僕と彼女の関係
カーテンの隙間から、眩いばかりの光で目が覚めた。
今何時だろ?
天井を見つめながら腕を上げれば、いつもの場所に携帯がある。パカと開けて時計を見れば昼の11時。ため息をつきながら携帯をもとの場所に戻した。
「今何時だった?」
ビクリと体が跳ね上がる。
-------そ、そうだ。昨日女の子を泊めたんだっけ。
これだけ聞けば聞こえはいいのに、泊めた相手はA組不良少女。僕にとっては幸せでもなんでもない。
「昼の11時だよ、もしかしたら君の制服乾いてるかも」
早く帰ってもらう為、寝てる間に洗って干しておいたからね。
携帯の横にある眼鏡をかけながら、起き上がる。
「あれ? 眼鏡なんて昨日してたっけ?」
「僕は普段コンタクトだからってーーー。なんて格好してるんですか!?」
目を反らして抗議する。欠伸している彼女は黒のブラとパンツのみという格好だった。
昨日、僕のジャージを貸したのに、あれはどこいったの?
「ごめんごめん」
後ろで布の擦れる音を聞きながら上を向いて鼻を摘んだ。そう、情けないけど鼻血が出ないようにだよ。
「着ましたか?」
「着てない、布団に入っただけ」
「着てくださいよ」
布団から出るのは諦めて彼女とは反対方向を向いて横になった。
「ねぇ昨日のアレ、私が悪いんじゃないのよ? 私、平和主義者なんだから」
あれだけの人数を血祭りに上げた後、僕に棒を突きつけ、さらに脅して泊めさせた人物が何を言ってるんだよ。
そう口から割って出そうになる言葉を必死に飲み込む。刺激しませんように、早く帰ってもらえますように。必死で太陽に願う。
「本当だよ、聞いてくれる? 私ね、本当は普通の友達が欲しいんだ」
切ないような、儚いような声で話し始める彼女に、もちろん NO なんて言えるハズもなく。背を向けながらも大人しく耳を傾ける。
「小学生くらいの頃からかな。なんでか不良に絡まれるようになって、自己防衛の為にケンカばっかりしてたんだ。でもケンカすると今度はその上の悪い人を負けた奴らが連れてくるでしょ? それで今度はその人やっつけて、そしたらその上の人をまた負けた人が連れてきてーの繰り返しでね。そうするとさらに不良達が噂を聞きつけて私をやっつけようとする訳。わかる?」
頭を振って相づちをする。
「だからね、女の子達も私のこと怖がっちゃって逃げちゃうの。こないだはうまくいきかけたんだけどね、その、つい…キレちゃって。すぐキレるのも悪いって分かってるんだけど、どこで自分がキレるかもよくわかんないし。しかも一度キレたら寝るまで治らないし、その場にいる人全員誰でも殴っちゃうし。でも違うのー、違うのよ。私、普通の女の子になりたいんだから」
肩を持って揺らされる。視界が定まらないし、朝から何も食べていない状態でものすごい勢いで揺らされ、どんどん気分が悪くなる。
「わかっ、わかりましたから」
「私は、私は友達が欲しいんだからぁ」
うわ言のように同じ言葉を繰り返す。
さらに揺らすペースが激しくなり、パンクライブで頭を振っている人のように頭部がガクガクと揺れる。
目が回る、は、吐くー!!
「ぼ、ぼ、僕が友達になりますー」
「え?」
ピタリと前後運動が止まる。
気持ち悪さを押さえながら、彼女の方へ向き直した。
「友達になるよ。僕でよければ…だけど」
「……」
「あの、どうかした?」
急に僕の頭に激痛が走った。痛い、何だ? 上を向けば、彼女の握り拳があった。
文句を言ってやろうと思い彼女の顔を見れば、目が真っ赤になって潤んでいた。
「あ、あ、ありがとうー、うぅ」
「わ、泣かないでよ」
彼女の布団の下は下着だったことを思い出し、1枚ティッシュを手渡すだけに停める。
--------こんなことで泣くなんて本当は悪い子じゃないのかも。
「苦節5年、ようやく私にも友達が」
さっきまで泣いてたのに。
天井に向かって何やら変なジェスチャーをしている。変わってるなー。
「そういえば友達1号くん!!」
「…山田です。山田裕也」
「聞く前に言うなんて鋭いね。山田裕也かぁ、ユーヤって呼んでいい?」
「はい」
「私のことは詩織って呼んで」
「えっと、詩織さん」
指が目に突き刺さるんじゃないかと思った。眼鏡をしてるから本当はそんな心配いらないんだろうけど、あまりのスピードで指を目の前に突き立てられて思わず息を飲む。
「詩織でいーの」
「いや、僕の歳が詩織さんより下だったらマズいかと。僕は17歳なんですけど」
「だったら大丈夫、私も17だもん」
同い年!? 驚いた声を思わず出してしまう。なんていうか、この子って年上のオーラがあったんだけどな。ま、美人は年上に見えるっていうから、それなのかな。
「何? 老けて見えるってこと?」
笑いながら怒ってみせる彼女の顔は本当に綺麗だ。昨日の夜はあんなに怖かったことなんて、吹き飛んでしまいそうになる。
「いや、老けてるなんて。君があんまりにも美人だからね? ケンカも強いし」
「あぁん?」
今の今まで美しい笑顔だった顔は消え、眉間にシワを寄せて胸ぐらを掴んできた。
------えええ!? キレたの!?
何がなんだか分からない。僕が気に障るようなこと言った?
全く見に覚えがないのに、彼女は「ふざけんなよ」と低い声で僕のズレた眼鏡を剥ぎ取った。彼女の指と爪が顔に当たって、僕のこめかみの部分に小さいが鋭い痛みを与えた。
「はっ、ごめ…キレちゃったみたい…」
さっきまでの声色に戻ったことに、ホッとする。
彼女はすぐさま取り上げた眼鏡を僕に差し出して、何度も謝り始める。
なるほど、どこでキレるか分からないって言ってたけど本当にわからないや。こりゃ女の子達が逃げる訳だね。妙に納得しながら眼鏡を受け取った。
「そんなに謝らないでよ。僕は大丈夫だから」
「…うん」
落ち込んで肩を落とす彼女。
イジメられていた僕は、友達がいないという彼女に同情と仲間意識に似た感覚を覚えてしまった。
「僕が、詩織のキレる原因を突き止めてキレないようにしてみせるよ」
「本当?」
詩織の顔が、ぱぁっと明るくなる。喜びながら眼鏡を顔に押し込んできた。眼鏡の先端が目に突き刺さった。
「…友達だからね」
早く他に友達を見つけてもらわないと、僕の体が持ちそうにない。
右目がボヤけてよく見えないが、心の声はそうハッキリ断言した。
プロローグ3〜彼女との出会い〜において、彼女の特徴を書き忘れていました。気になる方は、お手数ですが、もう一度ご覧ください。