悪女?
本日、一話目に登場人物表を差し込みで入れております。
養子縁組の話があってから一週間ほど過ぎた。
今のところは前と変わらない日常を送っている。
学院祭も近づいてきて、クラスだけでなく部活動もかなり忙しくなってきた。
「意外ね。この学院は、あなたみたいな子を教育するためのものとして作られたなんて」
この学院の創立の資料を調べていたミーナ・ハウザンが驚いたように呟く。
仲良くすればルークの態度も軟化すると言われたからだろうか。
一緒に学院祭の準備を重ねるにつれて、最近、ミーナ・ハウザンとも話せるようになった。
少々高飛車なところはあるけれど、案外面倒見のいい人だ。
人を見下すような言動はおそらく『教育』のせい。
公爵令嬢のエリザベスより、伯爵令嬢のハウザンの方が『身分』に縛られている。それはたぶん、自分より圧倒的に『上』がいるからこそなのかもしれない。
ルークに対する憧憬もルーク本人にというだけではなく、強い上昇志向からの欲求もきっとある。
だからこそ、ルークは彼女を苦手としているのかもしれない。
今日は図書館で集めた資料をリンダ・メイシンとともに部室でまとめる作業をしている。
ルークやカンダスのグループは出かけていて、今は私達だけだ。
「あなたはどうやってこの学院に入学したの? 特待生ってことは、学院からスカウトでも来たの?」
「いえ。オーフェ神殿から推薦してもらえたので、特別試験を受けました」
「試験?」
創立主旨から考えると、特待生は学院が拾い上げる印象があるのかもしれない。
平民は入学試験があるけれど、そもそも貴族はたいした試験もなく入学が決まると聞く。そう思っても不思議はない。
彼女は今までそういったことに全く興味がなかったのだろう。
どちらかといえば、貴族の中に平民が混じることを嫌悪していたタイプだ。
実際には、魔力量の認定をした機関からの推薦をもらい、さらには試験に合格しなければならないという狭き門だ。
「私を育ててくださった神官長さまが、学院に入ったら魔術師になれるっておっしゃって。勉強を教えてくださったので、何とか入学できました。『特待生』でなければ、学費は払えないので必死でした」
「でも、あなたほどの魔力が高い人間を無教養にしておくというのは危険でしょ? 創立の理由を考えれば、一も二もなく入学で良いのではないの?」
ハウザンは釈然としないらしい。
創立の『目的』から現実が随分ずれていることに疑問を感じたようだ。
「建前ではそうでも、実際には『特待生』であり続けるには、常に優秀であり続けることまで要求されています。トラウさんが誰よりも勉強しているのはそうしなければいけないからです」
「学院からお金をいただいて生活しているので、それくらいは当然だと思います」
メイシンの言葉に、私は首を振る。
勉強どころか、食べるところも寝るところも用意してもらっているのだ。
「ということは、基礎学力がなければ、この学院には入れないってこと?」
「……そうなりますね。私は運が良かったのだと思います」
ハウザンの疑問はわからなくもない。
平民に魔力の高い子が生まれることは珍しいとはいえ、生まれた子がこの学院に入れるだけの学力を身につけられる保証はない。
「本末転倒だわ」
ハウザンは呆れているようだった。
「でも仕方ないと思います。魔力と知識は別のものです。貴族の方たちと一緒に学ぶとしたら、それなりの学力がないとついていけませんから」
私はマナーの授業とダンスの授業で、痛切にそれを感じている。
出発点の違う状態で、一緒に学ぶのはかなりきつい。
「平民の入学試験は、特待生ほど厳しくないようですよ。私達貴族と同様、『クラス分け』の参考程度らしいですから」
メイシンが口をはさむ。
「『無償』で『優秀な生徒』を育てるために特待生制度は機能しているってことね。それなら、当初の平民の魔力暴走を止めるには、この学院に入れるように支援する制度が必要ってことになるわ」
「すごいですね、ハウザンさまは」
ハウザンの切り込み方はなかなかに鋭い。
「私はその制度に甘えるばかりで、その制度からもれてしまう人間をどうすればいいかなんて、考えたこともなかったです」
私は運が良かった。
一つでも何かが欠けていたら、今の私はいない。
一番の幸運は神官長に会えたことだ。でも、世の中にはそんな人物に会えない子供もたくさんいるだろう。
「ハウザンさんのお兄さまは、帝都の治安を担う憲兵隊長でいらっしゃいますものね。帝都の治安維持に対する関心が高いのでしょう」
メイシンが穏やかに微笑む。
魔力暴走事件というのはそれほど多くはないけれど、ひとたび起きてしまえば、大きな事故になることが多い。けが人、酷い時には死者が出る。
「暴走事件を鎮めに行った兄が、怪我をしたことがあるの」
ハウザンは小さく息をついた。
命に別状はなかったけれど、かなり重症だったらしい。そのせいもあって、とても気になると彼女は呟く。優しい人だ。
「私も魔力暴走をおこしたことで、神官長に見つけてもらったという経緯がありますから、なんだか申し訳なく思います」
ハウザンのお兄さんが怪我したのは私のせいではないけれど、それでも罪の意識を感じる。
「何、それ」
ハウザンは目を見開いた。
「聞いた話だと、ファナンの街で一区画全部の屋根を吹っ飛ばしたらしいのです。犯罪に巻き込まれて、恐慌に陥ってのことだとか。ほぼ覚えていないのですけれど」
状況的に不可抗力とはいえ、それでけがをした人だっているのだろう。
一番悪いのは私を捕らえて贄にしようとした暗黒教団だけれど、私が無実ということもない。
「神官長はだからこそ、私に教育が必要だとお考えになられたのだと思います」
「つまり、学院に入るための支援を神殿がしてくれたということ? 神殿って、すごいのねえ」
ハウザンは納得したようだった。
「ではそのあたりを問題点として、とりあげましょうか? 学院の生徒はともかく、展示物は教師の方と卒業生は見に来てくれますから」
メイシンは意見を取りまとめる。
思った以上に突っ込んだレポートになりそうだ。
最初はまともに研究ができるとは思えなかったけれど。なんだかんだと言っても、穏やかだけどしっかりしているリンダ・メイシンがさりげにフォローしてくれているおかげかも。
それにきちんとむきあえば、ハウザンも頭が良くていい人だった。
「ところで、うちのクラスにいる特待生のビル・クォーツにあなたのことを聞かれたのだけど、なんだかおかしな感じだったわ」
「私のこと?」
ビル・クォーツの瞳を思い出すと少し緊張する。
たいして話をしたこともないのに、どうして私は彼に苦手意識を感じているのだろう。
「皇太子殿下との関係とか」
まだその話か、と思うと少しうんざりとした。
「殿下とはなんでもありません」
「安心しなさい。殿下が例の噂を聞いて激怒していたという話は私でも知っているから」
ハウザンは肩をすぼめた。
「あなたの男性関係について随分と聞かれたわ。複数の男性と噂になっていないかとか」
「複数の男性?」
他人がどう思うかは知らないけれど、複数はおろか、特定の男性とお付き合いだってしていない。
「あなたに気があるにしては変な質問だったわね。まるで稀代の悪女であると思っているみたいな感じだった」
ハウザンはため息をつく。
「稀代の悪女、ですか」
それは原作のアリサだ。ひょっとして、ビル・クォーツは何か知っているのだろうか?
「正直、そう見えなくもないところはあると思う。少し前なら私も同意したわ」
少し前ならっていうことなら、今はそう思っていないのだろうか。
彼女の態度が軟化した理由もそのあたりにあるのかもしれない。
「どんな令嬢に対しても塩対応なルークさまは、あなたに対してだけ別人みたいに甘いし、皇太子殿下をはじめとして、高貴な人たちに大事にされているでしょう?」
「それは」
たぶんマクゼガルド兄妹のおかげだと思う。
ルークとエリザベスが私を大事にしてくれているから。それ以外に理由が思いつかない。
「同じ特待生だったら、余計に妬ましくて、色仕掛けを使っていると思いたいところじゃないかしら?」
「そんな人には、トラウさんが初めて部室に来た時の様子を見せてあげたいわね」
メイシンが苦笑する。
「ルークさまが教育係になろうとしたのを思いっきり拒否したり、とにかくあんなに全力でルークさまから逃げようとする女の子は、私は初めて見ましたから」
「……そうでしたっけ?」
心当たりはなくもないけれど。
「つまりルークさまは、逃げる女を追いたいタイプだったのね」
ハウザンが得心したように頷く。
「それは違うと思います」
ルークの名誉のために、言っておく。私は別に追いかけられていない。
「ま。あなたが信じがたいほど人たらしで、馬鹿みたいに鈍いせいでそう見えるってことは、間違いないと思うわ。気をつけなさいね」
なぜかハウザンは呆れたような顔で忠告してくれた。




