試作
遅刻、短めすみませんm(_ _)m
学院祭にむけて、とりあえずお菓子を学院の調理室を借りて試作することになった。
私とエリザベス、ケルトンとグレイで作り始めたのだけれど。
まず。エリザベスの手際の良さに見惚れてしまう。たった一度、オクトの指導を受けただけで、こんなにできてしまうエリザベスって、やっぱり天才だと思う。
むしろオーブンを担当した私の方が、慣れない魔道具に四苦八苦している状態で、申し訳ない。
「へぇ。意外と楽しいものだなあ」
グレイがクッキー生地をこねている。
この国の皇太子にクッキー生地をこねさせていいものかどうかという疑念は、この際置いておく。
いや、しかし。グレイはとても器用なのだ。
反対に、ケルトンは気が気でないらしく、落ち着きがない。
確かにグレイやエリザベスが調理中にケガでもしたら、なんて考えると恐ろしくてたまらないのだろう。
「しかし、当日はどれくらいの量を焼くことになりましょうか?」
ケルトンがクッキー生地に卵黄を塗りながら、首を傾げる。
「そうだなあ。結局のところ、客の入り数によるから難しいところだね。多めに焼いておいて、あまりそうだったら、クッキーの方は売ってしまうのもありだと思う。失敗する可能性もあるから、ギリギリの個数というのも問題だ。一回に焼ける量がこの人数でこれくらいだとすると、交代で作業するようにした方が良さそうだな」
グレイが作業工程を確認しながら、首を傾げる。
「今日のクッキーはどうするのですか?」
オーブンに並べたクッキーの数はそこそこ多い。ケルトンの疑念はもっともだ。
「明日、クラスで試食する分より多い気がしますけれど」
「私達で分けてしまっていいと思うよ。君も友達に持っていくといい」
グレイは本当に楽しそうだ。
「そうね。私もレティシア姉さまに渡そうと思っているの」
「ミンゼン公女にですか?」
ケルトンの顔が引きつっている。
いや、皇太子と未来の皇太子妃が作っているのだ。公女に渡すので驚いてはいけない。
「しかし、トラウ嬢は、よく色々平気ですね」
「えっと。最初から平気だったわけではないですよ?」
ケルトンの言いたいこともよくわかる。
上級貴族と平民との間には大きな壁があって当然なのだ。たとえ、学院での建前がどうであれ。
「そうかしら? アリサは、最初からアリサだったと思うわ」
エリザベスが苦笑する。
「物おじせずに真っすぐで。でも、仲良くなった今だって、アリサは最初と変わらないの。甘えようとか、私の名を使ってどうにかしようとかそういうの全然ないのよね。もう少し私を利用してもいいと思うのに」
「私、十分甘えています」
夏休みに仕事をさせてもらったばかりか、故郷に連れて行ってもらったりもした。
それどころかドレスを仕立ててもらったりとか、貰ってばかりだと思う。
「アリサを甘えさせているのは、主として、私じゃないのよねえ」
エリザベスがため息をつく。
「まあ、それは仕方ないんじゃないかな。エリザベス」
くつくつとグレイが笑う。何か言いたいことがありげなのに、それ以上言わないって感じ。
「アリサはお兄さまに難題を吹っ掛けられたから、慣れるしかなかったのよね」
「難題ですか?」
ケルトンが首を傾げる。
「……最初、死を覚悟したのは事実ですね」
「死?」
「殿下が、暴君じゃなくて良かったです」
冗談抜きで、不敬罪を食らっても不思議ではなかった。
「でもそのおかげで私は、自分が間違っていたと気づいた」
「私もです。私達は一番近くにいたのに、お互いを見ることを忘れてしまっていたのよね」
焼き上がったクッキーを冷ましていると、エリザベスは丁寧にお茶を入れてくれた。
とても良い香りだ。
「私は何も。あえて言うなら、全てはルークさまのおかげです」
ルークに会わなければ、二人に近づこうとは思わなかった。それは間違いない。
「トラウ嬢は生徒会長とどんな関係なのです?」
「部活の先輩です」
ケルトンに聞かれて、素直に答える。
「部活の先輩に言われて皇太子と話を?」
「ええ。まあ、そんな感じです。えっと。私は貴族では無いから、どこにも所属していなくて都合が良かったみたいで。もっともルークさまはクラスでのおふたりの様子を知りたいと仰っただけで、突撃したのは、私の意思だったように思います」
「君は、本当に度胸があるな」
ケルトンは、呆れたようだった。
「ねえ、いただきましょうよ。焼きたては作った人の特権よ」
エリザベスに促され、私達はクッキーに手を伸ばす。
バターの香りの広がる、美味しいクッキーだった。




