6話 だって大好きだったキャラと被ってたんだもん
トントンと父の執務室の扉を叩いた。
「お父様!ラナーリアです。失礼してもよろしいでしょうか?」
元気よく言う。
「あぁ、ラナ。入りなさい」
付き添ってくれたマルチナが扉を開けてくれる。
実務机に着き、ペンを握ったまま、ニコニコと父が迎えてくれた。
「どうしたんだい?」
執務室の机には書類の束が積まれており、父の忙しさが目視できた。
「お忙しい中、申し訳ありませんわ。今、よろしいでしょうか?」
最近お墨付きがついたカテーシーを披露する。
「綺麗な挨拶だ。流石だぞ、ラナーリア。それと、丁度休憩しようと思っていたところだから大丈夫だよ。ラース、ヴァル、休憩にしよう」
「畏まりました」
「了ー解」
ラースとはクラウス・バロウズ子爵の事で、ヴァルとはヴァルド・オルグレン伯爵。二人とも父の側近であり子供の頃からの友人らしい。
「座りなさい。ラナ。」
父に勧められソファに腰掛けると、父もその前に座った。
「それで、どうしたんだい?」
菫青石色の瞳を細めて聞いた。
チナとメイドがお茶を入れ、焼き菓子をテーブルに置いてくれる。
「お父様、孤児院の運営に携わらせていただいて、本当にありがとうございます。子供達からお手紙を沢山もらいますの。ご飯がたくさん食べられる様になったとか、冬は暖かいとか。」
「それは、ラナが全て自分でやったことだろう?」
「でも、殆どの運営はお父様やお母様が営んでくれています。私は建ててもらって寄付してしかできてません」
「ラナはまだ6歳だろう?それだけ出来たらもう充分だと思うけどなぁ。そう言えばシスター達からもラナに感謝の手紙が来ていたよ。人員が増えたお陰で子供たちと穏やかに接することが出来るとか、完全週休2日は有難いとか」
「子供の世話は大変なんですわ。聖人でもない限り、日々の指導や世話、テンションの違いで大人は疲弊してしまいますもの」
「人員を増やして程よい休暇がなければそれはブラックだ。だろう?」
その通りだ。ブラックとホワイト、初めは首を捻られたが今では公爵邸のみんなが知っているワードである。
「ブラックは本当にいけませんわ。特に子供達を預かる孤児院でブラックな環境になってしまうと、もっといけません。育った環境で精神強弱や思考回路のほぼ全て決まると言っても過言じゃないですもの」
「次の世代を担う若者は宝、だろう?」
「そうですわ!」
「あははは!まぁ、そうだね。アリストやラナーリアは我が家の宝だ。しかし、心配は要らない、孤児院の運営にその精神はもう定着しているからな」
父は満足そうに笑うと出されたお茶を手に取った。
「それで、お父様。私、勉強も魔法も頑張ってますのよ?」
「うん?」
「だから、そろそろ軍事以外のお父様の公務に付き添って、我が領の事をこの目で見て学びたいのです。子供達に何が必要で、私に何ができるのか、何をすればより良くなるのか、知りたいのです」
父は手に持っていたカップをそっとソーサーに戻した。
「うーん…それは…大人に任せるというわけには、」
私は父の言葉を遮って意気揚々と言った。
「頑張っていたら、連れて行ってくれると約束しましたわ」
母から頑張れば連れて行ってくれると言われた後、帰って直ぐに、父に駄々を捏ねてしっかり言質をとったのだ。
「まぁ、そうなんだが…」
父は歯切れ悪く口籠った。
これは押せばなんとかなる奴だ。私は知っている!
「この間、歴史とマナーの先生に素晴らしいと褒められましたわ」
「それは、報告に上がってるよ」
「ドクターの魔法の授業もお墨付きを頂きました」
「それも、聞いているが…」
「お父様?ラナは頑張りました。お父様は私の頑張りを認めてくださると、きっと私との約束を守って下さると心から信じて」
私はにっこりと笑みを深めて父を見た。
父はがっくしと肩を落として降参だと両手を上げた。
「流石、フィリアの子だ。分かった。父様はラナとの約束を反故にしたりしない」
「本当ですか?嬉しいです!」
「それじゃあ、先ずは…(適当に安全な場所にでも同行させよう)」
父が言い終わる前にまた遮る。
「頭角の民の里!お父様、そろそろ結界の確認と里長との会合が近いはずですわ」
父が慌てて身を乗り出した。
「いや!ラナーリア!かの者達はタイダルの高地に里を構えているだろう」
「はい!知ってます!連れて行ってください!」
「いや、ラナーリア、だからさ、山道は完全に整備されていないんだよ」
「頑張って歩きますわ!」
「魔物だって出るかも知れない」
「実践ですわね!」
「ラナーリア、君はまだ6歳だろう?もっと安全な場所へ行こう?」
「お母様が初めて登ったのも6歳だと言ってましたわ」
「フィリア…」
母の名前を呟いて父は手のひらで目を覆った。どうた?母を出されるとぐぅの音もでらんだろうが!
「楽しみですわ!お父様!」
はぁ…。アルフォスは大きな溜息を吐く。
キラキラさせた目で愛娘がこちらを見ている。あぁ、これ以上、反対したくない。反対して、もし『お父様、嫌い!』とか言われたらフィリアに泣きつくしかなくなってしまう。すると仕事が出来なくなって、ラースに小言を言われ、ヴァルに指を指されて笑われるだろう。
アリストに相談しよう…。梃子でも動きそうにない愛娘を見ながら、2度目の溜息を吐いた。
「お兄様!!」
「ラナリィ!!」
馬車から降り立った兄に駆けていき抱き合った。
「お帰りなさい!!」
「ただいま、ラナリィ、会いたかったよ」
「私もです、お兄様」
記憶を戻してから3回目の春、今年も長期休暇でアリストが帰ってきた。
「俺もいますよ、お嬢様。」
フレックスが後から降りてくる。
「フレックス!お帰りなさい!」
フレックスにも抱きつこうとしたが兄が離してくれない。
「お兄様、フレックスにもちゃんと挨拶がしたいですわ」
「今しただろう?」
「友愛のハグがまだですわ」
「駄目だ!」
そう言って、兄は私ではなくフレックスを睨み上げた。
「絶好調ですね!アリスト様!」
フレックスはそう言ってクスクスと笑った。
「なうん」
足元で一緒に兄の帰りを待っていたエルが兄の足にタックルする様に擦り寄った。
「ただいま、エル。昨年も一年、ラナリィを守ってくれてありがとうな」
兄はエルの首元をくすぐった。エルはご機嫌で喉をグルグルと鳴らしている。
エルは兄にも懐いているみたいで、去年からは一緒にお出迎えもしている。
母に呼ばれて皆んなでサロンでお茶をする。
「そう言えば、ラナリィ、頭角の民の里に着いて行きたいと言ったって、父上から手紙が来たよ」
来たぞ、絶対反対されるやつ。しかし、行きたいものは行きたいのだ。あの山にはファンタジーがまっているんだぞ!私は負けない!さぁ、かかって来い!
「そうですの!私、行きますから」
「ふふっ、もう決定事項なんだ」
兄はクスッと笑って、続けた。
「うん、だから僕も一緒に行こうと思って」
「そうですわよね、お兄様も反対ですわよね…だけど、……今なんと?」
ん?今、なんてった?徹夜して考えた説得で早速マウントを仕掛けようとしたら、別なる言葉が聞こえて来て肩透かしを食らってしまう。
「僕もラナリィと里に一緒に行くから」
「お兄様もですか?」
「そう、ラナリィの護衛でね。勿論、他にも護衛は沢山つくし、それに僕が父の公務に付き添いたいのもあるけれど」
意外だ。兄は絶対反対するマンだと思っていた。父以上に難色を示すと思っていたのだ。
「反対なさると思ってました」
私の言葉に、母はうんうんと頷きながら言った。
「本当よね、アルが驚いていたわよ。貴方ならきっとしっかり反対して舵取りをしてくれると思っていたのにって」
同意である。本当に最大の難関だと思っていたのだ。
「ラナリィ、行きたいんだろ?」
兄は私に向かって柔らかく微笑みながら首をコテンと倒した。うっ、カッコいい!
「…行きたいです!」
「うん、じゃあ行こう」
そういうと兄は優しく微笑んで私の頭を撫でた。
こんにちは、元気100倍ラナーリアです。6歳です。今、ウキウキしてします。
なんたって今日は楽しみにしていた山登りだからです。
何故人は山に登るのかって?
それはね、そこにファンタジーがあるからなんだよ!!
最後まで父は私の同行に渋っていたが兄や母の説得のお陰で最後には折れてくれた。
「ラナ、いいかい?絶対に護衛から離れて一人にならない事!気になったら動く前に必ず聞いて欲しい」
もう何十回聞いただろうか?
最後には必ずこう付け足すのだ。
「これを守れないなら、これからどこにも連れて行けないからね?」
分かっていますとも。しかしですね?身体は子供ですが?私は心は三十路、頭脳も三十路のラナーリアですよ?行く先々で事件なんか起こしませんよ。
「分かってますわ!お兄様もいらっしゃるのですから安心してください」
「そうです。父上。僕がラナリィを一人にするとお思いで?」
兄の追撃に父は渋い顔で頷いた。
「いや、うん、そうだな。では、アリスト頼んだよ」
「承知してます」
兄はにっこり頷いた。
今日の私はシャツに首元はふわふわのクラバットのパンツスタイルだ。その上からジャケットを羽織り、登山時にはコートを羽織る予定だ。季節は暖かな春だが、やはり山は高地に近づくほどかなり冷えるらしい。
髪は結い上げてリボンで縛ってもらった。
チナはついて来ないらしく、私には女性の騎士さんがついてくれた。
「ラナーリア様、今回、ラナーリア様の専属護衛を仰せつかりましたミリアーナ・オルグレンです」
「オルグレン?オルグレン卿とはどう言う?」
ヴァルド・オルグレンは父の補佐官だ。確か主に軍事の責を負っている。
「ヴァルドは私の兄です」
この世界、女性が働くのは婚姻前までという、なぜか古臭い風習がある。結婚すると、家を守るのは女の仕事と定められているわけではないのに根付いている悪習だ。
そんな世だからか、騎士に志願する女性は少ない。いくら実力があっても婚姻するまでの腰掛けには合わないのだろう。
改革してぇー。女性の労働力舐めんな。マジきめ細かい仕事すんだぞ。
「よろしくお願いします!ミリィ」
ミリアーナは目をキョトンとさせたが、硬かった表情を緩めるとフッと微笑んだ。
「はい、よろしくお願いします。誠心誠意お護りさせていただきます」
ミリアーナが騎士の礼をとる。
「ラナ、そろそろ行くよ」
父が馬車の方から声をかけた。
「はい!行きます!お母様、チナ、ミカエリス、皆んな、行ってきます!」
「気をつけていくのよ?ラナリィ、無茶しちゃダメよ!」
「お嬢様、お怪我なく帰ってきてください!チナはお待ちしてますからね!」
「はい!」
大きく手を振って兄と父の待つ馬車へと駆け出した。
そして今ここ。
山中です。
山の麓まで馬車で行き、そこから高地にある頭角の民の里、テオスまでは徒歩になる。大人の足で4時間はかかるらしい。
登り出してから30分もしないうちに私はバテてて足が上がらなくなってしまった。岩はゴツゴツしてるし、小石で滑るし、実際舐めていました。ごめんなさい。
ということで、今、私は乗り物に乗っています。紹介しましょう。ゴーレムのゴタロウくんです。
「…登山は厳しいから、途中ラナリィをおぶって登ることも視野に入れていたんだが、心配無用だったね」
兄がゴタロウの肩に乗る私を見上げながら感嘆する。
「左様ですね、強力なゴーレムがいれば小型の魔物やドラゴンくらいなら簡単に蹴散らせるそうですから、私の出番はないかも知れません」
ゴタロウの後方でついて来ているミリアーナも私がゴーレムを作った時は目を見開いて固まってしまっていた。他の護衛騎士達からも響めきがでて、ざわざわとさせてしまったし、なんか、申し訳ないね!
「ゴタロウは、良い子で凄いんですのよ。目から圧縮した風のビームがでますの。岩もくだけます。土を耕すときに出てしまった岩の処理をお任せできるのです」
「ゴタロウは優秀だね。そんなゴタロウを作れるラナリィはもっと優秀で天使だね」
「戦闘になっても申し分ないですね!なんだか楽しみです」
兄は相変わらず蕩けそうに微笑むし、ミリアーナは何故か目を爛々とさせてしまった。
戦闘を楽しみにしないでほしい。ミリアーナさんはあれかな?戦闘狂かな?鱗片が見えたぞ。出来れば前戦はお任せしたいです。
一回の休憩を挟んで、なんと3時間ほどで頭角の民の里、テオスに到着した。 私の体力を考えて5時間ほどの時間で予定していたらしいが、ゴタロウのお陰で杞憂になった。
それにしても大人の足で4時間と聞いていたのに、流石公爵家とその騎士達だ。
里の入り口で数人の頭角の民が迎えてくれた。
おおおーー!本当にツノが生えている!!
おでこの生え際の辺りから白くて綺麗なツノがぴょんっと生えていた。
え!え?やだ!やだー!すっごい可愛い!ツノ、ちょんって生えてるー!
大丈夫?心の歓声漏れてない?気を確かにしないと拍手喝采しちゃいそうだ。
「公爵様、御一堂様、我らケラトの民、テオスにようこそおいで下さいました」
「やぁ、ロウゼム殿、出迎え感謝する。」
「お疲れでしょう。まだ寒さも残ります。簡単なものですが夕餉の前にお茶にいたしましょう」
「有難い」
「では、こちらへ。我が家に案内させていただきます」
案内を受けながら里をくるりと見渡してみる。建物は白っぽい石を削り出し積み上げて建てられ、屋根は石を瓦の様に切り出して並べている様だ。
山間が広い平野になっていて、広大な土地に可愛らしい石積みの家がポツポツと建っていた。もっとマチュピチュの様な村を想像していたが、どちらかと言うとヨーロッパの長閑な村の様である。
案内されたのは他の小ぢんまりとした可愛らし建物達とは違い一際大きな屋敷で、ロウゼムさんの家だと兄に説明された。道すがらロウゼムさんは代々、里長を担う家系で2年ほど前に先代の里長、ロウゼムさんのお父上から長の役目を引き継いだんだと、あとケラトの民とは頭角の民の事だと教えてもらった。
数人の護衛を残して、ロウゼムさんの屋敷にお邪魔する。残りの騎士達はロウゼムさんの屋敷から少し離れた場所に、騎士専用の宿舎が建てられているそうで案内されそちらに向かって行った。
応接間に入ると席をすすめられ腰掛ける。
「お嬢様とは初めてお会いしますね。改めてご挨拶させていただきます。私はこの里、テオスの長をさせていただいております。ロウゼム・フレアと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。私はエルドガルド公爵家の長女、ラナーリア・レイル・エルドガルドと申します。お見知りおきをお願いします」
胸に片手を添えて、一礼する。
「幼いのにしっかりしていらっしゃる。公爵様がご自慢していた理由が分かりました」
ロウゼムさんは逞しそうな顔でニカっと笑った。
「それはもう、自慢の娘です。ロウゼム殿もお分かりいただけると思うが、妻、フィリアに似て容姿も気立も良く、魔法の才能もあり、心根も美しく、まさにエルドガルドの天使とはこの子の事でしょう」
やめて。きっと父を睨むと、今度は反対側から始まってしまう。
「ラナリィは我がエルドガルド公爵家の宝なのです。しいては我が領の宝。孤児院の増設も全てラナリィが個人で出資したものなのです。天使を超えてすでに女神と言えましょう」
やめろぉぉぉ!!恥ずかしくなって両手で顔を被う。
「はっはっはっ、噂には聞いておりましたが、ここまでとは恐れ入った!こちらも、エルドガルド領の女神にご満足いただけるようお持てなしさせていただきましょう!」
ロウゼムさんは豪快に笑った。
「公爵様、お嬢様の遊び相手として息子を紹介してもよろしいでしょうか?」
「それは勿論、構わないよ」
ロウゼムさんは頷くと扉の奥に呼びかけた。
「エイダン!入って来なさい」
「はい」
呼ばれて入って来たのは、おでこにツンっと一本角を生やした黒髪の美少年であった。
はっはわっ
「はわぁぁぁぁぁ!!美少年にっ!ツノがぁぁぁ!なんて可愛いのそんなの触りたいに決まってるっ!!」
…………………
………………………
ん………?どうした?
視線に気がついて見回すと、皆んな一様にこちらを見ながらポカン顔で固まっている。
……………え?なに?え、嘘、え?今、もしかして口に出しちゃってた?
「今、私…?」
口に出した瞬間、理解が追いつきガバッと両手で顔を覆うと、そのままゆっくり頭を沈めていく。
ああああああああああああ…やってしまったぁぁぁぁ!
「………」
「ラ、ラナリィ?」
隣に座っていた兄が背中にそっと手を添えた。
やめろっ!今は何をやってもダメージにしかならん!!
「あっはっはっはっは!!!」
すると不意に大きな笑い声が部屋に響いた。ロウゼムさんだろう。
「まさに、あの方の娘ですな。我々の角を初めて見るものは、怯えたり、疎んだりするものが多い。ですが可愛いと先ず仰ったのは私が知る中でフィリア様とお嬢様の二人だけです」
も、もしかして助かった?
「お嬢様、お顔を上げてください。私たちは貴女を我らの友として歓迎致します」
お母さまぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!
あぁ!神様、仏様、お母様!!
読んでくださってありがとうございます。
誤字脱字、乱文すみません。
楽しんでいただけたら幸いです。