マクゼガルド家 7
翌日は、お仕着せに着替えて朝からお仕事をした。
芋の皮むきとかゆで卵の殻むきとか、料理の下ごしらえのお手伝いなどなど。
食堂で働いていることもあって、手際を褒められた。また来てねと言われて、ちょっとうれしかった。
少し休憩があって、夕方は魔道灯を点灯。我ながら、それなりに働いたと思う。
もっとも、臨時雇いの素人を多忙な時に放り込まれた使用人さんたちは、私をどう使おうか本当に困ったに違いない。教える手間のいらないお仕事って、実はそんなにはないから。
魔道灯をつけたあと、侍女長のマゼンダ・コールマンに指示されて、私は夜会会場の給仕係に任命された。コールマンはかなり年配の女性だけれど、背筋がピンとしたスマートな女性だ。
「トラウさん、あなたがサービスするのは、水とハーブティとジュース。アルコールは手を出す必要はありません」
「はい」
私は頷く。
会場の隅でコップに水とジュースを注いで、お渡しする係ということらしい。
招待客と接するのは最低限ですむし、エリザベスの話し相手にもなれる、ということで決まったそうだ。
本当に私のわがままのせいで、使用人さんたちには苦労を掛けている気がする。
会場は着席するタイプの晩餐会ではなくて、立席のパーティ。料理や飲み物のコーナーは会場の隅に作られている。もちろん、休憩用の椅子やテーブルもあるけれど、ほとんどの人は立って話したり、ダンスを踊ったりするらしい。もちろん楽団も来ている。
中庭の花壇には、光量をやや落とした魔道灯。こちらのお庭はたくさんの花が咲き誇っていて、とてもいい香りがしている。このお庭は原作で、エリザベスが孤独を感じて月を見上げた場所だ。いわば『公爵令嬢は月に憂う』の聖地である。そう思うと感慨深いものがあった。
とはいえ。そんなことをいったらマクゼガルド家はどこも聖地なのだけれど。
日が沈み始めるころ、夜会は始まった。
公爵家のご家族はそろって、招待客と挨拶をしている。
私の位置は公爵家の控え席のすぐ近くだ。
エリザベスとお話がしやすいようにとのことらしい。
今日のエリザベスは、エメラルドグリーンのイブニングドレス。襟ぐりが多く開いていて、ちょっとセクシーだけれど、たっぷりとレースでフリルで飾られていて、可愛らしさもあるドレスだ。エリザベスの魅力を存分に引き出している。さすがヒロインという感じだ。
エメラルドグリーンは、グレイの瞳の色でもある。ドレスはグレイのプレゼント。つまり独占欲満載なドレスなのだろう。原作と違って、きちんとお祝いのカードは添えてあったから、たとえ原作通りに途中で帰ってしまうことになっても、エリザベスはグレイの気持ちを疑うことはないだろう。
ルークは、真っ白な礼服。金ボタンがアクセントになっている。氷の貴公子の名前に相応しい美しさだった。
実はルークはもちろんエリザベスとも今日はお話をしていない。
「トラウさん、困ったことがあったら私をすぐ呼んで」
「はい。マーティンさん」
コップにジュースを注ぎながら、私は答えた。マーティンは、コップをお盆にのせている。
招待客が徐々に会場へと入ってきた。美しい服をまとった人たち。人が入ってくるとともに、ざわつき始めた。
大きなざわめきが起こったと思ったら、グレイがやってきたようだ。
深い青の礼服。エリザベスの瞳の色をイメージしているのだろう。さすがにヒーローだけあってカッコいい。
やがて、公爵夫妻が控え席に戻ったところで、楽団が音楽を奏で始め夜会が始まった。
私は次から次へとコップにジュースやアイスハーブティを注ぎ続けている。
「トラウ嬢、本当に働いているんだねえ」
びっくりした声に顔を上げると、カンダスが微笑んでいた。そのわきにはメイシンが連れ添っている。
「カンダスさま、メイシンさま」
カンダスは黒のスーツ。メイシンは淡いレモン色のドレス。どちらもとても素敵だ。
「ハーブティ、リンゴ、オレンジのジュースどれにいたしますか?」
「僕はハーブティ、リンダにはオレンジジュースをもらおうかな」
「はい、ただいま」
私はそれぞれのコップを二人に渡す。
「お仕事、頑張ってね」
メイシンに微笑まれ、私は頷く。
二人とも貴族だし、ルークと仲がいいから呼ばれているのだろう。
招待客は、若い人だけではなく年配の人もいた。公爵家の夜会だ。来る人は高貴な人ばかりで、とても緊張する。
「アリサ、頑張っているわね」
「エリザベスさま」
エリザベスが声をかけてくれた。
少しだけ手が空いたことを見計らってきてくれたのだろう。
「ごめんね。なんだか本当にこき使ってしまって」
「いえ。私は何もできてないので」
大変なことは何一つしていない。それでも邪険に扱わず、仕事をさせてくれているマクゼガルド家の使用人さんたちはとても優しいと思う。
「やあ、トラウ嬢」
やってきたのはグレイだった。飲み物を取りに来たというよりは、エリザベスを迎えに来たのだろう。とはいえ、このひとは相変わらず私に声をかける。困ったものだ。
「殿下、お飲み物はご入用ですか?」
「いや、とりあえず挨拶をしただけだ」
グレイの言葉は歯切れが悪い。
たぶん、私を交えて話しているうちに自然にエリザベスをダンスに誘い出そうとしているのだろう。わかってはいるけれど、『悟ってよ』オーラはやめて欲しい。
そういえば、皇妃さまの体調は大丈夫なのだろうか。これからの季節魚介は過熱した方がいいって言ったけれど、必ずしも食中毒とも限らない。原作には何も書いてなかったのだから。
ただ原作通りなら、グレイは挨拶をしてすぐに帰ってしまったはずだ。希望はある。
今のうちにさっさと踊って、なんなら愛の告白も済ましてしまって欲しい。
「今日のエリザベスさまのドレス、殿下のプレゼントなんですってね? とっても美しいです」
グレイがドレスを贈ることなんて最初から分かっていたけれど、しらじらしく私は会話の糸口を作る。
「殿下、この度は素敵なドレスをありがとうございます」
エリザベスが丁寧に淑女の礼をする。とても優雅で、本当に素敵だ。
「あ、ああ」
グレイはそれだけで終わろうとするので、じろりとにらんでみた。
「とても似合っている。綺麗だ」
私の視線に気づいたグレイは、意を決したように口を開いた。
おおっ、やればできる。私は内心で拍手をした。
「ダンスが始まっていますよ?」
私はさりげなくグレイに水を向ける。
グレイは軽く頷いた。
「エリザベス、どうか私と踊ってくれないだろうか」
「はい。喜んで」
何とか言えたグレイは、私に向かってほっとした笑顔を向けた。
ヘタレじゃなくて、シャイな殿下、頑張ったと思う。
二人はダンスの輪の方へと入って行った。今日の主役の登場に皆が場所を開けて注目をする。
二人のダンスはとても優雅だ。
「トラウ嬢、ハーブティをいただけるかな」
「ナーザントさま」
頭の上から声がして見上げると、モスグリーンの髪をした男性が立っていた。
ナーザントはブラウンの礼服を着ている。最初の出会いが最悪だったので、どうしてもマイナスなイメージがつきまとうけれど、このひとは美形なのだ。やはり目立つし、とてもモテるのだろうなあと思う。
「どうぞ」
ハーブティの入ったコップを受け取ったナーザントは、私の方を見てにこりと笑う。
「さすがマクゼガルド家のお仕着せは、可愛らしいですね。よくお似合いです」
「はい。ありがとうございます」
私はそっと頭をさげた。マクゼガルド家のお仕着せは間違いなくおしゃれである。
「お仕事、たいへんではないですか?」
「いえ。全然大丈夫です」
マクゼガルド家の人たちのサポートはしっかり入っている。それにこんな華やかな世界を見ることができて、とても興味深いと思う。
その時、少しだけ歓声が起こった。グレイとエリザベスが二曲目を踊り出したからのようだ。
「おや、今日の殿下は積極的ですね」
ナーザントが笑いをかみ殺している。
「そうですね」
ダンスは一曲躍り終えたら、パートナーをかえるのが常識らしい。続けて踊ることは、独占欲を丸出しにしていることを意味して、非常にはしたないということになっている。
とはいえ、二人は婚約者なのだから問題はないだろう。むしろほほえましい。
グレイは本当に頑張っていると思う。
二人が楽しそうにダンスしているのを目で追っていた私は、レティシア・ミンゼン公女とルークが踊っているのに気が付いた。二人の目はお互いを見つめあっている。そしてミンゼンのドレスは、薄いブルー。ルークの瞳と同じ色だ。
つまり、二人はそういう仲なのだろう。
「あのお二人は、従兄妹なのですよ」
私の視線に気が付いたナーザントが教えてくれる。
「お似合いですね」
二人はさながら一枚の絵のようだった。
本当にとても似合っている。ミンゼン家もマクゼガルド家も公爵家で、そういう意味でもとても釣り合っている。
そう思うと胸が引き裂かれたように痛かった。
「トラウ嬢?」
ナーザントが私の顔を覗き込む。
「なんでもないです。ナーザントさまも踊っていらしたらどうですか?」
「うん。まあ、気が向いたらね」
ナーザントは曖昧に微笑んだ。
申し訳ございませんが、毎日更新は本日で終わります。
次回からは毎週木曜日20時の、週一更新となり、次回更新は7/8となります。よろしくお願いいたします。
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