食堂で働くことになりました
この世界は、日本と同じく一週間は七日間。約三十日で一か月という単位だ。ついでに日月火水木金土。これも一緒。原作ではそこまで日本的じゃなかったと思うけれど、わかりやすいから良しとしよう。あと、すごく日本的なところと言えば、この学校は四月始まりなのだ。この世界には、年度なるものが存在したりする。そういえば、アニメの入学式でも桜咲いてた気がした。ちなみに、桜はこの世界に実在する。
学院は週休二日制。
生徒のほとんどは、実家に帰ったりするらしい。
だから土曜日の寮は静かだ。
もちろん帰らない生徒のために、寮の食堂はやっているので、ご飯に困ったりはしない。
ちなみに私は居残り組。そもそも住んでいた神殿まではかなりの距離があるので、歩いては帰れないし、馬車のあてなどあるわけもない。
自分の衣類の洗濯を終えて、朝ご飯を食べるために食堂へと出向く。
いつもは混みあう食堂だけど、今日は、ガラガラだ。数人、テーブルに座っているけれど、注文しようとしているのは私だけだ。
「すみません。C定食おねがいします」
私は食堂の厨房に声を掛けた。
ご飯はA、B、Cの三つの種類がある。お値段はAが一番高くて、Cが一番安い。これらの料金は学院内だけ使える学院貨幣によって払う。
さらに、定食のほかに、デザートなんかもあったりする。私のような特待生は、毎月、食費と文房具などの消耗品代を学院貨幣でいただいている。そこから支払って、ご飯を食べる仕組みだ。もっとも、C定食で計算されているので、あくまで最低限の金額だけれど。
とはいえ、C定食でも、十分量はたくさんあるし、美味しい。メニューは日替わりだから、飽きることもない。
「はい、C定食、お待たせしました」
トレイにご飯をのせて、カウンターから出してくれた食堂のオバサンが私の姿を見て目を丸くした。
「あら驚いた。あなた神官さんなの? ごめんなさいね。私ここのところ全然、礼拝できていなくて。祝福を授けてもらってもいいかしら」
言われて気づく。そうだ。神官服を普段着にする一般人はいないんだっけ。
土日に制服を着るわけにいかないから、つい神官服を着ていたのだけれど、これって、ものすごく浮いてるのかもしれない。
「えっと、すみません。私は神官ではないです……」
信心深いおばさんに、紛らわしいことをしてしまった。非常に申し訳ない。
「私、神殿育ちなので、これしか服がなくて……」
「まあ」
「紛らわしくてすみません」
私は頭を下げた。
「それなら、あなた、ここで土日、働かない?」
オバサンがポンと手を叩いた。
「寮の食堂で働くくらい、学院は大目にみてくれるわ。それに、土日は、人手が足らなくて困っていたの」
「え、本当ですか!」
特待生はお小遣がもらえるといっても、ほんのわずかだ。働けるのはありがたい。
せめて、オバサンを驚かせないように、普段着くらい買えるようになりたい。
「ぜひ、お願いします!」
私は頭を下げる。
こうして、私は土日は食堂で働くことになった。
「アリサちゃん、洗い物をお願いできる?」
「はい」
食堂にはちゃんと制服がありました!
白い上着に白ズボン。マスクに帽子。まさしく給食のオバサンスタイル!
なんにせよ、土日ここで働けば、お給金ももらえるし、ついでに賄いを食べさせてもらえるらしくて、朝昼晩の食費がいらなくなる! 余った学院貨幣で、いつか憧れのデザートを食べられるかも!
ちなみに即採用決定をいただきましたので、夕方から、お仕事をさせてもらっている。
「よーし! 泡洗浄!」
私は洗い桶に突っ込んだ皿を呪文を唱えながら丁寧に布で洗っていく。
この世界には、既に水道の蛇口も存在していて、蛇口をひねれば水が出る。
文明レベルは日本と変わらない。
ただ、界面活性剤はない。その代わりに泡洗浄の呪文というのがあって、それを使って洗う。
いわゆる合成樹脂を使ったスポンジはないので、洗うときは薄目に織った布でこすっていくスタイル。
ちなみに、海綿はこの世界にもあるのだけど、貴族がお風呂の時に使ったりするらしい。
それなりに希少品ということなんだろうと思う。
あと、ささらはある。亀の子たわしはない。亀の子たわしを作ったら、私、ひょっとして稼げるかもしれないなあとは思っているけれど、前世でも作ったことないしね……思った通りに出来るかどうかの自信はない。
ひととおり汚れた皿に泡洗浄の魔術をかけ終わると、いっきに水道の水ですすいでいく。
ほら、汚れは綺麗に落ちて、キュキュッと音がする!
皿洗いは、神殿にいた頃は毎日やっていたことだ。この世界には、魔術で使える便利な魔道具もあったりするけれど、まだ、『食洗器』は開発されていない。
マンパワーが充実して、それを仕事にしている人がいるせいなのかもしれない。
食洗器が必要なのは、貴族より、多分庶民の方だ。現状、開発費より労働力の方が安いから、無理かもしれないなあと思う。
「アリサちゃん、カウンターに注文の品を出してもらっていい?」
「はい」
人手が足りないと言っていたのは本当で、料理人はヤコブさん、そのほかは、声を掛けてくれたイシアさんとクリスさんだけ。生徒は少ないとはいえ、かなりの人数はいる。大変だ。
平日は、十人以上で切り盛りしているらしい。
「はい、C定食、お待たせいたしました」
トレイをカウンターまで運ぶ。
「トラウ嬢?」
怪訝な声に顔をあげると、ルークがそこに立っていた。
どきりとした。
土曜日なのに、なんでいるんだろうと思う。エリザベスは帰るような話を漏れ聞いたのに。
「こんにちは」
私は頭を下げた。
「何してるんだ?」
「仕事です」
ルークが驚いた顔をする。
学生の私が、仕事をするとは思っていなかったのだろう。前世、日本では学生アルバイトは、普通のことだったけれど、この世界はそうじゃないのかもしれない。
「アリサちゃん、次、B定食ね」
「はーい」
私は後ろからの声に返事をする。
「すみません、仕事中なので」
私はぺこりと頭を下げて、後ろに引っ込む。
「はーい。B定食お待たせいたしました」
トレイを次々に、出していく。
その後も何人か顔見知りがいたけれど、それどころではなかった。
思ったよりもずっと忙しくて、目が回りそうなくらい。
私はまだたいして仕事ができないから、足手まといにならないように必死だった。
土日は、食堂の時間が短めなのだけど、本当に疲れた。
料理はほぼ作ってあって(一部、注文生産だけど)、食堂が空いている時間は、盛り付けして出す、皿を洗うが主なんだけれど、くるくる本当に忙しかった。
「アリサちゃん、お疲れさま。はい。まかないね」
「わーい」
ヤコブさんが作ってくれたのは、クズ野菜で作ったスープに小麦粉を練って作ったお団子をダンプリングしたものと、ふわふわのオムレツ。中に、味付けしたひき肉が入っている。
超美味!
もちろん定食も美味しいんだけれど、料理の上手な人が作ったものって、本当に何でもおいしい!
「アリサちゃんは、本当においしそうに食べるね」
ニコニコとヤコブさんが微笑む。
「普段でもいつも残さず食べてくれるものね」と、イシアさん。私の普段の食事のことも知っていたらしい。
「だって、全部美味しいですから」
貴族の子息や、令嬢が食べるものだから、まず材料も厳選されているし、料理も洗練されている。
前世の給食とは全然違って、一流料理店レベルなのだ。美味しいに決まっている。
前世の給食も美味しかったけれど。
「アリサちゃんは、魔術得意なのね。お皿がピカピカだわ」
クリスさんがほめてくれる。役に立ててとても嬉しい。
「そのうち、調理も手伝ってもらうからな」
「はい!」
ヤコブさんに頷いて。
成績振るわなくて、学校辞めなくちゃいけなくなったら、ここで雇ってもらえないかな? ふとそんなことを思った。