マクゼガルド家 2
マクゼガルド家は公爵家の中でも格が高いと聞いてはいたけれど、門を入ってもお屋敷はなかなか見えなかった。庭園はとにかく広くて、美しく整備されている。帝都の一等地なのに、これだけの面積を有しているというだけで、その力を感じさせた。
これだけの庭園を管理するのにかける労力を思う。神殿のそばの小さな畑を維持するのですら、かなり大変だった。
やがて、白い石畳の向こうに、とてつもなく大きなお屋敷が見えてきた。白亜の石造りで、その美しさに圧倒されてしまう。
思わずポカンと見惚れてしまった。
やがて馬車は、屋敷のすぐそばで止まる。どうやら着いたということらしい。
馬車の戸が開いたけれど、思ったより高さがあったので、うまく下りられずにデニスに抱き着いてしまった。すごく申し訳ない。
デニスは平然とした顔で私を脇に置くと、エリザベスに手をのばした。
エリザベスはさすがになれているらしく、優雅に下りる。
ルークはデニスの手を借りずに下りる。さりげにすごいバランス感覚だ。
「ルークさま、エリザベスさま、お帰りなさいませ」
玄関の前で待っていた初老の男性が深く頭を下げる。
「ただいま、ユアン。話していたアリサよ。アリサ、うちの全てを取り仕切っている家令のユアンね」
「お話はお伺いしております。トラウさま」
ユアンは客人にするかのように、丁寧にあいさつをしてくれた。
「お世話になります。アリサ・トラウです。がんばって働きますのでよろしくお願いします」
私が挨拶を返すと、ユアンの眉間に少しだけ皺が寄った。
「ルークさま」
ユアンはルークに顔を向ける。怪訝そうな表情はもう消えていた。完璧なポーカーフェイスで何を考えているのかまったく読めない。
「だから、そう話しただろう?」
ルークは肩をすくめた。
「詳しいことは後だ」
「……わかりました」
ユアンは、しぶしぶ頷き、私たちを屋敷へと招き入れた。
玄関を入ると、そこは大きな吹き抜けの空間があった。目の前には大きな階段がある。
大きな花瓶に活けられた大輪の生花。けっして派手ではなく、落ち着いた趣味のよい調度品ばかりだ。
玄関を入ってすぐのところに、大きなラウンジがあった。
前世でいうところの高級ホテルみたいな感じ。床にはフカフカと絨毯が敷かれていて、高い位置にある窓から、外光が差し込んでいる。テーブルと椅子がいくつか置かれていて、ちょっとしたお客の場合は、ここで接待しているのかなと思った。
「まずは、お茶にしましょう」
エリザベスにすすめられるままに、ゆったりとした椅子に腰かける。私とエリザベスが並んで座り、まえにルークが座る形だ。ユアンは、私たちが座ると奥の方に声をかけに行った。
それにしてもとっても良い座り心地である。
これは、人を駄目にするやつ。立ちたいという気持ちを消失してしまう、恐ろしい椅子だ。
「どうした?」
椅子の感触を楽しんでいたら、ルークに不思議そうな顔をされた。
「すごく座り心地がいい椅子で、びっくりしてました」
正直に答えると、「そうか」と、ルークは頷いた。
やがてお仕着せを着た侍女さんが、こちらにやってきた。マクゼガルド家のお仕着せは、黒を基調としていて、白いフリルが入っているけれど、比較的年齢を選ばない落ち着いたデザインである。
もちろん仕事服なので、動きやすさにも配慮しているのだろうけれど、おしゃれだ。やっぱり公爵家だけあって、お仕着せもセンスをかんじさせる。
「お待たせいたしました」
優雅な仕草で、侍女さんがテーブルにお茶の入ったカップと、お菓子のお皿を置いてくれた。
侍女さんは、すらりとして姿勢の良いひとで、年齢は二十代後半くらいだろうか。出来るメイドさんって感じだ。
「ありがとうございます」
侍女さんに頭を下げると、侍女さんは不思議そうな顔をした。
私、なにかやらかしたのだろうか。
「アリサ、いただきましょう?」
「はい。頂きます」
エリザベスに促され、私は頷く。
お皿にのっているのは、どうやら焼き立てのマフィン。カップに入っているのはハーブティだ。
「甘い香りがします」
カップを手にすると濃厚な甘い香りがした。
「うちのオリジナルブレンドのハーブティよ。お砂糖は入ってないけれど、とても甘いの」
エリザベスがにこやかに説明してくれた。
ゆっくりと口にすると、ほんのりと甘い液体がのどを潤す。
「美味しいです!」
思わず声が大きくなってしまって、私は急に恥ずかしくなって俯いた。
誰も咎めるような顔はしなかったけれど、さすがにマナー違反だと思う。淑女は、大声を出したりしてはいけないのだ。
「こっちのマフィンも、シェフの自慢だぞ」
ルークにすすめられ、マフィンもいただく。ふわふわの生地で、ほんのりオレンジのかおり。甘すぎず、品のある味だった。
「美味しいです。こんな美味しいもの、初めて食べました」
誇張ではなく、本当のことだ。前世はともかく、学院に入るまでは『おやつ』なんてものは、せいぜいふかした芋とか、干した果物くらいだった。学院に入っても、スイーツは高くて、ほぼ食べていない。
「この後だが」
ルークはコホンと咳払いをした。
「まず、部屋に荷物を置いたら、父に会わせる」
「こ、公爵さまにですか?」
さすがに想定してなくて、顔がこわばってきた。
お世話になるのだ。挨拶は当然である。それに、戦力にならない可能性はあるけれど、働かせていただくのだ。家主さまはいわば雇用主である。
「大丈夫よ。アリサ。お父さまも、アリサが来るのを楽しみにしていらっしゃったから」
エリザベスは私を安心させようとしてくれている。
「私、お友達をこうして招待するのって初めてだから。うちの両親も私に友達が出来た事、とても喜んでくれたの」
「光栄です」
本当に歓迎していただいているならいいのだけれど、ルークやエリザベスが言い出してしまったから、仕方なく了承したってパターンもある。
二人の好意に甘えず、しっかり働き、迷惑をかけないようにしたい。
「心配するな。俺も一緒に行くから」
ルークの目に優しい光が宿っている。
「とりあえず、そこはお兄さまにお譲りしますね」
エリザベスはカップの湯気を顎に当てながら微笑む。
つまり、エリザベスは行かないということなのだろう。
そういえば、今回の話は私とルークとの話なのだ。エリザベスに招待されたとき、私は断っている。
「でも今日は私の誕生日ですから、アリサはすぐに返してくださいね」
エリザベスはぷくっとほおを膨らませる。そんな顔も可愛い。
「エリザベスさま、あの、これ」
私はカバンに入れてあった布の包みを机に置いた。
「たいしたものではないのですけれど、その、お守りに」
「まあ、何かしら」
エリザベスは包みを丁寧に開いた。中には丸くて紫色のガラス玉のようなものが入っている。
「あら、魔玉ね」
「はい。学院の購買に売っている材料で私が魔力を込めたものです。お守りくらいにはなると思います」
魔玉というのは、魔力を付与させた玉である。無色透明なガラス玉のような玉に、魔力を付与して作る。結界のための護り石を作る技術の簡略版だ。ちょっと森を歩いたりするときの魔物避け程度にはなる。込めるエレメントの種類によっては、攻撃系の魔術を一回だけ使えるというようなこともできるらしい。私たち一年生ではまだそこまで習っていなくて、せいぜいお守り程度のものしか作れない。
「ありがとう。すごく風の力を感じるわ。それにアメジストみたいに綺麗」
エリザベスは嬉しそうに、玉を手に取って眺める。
「本当はもっと素敵なものをと思ったのですけれど、今年はこれでお許しくださいませ」
学院の購買で買える玉なので粒も小さいし、質もよくない。しかも安物だ。
もちろん魔力付与をすれば、それなりに価値はあがるとはいえ、所詮はただのお守りでしかない。
公女であるエリザベスにとっては、ただの石ころと変わらないだろう。
「ううん。アリサ、これすごいわよ。ねえ、お兄さまもそう思うでしょ?」
エリザベスは持っていた玉をルークに渡す。
ルークはその玉を手に取ると、目が険しいほど鋭くなった。
「これはアリサ一人で、学院で売っている玉で作ったのか?」
「そうですが」
「エリザベス、ちょっとこの玉を借りる」
ルークは玉を持って、立ち上がって走って行ってしまった。
どうしたのだろう。
私とエリザベスはどういう意味か分からず、お互い顔を見合わせた。




