ライダーH*1号2号
バレンタインの次の日、つまり今日…僕は学校を休んだ。
理由は昨日殴られた傷が疼くから、なんてわけない。まぁ押さえれば多少は痛いが別段日常生活に問題はない。
実は昨日の夜、二宮先輩から電話があったのだ。電話の内容は希望の大学に受かったということと、今日引っ越しをするから手伝って欲しいということだった。「昨日の今日ですよ?」と驚いたが、どうやら前々から家の仮契約だけしておいて荷物だけを入れるということらしい。
僕としては武道を教えてもらっているし、なんだかんだで彼のことが好きだから、引っ越しがあるのならば手伝おうと密かに思っていた、だから願ってもない誘いだった。横にいた詩織も行きたいといったのだけど「1学期の欠席が響いてA組に島流しされるかもよ?」と脅したら放課後に迎えにきて欲しいとのことだった。皆で引っ越しそばを食べたいらしい。
で、今何処で何をしているかと言うと、H大学の目と鼻の先にあるマンションの一室で二宮先輩と一緒に荷物をほどいている最中だ。
「先輩、服はこのまま掛けておいていいんですか?」
「悪ぃ。左端に寄せておいてくれると助かる」
真新しい匂いのするクローゼットの中に頭を突っ込んで、言われた通り春のコートやジャケットを並べていく。引っ掛ける度、タバコと香水の混じった香りが鼻腔をくすぐる。きっとこの香りを嗅ぐことも、あまりなくなるのだろうと思うと少し寂しさを感じた。
それにしても…さっきからチョイチョイ目に入って気になって仕方がないものがある、ジッポだ。集めているのか、それとも自然に集まったのか、どちらかは聞かないと分からないが、すでに並べ終わった部屋の片隅には驚く程の数がある。未成年だというのに喫煙している彼は、もしかしてジッポが好きだから吸っているのかも知れない。
「まぁこれくらいでいいだろ?」
「はい」
立ち上がって見渡せば今はまだ生活感のない部屋。何か足りないなと思っていたら、そうか、カーテンがないんだ。そのうち買いに行くのだろうけど、何色にするのだろう? イメージでは濃紺がいいななんて思っている。まぁ、きっとこの先見ることは滅多にないのだろうけど…。
「詩織はいつ頃くるんだ?」
「メールしてみます」
何時ぐらいに終わるかという内容のメールを送信して二人でジュースを飲みながら寛いでいると、メールの着信音が鳴った。
(16時半に学校に来て、正門前。迎えはバイクがいい)
と書かれてあった。
ちょっと顔をしかめた。二宮先輩の家は駅からそんなに遠くない。だから別に電車でもいいはずだ。
(歩いて行くよ)
(ずる休みだってバレちゃうわよ?)
言われてみれば僕は風邪でのお休みにしておいたのだ。確かに、歩いて学校に行くのは不味い気がする。でも、バイクに乗っていくのはもっと不味い、だって大正学園の校則ではバイクに乗ってはいけないのだ。それにお兄さんの物をそんなにホイホイ使う訳にもいかない。勝手に使われていい気はしないだろう。
(お兄さんに悪いから、駅前にいるよ)
(あれ、私を乗せる為に買ったのよ。だからいいの。それに)
そこで文章が切れてしまったいる。もしかしたら授業中だったので慌てて返信してきたのかも知れない。
-----それに…、その後が気になる。
まぁいいか、迎えに行った時に聞けば事足りることだ。
時計の針を見れば、15時半。一度家に戻ってバイクに乗るのだったら、まだ大丈夫かな?
「バイクで迎えに行くなら、服も気をつけろよ」
「え?」
「バレちゃ不味いだろ? 今着てるのなんて一発でアウトだ。すぐにユーヤだって分かるぜ?」
部屋の隅に掛けてあるコートを見た。確かに、モッズの青なんてなかなか売ってない上、僕はある意味あの学校では目立った存在だ。しかも待ち合わせは下校時間の校門前、いつ誰が見ているか分からないのだから警戒するに超したことはない
-----今年一回も使ってないコートなんてあったかな?
ボーッとクローゼットの中を思い出す。去年着ていたPコートが浮かんできた。そう、去年学校に着て行っていた物だ。正直アレにはいい思い出なんてないが、この際仕方ないだろう。逆に捨ててなかった自分をある意味感心しながら立ち上がった。
「ちょっと早いですけど、行きます」
「あ、じゃあソバ買うついでに飲み物もよろしくな」
頷いて部屋を後にした。
場所は大正学園正門前。もうすぐ帰りの会の終了を示す鐘が鳴る16時半になる。
-----メットは外さない方がいいよね。
なんだか仮面のライダーになった気分だ。正体は知られてはいけないなんて、小さい頃夢見てた正義の味方みたいじゃないか。ま、末長程憧れてはいないけど。
とりあえず校門の横にバイクを置いて壁に背を当て詩織が来るのを待つ。校舎と校舎の間を吹き抜けていく見えない風を横目に見つめているとチャイムが鳴り、だんだん騒がしくなってきた。生徒達が下校を始めたのだろう。
なんだかずる休みをしているのに学校に来ているという背徳感が堪らない。あと、皆が頑張って授業を受けていたのにその間、特に頭を働かせることなく二宮先輩と談笑しながら1日を過ごしていたので、ちょっとした優越感も感じてしまう。まぁきっとずる休みをするのはこれで最初で最後だろうが。
前を赤い制服の女の子達が通り過ぎていく。
-----可愛い。
前々から思ってはいたが、大正学園の女の子はみんなレベルが高いと思う。うちのクラスの2大美女は詩織と委員長だけど神無月さんだってメチャメチャ可愛いし、文化祭でお化け屋敷に誘ってくれた子達だって愛くるしかった。…なんだかこんなこと考えてるとタラシみたいだ。言っておくけど僕はそんなつもりはないし、末長ほど女の子に執着している訳ではない。ただ単に、可愛い&癒しを求めているだけであって…もういい、言い訳は見苦しいからやめておこう。
腕を組んで女の子達を見守る。
「誰か待ってるのかな」
「不審者じゃないよね?」
-----通報されたりしない、よね?
米神辺りに嫌な汗が出てきた。拭えないのがもどかしいが、仕方ない。
-----よし、見ないようにしよう。
そう、僕が明らかに女の子を観察しているから変な人だと思われるのだ。残念だが顔を見るのは諦めて靴ばかり眺めた。何個目の靴を眺めただろう? またしても明らかに僕の方を指し示しているであろう会話が聞こえてきた。
「あのバイク、ウマハの400じゃね?」
「おお、カッコいい。あぁ、あれって背が高くないと似合わないんだよな」
「いいよな、背が高い人は」
なんだか褒められた気分だ。でもこれ、僕が僕じゃないから言われてるのだ。今ここでメットを脱いだら「伝説の男の弟だ!!」ってそれだけが話の種になってしまう。虎の威を借る狐と言うか…でも借りてるつもりはないから、虎の威を皆に借りさせられた狐というのだろうか。うう、なんて可哀想な言葉。なんて可哀想な僕。
「……」
-----まだかな?
数歩歩いて校庭を覗き込む。一年生ばっかりだ。しかも変な目で見られた…。
…妖しくないよ?
頭を引っ込めようとした時、
「こらー、お前か不審者は!?」
叫ばれギョッとした。
体育教師の暴れ馬ことジュゴンが何やら竹刀を振り回しながら校門の方に向かってくるではないか。驚いて周りを見渡すが、生徒以外にいるのは僕しかいない。
「お前だ、お前!! しらばっくれるな!!」
-----嘘だろ!?
慌てふためいた。ここで逃げたら僕は明らかに変質者、でも逃げなきゃバイクに乗っていたこととずる休みがバレてしまう。
あああ、来ないで!! 普段から素行も態度もいい、気の小さい男選手権で1、2位を争える2-Bの山田裕也です。ほら、毎回先生の言うコト聞いてちゃんとレポートも期限より早く出してるし、頼まれれば嫌な顔一つせず全部コナすし、先生だって「山田は珍しくいい子だな」なんて褒めてたじゃないですか!?
固まったまま頭の中をグルグル言い訳(?)が廻っていると、ジュゴンの後ろの方に詩織が委員長と神無月さんと末長と坂東と一緒に歩いてくるのが見えた。ナイスタイミングだ、彼女が僕に気づいて彼を止めてくれれば僕は何も罪を被らない。
-----詩織ー!!
心の中で叫ぶが話すのに夢中になってて全く気がつきそうにない。でもここで声を出すと僕だとバレる訳で…絶体絶命のピンチだ。
「オラー、うちの生徒に手は出させーん!!」
ドスドスと音を立てながら巨体が走ってくる。
-----あわわ。
詩織を見るがまだ気づかない。
顔を引っ込めた。
「ごらぁ、逃げるな変質者、どこのどいつだ!?」
-----ここの学校の生徒です!!
僕をポカンと口を開けて見ている生徒を押しのけ、バイクに股がって思いっきり鍵を回す。ここで走り去ったら詩織を乗せられない。せめて気づいてくれれば…。そうだ!!
グリップを握って思いっきり噴かした。このエンジン音に気づいてくれれば!!
が、校門を飛び出してきたのはお肉揺れるジュゴン。
-----もぉおおおおお!!!
ジュゴンが走ってきたということは、まだ詩織は校庭内にいる可能性が高い。変質者扱いされるのもイヤ、捕まるのが嫌なら…。
クラッチを握りながらバイクを操る。
驚いて道をあける生徒とジュゴンを避け、校門の真ん中を突っ切った。と、ようやく僕に気づいた様子の彼女。「あ」なんて言って口元に手を当てている。まさか忘れていたなんて言うんじゃないだろうね!?
詩織の前に付けるよう、ハンドルを切りながらブレーキをかけた。
「きゃあ」
委員長と神無月さんが叫ぶと同時に土ぼこりを上げながら、車体がスピンし詩織の脚の前で止まった。
ボロを出される前に親指を立て、後ろを指して降りた。慌てた様子でシートの下からフルフェイスのメットを取り出す詩織。
はぁとため息をつきつつ、ゆっくり車体を跨いだ。
「虹村!!」
僕を追いかけてきたジュゴンが息を切らして、詩織の名字を呼んだ。
「ソイツは…お前の知り合いか!?」
「あ、あの、そうです」
ジトを彼女を睨んだ。頼むから適当に誤摩化して欲しい。
「えっと、そう…兄です!」
「兄!?」
ビックリしたように僕を見下ろす先生。もうこの際、兄でも爺でも釜でも何でもいい、早くこの場を立ち去りたい(変質者は嫌だけど)。ペコっと会釈して顔を見られないようそっぽを向いた。
「じゃ、じゃあ先生さよなら」
「待て。お前兄弟いないなんて言ってなかったか!?」
「え?」
明らかに不味いという表情をした彼女を見て、項垂れた。
-----そんな嘘つくから…。
確かに詩織は前にそんなことを言っていた気がする。多分、伝説の男KENの弟(本当は妹であること)が自分であるとバレたくなかったのだろう。気持ちは分かるが、こんなとこでヘマになるなんて。まぁ考えてみなかっただろうけど。
「えっと、帰ります!!」
ペコっと礼をしてメットを被り、僕の後ろに乗ってきた。腕を回されるのを確認した瞬間、まだ何か喚いているジュゴンに車体の尻を振りながら校門を飛び出した。
次の日の朝、机で突っ伏していると末長と神無月さんがニヤニヤしながら近づいてきた。
怪訝に思いながらもカップルの男の方と目を合わせる。
「よう、ライダーH」
「は?」
「昨日のバイク、山田くんだろ?」
「背格好ですぐ分かったよ。ちなみにライダーHは変質者のHだから、山田っち」
神無月さんにもSっ気が移ってしまったのだろうか?
思わず閉口してしまう。言いたいことは分かってる、何が条件だ?
「昨日聞こうと思ってたんだけど…来ないからさぁ。なぁ?」
「そうよ。言いなさい!」
嫌な予感がする。昨日来なくて、聞けなかったことなんて…。
後ずさった。
「一昨日のムードは!? チョコは何!? お返しは何にするの!? チュウはしたんでしょ!?」
「言え、余すことなく全部言え!!」
「そーよライダーH。ジュゴンには内緒にしておいてあげるから、言ってよライダーH」
「と、特に何もないよ。義理チョコ貰っただけなんだから」
「嘘おっしゃいライダーH」
「そうだ、他にも何かしただろライダーH」
「ほ、本当だって」
「またまたライダーHぃ…」
「詩織に聞いてみてよ!」
「逃げないの。詩織っちはライダーHに聞いてって何も言ってくれないんだから」
この日、僕は一日中ライダーHと呼ばれ続け、事情を知らない皆から変な目で見られた。
もう、こういう面倒なことを僕に押し付けたりしないで、Sカップル怪人をどうにかしてよ!!
お願いだから助けて、ライダーH2号!!