レイシアの祭り 3
つながれた手に戸惑いながら、私はルークと神殿の扉へと向かう。手つなぎが必要なのかどうかはわからないけれど、周囲を見ると、手つなぎどころか、イチャイチャしているカップルが多いので、これは妥協点? なのだろう。実際、何人もの女性が私の髪飾りを見て悔しそうにしているので、どちらかというとルークの自衛なのかもしれない。
神殿の入り口に入ると、神官さんがにっこり笑って、白い花を渡してくれた。
他の人を見ると、女性と男性が一輪ずつもらっている。どうやらそういうものらしい。
「俺もレイシアの祭りの時に、神殿に入るのは初めてなんだ」
花をてにしたルークは、いくぶん興奮しているようだった。
「そうなのですか?」
「ああ。見ての通り、男女ペアでないと入りにくいからな」
「なるほど」
私は頷く。
周囲はカップルばかりだ。一人で歩いている人はいないみたい。
ルークなら、入り口でナンパして入ることもできるだろうけれど、後々のことを考えると、難しいだろう。何しろ、公子さまだ。ちょっとしたトラブルだって避けたいに違いない。
かといって、貴族のご令嬢を庶民の祭りに誘うのも難しいだろう。
中に入ると、水音がしている。
ひんやりとした空気だった。
「涼しいですね」
「そりゃあ、水の神殿だからな」
水の神像は、普段は非公開のものなので、入り口の礼拝堂ではなく、奥の祭壇にあるらしい。
みんな神像のある祭壇にたまってなかなか動かないので、動く速度はとてもゆっくりだ。
周囲の距離が狭まってくれば、当然ルークとの距離も近くなってくる。
肩と肩が触れ合う距離になんだか胸がドキドキして緊張してきた。
気をそらそうにも周囲がカップルばっかりなので目のやり場に困る。
「ほら、神像が見えてきたぞ」
「わぁっ」
開いた扉の向こうの景色に、私は思わず声を上げた。
水の神レイシアは、女性の神である。
青い透き通ったガラス細工の女神がそこにあった。神像の裏は滝のように水がながれおちている。
神像の足元は、大きな池になっていた。
やや薄暗い部屋だけれど、神像はきらめいている。流れ落ちる水に光が反射して、常に虹色の輝きが女神を包む。
池にはたくさんの花が浮かんでいた。どうやら持ってきた花をそこに置いてくるということのようだ。
「綺麗」
つい時間を忘れて、見惚れたくなる。
「そうだな」
ルークが頷く。
そして、二人で花を池に浮かべた。
よくわからないけれど、たぶん、雰囲気的に恋愛成就か何かのご利益があるのかな。
私とルークはそういう仲ではないし、ルークと私では、全く釣り合わないけれど。
このお祭りの意味を私は知らないし、知る必要はないと思う。胸が騒ぎそうになるのを必死で抑え、何も気づいていないふりをする。
何も知らない私が、無邪気に『水の神像』を見たいといい、ルークはそれをかなえてくれただけなのだから。
ルークが説明をしなかったってことは、これはただの『お祭りの見学』なのだ。
本来の意味をなぞっていないにせよ、一緒に神像を見てくれる程度には、ルークは私を可愛がってくれているんだな、と思う。
ルークの優しさに応えるために、私はこの行動の意味を考えちゃいけない。
このままずっとそばにいたいなんて願っても、神さまだってきっと困るだろうから。
「行こうか」
「はい」
ルークに促されて、私たちは神殿を出る。
優しい水音が、いつまでも耳の奥に残っているようだった。
そのまま人の波に流されるように、河原の屋台の方へ向かった。
日は傾いて、明かりが灯り始めている。
「うわぁ、おいしそうなにおい!」
串焼きの肉を焼く香りや、甘いお菓子のにおいがする。
集まった人は神殿と違って、それこそ老若男女。にぎやかで、活気に満ちていた。
「お前、さっきとテンションが違うな」
「だって、ワクワクしませんか?」
正直に言えば。神殿にいたときはルークとの距離が近すぎて、無邪気でいられなかった。
「色気より、食い気ってことか」
ルークが苦笑いする。
「いけませんか?」
「いや、アリサらしいな」
「どういう意味ですか」
軽口をたたきながら、屋台の中を歩く。
心が浮き立つ。
ルークの顔もほころんでいて、楽しそうだ。
「そう言えば、こんなに人の多いところに来てマクゼガルドさまは大丈夫なのですか?」
「……アリサ」
水を差してしまったのだろうか。ムッとした顔で睨まれた。
「ごめんなさい」
「違う。家名で呼ぶのはやめろと言ったはずだ」
ルークは首を振る。
ああ、そうか。そういえば、そうだった。
「えっと。ルークさま」
「そうだ。特にこういうところで、家名で呼ぶ方が不用心だ。前にも言ったと思うが、俺の身辺のことでお前が心配する必要はない」
「そうですか」
ルークは十分に強いし、きっと護衛も手練れなのだろう。
「一人で来るより、お前と一緒の方が人が寄ってこなくていい」
「なるほど」
今までの感じから見て、ルークは結構一人で街歩きをしている。
ルークの外見はとても目立つから、女性から声をかけられることも多いのだろう。
「それなら、私はルークさまの護衛みたいなものですね」
「ぶっ」
ルークが噴き出して、笑い始めた。その笑顔がとても眩しい。でも、見惚れてしまう自分を認めたくなくて。
「どうして笑うんですか?」
私はむくれてみせる。
「まあ、そうだな。でも実際、お前の方が危ないと思うけれど」
ルークは私の頭を笑いながら撫でる。
「そんなことはないです。人ごみの中で、何を注意したらいいかは、わかっていますから」
私はルークと違って平民育ちだから、こういう場所に慣れている。
「神官服に守られていた時と同じようにしていてはダメだ」
「神官服に守られていた?」
どういう意味なのだろう。別に神官服に加護はついてないと思うのだけれど。
「まあいいや。灯火が流れ出したみたいだな」
まだ辺りはそこまで暗くはないけれど、川面に小さな灯が流れ始めた。
「さて、そろそろ帰るか」
「え? もう帰るのですか?」
真っ暗になってからのほうが、灯火も綺麗だと思うのに。
あと、ダンスもあるって聞いてたけれど。
「馬鹿。門限があるだろうが」
「ああ、そうですね」
そういえば、学院の門は、一応門限があった。
「最後まで見たかったです」
「この祭りで不用意なことを言うな。知らないからなんだろうけれど」
どこか怒ったようにルークは言うと、プイっと顔をそむける。
薄暗いからはっきりとはわからないけれど。
彼の耳は真っ赤に染まっているように見えた。




