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何でも屋と季節外れの夢  作者: 水之音 霊季
序章 ユキとハル
4/29

四 決意 四

 山頂の境内と山の麓を繋ぐ石段は一段一段が酷く不揃いだ。

 ひび割れたもの、傾いたもの、一段だけやたらと高いもの。

 加えて、いまだに解け残った雪。

 常に気を張っておかないと簡単に足を滑らせてまっ逆さま。


 だからなのか、

 私達は一言も言葉を交わさずに石段を下りていた。

 けれど、その沈黙は不思議と心地好く、

 同時に名残惜しくもあった。


 互いの顔を見ようともせずに、

 それでも互いの手を離さずに歩みを進める私達。


 後ろを振り返ると、

 頂上の鳥居がもうあんなに小さくなっていた。


 もうすぐ山を下りきってしまう。

 そうしたら、ハルは警察に行く。

 自首とは言え逮捕されるだろう。

 そして、裁判で裁かれて刑務所に……。


 脅されていたという話だし、

 そこを考慮して刑が軽くなったりしないだろうか。

 それとも模範囚として刑期が短くなったりとか。


「──ユキ」


 石段の中腹に差し掛かったところで、

 先を行っていたハルが振り返った。


「なに?」


「さっきは、ご──」



「楽しそうだなぁ、滝川(たきがわ)ぁ」



 突然、声が聞こえた。

 ハルの言葉を遮り、私達二人だけの空間を引き裂く男の声が。


 私達の足を凍り付かせたその声は、

 ハルの背後──石段の一番下から聞こえてきた。


 その男は私達のことを見上げながら、

 ゆっくりと石段を上ってくる。

 男の顔を見た私達は、思わず息を飲んだ。

 飲むはずだ。何せ、目の前にいるのは──



「ユージ……どうして」



 ハルがじわりじわりと私の方に近付いてくる。

 ユージから目を離さず、まるで熊に出くわしたときの対処法。


 私はハルを抱き寄せて、

 威嚇するようににじり寄ってくる者を睨み付けた。

 敵意剥き出し。当然だ。

 この人は、ハルを脅して大麻を売らせていたのだから。


 鮫島君の親友であっても絶対に許せない。


「どうしてって、偶々(たまたま)だよ、偶々。

 それより、後ろのやつ誰? 友達?

 俺めっちゃ睨まれてんだけど」


「この人は、そう、ただの友達で……十年振りに連絡くれて、

 それで久し振りに会おうってなって……」


「会おうって、こんなところでか?

 普通は喫茶店とかに行くだろうよ。

 こんな早朝に、こんな廃墟神社で会うか、普通」


「それは……」


「まぁ、まどろっこしいことは抜きだ。

 やんなきゃなんねぇこともあるしな」


 私の知っているユージの顔ではなかった。


 動画の中でハルやシゲミンと

 面白おかしく動画を撮っている姿がまやかしであることを、

 張り詰めた空気が教えてくれた。


「余計なことばっかり喋りやがって。

 手間を増やすんじゃねぇよ」


「聞い……てたの?」


「俺はさ、法律犯してんだよ。脅して従わせてる奴が

 こそこそ一人で行動してたら、

 そりゃ警戒するに決まってんだろぉ?


 なんなら人生で一番警戒したわ。

 お陰で、手遅れになる前に手を打てる」


 どうやら、私とハルの会話は全部聞かれていたらしい。

 盗聴機を使ったのか、

 それとも別の方法を用いたのかはわからない。


 わかるのは、今がとても危険な状況だということ。


「逃げてユキ!」


 固く繋いでいた手が乱暴に振りほどかれた。

 突き飛ばされて、私は石段に体を打ち付けた。


「ハル……」


「早く逃げて!」


「でも──」


「なんで逃げないの、馬鹿!」


 ハルの口からは聞いたことのない、

 親しい人からは言われたことのない暴言が、

 私の頬を張り倒す。

 今すぐ逃げなければと、全身が声高に叫び出した。


 逃げる。でもどこに?

 ユージがいるから石段を下りることはできない。


 両脇の森。雪で湿ってて危険すぎる。

 足を滑らせて転がり落ちれば、

 小さい山と言えども命の保証はない。

 だとしたら──



 上しかない。



「ハル、ごめん!」


 緊急事態を前に、私の脳が高速で回転し始めていた。

 ハルを残して逃げることが正解なのかどうか。


 冷静に考えろ。ハルとユージとシゲミンは

 人気U―TUBERだ。

 三人いて初めてあのチャンネルが完成する。


 そして、紅一点であるハルの人気度は目を見張るものがある。

 間違いなく動画の再生数稼ぎに一役買っている。

 そんなハルを殺したり、傷付けることはないはずだ。


 だから、今考えるべきことは私がどう逃げ切るかということ。


 石段を上りきった私は息を切らしながら辺りを見渡す。

 境内、本殿、縁の下、狛犬の陰。隠れられそうな場所はない。


 なら、逃げ道だ。


 この山は、頂上の神社と石段以外は整備されていない。

 多少は手入れされているようだけど、

 それでも自然のままなのだ。

 雪解け水をたっぷり吸った土が一面に広がっている。


 それは果たして幸か不幸か。


 怪我を覚悟で滑り降りる。ユージは必ず追ってくる。

 そこで上手く足を滑らせてくれれば……

 いやでも、回り込まれたらどうするの?

 相手は上り、私は下り。勢いに任せて突っ込むか……


「どうしよう……」


 隠れたとしても、見付かってしまえばアウト。

 逃げたとしても、捕まってしまえばアウト。

 でも、ここで立ち止まるのが一番アウトだ。


「よし、行こう──」


 その瞬間、誰かが私の背を押した。


「あがっ!」


 本殿の柱に叩き付けられて、

 私はそのまま体を押さえ付けられた。

 痛みを堪えて相手を見据えると、そこにいたのはユージ。

 ハルを振り切って追いかけてきたようだ。


 肝心のハルはと言うと、

 羽交い締めにされた状態で石段を上ってきた。

 そして、彼女を拘束していたのはシゲミンだった。

 どうやら、彼もこの場に来ていたらしい。


 それよりも、どうしてシゲミンがハルを羽交い締めに?

 ハルとともにユージに脅されているんじゃなかったの?

 いや、脅されているからこそ、従わざるを得ないのか。


 いまだ、私の脳は思考を放棄しない。

 焦れば焦るほど、冷静に高速に頭が回る。

 現状、助けは期待できない。

 大声を上げて助けを求めるか。


 いや、やめておこう。


 この時間なら起きている人もいるだろうけど、

 この場に駆け付けてくるまでに時間がかかる。


 それなら、今のこの状況とは

 全く関係のない第三者が来てくれれば、

 万事解決するかもしれない……って、

 この神社に参拝客なんて来ないことは

 私が一番よく知っているじゃないか。



 私……死ぬのかな。ここで殺されるのかな……。



 くぐもった叫び声が聞こえてくる。

 ハルだ。

 手で口を押さえられているのに、

 私を助けるために叫んでくれている。

 鬼気迫る表情で、涙もだだ漏れで、それなのに私は──



「うあああああ!」



 私は無我夢中で足を動かした。

 背後を攻撃する馬のように

 ユージに向かって蹴りをお見舞いする。


 脛でも股間でもいい。とにかく急所に当たってくれ。

 そう願って動かした足は、見事にユージの脛を捉えた。



 けれど、

 いくつかの事実が悪い方向に噛み合ってしまったことを、

 私は身をもって思い知ることになる。



 馬でもなければ、スポーツをやっているわけでもない。

 加えて、がむしゃらで出鱈目な慌てた動き。

 そんな私の後ろ蹴りが満足に通用するはずもなく、

 ただ相手の怒りを買うだけに終わってしまった。



「かはっ──」



 私の反撃に対する激昂をひしひしと感じる。

 ユージの指が容赦なく首に食い込み、

 呼吸と血流を塞き止める。


 迫り来る死の感覚を、私は必死に遠ざけようとした。

 ユージの手を引っ掻き、腕を殴り、足をばたつかせた。



 ここで死んだら、ハルを助けられない!



 頭がそう理解していても、体が動かない。動かせない。

 物凄い力で首を絞められ、はち切れそうな圧迫感が

 脳いっぱいに広がり、視界が霞んでいく。


「滝川ぁ、よーく見とけよ。この女は、お前のせいで死ぬ。

 お前が馬鹿みたいなことを考えたからだ。

 お前が殺したも同然だ」


 一際大きく、ハルの叫び声が聞こえた。

 とてもとても酷いことを、この男に聞かされている。

 それを耳にした私の意識は、最後の最後に覚醒した。


「あ? なんだよ、その目。 死にかけのくせによぉ!

 さっさと死んじまえ!」



 ギリリ。ミチッ、ゴキッ。



 視界が暗転する刹那、

 私の耳が妙に小気味好い音を拾った。


 闇に溶けていきながら、私は願った。

 絶え絶えになった意識を振り絞って。



 誰か、ハルのことを助けて──

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