嵐のあとに
ロードナン帝国は比較的穏やかな気候をしているけれど、秋に大嵐が訪れることがある。
そんな記載は原作小説にはなかったけれど、ほぼ毎年来ていて、珍しくもなんともない。
寮生活だけど、昨日は休校になった。
外に出るのが危険なレベルで風が吹き荒れる豪雨。日本で言えば、非常に強い台風って感じだろうか。
魔術で起こした『嵐』なら結界で防げるけれど、自然の『嵐』はこの世界でも防ぎようがない。
自然に対抗するには、やっぱり物理的に強化しないといけなくて、もちろんその際に魔術を使うことも可能ではあるのだけれど、使える魔術は限定的だ。
オーフェの神殿にいた時、吹き荒れる風の力に恐怖したことがあった。
神殿のいかなる力を用いても、神の力はどうすることもできない。だからこそ私たちは祈ると学んだ。
「裏手の林が大変なことになっている。しばらくは立ち入り禁止だ」
担任のフェベック・ヴァルナーがそう告げると、クラスの中にざわめきが起きる。
「植樹した木が倒れたりしている。現在、学院に来るまでの道の一部が封鎖されていることもあり、庭師の到着も遅れているから、いつ完了になるかはわからない」
裏手の林は、毎年授業の一環で植樹をしている林だ。
広大な広さがあって、定期的に伐採も行われている。魔術を使って成長を促進させることもあり、どの木も年齢的には若い。
ただ、魔術を使っているからといって木として弱いわけでもなく、手入れもされている。それだけ昨日の嵐がすごかったのだろう。
「授業のいくつかは差し替えになる。今日はまだ風が強いから、外に出るのは控えるように」
先生の言うとおり、晴れやかな空だけれど、風はまだ強い。
でも、私は嵐の後の風が好きだ。
オーフェの力は決していつも優しいわけではなく、嵐が過ぎ去った後の吹き戻しの風はまだ荒々しいのだけれど。
雨で洗われた風は、オーフェの力に満ちている。
加護を受けているせいだろうか。いつもよりも体に力が巡るような気がするのだ。
だけど。
「神殿と違うからかな?」
いつもと違って、力がざらついている感じがした。
「アリサ、聞いたか?」
休み時間に、授業の用意をしていると、ロバス・ラーズリに声を掛けられた。
彼がこの口調で話し出すことは、まず私が聞いていないことを知っている時だ。
「例の林のことなのだけれど。倒木があったのは事実らしいのだけれど、一本、明らかに人為的に切り倒して持ち去られたっぽい木があるみたいだ」
「切り倒す? 学院の木を嵐の中、伐採したってことでしょうか?」
そんなクレイジーなことをする人がいるのだろうか?
そもそも、裏の林は学院内の敷地だから簡単に人が入ってこれないはずなのに。
「必ずしも嵐の当日だったとは限らないけれど。倒れた木がたくさんあった中で、一本だけ、どこに倒れたかわからない木があったそうだ」
「よそに転がったとか?」
「うん。それもよくわからないけれど。なんでも、俺達のクラスが植樹した木の一つらしいぜ」
どうやら魔力の受け渡しをした時に、植えた木らしい。
「考えすぎじゃないかって話もあるけれど、ほら、俺達のクラスって重要人物が多いから」
「それはそうですが」
「わかってないなあ、アリサ。一度魔力を通した木だぜ? 悪用されないとは言えない」
だからこその立ち入り禁止で、学院側も焦っていると、ロバスは言いたいらしい。
「悪用ですか?」
そもそも一度魔力を通しただけで、悪用できるようなものなら不用意に植えっぱなしにはしないと思う。少なくとも、グレイの植えたものとかだけでも、慎重に扱っているはずだ。
「あ、お前本気にしていないな?」
「ええと、すみません。さすがに現実的ではないと思いまして」
私は素直に頭を下げる。
「でもさ。相手の魔力が通ったものを使った『おまもり』が流行っているんだぞ?」
「おまもりですか?」
なんでも魔力の宿ったものを使って、相手の心を自分に向ける『お守り』を作るらしい。
いわゆる恋愛祈願の一種だろう。効果があるかどうかは疑問だが、そういう『おまじない』の一種があるのは知っている。
「わからなくもないですが、さすがに木を切り倒してまでは、しないのではないでしょうか?」
「そうだよなー。小枝くらいならともかく、木はないよな」
ロバスも言いながら自分の言っていることの問題に気づいたらしい。
そもそも護り石のようなものならともかく、たかが育成の魔力を通しただけの木だ。既に使った魔力が樹木に残っていることはないだろう。
しかも誰が魔力を通したという印などついていないし、共同作業だから二人分の魔力が混ざっている。
だから気のせいだと思った。思っていたけれど──。
昼休み。
「アリサ・トラウに、エリザベス・マクゼガルド。良かった。二人とも無事だな。至急、学院長室に来てくれ」
エリザベスと食事をしていると、ヴァルナーが私達を探しに来た。
「どうしたのですか? 先生」
まだ食べている途中なのにと思わず抗議をしようとしたけれど、ヴァルナーの顔を見てやめた。
顔面が蒼白だ。ただ事ではない。
「いいから来い。片付けもしなくていい。緊急事態だ」
私とエリザベスは顔を見合わせながら立ち上がる。
吹き返しの風に木の葉が舞い落ちていく。
良くない知らせなのは間違いない。私達は食事のトレイを置いたまま、学院長室へと向かった。




