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別府とりっぷ #4

「トイレは廊下出て右、風呂は入りたければ入ってくれ。一応温泉だから。それから……」


 小鉄さんの説明を聞きながら全てに頷いていく。

 彼の家は純和風の立派な一戸建てのお宅だった。家族と同居しているらしい。隣の部屋にはかなり凶暴な妹がいるので、トイレに行くときは襲われないよう気をつけるよう注意された。きっと、小鉄さんよりは凶暴じゃないことは間違いないと思ったことは言わない。

 押し入れから僕の分の布団を出して、手渡してくれた。

 彼のベッドの横に平行にそれを引いていく。


「俺は風呂に入ってくる。ゲーム、本、好きに使ってくれればいい」


 見た目とは裏腹に、なかなか整理の行き届いた部屋で角部分を指差し、Tシャツをこの場で脱ぎ始めた。


「うぇ!?」


 脱いだTシャツから露になった彼の上半身に、声を上げてしまった。いや、超筋肉質がカッコよくてウホっなんて思った訳じゃないよ、決して。そうじゃなくて、彼の腹筋の右側に大きな傷跡があったから驚いたんだ。

 僕の視線に気がついたようで小鉄さんが視線を自らのお腹に持っていった。


「古傷だ、気にしなくていい」

(気にしなくてもいいって言われても……)

 気にならない訳がない。


「……前に、ある子を助けた時に負った。これでいいか?」

「す、すみません」


(しまった、失礼なことしてしまった)

 ちょっと自己嫌悪。あまりに大きな傷だったから、つい。

 顔を反らしたが気まずい空気が流れる。

(ヤバいヤバい、何か、何か話さないと!)


「あ、あの……。詩織とKENさんってどんな子だった?」

「ちょっと待っててくれ」


 彼は上半身裸のまま、押し入れに頭を突っ込んだ。

(あぁああああ! しまった、お風呂行くって言ってたのに!)

 空回りしてしまった。どうして僕はこうなのだろう。昔に比べてよくなったと思っていたのに……。

 頭を抱える僕の横に気配がした。


「見た方が早い」


 小鉄さんは取り出したアルバムを僕の前に置いた。どうやら何も気にしていないようで、僕の隣にあぐらをかいてアルバムが開かれた。

(表情が変わらないから、本当に気にしてないかは分からないけど……)

 アルバムを見た。


「うわ! KENさんが小さい! あ、抱っこされてるのは……」

「詩織」


 小さな彼女は今と変わらず、真っ黒な瞳と髪を持ち、KENさんの腕の中にいた。すでに抜群に可愛らしい顔立ちをしている。彼の隣には小鉄さんがどこかを向いて立っていた。

 ページが繰られた。

 先の写真から2、3年経っているようで、KENさんも小鉄さんもずいぶん大きくなっていた。詩織は一人で立ち、かわりに今度は彼女が小さな子を抱いている。


「この子は、妹さん?」

「そう。アイツもこの頃はまだ可愛かった」


 思わずクスリと笑って他の写真に目を通す。


「ひっ!」


 KENさんと小鉄さんが殴り合いケンカをしていた。二人とも顔面を殴り合って、顔が腫れている状態だ。子どものケンカなのに妙な迫力がある。


「ち、小さい頃からKENさんは」

「ケンカッ早かったな」

「っていうか、これ誰が撮影をしたんだろ?」

「親父だろうな。俺たちがケンカすると諌めるどころか焚き付けてた記憶がある」


 さらにアルバムをめくった。

 KENさんがどうやら中学に入学したようで、制服を着て皆並んで写真撮影されていた。そして、詩織はこの頃には美人と呼ばれるゆえんの顔立ちを形成し、写真の中でもひときわ目を引く存在になっていた。まぁ、隣にはいつの間にか凶悪な顔になった小鉄さんもある意味ものすごい存在感を出していたが……。

 さらに、アルバムの時代が流れた。

 思わず目を疑った。写真の中のKENさんは私服で自撮りをして、満面の笑みでピースをしている。それはいい。問題は彼の後ろだ。大量のトランクスやボクサーパンツが山積みにされている。しかも小鉄さんは、今と変わりのない無表情で、そのパンツの山に透明ビニールに詰めた追加のパンツ群を投入している絵図らだった。


「トランクス……なんで、こんなに」

「………。……パンツ狩りだな」

「ぱ、パンツ狩り?」

「中学一年のとき、やたらと絡まれてた。KENが夏休みに来て、その状況を見て提案して来た「俺たちに負けたヤツのパンツ取ろうぜ。夏休み中どのくらい集められるか、自由研究で出す」って。「もう絡んでこねーだろ、フルチンで帰らせりゃ!」とも言ってた」


 めちゃくちゃだ、メチャクチャだこの人たち。改めてKENさんが伝説の男、小鉄さんが別府の鬼と呼ばれる根幹を見た気がした。

 ブルブル身震いをして二人の奇行の餌食となった人にお悔やみを送る。


「そろそろ本当に風呂入ってくる。勝手に見ててくれて構わない」

「ありがとうございます」


 部屋を出て行く彼を見送り、すぐさまアルバムに目を戻した。

 小さな詩織は相変わらず美人だった。いつまでも見ていられるくらい。

 けれど、次のページをめくると彼女の姿はなくなり、KENさんと小鉄さん、そして妹さんのみになっていた。

(なんで?)

 アルバムの時間を巻き戻す。

 10歳ほどまでは元気な顔をして、笑って写真に写り込んでいる。

(火事があった後か……)

 あの時を境に彼女はキレるようになったのだ。こちらに来るような精神状態ではなかったのかもしれない。もしかしたらキレるのを知られてくなくて、こっちに来なかったのかもしれない。

(あ、でも。この写真をコピーさてもらったら詩織喜ぶかも)

 火事で彼女の思い出は全てと言っていいほどなくなったと聞いている。KENさんも同様だろう。

 二人の喜ぶ顔を想像しながら、過去の彼らをまた、最初からもう一度眺めていく。


「あ」


 先ほどは小鉄さんのページのめくるペースで見れなかった写真。そこは、今日、詩織が昔「お嫁さんになりたい」と願ったという思い出の地での写真があった。

(もし、詩織が小鉄さんのこと思って願ってたら、嫌だな)

 過去のことだし、幼い頃のことだから気にならないといえばそうだんだけど……。

 でも。

 ちょっぴり嫉妬してしまう自分がいた。


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