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独短編

夜のいたみ

作者:




 夜のいけないのは、いたみのないところ。


 目をつむる。

 細く閉じてゆく視界に最後まで居座る光が、まるで雑巾でも絞るみたいに、私の目から奪っていく。


 何をって、それは、例えば微睡みの予感とでも言えばいい。

 きつく絞られた瞳は、まぶたの内でひび割れたような悲鳴をあげる。眼球が枯れて、表面の凹凸がくっきりと浮びあがってくる。そんな錯覚に陥る。


 スクリーンの上を滑る指が押さえつけるのは、退屈だろうか。見えない真綿に覆われた体をよじる。前触れもなくあふれ出した涙を、シワのついた枕カバーで拭う。

 もう寝なきゃ。

 ベッドボードにスマホを放っても、まぶたの裏で這い回る青白い影が私を寝かせてくれない。その影はお化けみたいに、一方で沸き起こり、また一方で消えてしまう。閉じた視界いっぱいをメリーゴーランドみたいにうめつくしていく。

 夜が楽しいのなんて幻想だ。

 寝返りをうって、目を強くつむる。

 月の見下ろす静寂も、歓楽に回る街も、けしてここだけのものではない。ほんの少しだけ目を閉じて。それで、明日の朝になっていればいい。

 …………。

 …………。

 …………。

 いけない。

 スマホに伸びた手を引っ込めて、また寝返りをうつ。

 いっそのこと壊してしまえたら。支払いの残るスマホは暗闇の中でも確かにそこにいた。手に取る私をくつくつと笑う。そうと悟られないように、ささやかに。

 負けるものか。今度は少し乱暴に、遠くまで放る。


 がつん。

 がつんと、誰か一発、殴ってくれたらいい。


 けれど夜にそんなものはない。

 徐々に肌を刺す日差しや、ギロチンのように迫ってくる時計の針はない。上司からの小うるさい電話や、小学生の喧噪も。あるのは精々、降り積もってゆく例の予感。私たちをほんの一瞬世界から遠ざける、まやかしの仮想敵。

 乾ききった頭がじんじんと耳を焦す。

 いつの間にか止めていた息を思い切り吸うけれど、閉め切られた澱の空気に私は満たされない。かえって息苦しさを感じて、再三再度の寝返りをうつ。

 ──温い熱を帯びた敷き布団と、じっとりと寝汗で蒸れた掛け布団。きっとこの世で一番いやな取り合わせに違いない。汗が伝う。ぶるぶる震えながら足の産毛をなぞって、気味の悪い虫みたいに瞬間消え失せる。

 太ももの辺りにまとわり付く寝間着がさらに最悪。

 …………。

 スマホに伸びた手に、怒るよりも先に呆れた。淀んだ溜息が、部屋をさらに濁らせていく。


 夜のいたみを、切に願う。




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