ルークの誕生日 3
マクゼガルド家のホールと違って、別荘の会場はかなり狭い。
今日の招待人数は、五十人いかないとの話だ。いや、五十人って多いと思うのだけれど、一般的な夜会だと、百人単位がざらで、エリザベスの夜会は二百人以上の客がいたらしい。
着がえが終わると、私は夫人に連れられて会場に入った。
「アリサ!」
「エリザベスさま」
今日のエリザベスは、淡い檸檬色のドレス。フリルがたっぷり入っていて、とても愛らしい。
「すごく似合っているわ。お姫さまみたい!」
「そんな。エリザベスさまの方が素敵です」
私は恐縮する。
お姫さまなのは、エリザベスの方だ。なんといっても本物だし。
「エリザベス、彼女を気に掛けてあげなさいね。今日は品のない方はいないから大丈夫だとは思うけれど」
「はい。お母さま」
夫人は玄関に出て挨拶をするらしく、離れて行った。
立席形式なので、料理の一部は既にテーブルに並べられ、奥の楽団は音合わせの最中だ。
「アリサったら、緊張しないで。身内だけだから、そんなに緊張しなくていいのよ」
エリザベスがにっこりと微笑む。
「あら、ミンゼン家の方がいらっしゃったわ」
最初に入ってきた招待客は、ミンゼン公爵、公爵夫人に、レティシアだった。
「ミンゼン公爵家……」
その時、私は気が付いた。
レティシアは、エリザベスの従姉だ。身内と言われればその通り、だけど。
「……ひょっとして、皇太子殿下も?」
嫌な予感がして、私は恐る恐るエリザベスに問いかける。
「ええ。もちろん殿下もよ。今日はご家族でお見えになるそうよ」
「ご家族!」
私は思わず声を上げてしまった。
そうだ。忘れていた。マクゼガルド家は皇族の分家だ。
皇帝陛下も皇后も皇太子も、『身内』の範囲になってしまうらしい。
かなり遠いとはいえ、ルークもエリザベスも継承権を持っていたりするわけで。
「あの……本当に私なんかがここにいて大丈夫なのでしょうか?」
公爵家の身内だけって、高貴な人が集まるのではないのだろうか。人数は少ないだろうけれど、大丈夫ではなさそうな気がする。
少なくとも、そんな場所で『お試し』とかない。絶対ない。
ものすごくマズイ気がする。格好だけは貴族の令嬢みたいになっているけど、動いたり話したりしたら、絶対ボロが出てしまう。ずっと黙して立っていないといけないのかも。
マクゼガルド家の人はものすごく寛容だけれど、全ての貴族が寛容ではないと思う。平民の私を嫌がる人もいるに違いない。
どう考えても場違いだ。
「心配しなくて平気よ。この会はマクゼガルド家の主催なの。アリサがここにいることに文句をつけるような輩は、我が家に逆らうのも同然よ?」
エリザベスは珍しく人の悪そうな笑みを口元に浮かべる。
とてもきれいなだけに、ちょっとすごみがあって、怖い。
「えっと。でも、私やっぱり使用人として隅っこでお仕事をしている方がいいのでは?」
「あら。約束したわよね?」
「約束?」
そんな約束をしただろうか? ドレスを着て誕生会に出るなんて聞いてなかったはずだ。
「お兄さまを驚かすのを手伝ってくれるのよね?」
「ええと」
話が見えない。驚かす約束はしたけれど、それと何のつながりがあるのだろう。
「今のアリサの姿を見たら、お兄さま、絶対に驚くわ」
「それは……」
驚くとは思う。思うけれど、何か思っていたのと違う。
誕生日のサプライズって、こんな路線だっただろうか?
驚いたところで、そこで終わりだ。出オチの瞬間芸みたいなものにしかならない。
「とにかく、アリサはここにいるの。この機会に、陛下に紹介したいわ」
「へ、陛下?」
ごくごく自然に時の皇帝に会わせようなんて言わないで欲しい。いくら図々しい私でも、膝ががくがくする。
「あら、優しい方なのよ?」
「そ、そういう問題では」
うん。抵抗するとどんどん深みにはまってしまう気がする。
ここは、話題を変えたほうが良さそう。
「ルークさまは、まだいらっしゃらないのですか?」
「入口で挨拶をしていると思うわ」
ということは、まだしばらくはこれないのだろう。
「あら。誰かと思ったら、トラウさんじゃない?」
びっくりした、というような顔で声をかけてきたのは、レティシア・ミンゼンだった。
淡いオレンジ色の髪は丁寧に編み込まれていて、真っ白なドレスをまとっている。従姉だけに、エリザベスと似ているけれど、全体的に優しい雰囲気だ。
「ミンゼンさま、お久しぶりです」
私は丁寧に頭を下げた。
「これは、エリザベスの見立て? すごく似合っているわ」
「はい。レティシア姉さま」
ミンゼンの問いにエリザベスが頷く。
「お兄さまを驚かそうと思いまして」
「まあ。そうね」
くすくすとミンゼンが笑う。
「その瞬間を見逃さないようにしなくちゃ」
「特等席でご覧になります?」
エリザベスとミンゼンはとても楽しそうだ。
まるで一発ギャグを楽しみにされているような気分になる。
「トラウ嬢?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔で現れたのは、レイノルド・ナーザント。
そのまま固まってしまったように動かずに、私を上から下まで見つめている。
「ごきげんよう、レイノルド。とりあえず挨拶くらいしたら?」
ミンゼンが呆れたように肩をすくめる。
「ああ、すみません。マクゼガルド公女殿下に、ミンゼン公女殿下。そしてトラウ嬢、お久しぶりです」
「こんにちは、ナーザントさん」
「お久しぶりです。ナーザントさま」
ナーザントの挨拶に合わせ、エリザベスと私も挨拶を返した。
「レイノルドは、本当にわかりやすいんだから」
ミンゼンの言葉に、ナーザントは困ったような顔をする。
よくわからないけれど、二人は生徒会で同じだったりで、仲がいいのかもしれない。
「まさかトラウ嬢がドレス姿でここにいるとは思いませんでしたので」
「私も何が何だかわからない状態です」
私自身も驚いているのだから、ナーザントが混乱するのは当然だ。
「アリサはいつか社交界にデビューしないといけないもの。ここでならしておくべきだと思って」
エリザベスが笑顔で答える。
「それに、お兄さまを驚かせたいの。ナーザントさまがそれだけ驚いたのなら、お兄さまも驚くわね」
「ええ、まあ。その、本当にどこのご令嬢かと思いました。ルークさまも驚かれるでしょう」
ナーザントの言葉に、ちょっと胸が痛くなる。
「馬子にも衣装、ですよね?」
卑屈になっているわけではない。
このドレスは私が買ったものではない。化粧もしてもらった。
今の外見はマクゼガルド家の人々の優しさによるもので、張りぼてのようなものだ。
とても綺麗にしてもらったし、綺麗なドレスはとても嬉しい。
でも、何かに、嘘をついている気分も少しある。
「マクゼガルド家の侍女の方々の神の御業で、別人のようになれたと私も思います」
「あら。アリサはもともと綺麗だし、品があるわよ? 才気にもあふれてるし」
「そうですね。トラウ嬢はとても美しい」
ナーザントが頷く。
「え……」
社交辞令でも、男性のナーザントに言われると倍恥ずかしい。
ましてや、ナーザントは美形なのだ。何とも思ってなくても、心臓に悪い。
貴族って、美辞麗句を吐くのが得意って聞いているから、本気にしてはいけないけれど。
「レイノルド、あなた、ちょっと気を付けたほうがいいかもしれないわ」
ミンゼンが肩をすくめる。
「傍から見ていると口説いているように見えるわよ?」
「だ、大丈夫です。社交辞令を勘違いしたりしませんから!」
私はぶんぶんと首を振る。
「社交辞令なのね」
ミンゼンがふふっと笑みを浮かべると、なぜだかナーザントががっくりと肩を落としたように見えた。




