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掛け持ちは致しません

 部活が終わると、戸締りや資料の片付けなどを教えてもらって、外に出た。

 人数が少ないせいだと思うけれど、カンダスが鍵をかける間、部員全員が一緒に廊下で待っているってものすごく仲良しなんだなあと思う。

 部室のある建物は三階建てで、文科系は上の方、体育会系は下の方となっている。

 鍵は、一階にある守衛さんの部屋に返したら、部活は終わり。

 あとは各々寮に帰るということらしい。

 外はすでに日が傾き始めていて、影がとても長い。通称部活棟は、セカンドエリアの隣にある。部員のメンバーは、三年生のリンダ・メイシンと二年のカーナル・ブリザンがセカンドエリアで、あとのメンバーはファーストエリアなのだそうだ。たった、五人の先輩のうち三人が上位貴族だった。

 下手なことをすると首が飛びそう。入ってくる部員が続かないのって、その辺もあるんじゃないかな、なんて思ったりもする。

「今日はありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします」

「おーい、アリサ!」

 サードエリアは私だけなので、先輩方に挨拶をして帰ろうとした時、突然大声で誰かに呼ばれた。

 誰だろうと思って振り返ると、ロバス・ラーズリだった。

「アリサ、何の部活に入った?」

 ロバスはものすごい勢いで駆け寄ってきた。

 えっと。何でいきなり名前呼びなのだろう? 

 友達になると言ったからなのだろうか。神殿育ちの私には一足飛びの距離の詰め方に見えて、ちょっと考えられない。それに貴族社会だってそんなに気安いとは思えない。

 とはいえ、私から伯爵家次男坊のロバスに意見するのもためらわれた。

「えっと。歴史研究部に入りました」

 こんな調子で話しかけられたら、なんか周りに誤解されそうな感じがする。

 案の定、先輩たちの好奇の視線を感じて、気が気ではない。

 私、別にたらしこんでいませんから! まだ、悪の道に走ってないですよ!

 そんな私の焦りなど気に留めてないのか、ロバスはまったく気にしていないようだ。

「文化部だったら暇な日があるだろ? 陸上部のマネージャーやらないか?」

「えっと?」

 手を握られそうな勢いの勧誘に私はたじろぐ。

「あの、私、掛け持ちは無理ですので」

 必死に断るのだが、ロバスは全くその言葉が聞こえていないようだった。ぐいぐい距離がつまってくるのを感じて、後ずさる。

 それにしてもなぜ私が陸上部のマネージャーに誘われているのだろう。

 私が平民だから、下働きさせるのに気兼ねしないですむということなのだろうか。

 その気持ちはわからなくもないけれど、スポーツ系の部活はほぼ毎日あるから、勉強する時間が作りにくい。それに、ロバスに頼まれたからと言って、やらなければいけない義理もない。

「そんなこというなよ、オレとお前の仲だろうが」

「無理なものは無理なので」

 そもそもどんな仲なんだと言いたいのを必死でこらえる。友達になる約束はしたけれど、下僕になった覚えはない。私はロバスの侍女ではないのだ。

「そんなつまらない部活じゃなくて、一緒に陸上部に入れよ」

「ラーズリさま、あの」

 私のことだけならまだ良かった。

 でも今のはまずい。いきなり名前呼びで近寄ってきたから、先輩たちが物珍しそうにこちらを見ているのだ。

 私は声のトーンを抑えるようにロバスに合図を送るが、遅かったようだ。

「歴史研究部は、つまらないのか?」

 冷ややかな声に私の背が凍り付く。ルークだ。かなり怒っている。

 その声に、ロバスは私の後ろにいる人物たちにようやく気が付いたようだった。

「そんな部活で申し訳ないですねえ」

 ルークの声にかぶせるように、やはり冷たいカンダスの声。

「ひっ」

 ロバスは声をあげた。公爵の子息と侯爵の子息のツーショットはさぞや怖かったに違いない。

 逃げ出すこともできず、ぺたんと地べたに座り込んでしまった。どうやら腰が抜けてしまったらしい。

「先輩、あの。たぶん、彼はクラスメイトとして私のことを心配するあまりに、つい思ってもみないことを口にしてしまったと思うので……」

 別段庇いたいわけではないが、やはりこの構図はロバスがあまりにも不憫な気がする。

「思ってもみないねえ。まあ、大方、トラウ嬢が、平民だからこき使えると思ったのでしょうが」

 温和なカンダスとは思えない。うん。庇うのも怖い。でも私が庇わないと、誰も彼を庇わないし、そうなると彼の未来は真っ暗だ。ルークとカンダスは間違いなくこの国の中心人物となるのだから。

「そんなことは……」

 ロバスは首を振る。

「オレ……じゃない、私はただ、その、クラスメイトのアリサと一緒に部活がしたくて」

 もごもごと口を動かす。

 そうじゃない。今言うことはそれじゃないと思うんだけど、彼はちょっと視野が狭いようだ。

「なんにせよ、歴史研究部への侮辱は聞き捨てならない」

 ルークの言葉に怒りがにじむ。いけない。ロバス本人が失言がどこにあったのか気づいてないから、傷口は開く一方だ。

 自分の好きなものを否定されるのは誰だって嬉しくはない。

 前世、私はラノベを母に『つまらない本』だと言われて、悔しくてキレたことがある。


「そんなに『普通』の本の方が『面白くてためになる』というなら、どう面白いのか説明して。でも、読んでもいない私の大好きな本を、つまらないと決めつけるお母さんの言う『本』が面白いとは、私は思わないと思う!」


 泣きながらそんなことを叫んだことがあった。

 ああそうだ。このまま、たとえロバスが謝罪しても、きっとわだかまりは残ってしまう。

 あの時、母は自分の好きな本をしっかり教えてくれて、その後でラノベを読んで謝罪してくれた。

 否定よりも、好きを伝える方が、ずっといいのだ。

「マクゼガルドさま、カンダスさま、人の価値観はそれぞれです。誰かのつまらないを否定するより、自分の面白いを発信する方が部の魅力を伝えられると思います」

 私は息をついた。ルークやカンダスを恐れて謝罪しただけでは、ロバスにとって歴史はつまらないままなのだ。

「私のクラスメイトがこの部をつまらないと言うなら、歴史の面白さを先輩がたにぜひ、彼に教えていただきたいと思います」

 かなり生意気な言動だと、自分でも思う。私の方が怒られてしまうかもしれない。

 急に膝が震えはじめて、直立しているのが辛い。

「なるほど。そうかもしれないね」

 頷いたのは、カンダス。

「そういう話なら、明日、歴史研究部の部室に来てもらうことにしようか」

「そうですね」

「よーし部員全員で、教えてやりましょう!」

「そうね」

 先輩方が口々に賛成する。

 ルークがすっと私のそばに寄ってきて、私の肩の上に手をのせた。

「必ず連れて来いよ」

 背筋がゾクリとして、血の気が引いた。

「わ、わかりました」

 こくこくと頷く。

 ルークは肩の上で軽く手を弾ませる。

「じゃあ、また明日」

 カンダスの合図で、部員が寮へと帰っていくのを見て、私はへなへなと地に座り込んだ。

「すまねえ。アリサ」

 ロバスが呟く。

「ラーズリさま。お願いだから、明日逃げないでくださいね」

 連れて行かなければ、私の命も危うい感じがする。怖くて体に力が入らない。

 私とロバスは、日が傾いていくというのに、それからしばらく立ち上がれないでいた。


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