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ダウト!!

 まだ熱を全く帯びていない上靴に履き替え、階段を上る。いつもなら登校してくる生徒達でごった返す階段も、朝の早い時間だからかほとんど人の気配を感じることは出来ない。2階にある職員室に寄って担任の草原先生から日誌を受け取り、誰もいないとわかっていながらも、挨拶をしながらドアを開けた。やはりというか、まだ誰も登校してきていないようで返事の代わりに、シンと静まり返った教室が僕を出迎えた。

 日誌と鞄の教卓の上に置き、自分の名字を書く。


「あ、不登校さんの名前は…と」


 ペラペラと日誌をめくり、最後の方に書いてあるというクラス名簿を探した。


「おー速いな」


 見知った声がするので入り口を見ると、そこには末長がいた。

 挨拶を交わすと彼は「昨日はありがとな」と付け加えてきた。思わず顔が赤くなる。そりゃそうだ、昨日のグラビアアイドルのDVDは末長が興奮して鼻血を出す程凄かったのだ。

 グラビアアイドルってすごいなと思った瞬間だった。

 彼が鞄を降ろすのを見ていたら、当初の目的を思い出した。


「ねぇ名簿ってどこ?」

「どうした」

「日直の名前書こうと思ったけど名前分かんなくてさ」

「あー隣の子ね、にじむら。七色の虹に村人Aの村」

「虹…村…ね」


 チョークで自分の名前の隣に文字を書いていく。それが終わると教えてもらった通りクラスで飼っているメダカの餌やり、教卓の雑巾がけ等をこなしていく。

 そういえば、花壇の水やりって別に今しても良いんじゃないかな? そう思い立ち時計を見れば、まだ朝礼には30分程時間があった。


「花の水やりに行ってくる」

「んっ、じゃあ僕も行ってあげるよ。坂東もまだだし、ヒマだしね」


 末長は読んでいた雑誌を閉じ、一緒に教室を出てくれた。校庭の端に置いてある如雨露(じょうろ)に水を汲んで、クラスの花壇にいっぱいの雨を降らせてやる。乾いた土にどんどんと水が染み込んでいき、予備に用意してあったバケツの水まで使ってしまった。


「自分で持っていくよ、手伝ってもらってばっかりで悪いし。ちょっと待ってて」


 バケツと如雨露(じょうろ)を両手に持って手洗い場に置きにいく。

 所定の場所に二つを置き、振り返ると茶髪の男が少し遠いところに立っていた。彼は僕に気がつくとニヤッと笑って近づいてくる。嫌な笑顔するなぁ。


「なぁ頼みがあるんだけど、これ職員室まで持っていってくんね?」

「いいですよ、何先生ですか?」

「あ、ああ。伊藤先生っつーんだけど」

「わかりました、じゃあ届けておきますね」


 ああいう輩は逆らわないで、用件だけ聞いて言う通りするのが一番だ。経験上、習得した逃げコマンドで、拍子抜けしたような顔をして突っ立っている男を残して、そそくさと末永の元に走る。逃げるが勝ちってやつだ。


「大丈夫だったか、あいつ多分A組の奴だよ」

「やられる前に逃げろ! ってね。変なこと言われる前に用件聞いて逃げてきたから大丈夫」

「山田くんってそういうことも出来るんだ」


 僕は末長に向かって微笑んだ。実はまだ、1年生の頃イジメられていたことを末長や坂東には話していない。イジメられっ子というイメージを持たれるのも嫌だったし、そんなことを打ち明ける勇気がなかった。だから、今の状況のように不良に絡まれないようにするのも、回避し慣れているなんてことも口には出せなかった。

 頼まれた届け物を伊藤先生に渡し、教室の階へ戻ると何やら教室の前が騒がしい。僕と末長は人ごみの前にいた坂東を見つけて、何事かと彼の元へと進んでいった。


「虹村さんが来たかと思ったらですね、五十嵐(いがらし)番長がまーた、口説いてるんですよ」

「番長!?」

「ああ、五十嵐さんってのはA組で一番強いって噂の人。あんまりにも強くて昔かたぎだから、五十嵐番長」

「へぇー五十嵐番長」


 如何にも強そうな名前だな、山田ってありふれた名前とは全然違う。すでに名前で負けてしまっていることにも悔しさや羨ましさは全く感じない。それよりも五十嵐番長という人の顔の方が気になった。


「どんな顔してんの? やっぱ強そうなのかな?」

「教室からなら見えるんじゃない? 入ろっか。虹村さんも見たいし」


 人をかき分けて教室に入り、廊下側の窓からこっそり頭を覗かせた。そこには背もガタイもいい男と…

 --------ん!? 詩織?


「ほら、あのデカイのが五十嵐番長。相変わらず縦も横もガッチリしてるな」

「あーー、そうだね」


 せっかく教えてもらって悪いが、僕の耳はすでに右から左へと言葉を逃がしていった。

 なんで彼女がこんなとこに??


「何度も言ってるじゃない、私はあんたなんかと付き合う気はないって」

「またまた照れちゃって、ギャラリーが多いのが恥ずかしいんだな、ホレみんな散った散った」

「だーかーら!!」

「彼氏がいるってガセネタにはもう騙されないから」

「だーかーらぁ!!」

「俺よりケンカの強い奴はこの学校にはいない。まだお前にはケンカで勝ってないけど、可能性があるとすればこの俺だけだ。どっちにしろ付き合うんだったら早…」

「イーヤー!」


 僕以上に馬耳東風な相手に詩織はふるふると拳を振るわせて、ため息をつく素振りをする。

 と…、突然彼女と目が合った。

 ツカツカと音を立て近づいてくる。

 うう、嫌な予感MAX。


「言っとくけどねー、ユーヤの方があんたよりずっと凄いんだから!!」


 ガラリと廊下と教室の間の窓を開け、僕の腕を引っ張った。五十嵐番長がもの凄い勢いで目を丸くする。同時にみんなの目線が僕に集まる。

 -------ああー皆さん、そんなんじゃない。そんなんじゃないんだ!!


「詩織ー!! お前、自分より弱い奴とは付き合わないって言ったじゃないかぁああああ」

「付き合うなんて言ってない。そばにいてもいいって言ったのよ、このゴリラ!!」


 滝の様に涙を流しながら頭を抱える五十嵐番長。君より泣きたいのは僕だ。詩織さん、やめてーーー!! 

 しかし願いも虚しく、勢いづいて彼女は僕の腕を振り回す。


「分かりやすく説明してあげる。あんたがジャンケンのパーなら、私はチョキよ。で、唯一私に勝てるのはグーのユーヤよ! よって、そばにいていいのはこの人だけよ!! あんたじゃないんだから」

「嘘だー、そんなヒョロイのがー!!」


 さらに水量を増して流れ出る番長の涙。「ガッテム」と叫びながら、膝を着いて廊下をドンッドンッと両手で叩いている。

 -------れ、冷静になってくれ番長、みんなもそんな目で僕を見ないで!! そして詩織も落ち着いて!! なぜ 番長<詩織<僕 で僕が一番強い事になるんだ!? 僕がグーなら、パーの番長は勝てるだろ!? みんな気づいてくれ。あれ、じゃあ詩織は冷静なのか?

 心の中の突っ込みを誰かが分かってくれる訳もなく、事態はどんどん悪化していく。


「じゃ、じゃー君が伝説の男の弟だったのか!?」


 向かい側にいた男が僕に指を指し、目ん玉が飛び出るんじゃないかというくらい目を見開いて大声で叫んだ。

 -------今そんなことを言ったら…


「でも名字が違う…」

「馬鹿、伝説の男の両親は数年前に離婚してるから名前違うんだよ!」

「虹村さんが伝説の男と繋がってたのは、本当だったんだ」

「あいつなんて名前だ!?」

「山田裕也だってよ、転校生だ」

「虹村が学校着たのもアイツに言われてなんだ」

「え、虹村さんより山田くんって強いの?」


 周りにいた野次馬達の間で様々な憶測が飛び交う。途中途中で「違う!」と声を出したが喧噪の中に紛れてしまい、僕の声は誰にも届かなかった。ざわめきの中、みんなの見る目が、ただの話の中心人物から“伝説の男の弟”へと変わっていく。それは尊敬の目もあれば、恐怖の目、疑心の目など様々だが、すべて望んでいるものとは違うものだった。

 今まで両膝をついて男泣きをしていた五十嵐番長がむくり、と起き上がり、ゆらりゆらりと歩いてきた。白いシャツのシワを伸ばし、姿勢を正すと、ホームラン宣言のバッターのように僕を見据えて指差した。


「お前、山田裕也とか言ったな。伝説の男の弟だかなんだか知らねーが、詩織と付き合うのは俺だ。覚悟してろよ」


 か、覚悟なんてしたくないです。ってか勘違いしないで。うっすらと目に涙が浮かぶ。


「いくぞ、お前ら」


 野次馬達は彼らを避けるように道を開けた。手下の様な人達を連れて、階段の方に進んでいった。彼が見えなくなってすぐに朝礼の時間を知らせる鐘が鳴った。

 ぞろぞろと教室に入って行く生徒達。流れに乗って僕も席に着いたが、クラス中からの視線には逃れられず下を向いていた。

 ポンと肩を叩かれる。見上げると坂東と末永が僕の顔を覗き込んでいた。


「巻き込まれ人生ですね」

「まさか君が強いなんてわけないもんね」


 お前ら…、やっぱ友達っていいな。

 馬鹿にされた言い方なのに、全然嬉しかった。僕は一生君たちの事を心の友と呼ぶよ。固い握手を2人と交わし、目頭が熱くなる。


「あれー、ユーヤ隣が隣なんだ、だったら毎日学校来てもいいかも」


 ドカッと鞄を降ろしながら隣に座り、ふふと微笑む詩織。

 頭を軽く小突かれた。前の席に座りながら目を合わせて末長は囁いた。


「どういう知り合いなのか、あとでキッチリ教えてもらうからな」


 彼の顔には(美人とどういう関係なのか、教えろ! そして紹介しろ)と書かれてあった。



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