘い。
うーーん!これ!これだよ!ホクホクの芋はベーコンと合うんだ!よし、もう一口、……。
フォークで刺そうとしたとき、ふと気になって手を止める。
これは……?
……え…これ、芋じゃないの?
え?芋だよね?これ、芋だよね?!
え、これ、芋じゃん!これ!芋じゃんか!!!
「いもっ!!!」
私は立ち上がっていた。
あぁ、これは芋だ!間違いない!私の愛し愛されたあの芋に違いない!
そう、私は転生して、この世界で初めて今、芋を口にしたのだ。公爵邸の食事は美味しかった。美味しかったのだ。だけど、芋が出る事はなかった。一年だった頃には諦めていた。この世界には芋がないのだと…。それが、今、ここに!
「ラナリィ?どうしたの?」
「ラナ、お行儀が悪いよ?」
兄と父をガン無視して私はロウゼムさんに問いかけた。
「ロウゼムさん!これは!これは、芋ではありませんか?」
「…はい、間違いなく芋です」
肩を落とし眉尻を下げ答えてくれる。
エイダンは私をじっと観察するように見つめている。
「お父様!どうして公爵邸では芋がでなかったのです!」
私は父に半ば責めるように問うた。
「うーん、何と言ったらいいかなぁ。クレオスでは芋を食べる習慣がないと言うか」
父の歯切れが悪い。そこで、眉尻を戻したロウゼムさんが代わりに答えてくれた。
「お嬢様、芋は元々、はるか昔に我々ケラトの民が王国に持ち込んだものです。我らにとって芋は主食であり、土壌が悪くとも育つので欠かせないもの。しかし、我らケラトは今では認められつつありますが、昔は忌み人と呼ばれ、魔の成れの果てだと言われて疎まれておりました。そんな我らの主食である芋は魔の根と呼ばれ忌むものとされていたのです」
な、何という事だ!そんな事が許されるはずがないだろう。相手は芋だぞ!
これは語らねばなるまいなぁ!
「芋は準完全食品ですのよ!美容と健康には欠かせない食材なのに。そんなデータもソースもない出鱈目で排除するなんて、許される事じゃないわ!」
ロウゼムさんが見開いてこっちを見た。
「ラ、ラナ、落ち着いて…」
「お父様!これが落ち着いていられるかですわ!よくお聞きになって!芋は凄いのです!芋にはビタミンCが豊富だから、老廃物の排出を促して肌のターンオーバーを活性化させてくれるのですわ!」
「そうすると、どうなるんだい?」
兄が質問を投げてくる。兄以外は頭にハテナが浮かんでいるようだが、この際関係ない。
「お肌のシミを!老化を防いでくれるのです!正に美容の果実なのです!お兄様!」
「へぇ、すごいな。他には何かあるのかな?」
いい質問です!兄はいつもいい仕事をする!
「ありますわ!芋はむくみを解消するし、食物繊維も豊富で腸内環境を改善しながら血糖値の上昇も穏やかになるので、食べ過ぎなければダイエット効果もあるのです。ここまで女性の見方をしてくれる食べ物がありますでしょうか?いや、ないですわ!何よりエネルギー源としてこれ以上のものはありませんのよ!パンなんかスッカスカのただの炭水化物なんかより立派な主食となり得ますわ!!それを、魔の根ですって?!」
ワナワナと怒りが込み上げ上昇していく。
「そういえば、数代前の聖王が芋を食べて腹を下したらしくて、魔の根であると拍車がかかったらしいよ」
兄が合いの手のように付け足した。何だがすごく楽しそうだ。
「そ!れ!は!お通じが良くなっただけですわ!どんだけがっつきましたの!」
一同が静まり返る中、兄の愉快そうな笑い声が響いた。
「あははははっ!ラナリィ、いいね!最高だよ!よく分からない単語もあったけど、僕もここで初めて芋をいただいてね。気に入っていたから、この風評は解せなかったんだ!」
私はうんうんと頷いてから続けた。
「ケラトの民は効率的に栄養を摂取できているといえますわ。身体を作る肉と良質なエネルギー源になる芋を主食としている。素晴らしいですわ。無駄のない理想的な食事です。だから皆さま、若々しいし、逞しくお強い。まだ3歳だったエイダンが山を降って登れるのも頷きです」
父が感嘆の声をあげる。
「すごいなぁ、ラナ。確かに理解が出来ない言葉も多かったが、芋がどれだけ凄いかは伝わったよ。しかし、それはどこで付けた知識なんだい?」
ぎゃっ!やばっ!熱くなって調子に乗りすぎた!!
「あの、えっと、その…」
完全に挙動不審だ。その時、兄が横から私に声をかけた。
「そう言えば、この間、ラナリィにプレゼントした本があったよね?他国のケラトについて書かれていたのがあったけど、それじゃないかい?ラナリィ?」
兄がニッコリ私に微笑む。兄が垂らした蜘蛛の糸に私は縋りついた。
「そう!そうですのよ!それに書いてありましたの、ほほほほ…」
父は、ラナは勤勉だなぁ、と誇らしげに頷いた。納得してもらえたようだ。
ああああー助かったああ!!!
なんか知らんけどお兄様、グッジョブ!!もうお嫁に欲しい。娶りたい…!
そこでそこまで、黙って聞いていたロウゼムさんが口を開いた。
「お嬢様、我らは常に迫害の対象でありました。その為、逃げ延びる土地は常に荒れていた。芋はそんな土地でも育つ貴重な食糧です。芋は我らの命を繋いでくれた我が民の宝なのです。ありがとうございます。我らを認めてくださるお嬢様の言葉は、…本当に嬉しい。」
ロウゼムさんは、くしゃりと笑った。その目尻に光るものが見える。
「ロウゼムさん、私、悔しいわ。ケラトの宝を、ケラトのみんなの命を繋いでいる大切な存在が、しいてはケラトのみんながそんな風に扱われているなんて!」
私は両手を握りしめた。
「私、エルドガルドに芋を植えます!ロウゼムさん、種芋を分けていただけませんか?」
「それは構いませんが、お嬢様、それがお嬢様のしいては、公爵家の汚名に繋がるかも知れません」
「ロウゼムさん、私、ケラトの人々が好きですわ。そのおでこのツノもきっとスベスベしていそうで可愛いし、皆さん、明朗快活としてて、私、あっという間に好きになってしまいましたの。その一方で貴方がたがこのエルドガルドの平和の為にこの地を担ってくれている事に、感謝とそして申し訳なさも感じます。これで何が変わるかは、実際分かりません。でも私、やってみたいのです。その結果、私が何と言われようと知った事ではありませんわ。だだ…」
そこで黙って聞いていた父を見遣る。
「お父様、公爵家に迷惑が掛かるなら…」
「ラナーリア、我ら公爵家の名はそれくらいじゃあ汚れたりしないよ。それに、フィリアはこの里が大好きでね、ロウゼム殿とも仲がいいんだ。昔は、妬いたものだったが、私も今ではロウゼム殿をケラトの民を心から信頼し友だと思っているんだよ。ラナ、君には何か考えがあるのかな?」
父の言葉に私はパッと表情を明るくし、そしてキリッと気を引きひめて言った。
「はい、お父様、聞いてください!我が領は古くからタイダルの噴火の為に灰土が覆っておりますわよね?」
「あぁ、そうだ。そのせいで植物が育ちにくい」
「でも芋ならば難なく育ちますわ。我がエルドガルドの食料自給率は著しく低いです。しかし、領で芋を植えれば輸入に頼らずとも飢える心配はなくなりますわ。幸い土地はあります。私、この芋をエルドガルドの主食にしたいのです。考えはあります。ただ、公爵家の、家族の助けは必要になります」
胸に手を当て、父と兄を見る。
「ラナ、とても立派だ。お父様は全面的にお前を支援するよ」
「ラナリィ、お兄様はいつでもラナリィの味方だよ。全力で手伝わせてほしい」
目頭が熱くなる。私はやっぱり幸せ者だな。こんなに素敵な家族がいるんだもの。
「ありがとうございます。お父様、ロウゼムさん、我侭かと思いますが、是非、私に芋の未来を任せてくださいませんでしょうか?」
私の乞いに二人は優しく頷いてくれた。
自分でも何言ってるんだと思う。芋の未来ってなんだよって。でも、見えた気がする。私が出来ること。私なら出来ること。その為なら、風評被害になんてぶっ潰してやる。全力で知らしめてやる。この美味しさを!
次の日、朝食をいただいた後、私はエイダンに声をかけられた。
「ラナ様、よかったら里を案内させて下さい!」
ニカっと笑う顔はロウゼムさんを彷彿させる。可愛い笑顔いただきました。ありがとうございます。
「ありがとう!エイダン!嬉しいわ!そしたらお芋畑にも連れて行ってくれれないかしら?今は植え付け前よね?収穫してある芋や種芋も見せてくれたら嬉しいわ」
エイダンはクスクスっと笑って言った。
「勿論です、ラナ様は本当に芋がお好きなんですね」
ツノ生えたショタのその笑顔、プライスレス。
エイダンは里の要所要所を案内してくれた。
ここは子供たちが遊ぶ広場やら、ここは戦士の詰所やら、高原花が咲き誇る場所とか。しかし、流石に広大で一つ行く度に歩く距離がハンパない。里長の家からかなり歩いたのに、まだずっと遠くに小さな白い家が見える。
だけど移動中も退屈しなかった。ケラトの老若男女達が話しかけてくれたり、オヤツをくれたり、エイダンとは楽しく会話できたし、とても有意義だ。ふぅ、最高の運動だ。ぜぇはぁ…
さて次はいよいよ芋畑だ。私は里内に幾つかあるうちのひとつに案内された。
広いなぁ!うきうきする!
今は時期ではない為、何も植わってはいないが、程よく土が耕されていた。そろそろ植え付けなんだろう。
土を一つ掴んで揉み潰す。所々に荒い粒子の灰土が混じっていた。
次は畑の横に建っている納屋に案内してもらい保管されている芋を見せてもらう。収穫された芋は各所にある納屋に保管されて里全体で消費するそうだ。
「二種類あるのか」
「はい、あんまり甘くないのと、甘いのです」
「白と赤、白は昨日のパイかな。黄金千貫みたいだな。赤はなんだろう、あずまかなぁ」
「紅あずま?」
「そうそう…」
赤芋をまじまじと見つめた。
これ半分に割って齧ってみてもいいかなぁ。怒られるかなぁ。
「……ラナ様さ、日本では農家だったの?」
「いや、農家は触った程度………」
「やっぱり。お前さ、転生者だろ?」
「そうそう、…私転せ、い?」
バッとエイダンに振り向くと、彼はニンマリと口角を上げた。
ノリと勢いで書いた回なので、テンションがアレですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
誤字、脱字、乱文失礼致します。
よろしくお願いします。