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別府とりっぷ #2

 結局、詩織の思い出の地だったあそこは、何年も前に温泉が止まってしまい、その後すぐに温泉は閉められていた。ただ経営をしていた老夫婦が別荘としてチョコチョコきていたため、廃屋化していなかった……と、Wikiで調べたら、そう記述してあった。

 仕方なく僕らは近くにある、比較的新しい市営の温泉に入ったり、そこでコーヒー牛乳を飲んだりして、なんだかんだ待ち合わせの時間までの二人の時間を楽しんだ。

 そして約束の時間10分前に、待ち合わせ場所であるコンビニに付いた。

 詩織がバイクから飛び降りながら背伸びをする。


「はぁ、お腹すいてきちゃったわ」


 言いながらヘルメットの中の瞳はコンビニのスイーツにいってしまっている。


「ダメだよ。このあと合流してご飯食べる約束になってるんだから」

「むぅ」


 ヘルメットを脱ぐと、詩織の唇と頬がプックリと膨らんでいた。


「ダメなものはダメ。せっかくの郷土料理食べれなくなるよ?」

「ご飯のあとで食べるわ」

「あのね……」

「じゃあ、俺が買ってあげるよ」


 男の声が会話に割り込んできた。視線を向けると、3人ほどのチャラい恰好をした男たちが立っていた。


「かわいそうじゃ〜ん。ね、俺たちが好きなのいくらでも買ってあげるからさ、一緒別府回ろうよ」

「俺たちの方が別府詳しいよ〜。なんたって地元民!」


 どうして僕がいるっていうのに、こんな事態になるのか。普通さ、男連れだったらナンパなんて諦めない? それとも僕がやっぱりヘタレ顔だから舐められるんだろうか。

 高校時代からだから幾分か慣れた状況とは言え、やはり身体は緊張している。


「結構よ。それに人と待ち合わせしてるから」


 詩織がつっけんどんに返した。


「それって女の子、女の子? なおさら一緒にまわんなきゃな〜!」

「仲間に入れてくれよ。そんなナヨナヨしたやつは置いといてさ」

「俺たちいい場所知ってるんだよ! ゆっくり休める所。ね、待ち合わせの子どんな子? 君並みに可愛い? どんな子?」


 詩織に手が伸びた。慌てて身体を割り込ませようとした瞬間だった。


「こんな子……」


 後ろで低い声がした。

 振り返って、思わず悲鳴を上げるかと思った。僕よりも高い身長は確実に190を超え、Tシャツから覗く腕はKENさんの腕と遜色ないほどの筋肉質。何より今にも喉元に飛びつき、のど笛を噛み砕いてしまいそうな鋭すぎる眼光は、ゾクリと背中が寒くなるほど強烈に僕の心に切れ込んできた。

 というか、正直に白状する。怖い。顔が恐い。雰囲気も強烈に……KENさんとは別の、どちらかというと詩織のキレた時に近いギラつき。逃げても、逃げなくても、どちらにしろ圧倒的力でねじ伏せそうな、そんなイメージだ。

 たぶん、その場にいる全員がそんな印象を彼に持ったのだろう。男たちが後ずさりした。


「おい、アイツ別府の鬼じゃ……」

「ちょ……マジで別府の鬼かよ!」

「すすす、すみません。ちょっと、可愛いなって思って……」


 見る間に男たちが青ざめ、震え上がった。

 これはもしや、さらにヤバいことになってしまったのではないだろうか。チラリと低い声の男の顔を見る。憮然としたまま、冷たい視線で男たちを見下ろしている。


「「す、すみませんでした!」」


 まるで示し合わせたように3人の男たちが叫んで一斉に乗り付けて来た車に駆け、急発進で走り去っていってしまった。

 ポカンと口を開けて車の走り去るお尻を見送っていると、再び低い声がした。


「山田裕也……か?」


 驚いて顔を向ける。男が、僕の乗って来たバイクのナンバーを確認しながら言った。緊張で肩が上がる。


「ほ、保利田小鉄さん?」

「うん」


 男が頷いた。

 その頷きに合わせて卒倒するかと思った。だって、失礼だけど今男たちが口にした不吉なあだ名も、目つきも、顔も、超絶怖いんだもの! キレてる時の詩織と同じような雰囲気をずっと発してるんだよ!? しかも僕この人の家に泊まることがKENさんに強制されてるんだよ!? しかもしかも観光案内も兼ねてるから三日後まで、彼と僕は四六時中一緒。

(むむむ、無理!)

 絶対に帰る頃には胃に穴を開けてしまう。僕は一体別府に何をしに来たんだろう。まんまとKENさんの罠にはめられてしまっただけみたいだ。

 と、小鉄さんが上から下まで僕を見て来た。


「ななな、なんでしょう?」

「……KENの言った通りだと思って」

「あの、KENさんはなんて?」

「ショッボイモヤシ」


 ガン! とダメージが脳天を直撃した。知ってた。知ってたよ。KENさんからそう思われているってこと。だけど、今出逢ったばかりなのに言わなくたっていいじゃないか! ダブルパンチだよ!


「いいのよ。お兄ちゃんみたいに筋肉馬鹿じゃないんだからユーヤは」


 詩織がフォローを入れてくれた。


「……詩織か?」

「ふふ、随分会ってなかったから私が分からなかった?」


 今度は彼の視線が詩織を捉えた。僕と同じように上から下までしっかり見て口が薄く開く。


「想像してたのと違ってた」

「あら、どんな私を想像してたのかしら?」

「KENが後ろ髪を伸ばした感じに……」


 KENさんのロンゲ、サラサラヘアーを想像して吹き出してしまった。詩織も想像してしまったようで笑いをかみ殺している。


「そんなわけないじゃない。昔からそこまで似てなかったでしょう?」

「うん。よかったアレに似ずに美人に育ってくれて」

「あぁん?」


 詩織がキレた。

(ヤバい!)

 思った瞬間には詩織は素早い動きで小鉄さんに飛びかかっていた。警棒の代わりに今まで被っていたヘルメットを武器に、低い姿勢から鋭いアッパーカットが入った。

 ガードするように彼の手がヘルメットに触れ……アッパーを途中で止めた。

 詩織が身体を半回転させ、足が浮いた。ローキックでヘルメットを持っている腕を狙っているらしいことが伺えた。


「詩織!」


 蹴りのために振った彼女の腕を触った。けれど、彼女自身にはもう勢いは止められない。キレのいい蹴りが空気を切る。小鉄さんの反対側の腕が詩織の足首を音もなく掴み、力を相殺させた。蹴りが失速し、狙われていた腕の寸前で蹴りが止まる。

(嘘……)

 まともに止められたのを見て、驚いてしまった。


「……なんのつもりだ?」


 見下げられて詩織と同じタイミングで身体がビクリと揺れた。


「お、お兄ちゃんに……駄賃だって。余計な手間をかけさせた……」


(KENさんのせいにした!)

 でもお兄さんの言いそうな感じだ。けど。

 恐る恐る小鉄さんの顔を見上げた。


「そうか。悪かったって伝えてくれ」


 表情を変えることもなく、こともなげに彼は言い放った。

 そうかと思うと僕に視線を移した。


「な、なんでしょう?」

「詩織の宿とご飯は一緒だったか?」

「えっと。そうだったよね?」


 目を合わせているのがどうしても怖くて、詩織に話題をふる振りをして視線を反らした。


「そうよ」

「わかった。バイクは替えてくれると助かる、今のは予備だからな」


 言いながらバイクの鍵を投げてよこしてくれた。慌てて乗って来たバイクの鍵を交換する。

 小鉄さんは頷きながら鍵を確認していた。と、いきなり鋭い視線が僕に注がれた。


「あと、山田裕也は……」

「ユーヤで大丈夫です」

「ユーヤは敬語を使わないでくれ」


 目を剥いた。どう考えたって彼の方が年上だからだ。

 僕の驚いた顔に気がついたはずなのに、なぜか彼は顔事そっぽを向いた。

 逆らえる筈はないけれど、いつも通り喋るのも逆に機嫌を損ねないだろうかと気にし過ぎてストレスになりそうな、そんな予感しかしなかった。


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