お菓子を作ろう 6
クッキーが焼き上がった頃、ちょうどグレイがマクゼガルド家にやってきたようだ。
もっともグレイは、マクゼガルド公爵と話があるらしいので、私とエリザベスはマクゼガルド家の広くて美しい庭園でのお茶会の準備を始めた。
もっとも、主にてきぱき準備をするのは侍女さんたちなのだけれど。
エリザベスは目に見えてそわそわしてて、本当に可愛い。
今日のエリザベスは水色のシンプルなドレス。コルセットとかしないタイプの簡易ドレスだけれど、上品なレースがあしらってあって、普段使いでもやっぱり上等な一品。
私は制服を着ている。私の普段着を着ると公爵家ではとても浮くし迷惑だと思う。お仕着せを借りてもいいけれど、今回は仕事を何もしていないから申し訳ない。下手なことを言うと、エリザベスが服を用意するとか言い出しそうだから、制服が一番無難なのだ。
お茶にお招きするのは、グレイとルーク。そんなロイヤルな一角に私が混じっていいのだろうかという気はするけれど。
「あら。今回の一番の部外者は、お兄さまよ?」
エリザベスが笑う。
「だってこれは、お茶会ではなくて、クッキーの試食会ですもの」
「では、お茶の淹れ方も勉強しないといけませんね」
「それは、何とかなると思うわ。お茶の淹れ方は、習ったことがあるの。見てて」
エリザベスがティポットに茶葉を入れはじめた。
相変わらず所作が綺麗だし、手際がいい。
公爵家の娘であるエリザベスがお茶を自分で淹れる必要はない気もするけれど、皇太子妃として、国賓へのパフォーマンス的にお茶を振舞う機会があると見越しての勉強だったらしい。
そっか。皇太子妃教育って、そういうこともするんだ。大変だなあって思う。
「エリザベスさまって、本当に何でもお出来になるのですね」
「何でもできるのは、アリサの方よ」
エリザベスは丁寧に蒸らしたお茶をティカップに注ぐ。
「この前、ダンスの先生にも褒めてもらっていたでしょ?」
「それは……夏休みに少し教えていただいたので」
褒めてもらったと言っても、補習手前ギリギリだった私が、少しマシになって先生が驚いたってだけの話で、決して他の人より優れていたというわけではない。
「アリサが苦手だって思うことは、単にアリサが知らなかったこと、学ぶ機会がなかったことだと思うの。アリサは憎らしいほど優秀で器用だわ」
「その言葉は、そのままエリザベスさまにお返しします」
エリザベスが注いだカップをテーブルにセッティングしてくれたので、私は作法に則って、着席をする。
私が出来てエリザベスに出来ないこと。確かにたくさんあるとは思うけれど、それはエリザベスが公女で、私が庶民だったというだけのことだ。
でも、ひょっとしたら、世の中ってそういうものなのかもしれない。
誰だって学ぶ機会がないものは出来ないのだから。
私はマナー通りに、姿勢を正してティカップを口にする。
ほんのりと甘いお茶の香り。とても柔らかくて美味しい。
「どうかしら?」
「完璧です。エリザベスさま」
私が頷くと、エリザベスはほっとしたようだった。
「お茶会、もう始まってしまったの?」
「殿下」
不意に声をかけられてびっくりした。
とりあえずお茶をこぼさなかった私、偉いと思う。
ちょうどグレイとルークが一緒にやってきたところだった。
エリザベスは立っているのに、私一人椅子に腰かけてお茶を飲んでいるという、恐ろしく不敬な現場を見られてしまい、ちょっと冷や汗が出る。
「あ、えっと」
「いいよ、トラウ嬢、そのままで。遅れてきたのはこっちだし」
慌てて立ち上がろうとした私をグレイが止める。
今日のグレイは、白のシャツにベストにズボンというカジュアルスタイルだ。上着を着てきたのかもしれないけれど、秋とはいえ、まだ暑いから脱いだのかもしれない。
ルークは薄い水色のシャツとズボン。家ということで、涼しさに重点を置いているみたいだ。
「お茶はエリザベスが淹れているのか?」
「はい。お兄さま」
エリザベスがちょっとだけ得意そうだ。
「エリザベスはお茶を淹れるのが上手だよね」
席に座りながら、グレイは自分だけが知っている秘密のように話す。
「母上のお茶会で淹れてくれたことがあった」
「あの時は何もおっしゃらなかったのに」
エリザベスが頬を赤らめる。可愛い。
「うん。その、ごめん」
グレイの方も頬が赤い。
あれ? 私、邪魔なんじゃないだろうか。見ればルークも少し居心地が悪そうにしている。
たぶん。そのお茶会というのは、グレイとエリザベスの関係が改善される前の話なのだろう。グレイはずーっとエリザベスのことが大好きだったけれど、とにかくヘタレ、じゃなくてシャイなので、お互いすれ違ってしまっていた。
今思えば。
ルークに様子を見てくれと言われなければ、エリザベスと友達にはならなかっただろうし、マクゼガルド家にくることもなかっただろう。
「どうした、アリサ」
しみじみしていると、ルークが不思議そうに私の顔を覗き込んでいる。
「えっと。そうですね。エリザベスさまと殿下が最初から仲睦まじい状態だったら、私はここにいなかったのかなあと」
「そうかしら。アリサとはお兄さまの意向関係なく、きっと良いお友達になっていたと思うわ」
エリザベスは笑うけれど。
私は、最初、エリザベスやグレイには近寄らないでいようと思っていたのだ。
自分が悪役にならないために。
それがいつの間にか、マクゼガルド家には、私の身を護るための使役精霊までつけてもらうことになっている。
もう原作のストーリーと現実はかなり違っていて、ここから先揺り戻しがあるというのはあまり考えたくはない。
「あの時トラウ嬢が私に教えてくれなければ、ここにいなかったのは私の方かな」
苦笑したのはグレイ。
「殿下は、ちょっとボタンを掛け違えていただけですよ」
たとえ、あの段階で誤解が解けていなかったとしても、いずれ二人の想いは通じ合ったと思っている。だって、グレイはエリザベスのことが大好きだし、エリザベスだって、グレイのことを想っているのだから。
「ねえ、それよりみんなでクッキー、試食しない?」
エリザベスがワクワクしながらクッキーを指さした。
「へぇ。これをエリザベスとトラウ嬢が焼いたの? すごいな」
グレイが熊さんの形のクッキーを手に取る。
「懐かしいな」
ルークがその形を眺めて呟く。
熊さんクッキーの形に覚えがあったのだろう。
「うん。味も懐かしいな」
どうやら想い出のオクトのクッキーを再現できたみたいだ。
「美味しい。これなら学院祭は大成功だね」
グレイが満足げにクッキーをほおばる。
「学院の調理器具で同じようにできれば、なのですけどね」
私は苦笑する。オーブンは、温度調節が難しい。
一応、温度管理がやれるように温度計もついているけれど。
「学院でも試してみるわ」
エリザベスはやる気満々である。
「しかし、エリザベスがここまで料理に積極的になるとはな」
ルークは驚いたようだった。
「だって、学院祭でもなければ、きっとできないと思うし」
「それは、そうだな」
もちろんエリザベスがやりたいと言えば、やれなくはないだろうけれど、例えばオクトもエリザベスが厨房に入って調理するのは、やりにくいかもしれない。
学院祭という大義名分がないと、エリザベスも無理は言えないだろうな。
お茶会はとても楽しかった。
途中で、ルークに『用事があるから』と連れ出されてしまったけれど。
でも、本当は行く当てがないらしく、私はルークの後をついて、マクゼガルド家の広大な庭を歩く。
「突然、二人きりにして、大丈夫でした?」
エリザベスはともかく、グレイはびっくりした顔をしていた。たぶん、心構えとかしてなかったのだろうな。ヘタレもとい、シャイなのは変わらないのかも。
「え? ああ、大丈夫だろう」
ルークは苦笑した。
「アリサのおかげで、あの二人はうまく行っている」
「私のおかげってことはないですけれどね」
もともとほんのちょっとしたすれ違いをしていただけで、両想いだったのだ。
「ただ、お前、エリザベスの友人である前に、俺の後輩だよな」
ちょっとだけムッとしたような声でルークが呟く。
「え? そうですね?」
言っている意味が分からなくて、ちょっと首を傾げる。
もちろん、エリザベスと友達になる前に、ルークの後輩になったのは事実だとは思う。
「何故、疑問形?」
「ええと」
ルークが何を言いたいのかわからない。
「要するに、お前はエリザベスと友人にならなくても、マクゼガルド家と関わっていたってことだ」
言いながらルークはプイッと横を向いた。耳が少し赤い。
「……ありがとうございます」
私は少し苦笑する。
そっか。少しだけ、悔しかったのかな。
先に知り合ったのはルークだ。ちょっとした対抗意識なのかも。
「ルークさまが、エリザベスさまと知り合うきっかけを作ってくださったのですもの。ルークさまがいなかったら、ここにいませんね」
「いや、そういう意味ではなかったんだが」
ルークはポリポリと頭を掻く。
では、いったいどういう意味なのかと思うけれど、ルークはそれ以上答える気はないようだった。
アリサもルークと二人きりだということに気づいていない(;^_^A
お菓子回なので甘めにしたつもり。だが伝わらぬ(すみません)




