お菓子を作ろう 3
夕食。
エリザベスはワクワクしている顔をしていた。
初めて厨房で手伝った料理だ。当然かもしれない。
今回は『お仕事』ではないので、おこがましくも『客人』として、私はマクゼガルド家の夕食の席に座っている。
服は、学院の制服。
下手な服を着てくるより無難でいい。
公爵家で何を着ていたところで、私は浮いているのだから。
「このソース、私とアリサで作ったのよ」
エリザベスは誇らしげにタルタルソースを指さした。
「まあ、オクトの邪魔にならなかった?」
公爵夫人は柔らかな笑みを浮かべている。
エリザベスが厨房に入ったことをとがめようとは思っていないらしい。
「私一人なら邪魔になったかもしれないけれど、アリサが一緒だったから大丈夫」
「そう? ありがとう、トラウさん」
「えっと。いえ、すみません」
正直、いくらエリザベスの意思だったにせよ、公女さまに料理の下ごしらえをさせてしまったのは、あまり褒められたことではないだろう。
エリザベス一人だったら、オクトは絶対に仕事をさせなかったと思うし、そもそもエリザベスはどんなにオクトが忙しそうにしていても、『手伝う』という発想にはならなかったかもしれない。
エリザベスは人に気遣いの出来る人だ。たとえ手伝いたくても、忙しい時に人を教えることがどれほど大変なことかわかっているから、余計な手出しはしないだろう。
もっとも、エリザベスはとても器用で、教えたら何でもできた。あの様子なら、お菓子も一度教えてもらったら、簡単に作ってしまうだろう。私の助けとか、いらないかもしれない。
ただ、クラスの出し物として用意するのだから、一人でも多くの人間が知っていないと大変だ。
本音を言えば、明日に来るグレイにも覚えてほしいくらい。まあ、皇太子殿下にお菓子を焼かせるわけにはいかないかもしれないけれど。案外、とっても上手に作りそうな気はしている。
「アリサ君、後で話がある。ルークと一緒に私の部屋に来てくれないかね?」
口を開いたのは、公爵だった。
「はい」
ルークの方をみると、ルークの瞳はやや険しい。
なんだろう。そもそも公爵に「来い」と言われたら、私に拒否権なんてないけれど。
公爵の部屋ということは、また護り石のことだろうか。
それとも、エリザベスに余計なことを吹き込むなというお叱りだろうか。
なんにせよ、あまりいい話のようには思えない。
「お父さま?」
エリザベスが不安げに公爵の顔色をうかがう。
「大丈夫だ。少し話があるだけだから」
「……わかりました。夜はアリサとお話するんだから、早めに終わらせてくださいね」
「わかった」
公爵は頷いて、優しく微笑んだ。
それにしても、エリザベスを除いて話をしたいということはどういうことなのだろう。
私はエリザベスの『友達』として、ここに来ているはずなのに。
少し嫌な予感がした。
一度行ったことがあるとはいえ、公爵の部屋へ一人で行くのは無理だ。
ニーハの別荘と違って長期間滞在していたわけではないし、そもそも屋敷が広い。それこそマップが欲しいくらいだ。
「すみません。マナベルさん」
「大丈夫です。お気になさらず」
結果として、食事が終わった後、マナベルに案内してもらうことになった。
「今日のトラウさまは、お客様ですので」
「ええと、アリサで大丈夫ですよ?」
夏休みの間、ずっと『アリサ』と呼んでもらっていたのに、急に他人行儀になってしまったみたいですごく抵抗がある。
マナベルは夏休み中、私の上司でもあった。
「こういうのは切り替えが大事なのです」
「それは、そうかもしれませんが」
この世界は階級社会なので、そこまでの下剋上はないとはいえ、昨日の部下が明日の上司になる可能性はゼロではない。とはいえ、マナベルはたぶん貴族の子女だ。私とは身分が違う。
「トラウさまは、当家の大事なかたでいらっしゃいます」
「エリザベスさまの友人だからですか?」
「……そうですね」
マナベルは頷いた。
なぜか、少し間があった。ちょっと気になる。
「こちらです」
見慣れた場所に出ると、マナベルは扉をノックした。
ルークと公爵は先に食堂を出ていったから、もう部屋にいるのだろう。
表面上、何ごともないような体をよそおっているけれど、絶対に何かあるということなのだろう。胸騒ぎがする。
「旦那さま、トラウ嬢をお連れいたしました」
「入れ」
マナベルがゆっくりと扉を開く。
前に来た時と変わらない、大きな机に大きな書棚。明るい魔道灯。
公爵は椅子に座り、脇にはルーク。扉のすぐそばにはユアンが控えていた。
「マナベルは下がっていい」
「承知いたしました」
なんだかすごく大事みたいだ。
深刻な表情の長身の男性三人の中に取り残されると、まるで、自分に非があるようなそんな気もしてくる。
原作のアリサは、悪人だった。今の私とは別人だと思いたいけれど。
「すまないね、アリサ君。今日は遊びに来てくれたというのに、こんなところに呼び出してしまって」
立ち上がった公爵が、わずかに笑みをうかべ謝罪した。
「単刀直入に言おう。君に護衛をつける」
「護衛?」
私は驚く。
何の冗談だろう。エリザベスならともかく、何故、私に?
「ニギリアの教団の動きが活発化しているようだ。君は『贄』として狙われている」
「でも」
邪神の刻印を受けた経験のせいで呪を受けやすい私は、毎日『守りの印』を自分にほどこしている。完ぺきではないにせよ、それなりの効果はあるはずだ。わざわざ公爵家の手を煩わせるのは申し訳ないと思う。
「アリサ。教団が力をつければ、国政にも影響がでる」
ルークが口を開く。
「それは」
もし、私が教団の手に落ちれば彼奴等が力を持つのは間違いないとは思う。贄でなくても、原作の強制力が働いて、私が私でなくなってしまう可能性もゼロじゃない。
「ニーハでアリサ君に呪いをかけた連中の行方がうまくつかめない。どうやら、貴族の中に入り込んでいる可能性が高いんだ」
「貴族……」
暗黒神ニギリアは、破壊をもたらす神だ。人の不安や不満をかきたてる。信者に大きな力を与える神でもあり、昏い欲望を引き出していくゆえに、大きな騒乱を起こすのだ。
原作の私は光の加護を持つエリザベスを捕らえ、グレイとの婚約破棄を強いる。
その行動はおのれの昏い欲望のままで、まさしくニギリアの信者の姿に違いない。
そう考えると、私には護衛より見張りが必要だと思う。
「学院の中も安全とは言い難い。それが問題だ」
学院は警備が厳しい場所だ。簡単には外から襲われることはない。
ただし、学院の中となるとそうでもない。生徒や先生、職員にいたるまで身元がしっかりしているとはいえ、入り込まれてしまえば警備はざるも同然だ。
「反皇太子派も動いている。教団がそれらを取り込めば、さらに厄介なことになるだろう」
公爵の顔は苦い。
原作のアリサの行動に政治思想はなかったけれど、邪神の教団と反政府の力が結び付けば、厄介だろう。
「簡単な話をすると、我が公爵家は君をとりこんでおきたいんだよ」
公爵はにやりと口の端を上げる。
「前回、君の力を見た。君ほどの力を持つ人間が野にあっては、安心できないと言ったら、納得できるかな? もちろん、君を保護したい理由はそれだけじゃないけれどね」
暗黒教団に贄として狙われている私につけたいのが、監視ではなく、護衛と言ってくれているのは、きっと『エリザベスの親友』だからだろう。本当は監視の意味の方が強いはずだ。
「……承知いたしました」
私は了承する。
断わる理由はない。もとより。私が一番、私を監視して欲しいと思うのだから。
お菓子作ってないじゃん(;^_^A
サブタイトル詐欺。すみません。




