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別府とりっぷ #6

 いろんな場所を巡って、ただ今の時刻は一七時過ぎ。もう夕方だということで観光地地獄の駐車場には車が数える程度と少なくなっている。今も尚、何台もの大型の観光バスも忙しく大量の観光客を吐き出していく。

 別府地獄巡りは、別府市内に存在する温泉によって作り出された八カ所の奇観を見物して回るというもの。ぼくたちは他の地獄を回ったから、ここが8つ目で最後ということになる。

 海地獄と、筆で物々しく書かれた門へ女の子たちがパンプスを鳴らして駆け出した。

 瓦作りの立派な門をくぐると、目の前は温泉の熱で咲き乱れる蓮の花たちと日本庭園が広がっていた。しかし、蓮の花が浮かぶ緑色をした沼みたいな温泉池が海地獄ではない。所々で蓮の花をバックに記念撮影する観光客たちを横目に、目的である海地獄前へと歩を進めた。


「わぁ〜青色の温泉!」


 詩織が感嘆の声を出した先には、地獄という何は相応しくない、空の色よりも淡く透き通ったコバルトブルー色の神秘的な色をした温泉。


「ここが一番綺麗な色ね」


 柵に手をついて彼女が少し身を乗り出して海地獄を覗き込む。釣られて青い温泉を覗いた。見た目はとても涼しげだが、温度は一〇〇度近くあるせいで、柵越しに近づいてもムッとした熱気が伝わってくる。湯煙が止めどなく発生し、風が吹くと白いそれが晴れて、青い温泉が現れる。まるで、雲のかかった空を見上げているのかと勘違いしそうだ。

 源泉の湧く轟音を聞きながら見入ってしまう。


「……暑い」


 ポツリと小鉄さんが言葉をもらした。Tシャツをパタパタ胸部分であおいで風を送り込んでいる。


「冷たいものでも買ってきます。手が足りないので、ユーヤさんお願いしていいでしょうか?」

「え、あ。うん」


 ニコニコ笑顔で誘ってくるヤユちゃんに逆らえる筈もなく、彼女の指差す売店へと足を伸ばした。振り返ると、詩織は目を輝かせて青い海地獄を覗き、小鉄さんは横で暑そうにシャツで自身を扇いでいた。

(気に、しすぎだよね?)

 自分に言い聞かせる。

 先を歩いていたヤユちゃんがフレアの付いた上着を靡かせて振り返った。


「詩織さんとは、随分仲がよろしいですね? 親友だとか」

「うん。もう付き合いは3年になるかな?」

「羨ましいです」

「え?」

「羨ましいですよ。恋人でも、親友でも、公然とずっとそばにいてくれる人がいることは素敵なことです」


(振られたばっかりだったり……するのかな?)

 勝手に憶測してみる。14歳と言えば、色恋に目覚めて、躓いたり失敗したりする時期だ。まぁ……詩織といい、この子といい、振られるなんてことはなさそうだから、きっと違う理由なのだろうけど。

 詩織同様、輝くような可憐さを持った彼女の横顔を盗み見た。


「それで、親友の詩織さんへは何味がいいと思いますか?」


 かき氷のメニューを指差して聞かれた。

 売店のおじさんは「何味にする?」とタイミングよく聞いてくれた。


「イチゴ味、かな? あ、僕はメロンで」

「私は……抹茶、あ。渋抹茶があります。渋抹茶味を2つください」

「2つ?」

「小鉄さんの分を買っていかないといけませんから。忘れてたんですか?」

「そうじゃないけど」


 いいのだろうか。数件スイーツ系に回ったけれど、彼は甘いものに口を付けようとはしていなかった。勝手に買ってお金を請求して怒らせたりしないだろうか……。

(その時は、僕が怒られる……か)

 仕方がない。4歳も下の女の子に罪を負わせる訳にもいかないだろう。泣かれかねない。

 かき氷を人数分受け取って元の場所に戻っていく。

 と、詩織と小鉄さんが何やら話している様子がうかがえた。

 ヤユちゃんが、なぜか足を止めた。

 僕も、足を止めてしまった。かすかに聴こえて来た声と口の動きで内容がわかってしまった。


「……のこと覚えてるか?」

「ええ。お願い事のあれでしょう?」

「内容もか?」

「ふふ。覚えてるわ」

「今だと思う。詩織が言ったあのことを叶えるのは。嫁になりたいって言ったあれは、俺が……」

「詩織!」


 気がついたら声が出ていた。

 大きな瞳をさらに大きくして、少し狼狽えたような顔を詩織がした。横では普段と変わらず、表情を出さない小鉄さんの顔。


「イチゴ味で良かった?」

「ええ。ありがとう。あとでお金払うわね」

「いいよ」


 渡すと嬉しそうに赤いかき氷を頬張り始めた。

 チラリと小鉄さんを見ると。こちらから視線を外して小さくため息を吐いていた。

(小鉄さんは、詩織のこと……)

 それ以上考えるのが怖くて、僕もメロン味の氷を口に入れる。妙に冷たい。痛さを感じるほど、冷たいそれが舌の上で溶けていく。いつの間にかその痛みは、頭に鋭い頭痛を走らせていた。

 ヤユちゃんがしずしずと彼の前に歩いていき、かき氷の入ったカップを差し出した。


「小鉄さん。かき氷、渋抹茶味でよかったですか?」

「……ありがとう」


 受け取る彼の顔は、やっぱり無表情だった。



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