一 ジュンと先生 ─二〇一九年 五月三日─ 一
朝起きた時に味わったショックで、俺は走馬灯を見た。
中学生になった俺は、
親友のレンと共に学習塾に通い始めた。
三年後の高校受験に向けて、
お互いに切磋琢磨し合えればと思っていた。
だが、実際はレンがどんどん先を行き、
俺は一方的に差を開かれる始末。
状況が変わらないまま三年生になり、
ますます危機感と焦燥感に駆られる俺。
見かねた塾長は、そんな俺に家庭教師を紹介してくれた。
その人は、
俺達と同じようにその塾に通っていた一人だった。
半年間だけ塾長のもとで働いていたこともあるそうだが、
平日の昼間に出勤して不登校児に勉強を教えていたため、
俺はその人に会ったことがなかった。
今となっては、本名を思い出すことはできない。
俺も親も、みゆ先生と呼んでいたから。
けど、思い出せないのは本名だけだ。
それ以外のことは全部覚えている。
勉強を教わったのはたった一年だが、
その一年は、今もなお俺の脳に色濃く刻まれている。
理解できるまで丁寧に丁寧に勉強を教えてくれたこと。
底抜けに優しくて明るい人だったこと。
可愛らしい笑顔を絶やさなかったこと。
耳に優しい声をしていたこと。
近付く度に、良い匂いがしたこと。
俺が、先生に本気で恋をしていたということ。
全部覚えている。
事あるごとに、「頑張れ」とエールを送ってくれたことも、
合格祈願のお守りを買ってくれたことも。
そのお守りを、一生大事にしようと思ったことも。
何一つ、忘れちゃいない。
先生がくれたお守りは、ずっと俺の心を支えてくれていた。
高校に進学し、そこで出会った新たな恋に挫けた時も、
大学受験の勉強に苦しんだ時も、ずっと俺の側にあった。
そのお守りが、
俺のリュックサックから忽然と姿を消していた。