別府とりっぷ #3
小鉄さんのバイクのあとを追う。
怖そうな外見とは裏腹に、ある程度の気は使ってくれているようだ。道の知らない僕が遅れないよう信号が変わりそうになると早めに減速をしてくれる。
(思ってるより怖い人じゃないのかも)
なんとか三日を過ごせそうな気がする。そんなことを考えているとどうやら宿に着いたようだ。外観的には、シックな和風モダンの建物だった。どうやらKENさんは詩織の趣味に合わせた宿を取ってくれていたようだ。
バイクを降りて、詩織の荷物を持ち宿の玄関をくぐった。
「ようこそお越し下さいました」
三つ指を付いた女中さんたちが左右に分かれ深々と礼をしている。日本家屋独特の匂いが鼻腔をくすぐる。
「お名前を頂戴致します」
「虹村詩織で予約してると思うんですけど……」
「虹村様ですね、はい。ございます。少々お待ちを」
女中さんがカウンターの中で鍵を探す。
「ではこちらに。荷物をお預かり致します」
詩織の荷物を持って女中さんがロビーを歩き始めた。詩織に続いて歩いていくと、途中で足が止められた。仲居さんが振り返り、申し訳なさそうに眉尻をさげる。
「あの……大変申し訳ございません。こちらからは男子禁制となっております。もともとこの宿は女性専用の宿でございまして……」
「「え?」」
思わず詩織と声を合わせて聞き返してしまった。まぁもともと詩織と宿は別だって話はわかっていたけれど、ここまで徹底されているとは思っていなかったのだ。僕ってそんなに信用ない? って……
「もしかして、ロビー以外は男子禁制ですか?」
「ええ、何か問題が?」
「実は今日ここで夕ご飯を僕たちの分の予約してるんです」
言うと、予想外だったようで女中さんが慌ててカウンターに入っていってしまった。そしてパソコンで状況を確認して顔面蒼白になって戻って来た。
「大変申し訳ございません。先ほども申し上げました通り、当旅館は女性専用となっておりまして……その……」
チラリと僕を通り越して小鉄さんを伺う様子が見て取れた。気持ちは凄く分かる。
「いいわ。私が外に出ればいいし、お金はお兄ちゃんが突っ走った結果だもの。キャンセル料払わせればいいわ」
「でもKENさんに悪……」
「どうか致しましたか?」
薄い水色の着物を着た、女の子がスタッフルームから出てきながら女中さんに話しかけた。白髪と紫色の大きな瞳が印象的だ。
(可愛らしい子だな)
詩織が美なら彼女は可憐。隣に並ばせて写真を撮りたい、そんな衝動に駆られた。
女中とその子は何やらコソコソと話したあと、綺麗な礼をした。
「すみません、私は当旅館の経営者の娘ヤユにございます。こちらの手違いでご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません。あいにくこの旅館は「女性がスッピンで過ごせる」をモットーにしておりまして、他のお客様へのサービスに支障を期す可能性がございます故、大変申し訳ございませんが本日のお食事につきましてはこちらでお出しすることはできません。大変申し訳ございません」
何度も頭が下げられた。
同時に僕のテンションも急下降。今から食事する所を探さなくちゃ行けないなんて……期待していた分、肩も下がるってものだ。
女の子がずっと下げていた顔を上げた。
「しかし、こちらの不手際でもございます。よろしければ、当旅館の系列の別旅館へご案内さし上げます。お料理は同じグレードのものを、料金につきましてはこちらにすでに入金いただいておりますので、お客様さえよければ」
「私はいいわよ。ユーヤは?」
「僕もいいよ」
女の子がニッコリ笑う。
「そちらのお客様は?」
「かまわない」
***
鳥の天ぷら、魚を醤油ベースのタレに漬込んだ琉球、みそ汁に団子が入った団子汁、高級魚関サバ関アジの刺身etc……様々な大分県の郷土料理が出て来た。あらかた食べ終わり、今は座敷でゆったりと談笑タイムだ。といっても、僕も小鉄さんも特に喋ることはなく……喋り続けているのは詩織と一緒にこっちに付いて来てくれた女中の子だ。
本当は案内だけで帰るつもりだったんだろうけれど、詩織に色々聞かれながら過ごしていたらいつの間にか食事に付き合わされていると言った感じだ。さっきこっそり聞いたら、笑って「どうせ上がりの時間だったので、一緒に食事できてむしろ嬉しいです」とのこと。悪いなとは思いつつも、詩織もその子も結構いろんな話で盛り上がっているため、そのままにしてしまっている状態だ。
「そうなんですよ、別府の温泉卵は固いのがスタンダードなんです」
「知らなかったわ! ねぇあとどこかおいしいスイーツのお店知ってる?」
「有名どころでしたら岡山屋様の地獄プリン、龍のロールケーキです。余り人が知らないのは鉄輪の甘味屋の塩ロールケーキがおいしいんですよ」
「行く! 明日絶対に食べにいくわ。ねぇ小鉄、場所知ってる?」
「……俺が知ってると思うのか?」
「そうよね。ねぇそこの塩ロールってネットに載ってるかしら?」
「たぶんなかったと……。すみません、そこは口コミでしかしてないんです」
すでにつつき終わった琉球の小鉢をテーブルの端に、恨めしそうに押し出しながら詩織ががっくりと項垂れた。ついでにヤケクソと言った感じで、運ばれてきたばかりのジュースをちびちびと飲み始めた。
僕にとってのこの旅は温泉と観光を楽しむためのものだけど、詩織にとってはスイーツを堪能するたびでもあったらしい。悲しそうにうめきながら鼻をクスンクスンと鳴らしはじめた。
「地図書いてもらったらなんとか行けるかな?」
「難しいでしょうね。別府は一方通行と行き止まりの街です。別府の人間でもちょっと違う地区に行くと迷うことがあります」
小鉄さんを見ると、同意らしく黙ったまま頷いている。
「まぁ今回は諦めようよ、詩織」
諭そうと覗き込んだ詩織の顔を見てギョッとした。
詩織の目には、大粒の涙が堪りに堪っていたからだ。
「うぅ。せっかく地元民しか知らないスイーツを食べられると思ったのに! いやよ、このままじゃ温泉が爆発しちゃうわ! 私が、私が塩ロール食べないと!」
急におかしくなった言動と顔つき。
「ちょ、まさかお酒!」
詩織が先ほどがぶ飲みしたコップを手に取って鼻に近づけた。アルコールのツンとした匂いがした……。
「小鉄さん頼んだ?」
「いや。運転があるからな。マズいのか?」
「マズいっていうか……」
詩織はお酒を飲むとかなりの泣き上戸になるのだ。しかもわけのわけらない。ああ、ほら始まった。
「嫌よ嫌! ユーヤぁぁあああっ! 私が食べなきゃロールケーキが温泉を占拠しちゃうわ!」
大粒の涙を流しながら詩織が突っ伏していた机から上半身を起こした。そして僕の名前を呼びながら、ハイハイしながら小鉄さんの方に突進していく。なんか可愛いって、違う! 今にも僕と間違えて小鉄さんに飛びつきそうだ。やめてよ、せっかくなんだから、来るならちゃんと僕の方来て!
「ちょ、詩織! 僕はこっち!」
呼ぶと同時に、小鉄さんの手が突進していく詩織の頭を掴んだ。
「俺はユーヤじゃない」
言いつつ、彼女の小さな顔をグイっと僕の方に向けた。
詩織が今度は僕を見ながらハイハイしてくる。
「ユーヤぁああああっ! 違うのよ、ロールケーキとプリンはキャップを開けて待ってくれているの。だから好きなのよ」
「うんうん、僕はこっちだよ」
「今度は生クリームの温泉で溺れたいの!」
「はいはい、明日食べにいこうね」
全く意味の分からない言葉。詩織はそれでも僕の横に来て、泣きながらスイーツへの愛を語り出す。どうせなら僕にも甘い言葉をかけてくれればいいのに……とは思っても言えないのがヘタレのサダメ。
「ねぇ、お願いよユーヤ。塩ロール塩ロール塩ロール塩ロール塩ロール塩ロール塩ロール塩ロール塩ロール塩ロール塩ロールぅうううっ!」
はじまった癇癪に耳を塞ぐ。
今まで、出逢ってから一度も表情を崩さなかった小鉄さんもさすがに眉をひそめた。
「酒癖悪いな」
「すみません」
「塩ロール塩ロール塩ロール塩ロールぅう。ゆーやぁああっ!」
「ユーヤが謝ることじゃない。けど、出来れば大人しくさせてくれ」
僕も出来ればそうしたい。仕方ないと、詩織に人差し指を立てて注意を引きつける。子どものように詩織が反応を示した。
「詩織、塩ロールは無理だけど、今泣き止んでくれたらハーゲンダッチュ三つ帰りに買いにいくよ?」
「嫌よ、嫌! ハーゲンダッチュはいつでも食べられるけど、塩ロールはここじゃないと!」
ぐぬぬ。酔っぱらって泣いていてもしっかり計算は出来るようだ。甘いものに限るのかもしれないが。
「でも、場所が分からなきゃ……」
「私が同行しちゃダメですか?」
「「え?」」
白髪の女の子が唇の端を上げた。
「明日、私がご案内します。それでどうでしょう詩織さん」
「き、来てくれるの?」
「もちろんです。ご迷惑でなければ」
「ヤユちゃん、大好き、大好きよ! 塩ロールよりも好きよ!」
詩織が女中の子に抱きついた。
「大丈夫? 明日も仕事なんじゃ……」
「大丈夫ですよ。もともとお手伝いですし、今夏休み中ですから」
「夏休みってことは学生なんだ? 今何歳?」
「14歳です」
「え……」
サラリと答える言葉に一瞬思考が止まった。見た目が綺麗なのと、着物なのもあるだろうが、僕らと同じくらいだと思っていたのに……。4歳も年齢が離れていた。
「明日は何時にご出発の予定でしょう?」
「9時半にユーヤは来るの! ヤユちゃんも一緒よ!」
ギュッとヤユに抱きつき、詩織は彼女の胸に顔を埋めた……。もう、どっちが子どもか分からない。
「かしこまりました。ではそろそろ床を用意した方がよろしいでしょう。……バイクでは無理そうですね」
詩織の様子を見て、そう言った。僕も無理だと思う。
「すみません」
「いえ、可愛らしいお方です」
クスクス笑いながら彼女は僕に詩織の身体を預けて来た。
「では車かタクシーをおよび致します。小鉄さん運転をお願いできますか?」
無言で詩織の痴態(?)を眺めていた彼が立ち上がった。二人が揃って部屋を出て行く様を見ながら大きくため息を吐いた。
僕の方にもたれている詩織をチロリと睨む。ついでに頬を摘んだ。
「ちょっと、酷いんじゃない? このていたらく」
「うぅ。酷いのはユーヤよ」
「たぶん呆れてたよ、二人とも」
クスンと詩織が鼻をすすった。
「ううー。ユーヤは私のこと嫌いになったの?」
ドキリとさせられる台詞に、お酒も飲んでいないのに頭がクラクラした。あやうくしでかしそうになる身体と思考を必死に押さえ込む。大きく深呼吸をして、胸の動機を沈めることに勤めた。
「嫌いになるわけ……詩織こそ僕のこと嫌いでしょ? ねぇ!」
決死の台詞途中で寝息を立て始めた詩織に突っ込みを入れた。