レイシアの祭り 1
結局、ルークと勉強をした。
優等生であるルークは教え方がとても上手で、いろいろ教えてもらった。
「もうお昼ですので、とりあえずおしまいにします」
「ああ、そうだな」
広げたノートを片付ける。
「お前、今日は仕事休みか?」
「はい」
「なら、一緒に街に行かないか? 今日は祭りなんだ」
ルークはにこりと笑う。
「お祭り?」
「ああ。暑気払いのための水の神レイシアの祭りだ」
「わぁ、私、初めてです」
夏のお祭りとしてはとても有名なのだけれど、なにせ風の神の神殿育ちだから、他の神さまのお祭りに積極的に参加したことはない。別に禁じられているわけではないのだけれど。
「そうか。じゃあ、とりあえず荷物を置いて、待ち合わせをしよう」
「あの、服装は?」
もちろん庶民の祭りだから、正装は必要ないとは思うけれど。
今日の私は、白のワンピース。古着だけどとっても大事に着ていたってわかる服。
ノースリーブで胸元あきぎみなのがちょっとだけ恥ずかしいのだけれど、とっても涼しい。
生地も丈夫な服なので、ジャブジャブ洗って大丈夫なのも嬉しいのだ。
「それでいい。さすがに神官服だと浮くぞ」
ルークは面白そうに口の端を上げる。
「……さすがにレイシアのお祭りに、神官服を着ては行きませんよ」
いや、まあ。服がなかったらそうするかもしれないけれど。今は一応、普段着はいくつかそろえることができている。
「アリサのことだから、念のためだ」
「……ひどいです」
思わず頬を膨らますと、ルークはぷっと噴き出した。
絶対、遊ばれている!
そうわかっていても、ルークの目は優しくて、少しも嫌じゃなかった。
レイシアの祭りは、水の祭り。
街の水源であるファナル川の河原には、屋台が出る。
夜になると、少し上流にある神殿から、蝋燭に火をともして流すのだそうだ。
前世で言うところの灯篭流しみたいなのかな?
あと、月が昇るとダンスもするらしい。イメージ的に灯篭流しとセットだと盆踊りな気がしちゃうけれど、どっちかというとイメージはフォークダンスのほうかな。
「まずは、昼ご飯を食べよう」
ルークはこの街のことを知り尽くしているらしく、迷いなく歩く。
今日連れてきてくれたのは、小さな食堂。それこそ、労働者が入るようなお店だ。
「おや、ルークさま」
店に入るとカウンターの向こうの男性が驚いた顔をした。
「アレク。久しぶりだな」
ルークは勝手知ったるといった感じで、カウンターの前に腰かけた。
店内はそれほど広くない。カウンター席の他は、二つくらい机があるだけだ。ちょっと昼ごはんには早いせいか、他に人はいなかった。
「何か食べさせてくれ」
「はい」
アレクと呼ばれた男性は頷く。年齢は三十歳手前位かな。
「アリサ、彼は昔うちの厨房で働いていて、現在はここで店を持っている」
「え?」
公爵家の厨房で働いていた料理人が、食堂を? ちょっと驚く。
「そんなに不思議はないだろう? 雇人でいるより、自分が店を持った方が性に合うって人間はいるのだから」
「それはそうですが。なんというか、同じ料理でも全然イメージが違いまして」
「食材の違い、味の違いはありますが、基本はみな一緒ですよ。人が食べるものなのですから」
カウンターの中から、アレクが答える。
「そうですか」
私から見たら、全然違うように見えるのだけれど。
庶民の料理は、高級料理とは違うものが要求される。美味しい方がいいのはどちらも同じだけれど、庶民の料理は、まず価格を下げないといけない。
「一番の違いは、調味料はそこまで複雑じゃないってことですね」
アレクはにこにこと笑いながら、煮込んだスープをよそう。
「貴族の厨房には何種類もの香料や調味料が用意されていますが、うちでは、それほど用意できません。一番高いのは香料ですね」
この国は豊かだけれど、香料は輸入品が多い。
「俺は、シンプルな方が好みだけどな」
ルークは肩をすくめた。
「それにしても、ルークさまが女性と一緒は珍しいですね」
「アリサは、部活の後輩だ」
「アリサ・トラウです。よろしくお願いいたします」
慌てて挨拶をする。淑女の礼は……いらないかな。こういうところではあまりしっくりこないし。
それよりも、ぺこりと頭を下げる日本人的な礼のほうがあっている。
「ふふっ。部活の後輩ですか」
アレクは含むように笑ってから、私とルークの前にスープとパンを出してくれた。
「ルークさまが女性を連れて歩くなんて、初めて見ましたね」
「そもそも貴族の女性は、街を歩かないのでは?」
私は苦笑する。私は一人でも街を歩くけれど、貴族の淑女はそもそも一人で外出しない。
ルークだって、この店に例えばミンゼン公女を連れてこようとは思わないだろう。
「別にうちの店に、という意味ではないですよ? 私がお屋敷にいた時からの話です」
「アレク」
ルークが強い口調でアレクの言葉を遮る。
アレクは少しだけ肩をすぼめて、焼いていたソーセージをパンの横に添えた。
「どうぞ」
「いただきます」
煮込んだ野菜スープのかおりが何とも美味しそうだ。学院の料理に比べると幾分塩分が多めだけれど、これはこれで美味しい。しかもお手頃価格。ありがたい。
「今日は、お祭りですか?」
「ああ」
ルークが頷く。
「しかしまあ、ルークさまが。神殿には行かれましたか?」
「いや、まだだ」
「神殿?」
水のレイシアのお祭りだから、神殿でも何か儀式とかあるのかもしれない。
風のオーフェのお祭りの時は、私も駆り出されていろいろやった。神への儀式はもちろんだけれど、信者のひととオーフェを称え、祭りのイベントをするのも神官のしごとだったから。
「今日は、神殿の水の神像が見られますよ」
「わあっ。私、実はレイシアの神殿に行ったことがないのです」
「それは。きっと驚かれますよ」
「アレク!」
ルークは何か不満そうだ。行きたくなかったのかも。
「あの、気が向かないのなら、無理には」
「別に、行かないとは言っていない」
ルークはぷいっと横を向く。顔の表情はわからないけれど、なんだか耳が赤い?
「レイシアの髪飾りは早めに買われたほうがいいですよ。お嬢さん、とても可愛らしいですから」
「……わかっている」
なんのことだろう。さっぱりわからない。
神殿育ちのせいで、他の神さまのお祭りに参加したことなんてないから。
ルークがなぜこんな風に困った顔をしているのか、私には理解できなかった。




