学期の終わり
夜会の翌日、もう一度医師の診察を受けて、私は学院に帰ってきた。
話を聞いたエリザベスはしゅんとしてしまって、せっかくのお誕生日に水を差してしまって申し訳なく思う。エリザベスは何も悪くないのに。
身体はなんともないし、学院は寮生活で相部屋だから一人になることはないから、徐々に忘れて行けると思う。
私と殿下の困った噂はかなり下火になったのだけれど、私は相変わらず、ルークとナーザントと一緒に夕食を取っている。
夜会の裏側であった事件のせいか、ルークはますます私に過保護になったような気がする。
「そう言えば、トラウ嬢は、夏休み、どうなさるんですか?」
ナーザントがB定食のお肉をほおばりながら訊ねる。
「えっと。食堂のお仕事です」
寮に残るひともいるので、食堂の仕事はあるのだ。
「でも、寮も二週間完全休みがありますよね?」
「ええと。そうですね」
私は頷く。
食堂のひととか、寮の管理人さんも夏休みが必要ということで、真ん中の二週間は寮から出ないといけない。
「神殿に帰るしかないですねえ」
往復の辻馬車代がかなりの出費だが、神殿に帰れば二週間は寝床は確保される。近くの町で二週間、宿に泊まるよりは安いだろう。
「帰りたくないのですか?」
「いえ、ただ帰るのにも費用がかかりますし、神殿はけっこう貧しいんで迷惑がかかるのですよ」
交通費はただ感覚の貴族のご子息にはわからないだろうなあと思う。それに、私が戻って文句を言われることはないけれど、食事が一人分増えれば、より苦しくなるだろう。
「それなら、ニーハの別荘に一緒に来るか?」
「へ?」
ルークの申し出に私はきょとんとする。
「うちの料理長がお前を気に入っていた。少し働いてくれればいい」
「……でも、私はこの前、仕事を放棄してしまってご迷惑をおかけしたので」
「あれはお前の責任じゃない」
ルークは首を振った。
「それとも、もううちで働くのは嫌か?」
「いえ、そんなことは」
「別荘はうちの領地にあるし、ヴァンにも近い。何も二週間みっちり働けとは言わない」
ルークの目が真剣だ。
「トラウ嬢、ここは頷いておくところですよ」
ナーザントがにこにこと笑みを浮かべた。
「マクゼガルド家のニーハの別荘は有名でしてね。とても美しい湖畔にあるんですよ。一見の価値はあります」
つまり貴族の間でも憧れの場所なのだそうだ。
「ナーザントさまは行かれたことはあるのですか?」
「はい。近くの宿屋には泊まったことがあります」
「そうなのか?」
ルークは驚いたようだった。
「宿屋や別荘が多い場所ですが、静かな場所です。お仕事で行かれるとなると、ゆったりと楽しむことは出来ないかもしれませんが、ニーハはとても素敵なところです」
「そうなのですか」
「エーテルの濃い場所でもあります。魔術師がよく保養に行きますね。あなたにとっても良い場所だと思います」
「強いエーテルに触れると魔力量が多くなると言われている。まあ、俗説だ。根拠があるわけではない」
ルークは肩をすくめた。
「本当にそうなら、あのあたりの村人の魔力量が多くなければおかしい」
「なるほど」
確かにその通りだ。
「魔力については、やはり、この大陸をかつて支配した古き一族の名残をどれだけ残しているかという方が大きい。魔力を失わないために、貴族は魔力の高い人間同士で子を作ってきた。そうでなくて、平民からアリサみたいな強い魔力を持つものが生まれることもあるが、それはマレだ。まさに完全な先祖返りってやつだな」
「先祖返りですか」
物心がつく前に両親と死別した私は、両親に魔力があったかどうかはわからない。
ただ、多少の生活魔術が使えたとしても、魔力があるうちには入らなかったのではないかと思う。
私は完全に法則から離れたいわば『鬼子』だったのだろう。
「トラウ嬢ほどの魔力があれば、そのうちどこかの貴族が『行方不明の子供』だと名乗り出てくるかもしれません」
くすくすとナーザントが笑う。
「……なぜですか?」
「あなたほどの魔力があれば、上級貴族にだって嫁げます。それに少しでも魔力の強い子を授かりたいと考える貴族はとても多いのですよ」
「つまり、政略結婚の道具としたいから私の親になりたいと?」
「まあ、そんなところですね」
ナーザントが頷く。
なんか、衝撃的だ。魔力が高くても私は貴族ではない。突然貴族の『親』が名乗りを上げてもピンとこない。そもそも私の両親は間違いなくなくなっている。
「今はまだ一年生だから、ピンとは来ないかもしれないな。特待生のお前を貴族たちは無視できないってことに」
「そうおっしゃられましても、ずっと特待生でいられる保証もないです」
必ず卒業ができるとわかるまで、私としては安心できない。
「ならなおのこと、うちで働いておけ。うちで働いたという経歴は絶対に役に立つ」
それはそうだろうと思う。何といっても天下の公爵家だ。使用人はその道のプロで、おそらくきちんとした身元のひとばかりだろう。
公爵家で少しでも働いたという経歴は、今後どこかの勤め人になる時に箔になるかもしれない。
「わかりました。エリザベスさまが嫌でなければ、お邪魔しようと思います」
「何故、エリザベス?」
ルークが首をかしげる。
「だって、エリザベスさまの誕生会、私のせいですごく心配かけてしまいましたから」
「アリサは本当に律儀だな」
ルークは苦笑する。
「何だったら、別に働かなくても俺はかまわんのだけど、お前、客人になるのは居心地が悪いだろう?」
図星だった。
やっぱりルークには一生かなわない気がした。




