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プロローグ3〜彼女との出会い〜

「やー、遅くなってしまったね」

「末長がいつまでも女の子ばかり追いかけて日直の仕事を後回しにするからだよ」

「ははは。こればっかりは譲れないね」

「なんだよ、付き合わせといて」


 軽く睨んでやる。

 しかし全然気にしない様子で、末長は携帯をいじくり始めた。


「今ねー、ネットで頼んでおいたグラビアのお宝ビデオが届いたみたい」

「へぇ」

「なぁ」

「何」

「一生のお願いだ!!」


 急に目の前に飛び出して合唱する。

 なんだか嫌な予感。


「お前ん家で見させてくれ」

「なんでだよ、自分の家で見てよ」

「わかるだろ、男なら。家じゃちょっとヤバい内容なんだって。お前、一人暮らしだからいいじゃん」

「でもなーどうせ携帯の待ち受け動画と一緒で『俺のなんとかチャンだから他人の目には触れさせない』とか言うし」

「言うかも知れないけど」

「ほらやっぱり」


 予想通りの反応に心の中でニヤリと笑う。

 それでも一生のお願いと言ってペコペコ頭を下げてくる。

 --------可哀想になってきたな。こんなにお願いしてるんだし。


「そんなに言うならいいよ」

「本当!?」

「ただし、急に来てもらっても困るからね。前の日までには絶対言ってよ」

「じゃあ明後日の日曜に行ってもいい?」

「早速じゃないか」


 笑いながら、彼の願いを了承する。

 笑顔で手を振ってくる彼を見ながら、それぞれの道に分かれた。


「わ、もうこんな時間。どうりで暗いわけだ」

 時計を見れば、時刻はすでに9時を過ぎていた。

 ------そういえば、一人暮らしを始めてこんなに夜遅く出歩いたのは始めてだな。

 トボトボと歩きながら、ふと思う。

 付いたり消えたりする電灯。その周りを飛び回る虫。コンビニの前を通ると明る過ぎて逆に見にくい視界。疲れた様子で帰っていくスーツ姿のサラリーマンやOLたち。毎日通っている道なのに、太陽がないというだけでこんなにも世界が変わって見えるものなのだろうか?

 ちょっとした感動を覚えながら、いつもの曲がり角を右へ曲がった。


「うわ…」


 曲がった先には、鼻血や頭から血を流している人達が倒れたり、壁に背を付いて横たわっていた。

 ------何これ、ケンカ?

 ゾクリと体の心から震えが全身を襲う。

 怖くて逃げたくなったけど、目の前で倒れている人を見捨てるなんて僕にはできない。携帯を取ろうとポケットに震える手を突っ込んだ。

 コツン。

 何か固い物が頭に当たった。


「動くな。何出そうとしてる」


 後ろから強い口調で命令される。ポケットに入れたままの状態で体がビクリと揺れた。


「そのままでこっちを向け。何かしようとしたら容赦なく殴る!!」


 怖くなって、目をつぶったままゆっくりと振り向く。

 動き終わって目を開けると------そこには見たこともないような綺麗な女の子が立っていた。

 月明かりに照らされているだけなのに天使の輪が出来る、長くて美しい黒髪。真っ赤なプリーツのスカートが微かな風に揺れている。手には真っ黒な何か細い棒のような物をもっていて、それを持つ手は抜けるように白い。泣き黒子の上にある吸い込まれそうな瞳には、青ざめた僕の顔がくっきりと浮かんでいる。


「動くなよ」


 僕の首に黒い棒を突きつけながら、彼女は制服越しに腕を掴む。

 ゆっくりと引っ張りだされる手とその手に収まる携帯。


「なんだ携帯か。悪かったわね」


 空を切る音とともに首から棒が離され、僕は安堵のため息をついた。しかし彼女は対照的に顔色を変えず、さらに掴んでいた腕を引き上げてきた。


「貸せ、私が電話する」


 言われるまま、白い手に携帯を置いた。

 彼女が携帯ごと僕の手を握る。


「「!?」」


 思わず手を引っ込めた。

 --------びびび、びっくりしたー。急に握ってくるから。


「ゴメン!」

 急に声のトーンが変わったのに驚いて、彼女の顔を見た。

 さっきまでは親の敵にでも会ったかのような鋭い感じだったのに、今はなんだかオロオロしているように見える。


「おい!! こっちにいたぞ!!」


 振り向くと、ぞろぞろと出てくる赤や金、茶色の頭をした人相の悪い方々。

 --------捕まったら殺される!!

 直感、野生の感、第6感、危険を知らせるあらゆるモノが警笛を鳴らす。


「ボケッとしてないで早く逃げる!」


 呆然と突っ立っていた僕の手を握って、彼女は踵を翻した。釣られた魚のように、体が引っ張られる方向へ走り出す。

 前を見れば揺れる長い髪に、細くて柔らかい手。少しだけ香ってくるシャンプーの香り。後ろを見れば揺れる角材に、ごつくて怖そうな人相の男達。「待ちやがれ」とか罵声に怒号。この状況は天国か、地獄か。僕は確実に後者だと思う。


 どのくらい走っただろうか。掴まれていない片手で見にくくなった視界を拭えば、見たことのある建物。

 振り向けばまだ誰も前の角を曲がってきていないようだ。


「そこ曲がって」


 半ば強引に腕を引っ張って見覚えのある敷地内に入り、ポケットの中から鍵を取り出す。

 早く、早く。

 素早く鍵を開け、押し込むように彼女をドアの中に入れた。息つく暇もなくドアの鍵とチェーンを掛け、ドアに耳を付けて様子を外の様子を伺う。遠くの方で「何処に行った?」「探せ」「向こうだ」と、足音と共に声が小さくなっていくのが聞こえた。

 -------はぁ、よかった。行ったみたい。

 力が抜けてズルズルと座り込んだ。


「はぁー。って、足!?」


 忘れてた。そういえば女の子が!!

 上を向けば暗闇の中にぼんやり顔らしきものが見える。


「電気付けていい?」

「あ、うん。お願いします」


 揺れるスカートをなるべく見ないようにしながら、スイッチの場所を教える。

 眩しい。目が慣れないのか、手をかざす。


「ありがとう」

「え?」

「かくまってくれたんでしょ? 家に」


 -------逃げるのに必死で何にも考えてなかった!! うわー、早まっちゃったな、家を教えるような事態になるなんて。なんとかして早く帰ってもらわなきゃ。

 目の前の彼女に一切触れないようにゆっくりと立ち上がる。

 ん?

 さっきまでは暗くてよく見えなかったが、よーく見るとこの制服…うちの学校の…。しかも真っ白なはずのセーラーのお腹周りがなんだか赤黒い。

 あれ? あそこでこの子に絡まれたのが原因で。しかも追いかけてた人達は僕たちを追いかけてきたような。ってことは、この子があの屍(?)の集団を作り出したってこと? だから…


「この血? 大丈夫だよ、私のじゃないから」


 --------やっぱり!?

 自分の血の気が引いて行くのが分かる。

 大変な人を招き入れてしまった!! どうしよ、A組の人だよ絶対。


「へぇー結構綺麗にしてるんだね」


 僕が白目剥いて半ば放心状態になっている時に、彼女は血の付いた制服のままテーブルの前に座っていた。


「ちょ」


 いや待て、待つんだ僕。

 女の子とはいえA組の人間だ。逆らったりなんてしたら僕は、僕は…殺されてしまうかも知れない!!

 高校1年生の頃並みに体が震え始める。帰ってくれなんて言えない。でも、言わなきゃ不良の溜まり場にされて、いつの間にかシンナーの缶だとかタバコだとか、どっかのOBが買ってに入ってきたりされたりなりさえーー。

 パニック状態の頭で、彼女の座る部屋へ覚束ない足取りで行く。

 とりあえず刺激しないように、それだけを気をつけよう。


「大丈夫? 顔がまだ青いみたいだけど」

「し、心配はいらないよ」


 テーブルの上に出される携帯をボーっと眺めていると、彼女は顔を覗き込んできた。

 --------さっきも思ったけど、この子凄い美人。

 思わず見とれてしまう。 


「ねぇ私のこと怖い?」

「そ、そんなこと」


 首と手を千切れるかと思うくらい横に振って、否定する。

 僕は平和を愛する人、僕は刺激なんてしない、僕は君の見方。


「じゃあさ泊めてよ」

「え」

「いいでしょ? 外に出たらまた奴らがいるかもしれないし、か弱い女の子を放り出すの?」


 か弱いのは僕の方です。


「怖くないもんね、私のこと」

「はい」


 恐ろしく美しく笑う彼女に逆らうことができるハズもなく。僕は父さんが来た時用に用意しておいた布団を大人しく引いてあげた。

 このことがキッカケで僕は、この子によって運命を大きく変えていくこととは知らずに。



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