プロローグ〜大正学園へ転校〜
僕の名前は山田裕也。
高校2年生になる今日から、大正高校に通い始める17歳だ。
僕がこの大将高校へ転校してきたのは、理由が二つある。
一つは、高校1年生の時にイジメられていたから。
よくある話だろ? 学年の不良に虐められて、それに耐えきれなくなって学校を替えるっていうアレ。
僕も全国のイジメられっこの例外に漏れることなく、クラスの不良のヤツらに“タッパがあるから”“生意気そうな顔してるから”なんて因縁を付けられて、毎日殴られた。パシリも勿論させられたよ。クラスの奴らは誰も助けようとしてくない。それどころか、みんな面白がって無視したり命令したりもしてきた。クラスメイト以外がいる前でも命令されて、パン買ってこいって言われたら買ったし、万引きしてこいって言われたら、した。犯罪だってわかってたけど、僕は殴られるのが怖くて言われたら何だって実行した。ホント、自分でも情けないって思ったよ。
でも、イジメはどんどんエスカレートして…1年生の冬、僕は耐えられなくなって高校を転校することに決めたんだ。
逃げだって、父さんには怒られたけど、僕はこれで良かったと思ってる。“逃げるが勝ち”もあるんだって。
もう一つは、僕が尊敬して止まない『伝説の男』が、通った高校だからだ。
何が伝説かって、彼の存在自体が伝説なんだ。
小学生の頃イジメられっ子だった彼は、中学生になった頃から急に武道に目覚め始める。強くなった彼は、当然の如く今までイジメてきた奴らに仕返しに行くんだけど、結局彼は一発も殴らなかった。殴れなかったんだ、本当に虐められてたのは彼をイジメてた人達だったんだからね。意味が分からない? 要するに、彼を虐めてた奴らは年上の高校生達に命令されて嫌々イジメてたって訳。そりゃあ、それを断れない人達も悪いと思うけど、僕も万引きをさせられた位だから彼らの気持ちは分かるんだ。でね、この話には続きがあって…
コンコンとドアを叩く音がする。
急いで鞄を置き、ドアを開けると中肉中背で30代くらいの眼鏡をかけた、いかにも暗そうな男性が立っていた。
「えっと」
「山田君だね、私は君のクラスの担任で草原だ。」
「はい、山田裕也です。よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げ、促されるまま客人用のソファーに座った。
「転入早々悪いんだが、君に注意しておきたいことがある」
「何でしょう?」
「この学校に伝わる『伝説の男』の話は知っているかな?」
「ええ、あの虐められてた生徒がイジメっ子のさらに上のイジメっ子を倒したって話ですよね」
「そう。今彼は世界的に有名な格闘技家になってる」
『伝説の男』の話の続きは、今話した通りイジメっ子のさらに上のイジメっ子を倒したってこと。コレ、彼が中学生の頃のはなしだからね。中学生と高校生って言ったら、かなり体格差があるのに、それを物ともせず、向かっていって、しかも勝っちゃうってのが凄い。その上、それがキッカケでいろんな不良達から絡まれたりするようになったらしいんだけど、全部返り討ちにしたって話。なんでも50人に相手でも傷一つ負ってなかったっていうんだから、伝説っていうか神だよね。
「まぁそれはいいんだが、彼の武勇伝のおかげで憧れを抱いた不良達がね、結構いるんだよ」
「…いるんですか」
「いるんだよ」
神妙な面持ちで先生が低い声を出した。せっかく転校までしてきたのに、また苛められる可能性があるなんて…。僕の高校生活は終わった…と、青ざめた頭の中でポクポクチーンと木魚とおりんのお坊さんリミックスが鳴った。
「ま、何もしなけりゃ彼らも相手にしないだろうから、大丈夫だよ。」
「本当ですか?」
「大丈夫だよ。悪いやつらは全部A組。他一般の生徒はB〜D組で校舎も別だ」
------校舎は別…かぁ。なら鉢合わせることもないだろうから安心かな。
ホッと胸を撫で下ろす。
「だから」
先生は立ち上がりながら、校庭を見下ろした。
「校庭の向こうにプレハブが見えるだろ? あれがA組の校舎。もう分かってるとは思うが注意っていうのは、あの校舎には絶対に近づかないことだ」
「はい」
「もし何かあったら言ってくれ。僕たち教師も『伝説の男』が出た高校として誇りを持っているからな」
なんて良い先生なんだろう。
大きく見える先生の背中を眺めながら、僕はクラスへと案内された。
教室に入ると、ごく普通の生徒達がごく普通に僕のことを迎え入れてくれた。
今日からはパンを20個も買いに行ったり、訳の分からないまま殴られたり、ズボンを降ろされてさらし者にされたりしなくていいんだ。なんて、なんて素敵なスクールライフなんだろう。
買ったばかりのノートと教科書を出して、意気揚々と授業を受けた。