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別府とりっぷ #8

 次の日。小鉄さんの運転する車に乗せられ僕と詩織、そしてヤユちゃんはある場所に向かった。連れてこられたのは、別府に来て初めて訪れた詩織の思い出の地。鬱蒼としげった山のふもとにある誰も使っていない建物の前で彼は車を停めた。

 詩織が「んっ」と背伸びをしながら新鮮な空気を吸い込んだ。

 僕は眉を潜める。だってここは……


「って、小鉄さんそんなに荷物持ってどうするんですか?」


 ふと視界の端で、修学旅行生が持つくらいの大きなバッグを肩に二つも引っ掛けている彼を二度見してしまった。


「今からそこを登る」


 家の脇にある小道を顎でしゃくって、小鉄さんは答えた。

 それにしても荷物が多過ぎじゃないだろうか? まさか小鉄さんは写真が趣味? でも、機材みたいなガチャガチャという音はしないし。


「あの一本道のずっと先に神社がある。覚えてるか?」

「えぇ。あの源泉のあるとこでしょ?」

「二〇分もすればつく。面白い物を見つけたからと横に逸れるな。まっすぐ歩けばいい」


 小鉄さんの物言いに違和感を覚えた。この言い方じゃまるで……。


「えっと小鉄さんは?」

「俺は先に行く。迎えに来るから、とりあえずこっちに向かっててくれ」


 そこまで言うと彼は僕を見ながら首を傾げた。


「辛くなったら肩は貸す」

「ちょ! なんで僕に言うんですか!」

「たぶんこの中で一番動けないのはユーヤだ」

「嘘!? 詩織はともかく、ヤユちゃんは僕と同等かそれ以下でしょ!?」


 ヤユちゃんを見ると意味深に笑うだけでフォローしてくれる気配はない。詩織を見た。なぜか目をそらされた。


「ちょ、詩織まで!」


 突っ込みを入れた。

 小鉄さんが車を運転席の所からグルっと回ってヤユちゃんを抱き上げた。


「重いですよ、荷物だってあるのに! 私は大丈夫ですからユーヤさんを……!」

「ヤユちゃんのそれ反則でしょ。そういう意味を総合して言ったんですか小鉄さん!?」

「……先に行ってる」


 小鉄さんは漫画の主人公みたいにもの凄いスピードで走り、あっという間に背中が見えなくなってしまった。


「は、速っ!」


 呆然と、今は彼が揺らした小枝がしなる様を眺める。

 と、隣から手が伸びて来た。詩織の細腕だった。僕の手を掴んで前に引き始める。


「ふふ。私たちは私たちのペースで、のんびり行きましょう?」


 ギュッと握られる手。

 色気のある目線と後ろ姿は、僕の足を進ませるには十分な威力だった。

 林道は、コケこそ生えていないものの所々に葉が吹きだまりに集まっている状態だ。上を見上げれば木々が風に揺れ、どこかで小川のながれる音がする。詩織はピクニックかハイキング気分らしく、小学生のように繋いでいる手を振っては鳥の鳴き声を聞いてははしゃいでいる。


「ねぇ小鉄の家にお泊まりしたんでしょう、部屋汚かったりした?」

「小鉄さんの部屋は、特には汚くなかったよ。過ごしやすかった。あ、でもちょっとビックリだったのは恋愛ゲームがあったことかな?」

「小鉄の部屋に!? 意外といえば意外だけど、意外じゃないと言えばそんな気もする所が怖いわね」

「確かに小鉄さんがニヤニヤしながら恋愛ゲームしてる姿はちょっと……。それよりいい物見せてもらったよ」

「何何?」


 興味津々に目を輝かせて詩織が顔を覗き込んで来た。


「詩織の昔の写真」

「それって、私が小さいときのよね? 見たの?」

「見たよ」


 詩織の黒い瞳が大きく見開いた。かと思うと、僕の手をペイっと捨てた。


「バカ! ユーヤのバカ! なんで勝手に見るのよ!」


 そう言いながら手で顔を隠す。でも無駄。耳も真っ赤だもの。


「なんでって、小鉄さんが見せてくれたんだよ」

「だからって! ダメよ私、小さい頃本当に男の子みたいに野山駆け回ってて!」


 首を横に振り振り、彼女がなぜ見たのだとひたすら訴える。


「いいじゃない、見たって」

「良くないわよ」

「僕は良かったよ。小さい頃のKENさんの写真なんてファンの僕からしたらお宝映像だし。ね?」


 指の隙間から、チラリとこちらを伺う詩織。

 あまりに可愛いその姿に、ここで台詞を終える筈だった僕の舌が動く。口角は上がりきる。


「詩織も可愛かったし」


 慌てて詩織が顔を伏せた。耳も髪の毛で隠れた。けれどやっぱり無駄。今度は首まで赤いんだもの。

(って。ヤバい、可愛い……)

 自分で仕掛けた状況にはめられてしまった。

 心臓は爆発しそうに速く脈打つし、詩織は見れば見るほど可愛いし、ヤバい手に汗かいてきた。ってか、あれ。これチャンスじゃない? 雰囲気悪くないよね? 詩織の思い出の地だし。姉さんも、KENさんも、邪魔な二人は絶対に来ることはない状況だし、山の中で二人キリだし……僕の気持ちを伝えるチャンスだよね?

 ごくりと生唾を飲み込んだ。


「詩織、あの……」


 言う。言うんだ僕。

 好きだって、告白するんだ。

 手にかいた汗を握る。

 ギュッと一度、目を閉じて大きく息を吸って……顔を上げる。


「ちょ! いつからそこにいたんですか小鉄さん!?」


 思わず叫んだ。

 目算10メートル先、自然の杉の大木二本に白い神社の飾りがされた杉門の影で、小鉄さんが片目だけ覗かせてコチラを覗いていた。

 驚いた詩織が振り返って彼を確認したと同時に彼が口を開いた。


「……問題はいつからじゃない。俺が入っていけない雰囲気だったことだ」


(て、的確!)

 じゃない! ということは、彼は結構前から僕たちのやり取りを見てたってイhfehhおhぎyづdoうっふぃふぃdhhふぉう……………orz

 卒倒しかける足をなんとか踏ん張った。

(わ、話題を変えよう)


「あの、ヤユちゃんは?」

「あの子は神社において来た。まさかこんな雰囲気になってるとは思ってなかったからな……」

「「!!!!!」」


 ガッチリ固まってしまった僕と詩織。

 表情を出したことのない小鉄さんの顔が、生暖かいモノを見るような顔をしているように見える。多分、僕だけだとおもう。人はそれを先入観と呼ぶ……。


「……というのは嘘」

「「え?」」


 頬が引きつった。詩織もたぶんそうだろう。


「俺が先に行ったのは、ヤユちゃんをあそこに置いてきたかったからだ。あの子は知らなくていいことだ。だから置いて来た」

「小鉄さん何を言って……」


 彼は小道の上の落ち葉をさくさくと踏みならし、僕たちの前に立った。

 無表情の顔。

 しかし目の光は詩織同様、熱く、鋭く、黒く、ぎらついた、深いものだった。



「俺は、詩織の実母の姉の息子。つまり、詩織とは従姉妹同士の血縁者に当たる」


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