五 電話口の声 ─二〇一九年 四月二十一日─ 五
ルミさんからの依頼を受けたあの日から、
早くも一ヶ月が経とうとしていた。
私の見立て通り、S市からやって来るお客さんは多かった。
驚いたのは、彼氏さんのことを知っている人の割合。
予想以上に多かったのだ。
と言っても、そもそもの予想が低かったから、
それ以上といっても高が知れているけど。
「情報はそれなりに集まるんだけどなぁ……」
私が最初から知っていた情報、
ルミさんから聞いて新たに得た情報、
お客さんから得た情報。
全部を合わせていくと、
彼氏さん──鮫島秋文さんの人間像が浮かび上がってくる。
T県S市出身。小中はひとまず置いといて、
市内の高校に進学。
高校卒業後は都内の大学に進学し、
そこを卒業した後はC県で就職。
「あとは趣味が廃墟と心霊スポット巡り……か」
この趣味についてはルミさんが
何度か話していたこともあって、
元々知っている情報だった。
中学時代から続いている趣味らしい。
ちなみに、ルミさんはこの手の話題が苦手だ。
大が百個付いても足りないほど苦手だ。
だから、探索に同行しないのは勿論のこと、
どこに行くのかも絶対に聞かない。
土産話や写真なんかも当然NG。
『出掛けてくる』
このワードが彼氏さんが
廃墟・心霊スポット巡りに向かうことを意味する隠語として、
二人の間だけで機能しているそうだ。
ルミさんの話では、失踪当日の朝、
彼氏さんが家を出るときにこの隠語を使っていたらしい。
だから、その行き先はどこかしらの
廃墟・心霊スポットだと予想される。
「でも、ルミさんにはそれがどこかわからない」
失踪日は三月一日。その二週間前──二月十五日にも、
彼氏さんは『出掛けてくる』と家を出ていた。
そして、そのまた一週間前には、
恐怖映像の特番が放送されていた。
「テレビで流れた心霊スポット……」
その番組は私も録画していたから、昨晩寝る前に見返した。
室内で撮られた映像、公園で撮られた映像、
学校で撮られた映像、海で撮られた映像、
監視カメラやドライブレコーダーによって
撮られた映像、昼に撮られた映像、
真夜中に撮られた映像。
廃墟や心霊スポットで撮られたであろう映像は
少なくなかった。けど、多くもなかった。
そして、
頑張れば撮影場所を特定できそうな映像もいくつかあった。
でも、これに関しては警察が既に調べている。
片っ端から候補を調べてくれているらしいけど、
有力な手掛かりは未だ見付っていない。
「チラシ、補充してもらうか」
最初はコピー用紙一束分あったのに、
今はもう厚さ五ミリといった具合。
店に来た人全員に配ったし、まぁ当然か。
ということで、私は早速ルミさんに電話をかけた。
一コール、二コール、三コール。
『アスカ? どしたの?』
「いや、実は……ルミさん、今どこですか?」
電話口の向こうが何だか騒がしくて、
ルミさんの声が聞き取りにくい。
『今? K駅だよ。丁度、アスカのところに向かってる途中』
「ああ、そうなんですか」
『ごめん、ちょっと場所移動するね。
──はい、いいよ。それで、どうしたの?』
「実は、チラシの補充をお願いしたくて」
『ああ、もうそんなに配ってくれたんだ。
りょーかい、伝えとくね』
「はい、ありがとうございます」
『ううん、こちらこそ』
「……ルミさん、あの」
『ん?』
トイレかホームの端かそれ以外か。
どこでもいいけど、静かになってわかったことがあった。
ルミさんの声に元気がないのだ。
張りがないというか、取り繕っているように聞こえる。
そう、空元気というやつだ。
「……K駅なら、あと三十分くらいで着きますよね。
お昼まだなら、用意しておきますけど」
『ああ……そうだね、お願いしようかな』
「了解です。じゃあ待ってますね」
ここに来てくれるなら、
わざわざ電話口で足止めさせることもない。
昼食を食べながらゆっくり話を聞くとしよう。
何を作ろうかなと、
すでに私の頭は献立を組み立て始めていた。