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別府とりっぷ #5

 朝起きてダイニングに行くと小鉄さんの妹さんがいた。

 挨拶をすると、驚いたような顔をして「スッピン見られタァアああ」と奇声を発しながら部屋にバタバタ戻っていってしまった。


「悪いな。いつもなら化粧で顔を作り替えてくるんだが……」


 朝から奇声を発したことじゃなくて、顔を作ってこなかったことに謝る、どこかズレた発言。本気なのか、冗談なのか、表情の動かない彼の心境は全く分からず、「大丈夫です」としか言えなかった。

 トーストをかじりながら小鉄さんがスマホをいじる。


「詩織も今、起きたみたいだ」

「え?」

「詩織も今、起きたみたいだ」


 テストには出ないけれど、小鉄さんが同じことを繰り返した。聞きたいのはそこじゃない。

(なんで、そんなこと知ってるの?)

 いつの間に詩織とメルアド交換を済ませたのか。いや、最初から知っていたのか……。

 僕の携帯が揺れた。相手は詩織。小鉄さんが言うように先ほど起きたらしく、今から部屋に用意された朝ご飯を食べるようだ。豪華な朝ご飯の写メが送られて来ている。

(僕に一番にメール送ってくれたらいいのに……)

 昨夜の写真の件を引きずっているのか、小さなことを気にしてしまった。だめだだめだと頭を振って、眠気と一緒に飛ばした。



***



 今日は基本、温泉の源泉を巡る地獄巡りと詩織のリクエストスイーツ巡りだ。 

 詩織の泊まる宿に着くと、すでに彼女の準備は整っており、玄関先に昨日の女中であるヤユちゃんと一緒に僕らの到着を待っていた。


「おはようユーヤ」

「おはよう」


 小走りに走ってくる詩織に朝の挨拶をする。

 後ろでペコリと会釈をするヤユちゃんを見てハッとした。


「しまったヘルメット。僕らバイクで移動するつもりだったから……」

「フフーフ。平気です。私は私の分を用意しちょります」


 昨日より少しフランクな大分弁ののった口調で彼女が持っていたトートバックから白いヘルメットを取り出してみせた。そして僕の横を通り過ぎ、小鉄さんの前で足を止めた。何やらボソボソと二人で話した後、彼女は彼のバイクの後ろに乗り込んだ。

(だ、大丈夫かな?)

 僕でさえ、ちょっと怖いと思っているのだ。年端もいかない彼女をあちら側につかせるのは少し気が引ける。かといって……詩織を自分の後ろから手放したくない訳で。


「さ、行きましょう! まずは岡山屋のプリンよ」



****



「ヤユちゃん、芋味の一口ちょうだい!」

「私も抹茶味頂きたいです!」

「ユーヤのあずき味、いい?」

「いいけど……」

「私も頂きます!」


 ガッツリと女の子二人に僕のプリンが攫われていった。


「ちょ、二人ともどれだけ取る気!?」


 笑いながら再び伸びてくるスプーンを躱し、小鉄さんのいる展望駐車場へ逃げた。岡山屋の席はすでに満員で、僕らは外にある景色の見えるベンチで外食をしていたわけだ。ついでに言うと小鉄さんは甘いものを欲しないらしく、店にも入ることはせず、駐車場の端にある自動飯場機で買ったであろう冷たいほうじ茶を飲んでいた。

 小鉄さんの所に来ると、彼は僕のあずきプリンに目を落した。


「食べるの早いな」

「詩織とヤユちゃんに食べられただけ。僕じゃないよ」


 昨日からにかけて怖い怖いと思ってはいたが、こうなってくると一番落ち着けるのは彼の横な気がしてきた。


「一口食べる?」


 断られることを想定しながら聞いてみた。


「男の食べかけを欲する男がどこにいる?」

「ホモとか?」

「俺はホモじゃない」


 クックと喉の奥で笑う。年上をからかうなんてあまりよくないけれど、見た目にビビらされた分くらいは多めにみてもらってもいいよね?


「ユーヤこそだろう?」

「へ?」

「ホモに好かれそうな顔してる」


 逆襲にプリンが喉を急襲した。むせかえってお腹を押さえる。その間、浮かんで来たのは青柳空の顔だった。

(せ、せっかく忘れかけてたのに……)

 悪夢よ、再び。

 景色を眺めていた小鉄さんが身体を半回転させて、手すりに背を付けた。


「聞いておきたいことがある」

「?」

「ユーヤは詩織のなんだ?」


 突然の質問とその内容に、聞き返すことも出来なかった。

 彼の視線を負う。その先には店の前のベンチで笑っている詩織……とヤユちゃん。

 言葉が出ない。どんな意図で彼がこのような質問をしてきたのか……。いつもならすんなり出てくる本当の答えが口から出せない。絞り出した答えは、ざらついた舌の上で切断されて途切れ途切れだった。


「しん、ゆう……です」

「……そうか」


 何かを考える素振りをした彼は、相変わらず無表情。しかし、目線だけはしっかりと彼女らを見据えていた。


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